【番外編】まぁまぁ騒がしいけど幸せな日常 side義兄⑨ (終)
ルーシーと籍を入れて王宮の夜会に出席したのを皮切りに、夜会やサロンなどに夫婦揃って出席することが増えた。
今回の母の活躍を見て、社交することで人脈を築き情報を入れ、時に操作することは貴族にとって大事だと思ったからだ。今までは苦手だからと嫌遠していたが、そうも言っていられない。
まぁ、色々と招待が多いのは貴族が皆、醜聞が好きだからだろう。ルーシーの婚約破棄は相手の瑕疵であり、元婚約者の実家の公爵家の醜聞もあって概ね好意的な声が多いから、こちら側にダメージはない。
「本音を言うと閉じ込めておきたいけど……」
貴族派の夜会でダンスと挨拶周りと少々の雑談をすませて、馬車に乗り込んだところだ。
余所行きの顔を張り付けていたルーシーも、二人きりになってほっとした表情をしている。
俺一色に染まったルーシーの姿に満足しているけど、男の視線が煩わしい。
異性に嫌われる呪いのかかった指輪はないし、俺と結婚して少しふっくらして表情が柔らかくなったルーシーは綺麗でかわいくて人目を引く。
行き帰りの馬車の時間は二人きりで、ルーシーを思う存分眺められる至福の時間だ。
「ドレス似合ってる」
今日は艶のあるチョコレートブラウンのふんわりした形のドレスで、アクセントに金糸で刺繍が施されている。菫色の髪と瞳との相性もばっちりだ。
「行きの馬車でも聞きました」
そう言いながらも、白い頬が赤く色づいている。ルーシーは俺が雨のように降らせる誉め言葉に未だに慣れないようだ。
「今回のアクセサリーもいいね。重たくない? 大人っぽいゴージャスなものも似合うな。今度はどんなアクセサリーを作ろうか? 華やかなものも清楚でシンプルなものもどちらも似合うな……」
今回はドレスがシンプルで地味な色味なので、再結晶宝石で作った琥珀色のダイヤをあしらった豪華なものにしたけど、儚げな印象なのにルーシーはアクセサリーに負けていない。
「一日中だと肩が凝りそうですけど、夜会の間なら大丈夫です。この色味好きです。天然のイエローダイヤモンドより優しくて色合いの変わる不思議な色ですね」
胸元のネックレスにはめられた一番大きな石を愛おしそうに見ているルーシー。
再結晶宝石を作るノウハウは確立したけど、それなりに魔力を使うしんどい作業だ。こんな顔が見られるならいくらでも作れる。
「あのあのあの……」
「ん?」
「マークも素敵です」
「そう?」
「目が……。この宝石の琥珀と同じだけど、もっと澄んでいて綺麗で。今日のように髪をあげて目元が見えると、とても格好いいけど、他の方も見惚れていて。それは、ちょっと……」
俺を名前で呼ぶこと。敬称を付けないこと。
思ったことは言葉にすること。気持ちを隠さないこと。
それが結婚してから、俺がルーシーにお願いしたこと。
夫のワガママを律儀に聞く必要はないのに、真面目なルーシーはがんばって実行しようとする。
「焼きもちやいてくれてるの?」
「だって、すごくかっこいいから……。時々すごく不安になるの」
そう言って目を伏せるから、たまらなくなって顔を引き寄せて口づけする。
ああ、足りない。
結婚してキスしたり体を繋げたりする権利をもらっても、どれだけ近づいても足りない。
「んむっ。マーク」
どんどんと胸元を叩かれて、ようやく彼女の唇を解放してあげる。
彼女の頬がかわいく色づいていて、それを見て気持ちが満たされる。
「夜会ではあまり食べていないだろう? 帰ったら、なにか摘まみながらお茶しよう」
「はい」
お互い寄り添って、馬車に揺られる。
忙しない夜会は苦手だけど、解放された後の静かでのんびりとした時間があるから乗り切れる。
伯爵邸に着き、ルーシーの部屋に送る。
籍を入れたけど、夫婦の居室の準備ができていないのでそれぞれの部屋で生活している。夜や時間のある時はどちらかの部屋で一緒に過ごすことが多いけど。
敷地内に別宅を建てるかという案も出たけど、母の強硬な反対があり、ルーシーも余計な支出を渋ったので両親の居室と別の階に俺達夫婦の部屋を作るために改装工事をしているところだ。
心の問題かもしれないけど、屋敷がどこか明るい雰囲気になったように思う。
義父はルーシーに静かに一喝されてから、亡き妻の遺品を整理し、彼女が使っていた部屋も母が使えるように壁紙を変えたり、家具や装飾品を揃えたりして改装中だ。
せっかく夫婦として仕切り直したし、もうすぐ我が子が生まれると言うのに、義父はほとんど領地に追いやられている。
さすがの母も父の暴走やこれまでのルーシーへの態度をすぐに許すことはできないようで、領地の仕事を全部、義父に押し付けているようだ。
でも義父はめげずに、仕事の合間を縫って時間があればこちらに戻ってきている。
ルーシーを部屋の中までエスコートすると、人の気配がした。
なぜか母と侍女数人がいて、慌てて衣装部屋の扉を閉めている。
「母さん? なにしてるんだ?」
「お帰りなさい。ルーシー、今日もかわいいわね」
俺を無視して、ルーシーに駆け寄る母を横目に、閉められた衣装部屋の扉を開け放つ。
「ちょっと、母さん!! なんで俺の贈ったドレスが奥に仕舞われてるんだ!」
「ルーシー、お腹すいたでしょう? 軽食を作るようにお願いしてあるから、着替えたら一緒に食べましょう」
ルーシーしか目に入っていないようで、俺に背を向けルーシーに話しかけている。
「母さん! 勝手にルーシーの部屋を触るなよ!」
「別に勝手に物を処分したりしたわけじゃないでしょう? ちょーっと使いやすいように整頓しただけよ。こういうのは女の方がよくわかるのよ。ルーシーもドレスがいきなり増えて管理の仕方に困っているだろうし」
「自分が贈ったドレスが手前にあった方が目に入りやすくて、使用頻度が高まるとか考えて、母さんのためにしただけだろう!!」
「だってー、私のデザインしたドレスを着ているルーシーが見たいの!! ただでさえ、一緒にお茶会や夜会に一緒に行ける機会が少ないんだから!! あんたはエスコートして踊って、馬車でいちゃいちゃできるからいいでしょ!」
「ドレスを贈るのは夫の権利だ!」
「いいえ、ルーシーは遠慮ばっかりしてたから、これまでの八年分は義母として贈らせてもらいます! その後も義母として、ずーっと贈らせてもらうけどね」
「それ、一生じゃないか……」
せっかくの馬車に乗っていた時からあった、甘やかな空気が母の登場で霧散した。
ルーシーに一目ぼれした時からこれまで。そしてこれから先もずっと、母は俺のライバルだ。
「ふふっふふふ」
俺と母のやりとりをぽかんとして見ていたルーシーがふいに笑い出したので、一時休戦する。
「私、愛されてるなって思って」
あー、今日も俺の妻がかわいい。
思わず抱きしめる。
夫婦の間で二人きりの時は素直に言葉にするし、行動するって決めてるんだ。
ルーシーを抱きしめていたのに、母に秒でひっぺがされる。
「もう、心の狭い男って最悪。さー、着替えて軽食を食べましょう。二人でね。あのね、生まれてくる子の服の事相談したいの」
「私でよければ。あっ、でもマークも、一緒に……」
生まれてくる子の話を出すと、ルーシーがすぐ食いつくと知っている母の常套手段だ。
「やっぱり離れを建てよう。今からでも遅くない。新婚なんだから邪魔しないでくれよ、母さん。義母であり姑でもある人と四六時中一緒なんてルーシーの気も休まらないだろう?」
「ふーんだ。元義兄のくせに心の狭い! 私がいなかったら、あんたなんて初恋を拗らせたまま結婚することもできなかったのよ!」
「あの、お義母様、興奮しないで。三人で一緒にお茶しましょう」
再び口喧嘩を始めた俺達にルーシーが間に入って宥めてくれる。
「じゃ、下で待ってるわ」
機嫌を直した母が退室すると、ルーシーが俺の服の裾をつまんで見上げてくる。
「マーク、あとで二人でゆっくりお酒でも飲もう?」
二人きりの時は素直に言葉にするし、行動する。
ルーシーが日々、俺に向ける想いを形にしてくれるのが嬉しい。
母と俺から向けられる重い愛を受け止めてくれて、そして俺に気持ちを返してくれるのが嬉しい。
「それだけで終わらないけど、いいの」
顎先をくすぐると、こくりと頷く。
すぐにでも寝室に連れ込みたい気持ちをぐっと堪える。
想いが叶って結婚できた時はこれが人生の最高到達点だと思った。
でも、それは違って、日々ちょっとずつ更新されていくに違いない。
「もー、デレデレしちゃって、やだわー。ほら、いつまで経ってもルーシーが着替えられないじゃない。行くわよ」
姿を消したと思った母が扉の隙間から覗いていて、俺を部屋から引きずり出す。
それを見て顔をほころばせるルーシーの顔を目に焼き付けながら、扉を閉じた。
こんなかんじで、まぁまぁ騒がしいけど幸せな日常はこれからも続いていく。
番外編もお読みいただき、ありがとうございました。
おまけのSSがありますので、よかったらそちらもどうぞ。




