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4 婚約パーティーの二日前:最後の授業日‐二年前‐最後の授業日

  自分がこんな能力を持っているなんて、知らなかった。三年前のあの日まで。


「ロメオ、ロメオ。あなたを愛しているわ」

「僕もだ、ジュリアンヌ。ずっとこうしたかった」


 見てしまった。校舎裏で、ロメオとジュリアンヌが抱きしめ合っているのを。

 二人は両想いになってしまった。

 前から感じてはいた。ロメオがジュリアンヌの好意に気付いて、彼の気持ちも傾いていることに。どうしたらいいのか分からなかった。わたしとロメオは婚約関係なのだから、と自分に言い聞かせるだけで、何もできなかった。


 でも、これ以上はダメ。行動を起こさなければいけない。二人の気持ちがこれ以上近づくのを阻止しなければならない。わたしが彼の気を惹かなければならない。もっと積極的にならなければ。

 その翌日はわたしたち三人が集まる日だった。

 わたしとロメオは二人、秘密の場所でジュリアンヌを待っていた。


「ねえ、ロメオ。もうすぐあなたの誕生日でしょ? お祝いしたいわ」


 わたしは彼の身体に身を寄せ、腕に抱きついた。


「あ、ああ、ありがとう」


 そう言って、さり気なくわたしの腕をほどいた。


「二人が祝ってくれるなら嬉しいよ」


 そうじゃない。わたしとロメオの二人で祝うつもりで言ったのに。

そのとき、「ごきげんよう」と言って、ジュリアンヌが入ってきた。最悪のタイミング。いつもはもっと遅いのに、どうして今日に限って早いのかしら。

 彼女はロメオの誕生日が近づいていることを知っているのかしら。できれば教えてくないし、彼女にいてほしくない。


「なんのお話をしていらしたの?」

「ああ、さっきロザリアが僕の誕生日を祝いたいって言ってくれたんだ」

「あら、そうなのね! ぜひ祝いたいわ!」

「本当かい? そう言ってくれて嬉しいよ」


 余計なことを。わたしが提案したのに、どうしてそんなに嬉しそうなのよ。


「そうだ、せっかくならジュリアンヌの手料理が食べたいな」

「誕生日という大事な日なのに、わたくしの手料理でよろしいの?」

「君の手料理が食べたいんだ。ダメかい?」

「いいえ、その逆よ。とっても嬉しいわ」


 二人は同じタイミングで視線を逸らして顔を赤らめた。

 何よこれ。彼の婚約者はわたしなのに。これではまるで、二人が恋人同士で、わたしが部外者みたいじゃない。


 こんなことが何度も続いた。


 わたしはロメオにアプローチをし続けた。

 二人きりの時間と、触れる回数を増やした。彼の手に自分の手を乗せてみたり、腕に抱きついてみたり。ときには自分からキスを迫った。そのたびに、胸の内側から不快感が沸き上がってきた。好きな人とはいえ、こんなことをするのは辛かった。


「すまない。今はそういう気分じゃないんだ」


 断られるようになった。あからさまに嫌な顔をされる。

 とても冷たい目だった。もう彼の心にわたしはいないのが伝わってきた。

 一体、何をしているのかしら。

 わざわざ辛い思いをしたのに、逆に彼の気持ちは離れてしまった。

 対して、ロメオとジュリアンヌの想いは高まっていく一方。とうとう二回目の密会が行われてしまった。


「ロメオ、愛してるわ」

「ジュリアンヌ。僕も君を愛している。僕の婚約者が君だったらどんなに幸せだっただろう」


 そんなことを言われれば、さすがに傷つく。

 ロメオとジュリアンヌが目を閉じた。二人の唇が、徐々に近づいていく。

 呼吸と心臓の鼓動の鼓動が早まっていく。体内が逆流して、今にも全てを吐き出しそう。

 寸前のところでジュリアンヌ目を開け、せき止めるようにロメオの両頬に触れた。


「ダメよ、これ以上は」


 ジュリアンヌはロメオから目を背けた。


「あなたはロザリアのもの。その罪はあまりにも重すぎる。わたくし一人では背負いきれないわ」


 思いとどまった。ジュリアンヌの表情が曇っていく。罪悪感に苛まれているようだった。

 吐き気が、止まった。肩から力が抜けていく。まだ心臓はバクバクしている。


「君は大事なことを忘れている」

「大事なこと?」


 ロザリアが目を見開いた。


「罪を背負うのは君だけではない。僕も一緒さ。君となら、どんな運命も受け入れるつもりだ。その覚悟はとっくにできている」

「ロメオ」


 ジュリアンヌの頬を一筋の涙が伝った。


「僕と共に、この罪を背負ってくれるかい?」

「ええ……ええ、あなたと一緒なら、何も怖くないわ」

「ジュリアンヌ」

「ロメオ」


 二人が口づけを交わした。


「うっ」


 咄嗟に両手で口元を抑えた。強い吐き気が襲ってきた。

 目の前が歪んで、身体がふらついた。地震でも起きたみたいに。

 見てしまった。二人が超えてはいけない一線を越えてしまう瞬間を。

 口の中が酸っぱくなってきた。また、こみ上げてきた。

 今はダメよ。どこでもいい。とにかく移動しなければ。

 ああ、どうしよう。止められない。


「おえっ」


 全てを吐き出した。胃の中のものを。ぐちょぐちょと嫌な音が落ちる。苦しい。


「ロザリア……!?」


 声が聞こえた。顔を上げる。案の定というべきか、ロメオとジュリアンヌがそこに立っていた。

 見られてしまった。ほんと最悪。

 驚いていたロメオ表情が、歪んでいく。とても不快そう。まるで、汚物を見るような目だわ。


「あの、ロザリア。これは、その……あっ、ロメオ……!?」


 うろたえた様子で切り出したジュリアンヌの手を、ロメオが遮るように引っ掴んだ。

 彼女を連れて、速足にわたしから離れていく。


「ちょっと、まっ……」


 手を伸ばす。当然、二人は待ってなんかくれない。

 吐瀉物とわたしだけが、この場に残った。

 足から力が抜けていく。立っていられなくて、膝を落とした。

 涙が出てきた。なんて惨めなのかしら。

 醜態を晒してしまった。ロメオの心は、もう戻ってこない。

 ロザリアとも、多分友達ではいられないわ。


 どうしてこんなことになってしまったのかしら。どこで間違えてしまったのかしら。

 彼がジュリアンヌに好意を寄せ始めたとき、目を背けずに正しく行動するべきだったわ。

どうして、彼へあんなにベタベタしてしまったのかしら。今思えば、何て愚かで安易な選択だったのかしら。わたし自身もそれを望んでいなかったのに。


 戻ってやり直したい。


 初めて密会が行われたあの日――ううん、昨日でも一昨日でも、さっきでもいいわ。せめて、この醜態をなかったことにしたい。

 この角を曲がる直前で足を止めて、引き返すの。とにかく離れるの。

 そのとき、心臓が強く脈打った。ドクン、という音が聞こえると同時に、目の前が歪み始めた。遠のいていく。

 このまま気を失ってしまうのかしら。でも思考はこんなにハッキリしている。

 視界が暗くなっていく。もわもわとしたものが現れ、揺れていた。だんだんと薄くなっていく。目に映る光景が鮮明になっていく。


 気付けば、さきほど吐き出した吐瀉物がなくなっていた。見回しても、どこにも。

一体なぜ。確かに吐き出したはず。まさか夢でも見ていたというの? 

 吐瀉物を吐き出したときの喉が圧迫される苦しさ、恋人から軽蔑の目で見られて心に突き刺さるような痛み。あれが全て、夢? たちの悪い悪夢だったというの?


「僕と共に、この罪を背負ってくれるかい?」

「ええ……ええ、あなたと一緒なら、何も怖くないわ」


 聞き覚えのある声が聞こえた。この角を曲がった先からだわ。

 ロメオと、ジュリアンヌの声。さっきも全く同じことを言っていた。一言一句、同じ声の調子で。確かに一度聞いている。ならば、この角の先にあるのは……。


 思い出して、口元を抑えた。


 多分、見ない方がいい。分かっている。分かっているのに、抑えられない。


「ジュリアンヌ」

「ロメオ」


 ジュリアンヌが目を閉じ、薄紅色の唇を上向けた。胸元で両手を絡め、待っている。


 ダメ。


 彼の唇が、近づいていく。

 鼓動が激しくなっていく。なぜ、二度もこんなものを見せられなければならないのよ。

 ぎゅっと目をつむった。力強く。

 ふと、ここにたどり着く前のことを思い出した。怪しいと感じて、ロメオの後をつけてきた。なぜか彼がこの角を曲がった瞬間が強く印象に残っていた。

 あのとき、やっぱり引き返していればよかった。どうしても気になってしまった。まさか一線を越えてしまうかもしれないなんて、考えていなかったから。

 この目を開ければ二人がいる。唇を重ねた、二人が。

 夢だったらいいのに。

 ゆっくりと、目を開けた。


「え?」


 なぜか別の場所にいた。

 校舎の角はまだまだ先にあって、前をロメオが歩いていた。

 たった今、曲がった。

 さっき思い浮かべた光景。正確には、過去に見た光景だった。

 まるで、時間が戻ったみたい。


「時間が……戻った」


 呟いてから、首を横に振った。

 バカバカしい。そんなことある?

 いや、でも、もしも本当にそんなことができるなら……。

 ちょっと試すだけだったら、すぐにできるわ。どうせ何も起こらないだろうけれど。

 最近のことを思い出してみる。浮かんできたのは、自室の鏡の前でメイドに髪を整えてもらっている私の姿だった。毎朝の出来事。今朝もそうだった。


 視界が歪んできた。遠のいていく。暗くなっていく。黒いモヤモヤがまた現れて、消えていく。

 気づけばわたしは、椅子に腰かけていた。

 なぜか息が上がっている。全力で走った後みたいに、少し苦しい。

 顔を上げる。目の前にはわたしと、その髪をとかす女性のメイドの姿が鏡に映っていた。

 これが今朝のことだということはすぐに分かった。分かったけれど、まだ信じられない。

だって、こんな都合のいい話があるわけないもの。


「お嬢様、いかがなされましたか?」


 心配そうな顔をした、鏡の中のメイドと目が合った。


「ねえ、わたしとロメオの婚約は破談になったの? 通知は来ている?」

「は、はい? 何を仰っているのですか?」

「いいから! そういった話は出たの?」

「い、いえ。私は存じておりません。ロメオ様とそのようなお話になっているのですか?」


 何が何だか分からない、といった風で混乱している。

 モンタローネ家から婚約破棄の通知が届いたなら大騒ぎになる。すぐメイドの耳にも入るはずよ。どうやら、本当に時間が巻き戻っているようね。やり直すことが、できる。

 もう一度。次はこの日の前日。まっさきに思い浮かんできたのは、授業が終わって、席を立ったときのこと。


「お嬢様、聞いていますか?」


 メイドの声が遠くなっていく。モヤモヤが現れて消え去ると、わたしは学校の教室にいた。

 心臓がドキドキしている。さっきよりも、呼吸が乱れている。

 さらに前日に戻った。さっきよりも心臓の鼓動も呼吸もさっきより激しくなっていた。

 さらに一日、また一日と、二日分戻った。頭がくらくらして、倒れ込んだ。吐き気がする。気持ち悪いわ。これ以上は無理。もう戻れない。これ、かなり体力を使うのね。


 しばらくは何もする気になれなかった。とにかく休みたかった。

 食事をして、寝たらまた意欲が湧いてきた。

 今度は一回で一週間前に戻ってみることにした。

 吐いて、倒れた。意識が朦朧とした。最悪の気分。

 また身体を回復させて、再挑戦。一週間くらい前に戻ると限界が来る。回復のために一日分消費して、また戻る。時間を巻き戻すために食事をして、寝た。


 使っているうちに、この能力のことが分かってきた。

 過去のことを思い浮かべて、戻ろうという意思を働かせれば本当に時間が巻き戻る。慣れてくると、無意識に出来るようになった。歩くために足を前に出したり、物を取るために手を動かしたりするみたいに。

 回数を重ねていったことで戻れる回数や日にちが延びっていった。どれほど体力を消費するのかもわかってきた。


 気がつけば一ヵ月前に戻っていた。ジュリアンヌと仲良くなって、三人で会うようになった頃。まだロメオは彼女の好意に気付いてすらいない。

 チャンスがまたやってきた。今度こそ、彼を奪われないようにしなければいけない。

 あのとき、彼の気を惹こうとして接触回数を増やした。結果、嫌われてしまった。ならば、今度は逆のことをしてみたらどうかしら。

 多分、極端にやりすぎてしまったら逆に彼の心は離れてしまうわ。適度な距離感を保つの。

 大丈夫。失敗したとしてもやり直せるわ。


「ロメオ。わたしたち、結婚するまでは清き関係でいましょう」


 お互いに誓い合った。それまでは身体の関係は勿論、キスもしないし、極力身体にも触れない。彼が手を触れてきたらさりげなくほどいた。

 会う時間も減らした。


「ごめんなさい、その日は用事があるの。だからジュリアンヌと二人で楽しんで。全然二人で会っても構わないわ。あなたを信じているから」


 とは言っても、不安だった。本当は用事なんてない。でもあえて行かない。

 今、ロメオとジュリアンヌは二人きりの時間を過ごしている。

 既にジュリアンヌはロメオに恋していて、実際に二人は両想いになってしまったことがある。

 わたしのいないところで彼らは今、抱きしめ合っているかもしれない。

 やっぱりわたしも行った方がよかったのかしら。

 変な考えが何度も頭をよぎって、何も手につかなかった。

 これが恋の駆け引きというものなのかしら。

 毎回心配になるけれど、結局わたしの杞憂に終わった。

 ロメオの気持ちが離れるどころか、わたしに夢中になっていくのが分かった。

 ジュリアンヌの方はロメオに夢中で、自分の気持ちを抑えている。ロメオはそんな彼女の努力に気付かない。そうならないようにしてきたから。

 同じ時間を繰り返す中で、分かってきた。彼の注意を逸らす方法を。


「わたし、ジュリアンヌとずっと親友でいたいわ。いつか、三人で堂々と会えるようになる日が来ればいいのに」


 最初は少しずつ。ちょっとだけ自分の理想と願望を話す。定期的に。


「少し勉強したのだけれど、カヴァレット家とモンタローネ家は経済的な結びつきが強いのね。多分リヴォルトも、カヴァレット家の次の当主として、モンタローネ家との関係を何とかしないといけないと思っているかもしれないわね」


 指摘されるであろう問題点は、わたしから言う。改善点も一緒にして。

 繰り返しながら、少しずつ変化させて、徐々に大きくさせていく。


「ロメオ、あなたが次のモンタローネ家の当主になったら、カヴァレット家との関係を改善してほしいわ。わたしたちの友情のために」


 この頃にはもう、ロメオはその気になっていた。

 わたしは運命を変えた。三人の友情と各家の関係を守るという大義名分を掲げて。

 何度だって変えてみせるわ。彼と幸せになるためなら。

 


 暗闇が晴れて目に光が入ってきた。気づけば、わたしは街中にいた。


「ねえ、わたくし、あのお料理を食べてみたいわ」


 ジュリアンヌが言った。あの豚の丸焼きを指さしていた。

 隣へ振り向くと、彼がいた。地味な布服を着ているけど、綺麗な顔立ちで品位を隠しきることができていない。


 わたしは足を止めていた。不思議そうな顔で二人がこちらへ振り返る。


「ロザリア」

「どうされたの?」


 ロメオが、そこにいる。戻ってきたのね。彼がいる世界に。


「ロメオ……」

「ロ、ロザリア?」


 彼に向かって歩を進めると、その手を取って握りしめた。

 温かい。本当に生きているんだわ。しっかりと、この手に血が通っている。

 涙が溢れてきた。


「急にどうしたんだい?」

「何か、悲しいことがあったの?」


 わたしは首を横に振って応えた。

 二人が戸惑っている。人前でこんなことをするべきでないのは分かっている。欲を言えば思いっきり抱きしめたいくらい。でも今はこれで我慢よ。既に十分困らせているのだから。

 少しの間、泣いていた。やっと視界が鮮明になってきたとき、ロメオとジュリアンヌの顔があった。心配そうに、わたしの表情を覗き込んでいる。

 そして、わたしは目を見張った。咄嗟にジュリアンヌの腕も掴んで、速足に歩き出した。


「お、おい」

「ちょっと、ロザリア? 今度は何?」


 説明している場合じゃない。とにかく離れなければ。

 あの男がいた。ロメオを死に至らしめた、あの男が。ロメオとジュリアンヌの間から見えた。おぼつかない足取りで歩いていた。一体なぜ。確か、近くの路地裏にいたはずなのに。

 とにかく逃げなければ。絶対に接触はさせないわ。


「ねえ、ロザリア。一体どうなさったの? どこに行くつもりなの?」


 横からジュリアンヌが話しかけてきた。目が合う。


「ごめんなさい。今はとにかくついてきてほしいの」


 さらに歩を進めたようとしたとき。


「何をしている」


 目の前に現れた人物を見て、わたしたちは足を止めた。

 もしかしたら、彼こそ今一番会いたくない人かもしれない。


「お兄……様……」


 そこにいたのは、リヴォルトだった。

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