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02.ルーシーには呪いがかかっている

「ねぇ、タバサ、私って呪いがかかっているのかな……」


 自室のベッドでふかふかの布団にくるまりながら、くるくると動き回っている赤毛の侍女に話しかける。

 ひと眠りしたおかげで、眩暈はおさまったようだ。


「まーた、お嬢様は。今度はなにを言い出すんですか? 魔法はあれども呪いなんてあるわけないじゃないですか!」


 屋敷の侍女達はルーシーに気安く接してくれる。中でも専属侍女で年若いタバサは友達のいないルーシーの良き話し相手だ。


「だって、私って伯爵令嬢としてそんなに悪くないでしょう?」


 儚げな容姿に似合った薄紫色の髪と瞳。

 幸せそうな微笑みを浮かべる肖像画の亡き母と目が合う。


 白磁の肌に、薄紫色の髪がなめらかに流れる。

 長いまつげが伯爵領で採れるアメジストのような瞳を縁どる。

 成長した今、嫌になるほど外見は母にそっくりだ。

 しかし母とは違って、婚約者にも父にも愛されることはない。


 ルーシーが自分を卑下せずに客観視できるのは幼い頃、母に愛された記憶のおかげだ。

 母は体が弱かったけど、言葉や態度を惜しまなかった。

 だから自分は愛されていて、愛されるに値する存在だと自信を持っていた。

 今ではその自信もだいぶ砕かれ、愛されないけど悪くはないと思っている。

 

 元々の素材の良さを生かせるようにと侍女達はいつもルーシーの髪や肌をぴかぴかに磨いてくれている。だから、外見に問題はないはずだ。

 家庭教師もルーシーのマナーや所作、知識の豊富さや魔法の出来栄えを褒めてくれる。

 婚約者は当たり前のように思っているが、治癒魔法が使える人は希少だ。


 総合的に見て、伯爵令嬢としてかなりハイスペックだと思う。


「悪くないどころか、極上ですよ。時折、おかしなことを言い出す以外はね」


「そうよね。だから……きっと呪いがかけられているのよ。異性から嫌われる」


「ふふっ。魔法はあっても、呪いなんて聞いたことありませんよ」


「だって、婚約者はいつも横柄な態度を取るし……」


「黒豹騎士様ですか? 噂では寄ってくる貴族のご令嬢や、街中で助けた娘さんにも淡々とした態度みたいですよ。年頃ですから、照れているんじゃないですか?」


「あれは照れているわけじゃないわ。私のこと、心底嫌いなのよ。それにお義兄様だって、私にだけ態度が固いし……」


「そうですね~。マーク様は確かに気さくな方ですけど……。血の繋がらないご兄妹ですから、気を使っているんですよ」


 元々鋭利な雰囲気の婚約者はともかく、義兄は柔らかい雰囲気の男だ。

 後妻である義母とおそろいの明るめの茶色の髪と琥珀の瞳。少し垂れ目ぎみの瞳に、男性にしては高めの声。

 義母の再婚時に、伯爵家へと養子入りし後継ぎとなった義兄は、父とも普通に話しているし、使用人達とも気さくに接している。

 明らかに、ルーシーに対する態度だけ固い。

 いつも苦虫を噛み潰したような顔で見てくるし、出てくるのは苦言のみ。


「お父様だって……」


 父は言わずもがな。

 さすがのタバサもフォローする言葉が出てこない。

 

 ルーシーは7歳の時に母を亡くしている。

 母が生きている頃は、まぶしそうな愛しいものを見るような目で見守ってくれていたと思う。


 幼い頃から予兆はあった。

 ルーシーは母の副産物で、父にとって取るに足らないものだという。


 政略結婚だったが、父は母をこよなく愛していた。

 母はルーシーの出産を機に、体が弱くなったそうだ。

 溺愛する母が倒れるたび、ルーシーの存在は父に忘れ去られた。


 あれは5歳の頃だったろうか。

 『生花を部屋に持ち込むな!』

 激怒した父の顔が忘れられない。


 父は母の寝室に忍び込んだルーシーの襟首を掴むと、部屋から放り出した。

 庭で見つけた綺麗な花は、握りしめた手の中でしおれていた。

 ベッドで高熱にうかされていた母が、気づいていなかったのだけが幸いだ。


 父にとっては世界の全ては母で、ルーシーなど必要ないのだと悟った。

 それから、ルーシーは諦めるのが得意になった。

 期待なんてするだけ無駄だ。

 期待するから落ち込むのであって、初めから希望を抱かなければ穏やかに生きていける。

 

 さらに、母が亡くなってから目が合うことはなくなり、怒りどころか関心を向けられることもなくなった。


 母が亡くなったのはルーシーが原因だから仕方ないのかもしれない。

 ルーシーが先に流行病に倒れ、隔離していたのにも関わらず母も罹患し、そのまま亡くなったのだ。


 最後に父と目が合ったのは、母の葬儀の時。

 睨みつけるような憎しみのこもった目を忘れることはない。

 それ以降、父の視線を感じることはないし、関心を向けられることもない。

 

 父と義兄と婚約者。

 それだけではない。屋敷の男性の使用人達には避けられているし、父や義母や義兄とは違って冷めた対応をされる。


 年に一度参加する王宮の夜会で向けられる男性の目も冷たい。


『あなたが婚約者だなんて、アドルフ様がお可哀そうだ。冷淡で婚約者を労わることもしない。騎士の妻になんてなれるのか?』

 婚約者の部下で信奉者でもある者から何度も訴えられた。


『母親が再婚したせいで、可愛げのない義妹のお守りなんてかわいそうに。婚約者が仕事だからってさ』

 仕事を理由に欠席する婚約者の代わりにエスコート役を務める義兄は、ルーシーが横にいるにもかかわらず、友人に毎回労われている。


「おそらく、私には異性から嫌われる呪いがかかっているのよ。そうでしょ、タバサ」


「……お嬢様の好きなお茶を用意しますね」


 ルーシーの妄言を否定することなく顔をくしゃりとゆがめたタバサが、お茶の用意をするために姿を消した。


 自分には異性から嫌われる呪いがかかっている。

 ルーシーはそう思い込むことで、なんとか心の平安を保っている。


 首元から細い鎖を引き出した。

 鎖に通した指輪を、親指と人差し指でつまんで眺める。

 透き通った紫色の石がはまったシンプルな銀色の指輪は母の形見だ。

 母から直接もらったものではない。

 もちろん、父から譲られたわけでもない。


 母が亡くなった後、放置されたルーシーを気にして母の妹である叔母が滞在して面倒をみてくれた。

 しばらくすると父が叔母を屋敷から追い出した。

 屋敷から出る時に、『姉さんの形見よ』と言って、こっそり渡してくれたものだ。

 子供の手には大きいからとわざわざ首からかけられるようにと鎖まで用意して。

 それ以来、母と自分の瞳に似た宝石が付いた指輪をルーシーは肌身離さず身に着けている。


 ――自分には異性から嫌われる呪いがかかっている。


 そう思い込まないと苦しい日々をやり過ごせない。

 いくら心を閉ざしても、恨みや悪意や無関心が降りかかると黒いものがじわじわと沁み込んでくる。

 それに飲み込まれたら、お母様のところへ行きたくなるでしょう?


 私が悪いわけじゃないの、呪いのせいなの。

 ぎゅっと胸元の指輪を握りこむ。

 そうやって、自分に言い聞かせてやりすごすしかなかった。

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