疑問から恐怖へ
夜11時を過ぎた頃、机に向かっていた佳苗は、シャープペンをノートに挟んで閉じる。左に開いていた参考書も閉じると、再びスマホを手に取った。やはり昨晩見た「#彼女を探して」の不気味な投稿が頭に残っており、勉強に集中することが出来なかった。
今日はSNSの画面を避けるようにしていたが、どうにも気になってしまう。画面を開くと、タイムラインに奇妙な投稿が目に入った。
その投稿画面が開くとそこには、佳苗が最近よく行くカフェの写真が写っていた。カフェの入り口を撮影したものだが、なぜかそのコメント欄には意味不明な言葉が綴られていた。
『昨日もここにいたんだよね』
恐る恐るその投稿のハッシュタグを確認すると、やはり『#彼女を探して』と記されている。
「また…?」思わず声に出して呟いてしまう。
投稿主は【ウツロ】と表示されている。投稿者のプロフィール写真はデフォルトの状態だった。いつの間にか【ウツロ】をフォローしている状態になっている。佳苗はフォローを解除してフォロー中の画面に戻る。
佳苗は一瞬、心臓が止まったような気がした。まるで自分が誰かに見られているかのような感覚が全身を駆け巡る。ただ、一つ偶然に目にした投稿が、自分の知っている場所だった。それだけの事だと自分を納得させながらスクロールしていく。しかし、それだけではないことが明らかとなった。
「どういうこと?」
独り言が思わず漏れる。まさか偶然ではない。違和感を感じつつも、佳苗は自分のフォロワーの投稿をスクロールし続けた。
しかし、奇妙なことに気づく。どうやら『#彼女を探して』は、彼女の趣味や日常に関係する場所や物に関する投稿に増えてきているのだ。
【ウツロ】だけでなく、以前から投稿をフォローした物の中に『#彼女を探して』のハッシュタグが入ってきている。
次に見つけたのは、彼女の好きな本を紹介する投稿だった。その本は彼女がよく話題にしていた小説で、少し前にSNSで感想を書いたばかりだった。投稿にはこう書かれている。
『この本の中にも彼女がいる気がする』
『#彼女を探して』
まるで誰かが佳苗の趣味や日常を知り尽くしているかのように、『#彼女を探して』というハッシュタグは、彼女の関心ごとに合わせた投稿の中に次々と紛れ込んでいる。普段のタイムラインが、まるで彼女を包囲するかのようにこのタグで満たされているように感じられた。
佳苗は不安で胸が締めつけられるのを感じた。画面の向こうで、自分のことを見ている誰かがいる。その誰かが、彼女の日常のあらゆる場所を通じて、「彼女を探して」いるのだ。
佳苗はすぐにユーリーにメッセージを送ろうとしたが、指が震えて入力がうまくできない。ふと、SNSの通知欄に新しいDMの通知が表示された。誰からか確認する間もなく、そのDMが自動的に削除されたかのように通知が消えてしまう。もはや自分が見ているこの空間が、現実とSNSの境界を超えた何か不気味なものに支配されつつあるように思えて、佳苗は無意識にスマホを強く握りしめた。
部屋の灯りだけがぼんやりとついた深夜1時。佳苗は冷たい汗が背中を伝うのを感じながら、スマホの画面を凝視していた。
タイムラインには依然として「#彼女を探して」のハッシュタグが不気味に増え続けている。見れば見るほど、まるで自分が包囲されているような感覚に襲われ、とうとう彼女は耐え切れなくなった。
意を決して、佳苗はユーリーにメッセージを送ることにした。
『ユーリー、起きてる?』
数秒後、ユーリーからの返信があった。どうやらまだ起きていたらしい。
『起きてるよ。佳苗、
どうしたの?こんな
時間に』
『ねぇ、あのタグ、やっ
ぱりおかしいよ。昨日の
カフェとか、好きな本の
ことまで書いてあって。
私のこと、誰かが監視し
てるみたい』
『『#彼女を探して』だ
よね?やっぱり昨日の
話、忘れられなかった
んだ』
『だって、こんな偶然ある
?知らない誰かが、私の
行く場所とか、好きな本
を知ってるなんて』
『佳苗、それは本当に奇
妙だね。でも、もしか
したらただの偶然かも
しれないよ。ネット上
でのことだから、そん
なに心配しない方がい
いかも』
『そう思ってたけど、でも、
私の行動に合わせたみた
いに投稿が増えてるの。
本当に誰かに見られてる
気がして、怖いの』
しばらくユーリーの返信が遅れる、彼は彼なりに考えてくれている。いつも、佳苗の不安や悩みを解決してくれる。頼れる存在であった。そして今回も、彼女の不安を察したかのように、優しく励まし始めた。
『佳苗、大丈夫。ひとま
ずSNSから離れてみよ
うか。何も考えずにし
ばらく休んでみるのも
いいかも知れない』
『それができればいいけど
何か本当に気味が悪くて。
また誰かが私のことを投
稿しているんじゃないかっ
て思うと、気になってし
まうの』
ユーリーからの返信がしばらく途絶える。佳苗の言葉にどう返すべきか悩んでいるようだったが、やがて少し意を決したような口調で返信が続く。
『佳苗、本当に限界まで
不安なら、少し僕も調
べてみるよ。そのタグ
について』
『僕が調べてみるから。
だから、今日はスマホを
見ないで休んで。君が心
配だから』
佳苗はユーリーの返信に少し安堵し、深く息をついた。彼がいるおかげで、少しだけ恐怖が和らいだ気がした。
『ありがとう、ユーリー。
なんか、ちょっとホッと
した。今夜はもう見るの
辞めるね』
『うん、それがいい。何か
変わったことがあったら、
すぐに教えて』
佳苗はスマホの画面を閉じ、そっとベッドに身を沈めた。しかし、まぶたを閉じるたびに『#彼女を探して』のタグが脳裏に浮かび、誰かが彼女を探し続けている気配が頭から離れない。
ユーリーに相談したことで多少は落ち着いたが、再びスマホの通知が鳴るのではないかと、眠れぬ夜が続くのだった。
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