【番外編】呪い? side義兄④
「ハイハイ、けなげ、けなげー。しかし、そんなイイ女かね、彼女」
「うるさい。お前なんかにわかってたまるか!」
鉱山の一角で騒々しさの中、苛々した気持ちから大声で叫ぶ。
心の中でグルグルと巡るどうにもできない想いは時折、吐き出さないと本当に腐ってしまいそうで、定期的に吐き出している。真剣に相談に乗ってくれないけど、口の堅いこの男に。
軽口を叩くアレックスがまとう地味な魔法師のローブの上で腰まで伸ばした見事な金髪が揺れる。
身長は俺と同じくらいだが、金髪碧眼の中性的な容姿をしているアレックスは、ドレスアップしたら貴族令嬢に見えるだろう。口を開かなければ。
「万が一、婚約破棄された時のために駆けずりまわってるんだろー? 重いっていうか……なんでそこまでしてんの?」
「わからない。でも、人が人に惹かれる理由なんて、はっきりしないもんだろ?」
「まー、確かにな。でも、あの女にそこまでの価値ある? どこにでもいるお綺麗な貴族令嬢じゃん」
「お前こそなんでそんなにルーシーを毛嫌いするんだ?」
「お前こそ騙されてないか? 外見に。自分の悲劇的な状況に酔ってるようにしか見えないよ。婚約者がいるのに義兄にすり寄って、気持ち悪い」
「ルーシーの方から俺にすり寄ってきたことなんてない! それに婚約に関して不満を漏らしたこともない。お前の方こそ、ルーシーのどこがそんなに気に入らないんだよ」
「んー……。確かにキレイだし、うるさくないし、ん? んー……? なんでだろ? それこそ、生理的なもの? いちいち媚び売ってるようにしか見えないし、なんか憎らしいんだよな……」
アレックスはルーシーと直接話したことはない。領地で遠目で見かけたことがあるくらいだろう。
俺から話は山ほど聞かされているけど。
貴族を苦手として嫌ってはいるけど、ルーシーになにかを言われたりされたわけでもないのに。
なんとなく嫌などという曖昧な理由に首を傾げる。
アレックスは女嫌いの気のある俺よりは女の子に優しい。どうしてこうもルーシーにだけ当たりがきついんだろうか……?
アレックスに限らず、数少ない貴族の友人もルーシーにあまりいい感情を抱いていない。
たまに夜会に出席すると友人に労われ、ひそひそと遠巻きに噂されるがその内容はあまりいいものではない。
屋敷の男性の使用人も彼女に冷たい気がする。
彼女は惚れた相手というひいき目を抜きにしても、美しい容姿をしているし所作やダンスをする姿も優雅だ。なぜそんなみんなに毛嫌いされているのか理解できない。
婚約者が夜会にエスコートしない冷遇ぶりなら、釣書が殺到してもおかしくない。
彼女に無関心な義父が握りつぶすはずもないし、彼女を猫かわいがりする母が大騒ぎしないので本当に釣書が届いていないのだろう。
これまでは彼女のよさは自分(と母)だけがわかっていればいいと思っていたし、余計な虫がつかなければそれでよいと思っていた。
でも、この違和感はなんだろう?
「わかった! あの子、閉じる前の鉱山みたいな不穏な空気が漂ってんだよ。理由はないけどなんか不穏っていうか、不愉快っていうか……イライラむかむかするんだよ」
アレックスの返事にうなじの後ろがざわざわする。
そこに誰かの意図でもあるのだろうか?
「なぁ、ちょっと今度近くで見せてくれ!」
研究者気質の彼は気になる事があると一直線だ。
「ええ?」
「うん、改めて考えてもおかしいよな。条件的にはすっごく魅力的で決定的に嫌なことをされたわけでもないのに、これだけ不快感があるって。ちょっと近くから見るだけでいいからさ!」
「……」
「なんらかの呪術とか掛けられてるかもしれないぞー。それか、お前の目が節穴か。見極めてやるよ」
確かにルーシーがここまで人に嫌われるのにはなんらかの理由があるのかもしれない。
それは気になるし、アレックスの直感はけっこう当たる。
「わかった。でも、絶対に手を出すなよ。彼女に不快な思いをさせるな」
「全然好ましく思えないし、愛するハニーがいるから大丈夫だって。お前のためなんだから、な」
伯爵家の中で信頼できる人間は少ない。
商会と領地の仕事、両方のパートナーであるアレックスと王都の伯爵邸でも行動を共にできるのは効率も良い。義父もアレックスの仕事ぶりを認めていて、客間まで融通してくれた。元々、面識のあった母も彼が伯爵家に滞在するのを歓迎してくれた。
せっかくルーシーと距離が近づいたと思ったのに、アレックスに遠慮しているのか少し距離ができた。
寂しく思うけど、それどころではない事実が判明した。
「あー、あれ呪われちゃってんぞ。感じる。俺はふんわりとしかわかんないけど。絶対そう。だって、見れば見るほど、イライラしてくるし、不快。なにかされたわけでもないのに、嫌で嫌で仕方ない」
伯爵邸にしばらく滞在して、遠目にルーシーを観察していたアレックスが確信を持った口調で言い切る。
「は? 呪い?」
「さすがに人に直接呪いをかけられるような術者はもう存在しないだろうから、なんか媒体となるものがあるんだろーなー」
アレックスは元孤児で、貴族の通う学園にも通っていないのに直感的に数多の魔法を使いこなせるし、呪術を趣味で調べている。
にわかには信じがたいが、ルーシーを取り巻くなにかがあるという可能性に心がざわつく。
「媒体?」
「一番いいのは金かなぁ。鉱物でも宝石でもいいけど、呪いの力を強めようとするなら材質と純度が大事なんだ」
「仮に呪いをかけられているとして、どんな呪いなんだ? 」
「内容もさー、俺じゃわかんないよ。ちょっと観察するために通っていい? 媒体を見つけてそれを見せてもらえれば一発でわかるんだけどな~」
「いいけど、怖がらせるなよ。まったく、それが本当だったとして、誰がそんなものを……」
「心当たりない? 大方、婚約者が虫除けのために持たせてるんじゃないの?」
「あの婚約者がそんなことをするとは思えない。公爵家? それとも王妃殿下か?」
婚約は王命だが、裏で画策したのは王妃殿下だろう。
騎士団の剣術大会で瀕死の婚約者に、治癒魔法を施すルーシーを蛇のような目でじっと見ていた。どんな思惑があるのだろう?
そちらも母と協力して解明しないといけない。
やることの多さに眩暈がしてきた。
伯爵の仕事の補佐、領地のこと、再結晶宝石の試作、それにルーシーにかけられた呪い。
しかも、母や俺の不在時に彼女の叔母が訪ねてきたという。
母やアレックスと話し合うことも、考えなければいけないことも調べなければいけないことも山積みだ。
そうこうしてる間にルーシーが姿を消した。
絶望して家を出たのかと思って、胸が潰れそうだった。
夕食時にルーシーがどこにもいないと侍女から聞いて、彼女の名を呼びながら屋敷中を駆け回る。
ふと思い立って、彼女の亡き母が使っていた部屋に向かう。
契約結婚である母が嫁いでからも片付けられることなく、使用人たちによって清潔に保たれている。
時が止まったままのような部屋の床で、ルーシーは倒れていた。
「ルーシー!!」
意識はあるものの、起き上がろうとする彼女を抱き留めると体が熱い。
続けて駆けつけてきた母をルーシーは拒絶した。
ルーシーの口から母の妊娠を知って、動揺する。
契約結婚で白い結婚だって言ってなかったか?
身持ちの固い母だから、父親は伯爵以外に考えられない。
母の妊娠についても気になるが、今はルーシーが優先だ。
彼女を抱きかかえると、足早に彼女の私室へと向かう。
以前、抱き上げた時よりさらに軽くなった気がする。いつから具合が悪かったんだろうか?
戸籍上は家族となり、一緒に暮らし始めて八年経つが未だにルーシーは自分達に遠慮する。
なにかあっても全部諦めて、華奢な体に全て飲み込んでしまう。
彼女が苦しくなって頼るのは、未だに亡き母だ。
信頼されてないのか?
心配かけたくないのか?
言っても無駄だと思われてるのか?
おそらく、全部だ。
母も俺も未だに彼女の家族の枠に入れてもらえていない。
それも仕方のないことかもしれないな……。
後妻として入った母は自分の父親と子を成していて、義兄の俺は仕事に駆けまわっていて碌に話もしていない。
そんな取り留めのないことを考えている内に、ルーシーの部屋に着いたので彼女をソファに降ろして、あとは侍女に任せる。
高熱で辛そうにしている彼女になにもできない。治癒魔法を流すことすら。
彼女の頭をひとなでして、部屋を後にする。
――行かないで。
そんな声が聞えた気がした。
でも、婚約者でもない自分はここにはいられない。
幻聴を振り切るようにして、自分の部屋に戻った。
それなのに夜中に目が覚めて、気づくと彼女の部屋に向かっていた。
そっと扉を開けて、足音を潜ませてベッドの傍らに立つ。
侍医の話によると、やはり冷えからくる風邪だという。
荒い息をしてうなされている。
風邪なので、治癒魔法をかけることはできない。
なにもできない。
苦しんでいるのに。
ただ見ていることしかできない。
せめてもと額に置かれた布に含まれた水の温度を魔法で下げた。
ふわりと彼女の顔がゆるんだ気がした。




