【番外編】王妃の誤算 ~黒幕の独り言~ side王妃
☆全ての黒幕である王妃の思惑と末路。
☆胸糞注意。
どこで間違えたのかしら?
少し欲ばりすぎたのかもしれない。
幼い頃に見た治癒魔法師の御業が忘れられなかったせいもある。
どうしても、どうしてもあの娘が欲しかったのだ。
それがまさか自分の身を滅ぼすことになるなんて思いもしなかった――
◇◇
この国で魔法はまじないのような不確かなものとして扱われ、あまり当てにされていない。
発動方法や結果があまりにも曖昧で、頼りにならないからだ。
便利な魔道具も溢れているし、魔法に頼るくらいなら知識を増やし身体を鍛えた方が早い。
中でも治癒魔法はもっとも曖昧で、効果も懐疑的なもの。
治癒魔法師にストレスがかかる環境下では、あまり効果が出ないという使い勝手の悪いものだった。
それでも医術の補助的なものとして、王宮でも治癒魔法師を登用している。
研究があまり進んでいない分野だが、長期的に使用した際の副作用なども報告もされているため、王族への使用は命に関わるもの以外禁止されている。
私は王族派の筆頭公爵家の長女として生を受けて、順当に王太子の婚約者となり、王妃という最高権力を手にした。
――できれば女性の治癒魔法師を囲いたい。
金も権力も欲しいままにした私の次なる野望がこれだった。
もちろん、普段使いするつもりはない。
でも、保険として欲しい。あの奇跡の力を。
先代公爵である祖父が馬車の事故で瀕死になった時、呼ばれた王宮の治癒魔法師があっという間にその怪我を治すのを母の影から見ていた。
治癒魔法がこれほど効くのは稀で、祖父が人格者で治癒魔法師とは面識があり、魔力の相性が良かったおかげだという。
王宮にも治癒魔法師はいるが冴えない雰囲気の男性ばかりだ。できれば見目麗しい女性で、常に侍らせられて自分に心酔している者がいい。
そういう存在がいないなら、作り出せばいいだけだ。
治癒魔法師の情報は基本的に秘匿されている。だから、金をばらまいて、魔法の適性検査をする教会から情報を吸い出した。
マクファーレン伯爵令嬢のルーシー。
マクファーレン伯爵家は時折、治癒魔法を発現させる血筋だ。
豊富な魔力量にほどほどの爵位。
幼いながら美しい容姿をしていて、従順な性格のようだ。
ネックなのはマクファーレン伯爵家が王族派ではなく貴族派であること。
さて、周りに悟られずに彼女を囲い込むにはどうすればいいだろう?
彼女の身辺を調べ始めると両親に溺愛されていることがわかった。
複数の鉱山を持つ、それなりに盤石な地位にある伯爵家。手を出すのは難しいが、今のところ貴族令嬢で治癒魔法を発現しているのは彼女だけで、このまま諦めるのも惜しい。
しかし、どの家にも隙はあるもので母親の妹は強欲で姉を妬んでいた。
彼女の叔母を上手く焚き付け、大枚をはたいて契約した異国の呪術師を潜り込ませ、異性から嫌われる呪いのかかった指輪をあの娘に持たせることに成功した。
呪いの代償として母親の命を使ったせいで亡くなってしまったのは、可哀そうだが都合がよかった。
そのまま叔母が後妻として居座り彼女を虐げれば、もっとよかったのだが残念なことに叔母は屋敷を追い出された。
そこは計算違いだったが、母親を亡くして父親を含めた男性に嫌われ、彼女は順当に孤立していった。
手元に来たらかわいがってあげるので、今は我慢して欲しい。
自分の好感度を上げつつ、穏便に手の内に囲うために甥との婚約を成立させた。
そのせいで、遠縁の後妻とその息子が家族になったのは計算外だった。後妻はルーシーをかわいがっているようだが、息子は毛嫌いしているようだ。少し予定と違うが問題はないだろう。
近衛騎士である甥は折に触れて、搾取するように娘に治癒魔法を求めるようになったが、それを放置した。
彼女が死ななければいいし、甥を観察することで治癒魔法の作用や副作用も解明されるだろう。
甥の近辺やマクファーレン伯爵家に忍ばせた者からの報告に興奮する。
あの娘は素晴らしい力を持っているようだ。
甥はこんな奇跡の力を前にしても、その価値を全然理解していなかった。実家の公爵家の連中も。
金も権力も命あってのものだというのに。
甥が出場した騎士団の剣術大会。
愚かな甥は八百長で決勝まで勝ち進み、実力派の平民に叩きのめされた。
目の前で瀕死状態の甥を、あの娘が回復させるのを見てゾクゾクした。
このまま甥と結婚したら、この素晴らしい力が私のものになる!
婚約者である甥だけでなく、公爵家でもぞんざいに扱われているようだが、それも見て見ぬふりをした。どこかで甥や公爵家に釘をさせば、恩を売れるだろう。
甥と彼女が結婚して憔悴したタイミングで声をかけよう。
そうしたら私に心酔して、いざという時に命がけで助けてくれるだろう。
私の計画は完璧で全てが順調に進んでいた。
それなのに突然、治癒魔法が発現した娘が新たに現れた。
甥はマクファーレン伯爵令嬢を嫌っていて、その娘と一瞬で恋に落ちた。
甥に囲い込まれた娘では、私の傍に侍らせることも、いざという時に私のために治癒魔法を使わせることもできないかもしれない。
婚約者の交代を訴える甥をなんとか宥めようとするも、聞く耳を持たない。
周りも甥と対抗派閥の婚約者の不仲を誰もが知っていて、新たに現れた娘を押してくる。
ぎりぎりと扇を握りしめる。
新たに現れた治癒魔法の使い手の娘は、貿易の要となる港を領地に持つ貴族派の伯爵家の令嬢だ。
枯れるかもしれない鉱山を抱えるマクファーレンより、貿易という半永久的に利の保証されている家の方が公爵家にとっても望ましい。正論だ。
私の主張した王族派と貴族派の融和も叶う。
なにより、可愛がっているように見せかけている甥の幸せを叶えないわけにいかない。
苦渋の決断で、婚約者の交代を許可した。
誰か息のかかった者をマクファーレンの娘の婚約者に据えなくては……。
王族派の令息から手駒になりそうなものの選別を急ぐ。
あからさまな不良物件ではいけないし、年頃の釣り合う令息は婚約者がいるか結婚している。
マクファーレン伯爵夫人が息子との婚約を推し進めようとしているという情報が入ったので、匿っていた彼女の叔母を使うことにした。
叔母の手引きでサディスティックな男爵に引き渡し、婚姻させる手筈だ。
純潔が失われても治癒魔法は使用可能だ。彼女を窮地に陥らせて、最終的に自分が彼女を囲えれば問題はない。
それなのに先手を取られて、マクファーレンの養子が夫に収まった。
さらにはその母が実家の公爵家の醜聞の証拠を突きつけてきた。後妻の分際でどう取り入ったのか、貴族派の筆頭公爵家の夫人を引き連れて。
貴族派の貴族の結束は弱い。
ただ王族や王族に連なる貴族の暴走を防ぐための存在。
それなのに、マクファーレン伯爵夫人は孤高の筆頭公爵夫人を落とし、貴族派をまとめあげた。
彼女は公爵家や甥が娘に無体なことを働いた音声の証拠まで突きつけて、艶やかに微笑んだ。若々しく溌溂としていて、表裏のなさそうな彼女のことを少々侮っていたかもしれない。
もう治癒魔法の娘どころではない。
自分の足元を固めるために熟考しなければ。
◇◇
――ああ、惜しい。
王家主催の夜会に夫にエスコートされて現れた娘を見て、ほぞを噛む。
甥と共にあるときは悪かった顔色がよくなっていて、大事にされているのが伝わってくる。
この状態であれば、治癒魔法を存分に振るうことができるだろう。
彼女を窮地から救う役目を私ができたなら、彼女を心酔させることができたのに。
苛立ちをぶつけるように、甥と愚かな公爵家を断罪する。
愚かな甥は貴重な治癒魔法の使い手を使い潰した上に、二度目の婚約破棄をしていた。
実家の公爵家を切り捨てるしかない。
金づると後ろ盾を失うのは正直痛いが、『清く美しく正しい』自分のイメージをこんなところで崩すわけにはいかない。
これで私の傷は最小限に抑えられただろうか?
ダンスを踊る娘を見ながら、次の手を考える。
愚かな甥の失策の後に、迅速に動いたキレ者の夫はきっと彼女を私に差し出すことはないだろう。
でも、甥や公爵家を切り捨て断罪した私に悪印象は持っていないはずだ。
あの娘の子供が治癒魔法を引き継ぐかもしれない。
彼女の義母であるマクファーレン伯爵夫人のお腹の子供が、治癒魔法を引き継いでいるかもしれない。
貴族派とも交流を図って、王太子の子供の婚約者に据えればいいか……。
今度こそ、幼い頃から甘やかに囲わなければ。
そう思ってほくそ笑んでいると視線を感じた。
マクファーレン夫人と彼女の息子。
娘を私から隠すようにして立ち、顔には柔らかい笑顔を浮かべているのに、その琥珀の瞳は見透かすようにこちらを射抜く。
私の全ての思惑が筒抜けているかのように。
――甥や公爵家を追い込んだのが彼女達だったら?
ふいにそんな考えが浮かんでぞっとする。
「母上、これ以上、かきまわさないでください。次期マクファーレン伯爵は敵に回したくない。マクファーレン伯爵夫人も一筋縄ではいかない。事なかれ主義の伯爵も、溺愛していた先妻を越える寵愛ぶりを発揮しているようだ。マクファーレン伯爵家を舐めないほうがいい」
息子である王太子から声がかかる。
「ふふふっ。なんのことかしら?」
「自分の生家で王族派の筆頭公爵家を潰したことの重大さを理解していませんか? 今回の件については父上もお怒りのようですよ。治癒魔法うんぬんの前に、隠居することになりますよ?」
息子はいつから気づいていたのだろうか?
凡庸な父とは違い随分聡明なようだ。
次期王からの最後通達に己の負けを悟る。
自分はなにかを間違えたのだろうか?
あの後ろ盾のない娘をひっそりと守る存在に気づけなかったせいだろうか?
私が手からするりと抜けていった願望を手にすることはついぞなかった。
それどころか、これまで積み上げていったものが静かに崩れて落ちていくのを止めることすらできなかった。
この後、義兄視点の番外編が続きます。
よかったら、そちらもどうぞ。




