【番外編】運命の作り方 side義兄⑦
ルーシーの婚約者をぶっとばしたお陰でふっきれた俺は、母やアレックスと連携を取って動き出した。
母の情報網で同じ貴族派の派閥の未婚令嬢で、問題のありそうな者を探し出した。
貿易の要となる港を所有する裕福な伯爵家の三女。
華やかさがありながら清楚な雰囲気の漂うその女は、過去に姉二人の婚約者を寝取り、更に親友の婚約者にすりより縁談を壊したという。娘を溺愛していた両親もさすがに目が覚めて、現在は病気療養と偽り領地に押し込んでいるようだ。
見た目は極上なのに中身は醜悪。
今回の計画におあつらえ向きだ。
俺だと万が一、今後、顔を合わせた時にバレるといけないので、接触はアレックスに任せた。
彼は一見、女性にも見える中性的で美しい容姿をしているので相手に警戒心を抱かせないだろう。
女は領地に押し込められ、ちょうど限界を迎えていた。
『虐げられている女性の願いを聞いてくれる凄腕の占い師がいるらしい』
女を世話する侍女に噂を流す。
まんまと餌に食いついた女は、わざわざ下町まで現れて路地裏の占い師に扮したアレックスの前ではらはらと綺麗な涙を流して、自身の不幸な境遇について語った。もちろん全部嘘にまみれているが、演じている様子も嘘をつく罪悪感も微塵も感じさせない自然な様子だ。
姿を隠してその様子を見ながら、感心してしまう。
本物の悪人は、自分が悪い事をしているという自覚が全くないものだ。
「本当に幸せになりたい?」
「はい」
「アタシのこと信じられる?」
「はい。お父様もお母様も誰も私の話を信じてくれないし、話を聞いてくれないんです。でも、あなた様はちゃんと私の話を聞いてくれた。だから、信じます」
ベールで顔を隠したアレックスが厳かな様子で、小さな小瓶を取り出した。
「なら、この薬を飲みなさい」
「これは……?」
そんな怪しいことを言われて、さすがにその娘も戸惑っている様子だった。
「これは劇薬よ。死なないけど、死ぬほど苦しい」
「なぜ、そんなものを?」
「でもね、これを飲んだらあなたは大いなる力を得られる。そうしたら、あなたの人生は薔薇色よ」
その女に顔を近づけて、声をひそめる。
アレックスには演技の才能があるようだ。
「ここに来たことは忘れて、このまま帰ってもいいのよ」
ベール越しににこりとアレックスが笑うと、彼女は瓶を手に取り、中身を一気に空けた。
その瞬間、首元に手をやり搔きむしる。
悶絶して、叫び声をあげのたうち回った。
しばらくして、ぱたりと動きが止まったが床に倒れたまま動かない。
アレックスが彼女を優しく抱き起して、解毒薬を飲ませる。
「はぁ、はぁ、お前、これでなにも起こらなかったら、お父様に言って打ち首にするわよ!」
アレックスはナイフを取り出して、自分の指先を少し切った。
「なっ! なにをするの?」
「この傷口に手を添えて、治りますようにって一度念じてから、魔力を少し送りなさい」
「は?」
「いいから」
アレックスの勢いに押されて、娘がアレックスの指先に手を添えると、見る見るうちに傷口が塞がる。
「ね? 治癒魔法が発現したんだわ。あなたは特別な存在なのよ」
「でも、治癒魔法が使えたところで……」
「私には見えるわ。王都で運命の男性とあなたが出会い、恋に落ちて、そして雪が舞う頃には婚約しているでしょう。黒髪の精悍な騎士様ね。あなたはきっと公爵夫人になるわ」
「ええっ?」
「王都で彼の怪我を治したあなたを彼が見初めるのよ。婚約者がいるみたいだけど、そんなもの関係ないわ。だって、あなたが彼の運命なんだもの」
「王都の騎士様……公爵夫人……」
「まぁ、信じるも信じないもあなた次第だけど」
「……信じる。信じるわ」
「治癒魔法が発現したことは誰にも言っちゃだめよ。両親や他の欲深い貴族に知られたら使い潰されるわよ」
「はい」
「彼にはきっと会ったらすぐにわかるわ。彼ならあなたの治癒魔法を悪用したりしない」
「わかったわ」
「この本を読めば治癒魔法の使い方や禁忌なんかも載っているから、よく読んでね」
薄い一冊の冊子を差し出す。
「もうここに来てはだめよ。そして私に会ったこともね」
「ええ、わかったわ」
女はにんまりとした笑みを浮かべると、お代も払わずに足取りも軽く帰って行った。
「チョロいわね~。それに致死量一歩手前まで盛ったのに、ピンピンしてたし!」
俺の治癒魔法は、母の二度目の結婚の時に母の当時の夫に暴行を受けて殺されかけた時に発現した。
死にかかったが、そのことを母が然るべきところに訴えたお陰で離縁することができたので良しとしている。
交友範囲の広い母が集めた治癒魔法に関する文献や論文を読み漁って、ある程度の魔力量があり死の危機にさらされると、治癒魔法が発現する可能性が高いことがわかった。
だから、ターゲットにアレックスが配合した致死量ぎりぎりの毒を盛った。
そして、あの女は見事、治癒魔法を発現させたというわけだ。
「ほんと、悪魔の所業だわ」
「ちゃんと本人の了承は取っているし、人生を挽回するチャンスを与えてるんだからいいだろう?」
「悪魔じゃない魔王だわ。ほんと、たかだか義妹のために、どこまでやるんだよ……」
善良な人間が行う所業ではないことはわかっているので、ただ肩をすくめてみせる。
相手が悪魔なのだから、こちらが善良なままでいても負けるだけだ。
「まだまだ始まったばかりだ」
ちゃんとあの女とルーシーの婚約者が堕ちるところまで見守って、時にはサポートしないとな。
この先はほとんど手を出さなくても、勝手に上手い事転がってくれた。
あの女が役に立たない場合、次の女を仕掛けないといけないので無駄が省けてよかった。
女は治癒魔法を発現させたことは誰にも告げず、しばらくの間、殊勝にして過ごした。
そして、王都に用事のある父親に上手い事おねだりして、一緒に着いて行った。
そういったことには頭が回るのか、アレックスの言った『黒髪の騎士』『公爵夫人』という言葉をヒントにして、ルーシーの婚約者が運命の相手だと思い込み、彼の出没する場所をうろついていた。
俺の脅しが効いていて、ルーシーに治癒魔法をねだれなくなった婚約者は、それでも格好をつけることをやめられず市井の民の喧嘩の仲裁に入り怪我を負った。その場を通りかかった彼女が彼の傷を癒し、二人は運命の出会いを果たしたのだ。
その後は笑ってしまうくらい思い通りに進んだ。
困っているところを助けられた婚約者の方は、見た目も好みだったのか彼女に溺れた。
ルーシーを頼れないこともあって、どんどん治癒魔法を求めた。
体を繋げたほうが効率的に治癒魔法が効く。お互い想いあっているし、そういう関係になるのは早かったみたいだ。
彼女の父親も野心的な男なので、婚約者のいる相手に娘が手を出しているのを知りながら止めなかった。
公爵家も金持ちで港を有する伯爵家の方がうま味がある。
ルーシーとの婚約を破棄して、彼女と縁を結ぶ。誰も損しない話だろ?
この後、相変わらず治癒魔法をじゃんじゃん求めて、彼女の魔力が枯渇して治癒魔法の効きが悪くなったり、生命力が枯渇して彼女が萎びることがあるかもしれないけどな。
ほら、フェアじゃないから、きちんと治癒魔法についての冊子を渡しただろ?
あんまりお勉強が好きそうじゃないから、わかりやすく簡素にまとめてあるものなんだ。
でもきちんと治癒魔法の原理、手順や起こるかもしれない副作用や禁忌についてもしっかり書かれている。
読むか読まないか、それは本人の自由だけど。
こうしてルーシーの婚約は綺麗に破棄できた。公爵家から慰謝料も分捕れたし。
これまでの地道な領地の整備や再結晶宝石の評判の良さによって、父からルーシーとの婚約の許可も下りた。
ただ外にばかり目が向いていて、ルーシーの気持ちを読み違えた。
婚約者に宛がった娘の治癒魔法が枯渇したら、再びルーシーを求められる可能性があるし、王妃が次の婚約をごり押ししてくる可能性もある。
焦っていてプロポーズもなしに俺との婚約を持ち掛けたが、ルーシーは首を横に振った。
焦る気持ちはあるけど、ルーシーに今後はなにも強いたくないので、一旦引くことにした。




