34 忘年会シリーズ①
忘年会シーズン真っただ中ではございますが、ここいらでわたくし、咲良 紫苑の忘年会ライフの様子をほんの少しだけ公開したいと思います。興味のある方も興味のない方も、読んでくださると、わたくしが太るのを気にせず食べ、飲み過ごした忘年会ライフも浮かばれるのではないかと思う所存でございまする。
では、はじまり、はじまり~
忘年会① 元バイト先の先輩たちと、先輩の友達韓国人留学生Uさんとの忘年会
私が韓国語の勉強をかなり真剣にやっていることを、前のバイト先の先輩、コーラさんに話したところ、コーラさんの今のバイト先にいる韓国人留学生のUさん(男性)との食事会を企画してくれた。
当日は、コーラさん、元社員の姉さん、凶暴なリスさん、凶暴なリスさんの彼氏、いのっちさん、Uさん、私の6人でUさんが事前に予約してくれていた新大久保にある焼き肉店で和気あいあいと箸を進めた。Uさんとコーラさん以外の4人は初対面なのにもかかわらず、そんなことも感じさせぬほど仲良くなった。私はこの日のために韓国語、日常会話辞典なるものを用意し、Uさんとの会話をすることにした。
まずは、私の話をしようと思い、自己紹介から始めた。
こんにちは。私は咲良紫苑と申します。
Uさんの話はコーラさんから良く聞いています。
お会いするのを楽しみにしていました。
私のことは、咲良ちゃんと呼んでください。
私の話をします。
私は、大学生です。専攻は文学です。
私は、就職活動をしていました。
今、日本の景気は悪いです。
私は就職活動をやめました。
気持ちがすっきりしました。
これからもよろしくお願いします。
ということを韓国語で話した。
これらの文章は全て先ほどあげた韓国語の日常会話辞典からピックアップしたものである。
これを聞き、Uさんは戸惑いながらも、よろしくと握手をしてくれた。
みんなは、私が何をしゃべっていたか、わからなかったため、私は日本語で説明すると、就職活動のくだりで一斉に突っ込み合戦が始まった。
Uさんは、日本語もペラペラなためその突っ込み合戦を楽しそうに眺めていた。
最終的に、私の持っている辞書に何か問題があるのではないかという結論にいたり、みんなで見てみると、
「心臓が一瞬とまりました。」
「きゃーゴキブリ!!」
「もうすぐ2人目が生まれそうです」
「窓ガラスにタイヤが衝突しました」
「顔に水をかけないでください」
などなど、本当に日常会話で使うのか!?
という文句で溢れかえっていた。
Uさんは、もっと日常生活に密着した辞書があると思うよ
と優しく諭してくれた。
今回の忘年会は、全くお酒は入らなかったのに、良い塩梅でテンションも上がり、なぜか話題が「発情期」の話になった。姉さんは、突然「近所の猫が、なぜか今頃発情期を迎えているようだ」と言った。Uさんは大きな声で「発情期ってなんですか?」と問うてきた。私としては、たくさん韓国語をレクチャーしてくれたUさんに日本語を少しでも教えてあげたいと思い、必死に良い言葉がないか考えたのだが、姉さんの「ムラムラしてニャンニャンすることです」という言葉に思わず頭が白くなった。
Uさんは日本のオノマトペの多様性についてこられないのか、意味がわかってなんとなく気まずいのかあいまいに「ムラムラ……にゃん…」と言ってしばし肉を焼くことに専念してしまった。
宴もたけなわで、私たち6人はカルビ5人前、タン4人前、冷麺2人前、クッパ2人前、ビビンバ2人前、チジミ4人前、キムチもはや測量判定不能をそれぞれの胃の中におさめ、はちきれんばかりの腹をさすりつつ店を後にした。
このままではマズイと思い、帰りは新大久保から新宿まで歩くことにした。
帰り道も、店の名前、月など、みんなで指をさしては、Uさんに韓国語でなんと言うのかを聞きまくった。
そして、新宿駅に着くと、目の前を歩くミニスカートをはいたお姉さんのスカートの中をビデオで撮影している男2人がいた。機材の大きさからみて個人で楽しむためのものではなく、商売が絡んでいることが簡単に推測できた。被写体になってしまったお姉さんは何も気づかずに友達と話をしながら階段を下りて行った。凶暴なリスさんと私は激しく憤り、彼らの持っているビデオを蹴り飛ばそうとしたのだが、いのっちさんに抑えられ怒りをもてあました。
私はUさんに「あいつらは、男の風上にも置けないやつだ!!変態だ!!」
となんていうのかを聞いたが、Uさんは、悪い言葉だから教えてあげられないけれど…といいながら、何か韓国語でつぶやいた。その時のUさんの目はものすごく凄みが聞いていて、りりしかった。
その後、なんとか食い下がって「変態」は「ピョンテ」ということを教えてもらった。
JRの改札でお別れをし、Uさんの後ろ姿を見送る。ものすごくストイックなオーラをまとっていて素敵だった。
こうして2010年、最初の忘年会の幕が下がる。
Uさんに2010年、出会えたことは私にとってとても大きくうれしい出会いのひとつだった。




