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おそらく、私には異性から嫌われる呪いがかかっている +番外編追加(1月15日)  作者: 紺青


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14.風邪

 相変わらず義兄のパートナーである金髪美女は出入りしている。


 でも、義兄は仕事が忙しいのかほとんど伯爵家にいない。

 二人が一緒にいる姿をあまり見かけることがなくて、ルーシーはほっとしていた。


 叔母と会ってから、顔を合わせるのが気まずくて、義母のお茶の誘いを断り続けている。


 別に裏切られてもいい。

 そう結論を出したけど、やっぱり真実を知ることは怖い。本当に裏切られていたら、ショックを受けるだろう。

 ルーシーの気持ちはゆらゆらと不安定だった。


 「今日はなんて言って断ろうかな……」


 重い気持ちを抱えて、廊下の角を曲がった瞬間、父と義母の姿が目に入った。


 父が義母を背後から抱きしめている。

 大柄な父に、小柄な彼女がすっぽりと抱きしめられている。


 見てはいけないものを見てしまったようで、後ずさって壁に身を隠す。

 言い争っている様子の二人はこちらに気づいていないようだ。

 ごくりと自分の喉がなる音が聞えた。


 「ちょっと、邸内ではやめてって言ってるでしょう?」


 「じゃあ、どこならいいんだ?」


 気になって、曲がり角からそっと顔を出す。

 楽しそうな表情を浮かべた父が義母の平らなお腹を愛おしそうになでている

 こんな表情の父は母が生きているときも見たことがない。

 あの頃はピリピリして常に張りつめていた。


 どういうことなの?

 契約結婚じゃなかったの?

 お父様は実はお義母様を愛していたの?

 お腹には赤ちゃんがいるの?


 体から力が抜けて、ずるずると壁沿いに沈み込み、座り込んでしまう。

 どう見ても父が惚れ込んでいるような雰囲気だ。

 やっぱり、叔母の言うようにルーシーの知らないなにかが再婚の背景にあるのだろうか?

 

 ぐるぐるとお腹の中でいろいろな気持ちが蠢く。

 なにか考えてはいけないこと、思ってはいけないこと、口には出していけないことが湧き出そうになって手のひらで唇を覆う。

 気持ち悪い。

 その場から逃げ出して、あてもなく彷徨って、気づいたら母の部屋の前に居た。

 ルーシーの衣装部屋の宝石箱から持ち出した鍵を握りしめて。


 鍵をもらった日から一度も開けたことのない扉を開ける。

 

 カーテンが閉め切られて、埃っぽい匂いがするのかと思っていた。

 しかし想像とは違い、きちんとカーテンも開けられていて陽の光が入り、今も使われているかのようだ。

 壁紙が黄ばんで年月を感じさせるだけで、換気や清掃も行き届いている。


 ベッドもソファも本棚も、全てあの頃のままだ。


 でも、もうここには母も父もいない。

 小さかったあの頃より、主がいない部屋が大きく思える。


 気づいたら泣いていた。

 どんな感情なのかわからない。


 自分の知らないところで、父とお義母様が親密な関係になっていたこと?

 父があれだけ溺愛していた母より、彼女を愛しているっていうこと?


 飾り戸棚には、綺麗な異国の香水の瓶が並んでいる。

 生花は体によくないからとこの部屋に花瓶はない。

 その代わり飾り戸棚には無機質だけど美しい物が陳列している。


 その中でもひと際目を惹くのは、クリスタル製のスミレの花。

 母の瞳に似た薄い紫が、未だに変わらないきらめきを放っている。


 無機物のガラスと違って、人は風化していく。気持ちも。

 だから変化することは当たり前で、必然で。


 なぜ、素直に喜べないの?

 契約結婚より愛されている結婚の方がいいじゃない。

 そのほうが、お義母様にとってはいいじゃないか。


 胸元で揺れる母の指輪を握りしめた。

 ルーシーが触れると穢れてしまいそうで、ソファにもベッドにも腰を下ろせない。

 そのまま絨毯の敷かれた床に座り込む。


 頭の中がぐしゃぐしゃだ。


 父が愛せるのは母だけじゃなかった。

 ルーシーのなにがいけなかったのだろう?

 なにが足りなかったのだろう?

 どうして、気持ちを向けてもらえないのだろう?


 諦めたつもりだったのに。

 関心を向けられないから、こちらも期待を捨てたはずなのに。

 

 本当はわかっている。

 呪いなんてない。

 ただ、ルーシーだから嫌われているだけのこと。


 ぐるぐると暗い思いが繰り返し繰り返し、頭を巡る。


 呪いなんかなくて、ただルーシーがだめだから嫌われているのだ。

 ルーシーがルーシーだから……。

 だから、誰にも愛されない。

 婚約者にも、父にも。


 呪いなんてない。

 ルーシーがルーシーである限り、誰にも愛されない。


「ルーシー、ルーシー……」


 誰かが遠くから、呼ぶ声がする。

 どこか甘くて男性にしては高めの声。


 ルーシーを求めてくれる人なんていないのだから、ほおっておいて。

 このままこの部屋とともに朽ちていきたい。


「ルーシー、大丈夫か?」


 焦ったような声がして、肩が揺さぶられる。

 目を開けると、心配そうな義兄の顔があった。

 彼にはいつも涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、床に倒れている姿ばかり見せている気がする。

 ぼんやりしたまま、床に手をついて体を起こそうとすると、くらっと眩暈がした。


「ルーシー!!」


 そばで跪いている義兄の大きな手が、ルーシーの体をとっさに受け止めてくれた。

 そうでなかったら、床に激突していただろう。


「大丈夫か? なにかあったのか? 婚約者が来たのか?」


 なんだろう頭がくらくらする。

 おかしい……治癒魔法を使い過ぎた時のように体に力が入らない。


 なんだか体もぽかぽかするし……。

 自分で体をまっすぐに保とうとするのに、ぐにゃぐにゃして力が入らない。


 「ひどい熱だ」


 額に当たる彼の手がひんやりとして気持ちいい。

 諦めて体を、義兄の体に預ける。

 甘えてはいけないのに。

 お義兄様には恋人がいるし、結婚したら頼ることはできないし……。


「マーク! 見つかったのね。ルーシー、お母様のお部屋にいたのね。夕食の時間になっても下りてこないからみんな心配していたのよ!」


「近寄らないで!」


 思ったより、大きな声が出て自分でも驚く。

 ルーシーの拒絶の言葉に、義母の顔が歪む。


「違うんです……。お腹、赤ちゃんがいるのでしょう? うつしたらいけないから……」


 ルーシーを抱え込んでいる、義兄の体がぴくりと揺れた。

 どうやら、彼にとっては初耳のようだ。


「ルーシー……。知っていたのね……」


 くしゃりと崩れる義母の顔を見て、胸が痛む。


「母さん、話は後で聞く。まずはルーシーを部屋に連れて行くから」


 義兄は軽々とルーシーを抱え上げた。

 今はそのぬくもりに甘えることにした。

 夢うつつのうちに自室まで運ばれる。


 「お嬢様! どうしたのですか? なにがあったのですか?」


 母の部屋で泣きながら床に蹲って、いつの間にか眠っていたルーシーの格好は相当ひどいものなのだろう。侍女のタバサの悲鳴が聞こえる。

 

「熱を出して倒れていた。怪我などはない。着替えさせて寝かせてあげて。念のため、医者を手配して」


 義兄がそっとソファに降ろしてくれた。

 義兄のぬくもりがなくなると肌寒く感じる。

 体を震わせると、タバサがすかさず上掛けで覆ってくれる。


「着替えて、お医者様に診てもらいましょうね。お嬢様は我慢しすぎですよ。体が辛かったら、ちゃんとタバサに教えてくださいな」


 熱が出た経緯を話すわけにもいかないので、タバサの言葉におとなしく頷く。

 まだ暑さの残る季節とはいえ、長時間床で眠ったせいで体が冷えたのだろう。


 「風邪に治癒魔法は使わないほうがいいから。あったかくして眠ればすぐに良くなる。」


 子供にするように頭に手をのせて、優しくなでてくれる。

 魔力は流していないはずなのに、そこからじんわりとあたたかさが広がった。


 文献でも読んだことがあるので、小さく頷く。

 風邪はきちんと経過させた方が、免疫がつくらしい。


 部屋から出て行こうと背を向ける義兄に、手がのびる。

 

 ――行かないで。傍にいて。

 体が弱ると、心まで弱るのだろうか?

 

 ルーシーのそんな思いに気づくことなく、彼は立ち去った。



 ◇◇

 


 侍女のタバサに甲斐甲斐しく世話されて、ベッドの中で体を丸める。

 

 体の節々が痛んで、なにかを打ち付けられているように頭が痛む。

 体は辛いのに、眠りに落ちることもできずに、ぐるぐると思考が巡る。 


 今は父のことも、母のことも、義母のことも考えたくないのに。

 考えないようにしようと思えば思うほど、思考はそちらへ傾いていく。


 これは罰なのか?

 

 ルーシーが生まれたせいで、お母様は体が弱った。

 流行病を移したせいで、お母様は亡くなった。

 治癒魔法を上手く使えなかったから、お母様を救えなかった。


 ルーシーがいなければ。

 ルーシーがちゃんとしていれば。

 ルーシーがもっとがんばれば。

 ルーシーが役に立つ人間だったならば。


 母は政略結婚だったのに、父に愛された。

 義母は契約結婚だったのに、父に愛された。


 ルーシーにはなにが足りないのだろう?

 肖像画の母に年々似てくる。

 儚げで美しい容姿をしているのに、中身に魅力がない。


 もっとましな人間だったら、婚約者に嫌われることもなかったのに。

 父からも愛されていたのに。


 熱と痛みにうなされて、浅い眠りを繰り返す。


 ルーシーがいなければ。

 ルーシーがちゃんとしていれば。

 ルーシーがもっとがんばれば。

 ルーシーが役に立つ人間だったならば。


 湧いてくるのは自分をひたすら責める声。


 どのくらい悪夢の間を彷徨ったのか。

 おでこの辺りが、ひやっとする感触に思考の渦が止まった。

 手をやると濡れた布が当てられている。


 冷たいのにあたたかい。

 まるで彼の治癒魔法みたい。

 清涼なミントの香りが漂う。


 その後は不思議とうなされることもなく、ルーシーはぐっすりと眠ることができた。

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