【番外編】事故と覚醒 side義兄⑤
オフシーズンに、なんとか婚約者の許可が取れてルーシーは伯爵領に帰れることになった。
これで二週間ほど、婚約者と顔を合わせることも治癒魔法を使う事もない。
ゆっくりと体を心を休められるといいのだが。
婚約者の目がないのだから、母とルーシーと外出するのもいいかもしれないと少し浮かれる気持ちもあった。
しかし、そんな俺をあざ笑うように季節外れの大雨が続き、今のところ人的被害はないが、橋が壊れたり土砂崩れの起こった箇所があり、義父とアレックスと共に対応に追われていた。
そんな中、鉱山で事故があったと一報が入り、アレックスと共に駆けつける。古い鉱山の一つで地盤が緩んでいて、坑道の一部が崩落したようだ。
幸いなことに怪我人はいるものの重傷者はいないようだ。
鉱山に設置された救護テントに運び込まれた者をざっと見渡して、怪我の酷い者に声をかけ、さりげなく治癒魔法を施す。
今日の当直の医師は腕が良いので適切な治療が施されているようだ。
一通り怪我人の確認を終えて、救護テントの横にタープを張り熱いお茶を淹れて一息つく。
「はー、なかなか鉱山はやっかいだな」
さすがのアレックスも橋の補修をしたり土砂を移動させ固めるなどの大掛かりな魔法を連日使って、疲れが溜まっているようだ。
愚痴りたい気分のようなので、思う存分吐き出させるかと防音の魔道具を起動する。
「そうだな。整備もやってもやってもキリないしな」
「魔法を以てしても一瞬で整備できるわけじゃないからな~」
先々代から採掘されている鉱山の労働環境は時代が止まっていて、安全管理が朴訥だ。
伯爵家に養子入りしてからアレックスと共に鉱山の整備を進めているが、魔法で坑道を固め明かりを灯す魔道具を設置し、採掘作業や運搬作業をする魔道具を導入しているが、まだ全ての鉱山を整備しきれていない。
「今回は崩落はあったけど、被害が少ないのが救いじゃないか?」
「ああ。そうだな……」
整備が終わっていない鉱山では、鉱山事故の恐ろしさを伝えている。しかし、代々採掘をしている人々はやり方を変えたがらないし、こちらの話を聞き入れてくれない。
今回のことも、この鉱山は事故が起こったことがなく地盤が固いからと妄信し、天候が悪いのに採掘作業をした結果だという。
タープの外で青ざめている坑夫がいることに気づき、防音の魔道具を止めて声をかける。
「どうした?」
「若様……息子が……姿が見えないのですが……」
「は? 息子?」
「8歳の子供で……いつも作業に連れて来て、この辺りで遊ばせていて……。でも、坑道には入らないように言いつけているのですが……」
「わかった。念のため、アレックスと坑道を捜索する。二次被害を避けるため、他の者は絶対に坑道に入るな。それ以外の場所は手分けして捜せ」
アレックスと目を合わせ、無言で頷く。
魔道具のランタンを手に取り、坑道へ急ぐ。
「あー……、残念、この中にいるわ」
坑道前の入口で地面に手を着いたアレックスが探索魔法を発動し天を仰ぐ。
「状態はわかんないけど、生体反応はあるから生きてる。行くしかないかぁ~」
「魔力はどのくらい残ってる?」
「んー、半分くらいかな? でも疲労してるから、使えるのはその半分くらいかな……」
「俺もそのくらいか。行き道で天井部分を固めながら行こう」
「あー土魔法って苦手なんだよなー。やるしかないかぁ」
気合を入れる時のクセでアレックスは恋人から贈られた髪紐を解き、もう一度髪を結び直す。
「よし! 行こう」
魔道具のランタンを掲げ、薄暗い坑道を土魔法を発動させながら走り抜ける。
暗くて狭い坑道の中では呼吸音と足音だけが響いて、場所や時間の感覚が無くなる。どのくらい走ったのか、息が切れ体が重くなってきた所で、かすかな子供の泣き声が聞こえてきた。
そこから力を振り絞り走り続けると、暗がりで縮こまっている子供を見つけた。
「大丈夫か?」
明かりにつられてこちらを見た子供を、驚いて逃げ出さないようにそっと抱きしめる。
「お父さんは無事だ。帰るぞ」
恐らく事故が起こったと聞いて、父親が心配で坑道に入ってしまい迷って帰れなくなってしまったのだろう。
安心したのか、大声で泣き出した子供をあやしながら、来た道を疾走する。
帰り道は天井に魔法をかける必要はないので、ただひたすら走る。いくら魔法を使っても万全でないことは俺もアレックスもわかっていた。もう、魔力も体力も底をつきそうだ。
足が重くなった頃にようやく入口が見えてきた。入口は煌々と照らされ心配そうな顔をした抗夫達が覗き込んでいる。
「お父さん!」
子供が叫んだので、下ろしてやると一目散に駆けて行って父親に抱き着いた。
「皆、撤収しろ」
そう言った瞬間、入口付近の天井近くの岩が崩れ落ちてくるのが目に入る。少し先を行くアレックスに直撃する瞬間、体が動いた。
アレックスを突き飛ばし、自分もなんとかよけようと体を捻ったけど、その甲斐もなく頭と背中に衝撃が走る。
「マーク!!」
アレックスの叫び声を聞いた後、目の前が白くなり意識がそこで途切れた。
◇◇
ルーシーの声が聞こえた気がして、意識が浮上する。
それなのに目を開けることも体を動かすこともできない。
ぼんやりとした意識の向こうに、痛みや寒さを感じる気がする。
俺は死んだのか?
遠くで会話が聞こえる。
俺と話す時とは違って、アレックスの声が冷たい。
それに答えるルーシーの声は毅然としているけど少し震えている。
これは夢なのか?
体の感覚がほとんどないのに、頭に添えられたものの感触ははっきりわかった。
冷たくて、でもあたたかい。
ああずっと、この感覚を味わっていたい。
そう願ったのに、その感触はしばらくすると消えてしまった。
今度は唇になにかが当たる感触がする。
冷たくて、柔らかい。
そこからあたたかいなにかが注ぎ込まれて、冷え切ってカラカラに乾いた体に染みわたっていく。
ほとんど感覚が無くなっていた体が蘇り、それと共に痛みがはっきりしてくる。
頭がズキズキして、右半身も殴られたかのように痛いし、寒気が襲ってくる。
痛い苦しい寒い怖い。
しかし、口から注ぎ込まれるなにかによって、痛みや寒気もじわじわと消えていった。
唇に当てられていた柔らかいものが離れていく。
引き留めたくて手を動かそうとするのに動かない。
もう一度意識が、どこか深いところに潜っていった。
次に覚醒した時に、重いまぶたをあげると傍らにルーシーがいて、俺の片手を握りそこからほのかに彼女の魔力が流れてくる。
疲労の漂う顔には涙の跡がある。どこかをぼんやりと眺めていて視線は合わない。
どうした? なにか悲しいことでもあったのか?
頭をなでてあげたいのに手が動かないし、声も出せないし、魔力も流せない。
徐々に自分の身に起こったことを思い出す。
落石事故があって、アレックスを庇って頭と背中に喰らって、救護テントに運ばれたんだな。
でもなんで、ここにルーシーがいるんだ?
これは死に際に見る優しい夢?
今度も意識は長くは続かず、再び意識が遠のいた。
そして、再び目覚めた時にはルーシーがいなかった。
アレックスから謝罪は受けたが、それ以外については口を噤んでいる。
でも、あれは夢なんかじゃない。
そうじゃなかったら、岩が直撃して怪我もなくピンピンしているわけがない。
医師を問い詰めると初めは言葉を濁していたが、案外あっさり教えてくれた。
彼もルーシーのなりふり構わない様子に感動したらしい。
やっぱり夢なんかじゃなかった。
事故のことを知って、大雨の中、駆けつけてくれて、そして俺に治癒魔法を施してくれた。
頭の傷に手を当てても魔力が入らないから、唇を通して。
怪我は完治しているので、アレックスの手を借りて伯爵邸に戻って療養することになった。
怪我は治ったけど血は足りていないからとベッドの住人だ。
ルーシーが俺の部屋に顔を出すことはない。
早く顔を見て話したい。
その一心で食事をきちんと食べ、よく眠り療養に務めた。
考えることややることに追われていた俺の頭は珍しく静かだ。
ああ、わかった。
見守るだけじゃだめだ。
きっと、この手から零れ落ちて、知らない間に儚く消えてしまう。
婚約者がいても、命を助けるためだとしても口づけをして治癒魔法を流すくらいの情が俺にあるなら、俺は諦めることを辞める。
ルーシーを自分の手で幸せにしよう。
自分の手を血みどろにしたとしても。
俺は頭の中で、新しく算段を立て始めた。




