迫りくるなにか
昨夜はユーリーからの返信は無かった。夜自室に入った佳苗は今晩は返信してくれることを祈りながらユーリーにメッセージを送った。しばらく待っていたが、やはり連絡が取れないまま、今宵も一人で過去の投稿を調べ始めた。
【ウツロ】からの投稿で、昨夜は検索を止めてしまった。今夜は昨日の続きを見ていくつもりだった。佳苗が過去の投稿を辿っていると、スマホが突然震えた。画面には新しい通知がいくつか表示されている。
思わずその投稿を開くと、自分の住む街の近くを写した写真が写っていた。曇り空の下で、通り過ぎる人々がぼんやりと写り込んでいる。誰かがさっと撮ったような、暗くピンボケの画質だった。
投稿には、たったひとつのタグが付けられていた。
『#彼女を探して』
佳苗はゾッとし、背筋を冷たいものが這うのを感じた。気味が悪い…けれど、何かに引き寄せられるように、つい次の投稿を見てしまう。
そこにあったのは、また別の場所を写した写真。先ほどの写真よりも、さらに自宅に近い場所だと気づく。良く通る見覚えのある建物が写り込み、薄暗い夕方の道が続いている。その写真の下にも同じタグが添えられていた。
『#彼女を探して』
「どうして、こんな」
佳苗は思わず声に出す。指先を震わせながら、さらに次の投稿を開いた。その写真に映っていたのは、今回は自宅のほんの数百メートル先の風景だった。彼女が毎日通る道。普段なら何も気に留めないはずの光景が、今は不気味に見え、息が詰まる。近づいている。確実に、自分の家の方へと迫ってきているのだ。
次々と投稿されていく写真に、佳苗の呼吸は浅くなり、目の前が揺らぐような感覚を覚えた。
そして、次の通知が届いた瞬間、佳苗は反射的にその投稿を開いた。
自分の家が、夜の闇の中でぼんやりと浮かび上がっていた。見覚えのある窓、玄関のドア、そして自分の部屋の明かりが仄かに見える。佳苗は息を呑み、震える手でスマホを強く握りしめた。
誰が撮ったのか。いや、投稿者は【ウツロ】。【ウツロ】とは誰なのだろう。自分の知っている人が、嫌がらせで送ってくるのだろうか。それとも見ず知らずの者が、無差別に誰かをターゲットにして楽しんでいるのだろうか。
そして、この写真がいつ、どこから撮られたのか。答えは、何もわからない。ただそこには、また同じタグがついているだけだった。
『#彼女を探して』
佳苗は、スマホの画面に表示された【ウツロ】の投稿を食い入るように見つめていた。見覚えのある風景が次々と表示され、距離が段々と自分の家に近づいてくる。誰が、なぜこんなことをしているのか、考えれば考えるほど頭が混乱し、恐怖がこみ上げてきた。
【ウツロ】はすぐそこにまで近づいて来ているのに。まるで、すぐそこに『彼女を探している』存在がいるかのように思えた。
(どうしてこんな。どうして私を『探している』なんて)
佳苗の指がスマホから離れ、机の上に落ちる。何も考えられないまま呆然と頭を抱えるようにして机の上のスマホを見詰める。どう行動すればいいのだろうか。こんな時、ユーリーに連絡できないのが、悲しかった。
彼女の心は、ただ一つの思いに支配されていた。ユーリーに相談したい。今、すぐにでも。
しかし、いくらメッセージを送っても昨夜から既読にならない。普段なら即座に返信が来るはずなのに、どうして連絡がつかないのだろう。佳苗はひとり、頭を抱え込み、震える手でスマホを掴もうとした。
「ユーリー。お願い、応えてよ」
佳苗が小さく呟いたその時、不意にスマホが震えた。まるで願いが届いたかのように、画面には『ユーリー』の名前が表示されている。佳苗の胸は、ドキリと一瞬だけ安堵に包まれた。
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