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おそらく、私には異性から嫌われる呪いがかかっている  作者: 紺青


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25/25

25.夜会とこれからの幸せについて(終)

「おい、今なら婚約者に戻してやるぞ」


 どこかの喜劇役者のようなセリフが聞えて振り返ると、ずいぶん風貌の変わった元婚約者がいた。

 王宮の夜会ということで、金の刺繍が入った漆黒の衣装に差し色に赤を取り入れてめかし込んでいる。

 しかし、片足を引きずり、騎士とは思ないくらいやせ細っている。

 顔色も土気色で、自慢の髪にも艶がない。

 なにより整った相貌に似合わない刀傷が頬に走っている。


「寝言は寝てから言え」


 一応、相手の爵位の方が上なので向き合って、なんと返したらよいかと悩んでいるうちに、隣にいる義兄が代わりに返事をしてくれた。


「お前、誰に向かってものを言っている?」


「えーと、元近衛騎士の三番隊隊長で、元次期公爵で…………ルーシーの元婚約者」


 男性にしては声の高い義兄の声が最後の部分だけ、低くなる。


 「騎士としての任務でもないのに、城下に出ては揉め事に首を突っ込み続けて、挙句の果てに、左足に重傷を負って除隊になったんですよね? 治癒魔法を使える婚約者の伯爵令嬢は、治癒魔法が効かなくなったことを罵倒して婚約破棄。それらの頭が悪い行いのせいで、公爵家の跡取りから外された。違いますか?」


 ルーシーと婚約破棄した後の彼のあれこれを、すらすらと義兄が述べる。


 治癒魔法はある程度の練度が必要となる。

 伯爵令嬢は、治癒魔法が発現したばかりの時に体を繋げる方法で、楽に治癒魔法を行使することを覚えてしまったようだ。

 細かな調整などせずに、魔力を一度に大量に送っていたため、婚約者にはすぐに彼女の魔力への耐性がついてしまった。

 そのため、彼女の治癒魔法の効きが悪くなったのだろう。


 元婚約者は騎士時代、王宮の治癒魔法師にもルーシーに対するような横柄な態度を取っていたらしい。

 治癒魔法師は爵位の低い男性が多い。

 選民意識の強い彼がどんな態度だったのか想像に難くない。

 そんな態度では治癒魔法が上手く入らなかっただろう。


 治癒魔法師もルーシーも頼れない彼は負った怪我や傷を治せなくなった。

 きっと地道に治療や療養などをすれば治癒魔法がなくとも、ある程度のところまで回復しただろうに。


 元々、努力が嫌いでルーシーの治癒魔法に頼り切りだった彼はその方法を選ばなかった。

 甘やかされ物事をそれなりにこなせていた彼には難しいことだったのだろう。


 時間が経てばたつほど、治癒魔法をのせた魔力を注ぎ込んでも治りは悪くなる。

 今更、ルーシーに頼られたところで治せるとも思えない。

 

「昔は本当に素敵で憧れたものでしたけどね……今じゃ見る影もないわ……」

「元婚約者に縋るなんてよっぽど追い詰められているんだな……」

「二度の婚約破棄に、後継ぎを外されるってよっぽどじゃない?」


 三人の周りから貴族達の小さな笑い声とひそひそと話す声が聞えてくる。


「うるさいっ。お前は黙って、俺に従えばいいんだ!」


 伸びてくる元婚約者の腕に身を縮めると、義兄がその腕を薙ぎ払い、庇うように抱きしめてくれる。

 あたたかくて清涼な香りに包まれて、ほっとする。


「それは義兄だろう? 未だに新しいパートナーもいない。どうせ醜悪で冷徹なお前は、誰とも結婚できないんだ!」


「義兄じゃない、夫だ。籍を入れただけで、結婚式は先だが」


 まだ、諦めずに掴みかかってこようとした男の動きがピタリと止まった。


 そこへコツコツとヒールの音が響く。

 王族しか纏えないブルーの生地が見えて、ルーシーと義兄は頭垂れた。


「そこまでだ。アドルフ、これ以上、無様な姿をさらすな……」


「王妃殿下……」


「可愛い甥っ子だからと……。私の目も腐っていたようだな……」


 そこには威厳すら感じられる漆黒の髪の女性が立っていた。

 その後ろには貴族派の筆頭公爵家の夫人と、したり顔の義母が控えている。

 義母にぱちりとウィンクされて動揺する。

 

 義母はせっせと社交にいそしんでいたけど、ついに王妃殿下までたどり着いたというのだろうか?

 いつの間にそこまで根をのばしたのだろうか?

 義母の社交性に舌をまく。


「まさか、王妃の生家だからとやりたい放題し、いくら対立派閥とはいえ婚約者を虐げていた、なんてな……」


 王妃殿下からの突然の告白に、場がシンと静まり返る。

 その後に、さざ波が広がるように人々が話し出す。


「呪いの指輪の術式にね、音声を聞くというものがあったんだ。どうやったのか知らないけど、アレックスが過去の指輪が聞いていた音声を取り出すことに成功した。それを母さんが王妃殿下に聞かせたらしい。もちろん、公爵家の関係者に事情聴取して、裏付けも取っているだろうけどね」


 義兄が横から情報を補足してくれる。


 元々、王族派と貴族派の対立が激化したことを憂いた王妃殿下の采配で結ばれた婚約だった。

 それを台無しにして、さらに王宮の夜会で醜態を晒している。

 甥っ子を見限るには、それで十分だったのだろう。


「これはなにかの間違いでございます」


 そこへ騒ぎを聞きつけた公爵一族がやってきた。

 真っ先に、王妃殿下の実の兄である公爵家の当主が頭を下げる。


「間違っているのはそなた達ではないのか? 息子も碌に教育できていないみたいだな?」


「なにか誤解が生じているようでございます。大変、大変申し訳ございません。この子は任務で重大な怪我を負ってから心身を病んでいるのです。どうかご慈悲を」


「アドルフが怪我を負ったのは任務ではなく、街の酒場で騒いだあげくの乱闘だと耳に入っている。それに心身が病むようなことをされたのは彼の歴代の婚約者達ではないのか? 貴重な治癒魔法の使い手をなんだと思っている?」


「そのようなことは決してございません! 二度の婚約破棄は穏便なものでございます!」


「いつの間に、そこまで堕ちてしまったのだろうな……。お前達、公爵家の者が方々で働いている狼藉、私の耳にも入っている。信じたくはなかったが……」


「……」


 王妃殿下の言葉に、さすがの公爵も口をつぐむ。

 きっとルーシーにしたような暴言や態度を他所でも取っていたのだろう。

 王妃殿下の後ろ盾があるからと。


「姉さん、そんな固いこと言わずに。可愛い甥っ子のわがままくらい、いいじゃないですか!」


 そこへ婚約者の叔父であり、王妃殿下の弟が乱入してくる。

 元々の性格なのか、漂うアルコールの匂いから察するに酔っ払っているのか、青ざめる公爵家の人々の前に踊り出た。

 馴れ馴れしく王妃殿下に触れようとして、近衛騎士に振り払われている。


「お前の悪行も耳に入っているよ。借金を重ねて、夜会で貴族令嬢に不埒な真似をしているらしいな?」


「いやいやいや、大したことじゃありませんよ。ほら、姉さんの力でもみ消してくださいよ。お?」


 どこか他人事のようにやり取りを見守っていたルーシーと目が合うとにやりと下卑た笑いを浮かべる。


「へー、お前、いい女になったなぁ。以前は全然、食指が働かなかったけど、今なら嫁にしてやってもいい……」


 ふらふらとルーシーの方に寄ってくる。

 以前のことを思い出して、ぞわっとしたものが走る。

 確かに呪いの指輪はルーシーを異性から守ってくれた一面もあるのかもしれない。


「それ以上、公爵家の恥をさらすな。マクファーレン次期伯爵夫人に近寄るな」


「いいじゃないですか、姉さん。なんてったって天下の公爵家ですよ?」


 へらへら笑いながら、ルーシーへと腕を伸ばす。


「余の命が聞けぬというなら、致し方ない」


 さくっ。

 伸ばされた腕が近衛騎士の一振りで、切り捨てられた。


「ぐぁぁぁぁぁああああああ――――――」


 目を見開いて、断末魔のような叫び声をあげた。

 周りを二重三重に取り巻いていた貴族から悲鳴が上がる。


「今日をもって公爵家とは縁を切る」


 転がる切られた腕と血だまりから、王妃殿下の本気が伝わる。

 婚約者の叔父は止血が施されているが、軽口を叩く余裕もなく痛みに顔を歪め、のたうちまわっている。


「おい……むすめ……ちゆまほうを……」


 血走った目でこちらを見てくる。


「マクファーレン次期伯爵夫人に話しかけるな。それ以上、無礼を働くなら左腕も落とすぞ」


 王妃殿下の声に、顔色を失い。近衛騎士に引きずられるようにして、運ばれて行った。

 落とされた腕や血の跡も、何事もなかったように拭い去られた。


「公爵家がした数々の無礼は白日の下にさらし、後日、沙汰を出す。公爵家の者は速やかに帰宅せよ。治癒魔法の使い手への知識や敬意について再教育も必要だな……」


 公爵家の面々が青ざめた顔で長男を連れて退場していく。

 元婚約者の弟と目が合うと、ぺこりと頭を下げられた。

 あの若さならまだ矯正可能かもしれないけど、この先、非難の的となる公爵家を背負っていくのは険しい道のりだろう。


「さぁ、新しいワインをあけよう」


 王妃殿下の声を合図に、楽団が華やかな曲を奏で始めた。

 王族が中央に進み出て、陛下と王妃殿下、王太子殿下夫婦が踊り始める。


 王族らしい煌びやかな衣装と優雅なダンスを見ながら、激しく鼓動を打つ胸元を押さえる。


「ルーシー、大丈夫か?」


「驚きましたけど……」


 どうやら先ほどの騒動で倒れた貴族令嬢や夫人もいるようだ。

 ルーシーはこの一年程の様々な経験で、随分と逞しくなった。

 目の前の殺傷沙汰に叫び声をあげることも倒れることもない。


「すみません。ちょっとすっきりしました」


 罪を告白するように告げると、義兄がはじけるように笑う。


「わかる。俺も。さぁ、踊ろうか、美しい奥様?」


 ダンスを習った家庭教師は女性だったし、婚約者と出席しない夜会では義兄にエスコートをされても踊ることはなかった。

 男性と夜会で踊るのは初めてだ。別の意味で胸が跳ねる。


 義兄の手を取り、踊り出す。

 前より義兄を見つめる女性の視線が気になる。


「よそ事を考えないで、集中して」


 そうだ。せっかく結婚して、王宮の夜会に出席しているのだ。

 元婚約者も公爵家も、もうルーシーにちょっかいをかけてくることもない。

 なんせ義母は、王妃殿下と親しいようなので。


 ダンスはせず、父と仲睦まじい様子でグラスを手にする義母が視界の片隅に入る。

 義母は大きなお腹を抱えて、胸下で切り替えのあるドレスを着ている。

 お飾りの妻だと思われていた義母への父の寵愛と膨らんだお腹に、周りの貴族はひそひそと騒めいている。


 今日の夜会で、貴族の勢力図が大きく書き換わった。

 王族派の筆頭公爵家が潰されたわけだが、貴族派は我が家をはじめとして安穏とした家が多い。

 大きな混乱はないと思うがしばらくは気を付けないといけない。


「また、よそ事を考えているな」


 くるっとルーシーを回しながら、義兄に囁かれる。


 曲の切れ目になるとルーシーや義兄目当ての貴族に囲まれたが、「妻としか踊らないので」と威嚇する兄と三曲続けて踊る。


「ふふっ。お義兄様って意外とやきもち焼きなのですね」

 

 踊り終わった後に群がる貴族達を躱して、ホールの片隅でワインを片手にほてりを冷ます。


「仕方ないだろう。もう呪いの指輪はない。妻がこんなに魅力的だと、気が気じゃないよ。ルーシー、それに呼び方を間違えてる」


「……マーク」


 ちなみに「様」とか「さん」を付けると、またやり直しを要求される。

 妻になり堂々と名を呼べるようになったことが嬉しいが、なかなか慣れない。


「はい、よくできました」


 すかさずルーシーの空になったグラスを回収し、通りがかった使用人へ渡す。

 そんなスマートな気遣いもすてきだ。

 左手に輝く琥珀の指輪と彼の瞳を見つめる。


「マーク、私に呪いが掛かっている時から好きでいてくれたって、本当?」


「……うん」


 何度も聞きたくて、繰り返してしまう質問を、今日もする。

 一瞬、義兄の頬が染まって、次の瞬間にはもう真顔に戻っている。

 その瞬間をルーシーはじっと見つめた。


「言えなかったけど、私も」


 もう自分の気持ちを隠さなくていい。

 義兄の魔力のようにあたたかい愛情を受け取っていい。


 次の瞬間、ルーシーの後頭部に手が添えられ、唇が重ねられる。

 周りから視線が突き刺さり、令嬢達から小さな悲鳴があがる。


「好きを通り越して、愛してた。あの頃から」


 ルーシーの好きな琥珀の目で、まっすぐに自分を見つめて、望んだ以上の答えをくれる。

 今度はルーシーの頬が真っ赤に染まった。


 いつまでたっても彼には敵わない。

 婚約するまでは義兄として距離を保ってくれていたのだろう。

 時々、綻びが生じて居たけど。


 ルーシーと結婚してから、きちんと整えられるようになった髪のおかげで綺麗な琥珀の瞳が良く見える。

 結婚してからは、容赦なくルーシーに対して色気をふりまいてくる。

 いつものように優しい微笑みをたたえた義兄が差し出す腕に手をかける。

 義兄にエスコートされて庭園へと足を踏み出した。


 今はバラが見ごろなはず。

 去年の今頃は楽しめなかったから、今宵は存分にその美しさを堪能しよう。


 ルーシーの毎日は忙しい。

 義母と茶会に出かけたり、義兄と出かけたり、夜会に顔を出したり。


 もうすぐ義母の赤ちゃんが生まれるし、同じ敷地内の離れにある新居の準備も順調だ。

 先に籍は入れたけど、義母の出産後に予定している結婚式もお披露目のパーティーも、ちゃんとルーシーの意見が取り入れられている。


 義母がしばらくは義兄とルーシーがのんびりできるように、馬車馬のように父を働かせると息巻いている。


 まだ色々なことがこれからだ。

 でも、大丈夫。

 血は繋がっていなくても、家族になった二人がいつでもルーシーを見守っている。


 呪いは本当に存在した。そして、解くことができた。

 ルーシーの中に存在する自分に向けるドロドロとした呪いのような思いも、夫になった義兄が解放してくれた。


 この先ルーシーに待つのはきっと、溢れるほどの幸せ。

 お伽話の中で呪いのとけたヒロインのように。

(終)


これにて完結です!

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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