都市伝説
夜の静寂を裂くように、佳苗のスマホが一度、二度と明滅した。ユーリーの「しばらく見ない方がいい」という忠告が頭をよぎるが、どうしてもあのタグが気になってしまう。思わず手を伸ばし、スマホの画面を開いた。
『#彼女を探して』というタグで検索をかけると、画面が一瞬、白く光ったあとで無数の投稿が並び始めた。心臓がひやりと縮みあがる。以前よりも増えてきている。数日前は数件だったのに、いまやその数は数十件にも膨れ上がっているようだ。
ふと目に止まった投稿に、都市伝説と書かれているのが見える。
ー『#彼女を探して』って、最近よくこのタグ見かけるよね。これ見ると呪われるって話、本当なの?
ー深夜に見たら“彼女”が夢に出てくるとか。知ってる?
ー『#彼女を探して』止めとけって聞いた。これ見た友達、誰も行方不明の原因わかってないらしい
ーこの投稿なんか気味悪いね。意味わからないし。
不安と恐怖がじわじわと心を満たしていく。知らないうちにこのタグが“都市伝説”になって広まっている。その事実が彼女の息を詰まらせた。『彼女って誰のことなの?』『これってただの悪ふざけ?』佳苗の頭の中で問いがぐるぐると渦を巻く。
さらにスクロールすると、奇妙な画像が目に飛び込んできた。暗闇の中、ぼんやりと浮かび上がる人影。いや、影のようなものだ。投稿者のコメントには、まるで佳苗の心を読み取ったかのように、こう書かれていた。
『#彼女を探して』
『見てる?』
佳苗は反射的にスマホを閉じた。しかし、その言葉が脳裏にこびりつき、瞼を閉じても離れない。
胸騒ぎが止まらなかった。もしかしたら、「誰か」が本当に「彼女」を探しているのではないか。もしかしたら、その「彼女」とは、自分のことなのではないかという不安が、じわりと心に根を張り始めていた。
最近はあの奇妙な投稿の事が気になり、寝不足でもあり、学校でも勉強にも集中できていなかった。
放課後、昇降口で靴を履き替えた佳苗は、クラスメイトの久美子に気づいた。少しは気分転換でもしたい気分だった。仲良しの久美子とならあの投稿の相談にも乗って貰えるかもと佳苗は思った。
「久美子、一緒に帰ろう」
いつもは愛想よく微笑んで『いいよ!』と応じてくれるはずなのに、今日の久美子は、どこか視線が遠く、佳苗を見ているようで見ていない。声をかけたのに、まるで耳に入っていないかのように無視して通り過ぎていった。
(どうしたんだろう)
胸の中に小さな違和感が膨らむ。少し気にはなったが、仕方なく一人で学校の正門を後にする。
外はまだ陽が沈みきっていない。グラウンドからは運動部員の声も遠く聞こえてくる。頬に冷たい風がかすめ、鳥肌が立った。佳苗はふと、歩道に設置された掲示板に目をやった。そこには張り紙がいくつも貼られている。視線をさまよわせていると、ひときわ古ぼけた張り紙が目に入った。
張り紙には、『彼女を探している』と大きな文字で書かれていた。毎日通っているはずなのに、こんな張り紙は見たことがなかった。そのすぐ下には行方不明者の情報が続いている。どうやら十代後半の女性らしい。しかし、肝心の顔写真の部分が破り取られており、見ることができない。破れた部分には、何度も触られたような手の跡が薄汚れて残っている。
(なんで顔が破れてるんだろう…)
妙に生々しい破れ跡に、佳苗は目をそらしたくなったが、なぜか張り紙から離れられない。気がつけば、無意識のうちにその文字を指でなぞっていた。
『彼女を探している』
その文字が何かに呪われているかのように、佳苗の頭にこびりついて離れない。気味が悪くて、早足に通り過ぎる。
その道すがら、ふと自分のスマホが震え、画面に通知が表示された。見覚えのないアカウントからのメッセージだった。
『#彼女を探して』
急いでメッセージを閉じると、奇妙な感覚が背中を這い上がってきた。頭を振って忘れようとするも、張り紙の文字とスマホの通知が脳裏で反響する。
(私が見たこと、誰かが知っているみたいだ)
一人で帰る道がいつもより長く感じられる。奇妙な違和感、無視する久美子、そして行方不明の張り紙。胸の奥に、冷たく不気味な恐怖がじわじわと広がっていくのを感じながら、佳苗は自宅への道を急いだ。
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