第8話
翌朝、俺はスマホのアラームで目を覚ました。
カーテンを開け朝のまぶしい日差しを浴びる。
「ふむ、いい朝だ」
首を回し伸びをしてから洗面所へ行き顔を洗う。
そのあとリビング兼ダイニング兼キッチンへとおもむき、洋子と顔を合わせた。
「おはよう洋子」
「おはようベリアルさん。今日は早いわねぇ」
「ああ、スマホのアラームを使ったからな。スマホはやはり便利だな」
「ふふっ、それはよかったわ」
言って、洋子は朝から太陽のような明るい笑顔を俺に見せる。
とそこへ、
「ふわぁ~あ」
あくびをしながらやってくる大地。
寝ぐせで髪が爆発している。
「それに比べて大地はだらしないわねぇ。顔洗ってきなさいよ」
「……朝飯食べてからでいいよ、めんどくさい」
「おはよう大地。なんだ、眠そうだな」
俺は寝ぼけまなこの大地に声をかけた。
「ああ、昨日徹夜でゲームしてたからな。寝不足なんだ……」
「ゲーム? なんだそれは? 面白いのか?」
「まあな。それより母ちゃん朝飯~」
「もうこの子ったら。ベリアルさん、昨日の朝と同じものでもいいかしら?」
「一向に構わないぞ」
洋子は大地にあきれながらも、ハムエッグやオニオンサラダなどを作り始めた。
そして三人分のシュガートーストとそれらをテーブルに運んでくれる。
俺もそれを見て運ぶのを手伝った。
「ありがとうベリアルさん、助かるわ。それに比べて大地は何もしてくれないんだから」
「いちいちベリアルと比較するなよ。ベリアルも、母ちゃんのご機嫌取ったって一円も出ないからな」
大地はそう言うとシュガートーストを口に運ぶ。
「俺は対価を求めて手伝っているわけではないぞ。それに仕事ならもうみつけてある」
俺は大地の目の前に牛乳の入ったグラスを置いてやった。
大地はそれをごくごくと一気に飲み干し、ぷはーっと息をつく。
「仕事ってあれだろ。昨日言ってた復讐代行屋とかいうやつだろ」
「ああ。昨日から依頼が殺到しててな、どれを引き受けるか迷っているところだ」
「ほんとかよ。そんな怪しさ満点のやつに依頼する人間がそんなにいるのか? 世も末だな、まったく」
「働くというのは存外面白いものだな、大地」
「そうかい、そりゃよかったな。おれは働かなくて済むなら一生働きたくないけどな」
言いつつシュガートーストを平らげた大地はおもむろに席を立った。
「大地、サラダとハムエッグはいらないの?」
「いい。あんま腹減ってないから」
「せっかく洋子が作ったのにもったいないではないか」
「だったらベリアル、あんたにやるよ。おれは着替えて仕事だ仕事っ」
働きたくないと言ったくせに積極的に仕事へと向かう大地。
やはり洋子のために少しでも負担を軽くしてやりたいのだろうな。
もしくは俺と同じで実は仕事にやりがいを感じているのかもしれない。
朝ご飯を食べ終えた俺は、自分の部屋でスマホの画面をスクロールしつつ、それを凝視していた。
たくさん届いている依頼メールの中からどれを選ぶかを決めかねているのだった。
まあ極論を言えばどれでもいいのだが、どうせなら復讐しがいのあるターゲットが望ましい。
そう思い俺は一つ一つメールを確認する。
「う~む……」
すると、
「……おおっ」
いかにも復讐しがいのある人間の情報が書かれたメールが俺の目に飛び込んできた。
[ベリアル様へ。
わたしは中学三年生の女子です。
名前はここでは伏せさせてください。
ベリアル様のことを信用していないわけではありませんが、内容が内容なので両親に知られたくありません。
わたしは今通っている中学校でいじめを受けています。
わたしをいじめているのはクラスの人気者の女子三人組です。
いじめの内容は上履きを隠したり、靴を隠したり、頭を叩いてきたり、足を引っかけてきたり、わざと机の上のものを落としたり……それだけならまだ我慢できたのですが、この前トイレに入っている時に上の隙間から動画を撮られました。
今ではその動画をネタにお金を持ってこいとか、万引きしてこいとか、誰かにチクったり自殺なんかしたらこれを全世界に公表するぞとか脅されています。
わたしは親に心配をかけるのだけは嫌なので絶対に親には話せません。
警察にも行く気はありません。
でも自殺も出来ません。
もう八方塞がりです。
なのでどうかベリアル様、わたしをいじめている女子三人組から動画を取り返してください。
そしてその三人にわたしに代わって復讐を実行してください。
よろしくお願いします。]
「ふっふっふ……こいつに決めたぞ」
「あら、ベリアルさんお出かけ?」
階下のコンビニを通り抜けようとすると、商品の補充をしていた洋子が俺に声をかけてきた。
「ああ、依頼人に会ってくる」
「そうなの。お仕事頑張ってね」
「ああ」
俺は洋子に返事をしてから、レジカウンターにいた大地にも「行ってくる」とだけ告げると、コンビニをあとにする。
外に出た俺はコンビニ裏の空き地に移動してから、巨大化させたアルカディアにまたがり上空へと浮かび上がった。
そして依頼人の待つ福岡県に向かうのだった。
今回の依頼人は学校でいじめを受けているという女子中学生だ。
その少女の名前はまだわからないが、落ち合う場所は決めてある。
アルカディアは魔王様からいただいた便利な乗り物で、人物や場所を言えばそこへ自動的に運んでいってくれる。
俺はそのアルカディアにただ乗っているだけでいいというわけだ。
「お、着いたかアルカディア」
高速飛行していたアルカディアがスピードを緩めてから地上へと下りていく。
俺は着陸したアルカディアから地面に下り立つと、アルカディアを小さくしてズボンのポケットに忍ばせた。
「ふむ、ここに依頼人がいるわけだな」
待ち合わせの場所はとある公園だった。
俺は早速公園内に足を踏み入れると依頼人らしき女子中学生を探す。
目印として中学校の制服を着て待っているという話だったが……。
すると遠くの方のベンチに、ちょこんと所在無げに座っている少女の姿が目に入ってきた。
学生服姿のその少女はうつむき加減で憂鬱そうな顔をしている。
俺はそこまで歩いて近付いていくと、
「おい、貴様が依頼人か?」
少女の頭上に声を降らせた。
「……あ、はい。ということはあなたがベリアルさん?」
「そういうことだ」
「……本当に来てくれたんですね」
少女は死んだ魚のような目で俺を見上げてくる。
「当たり前だ。約束だからな」
「……そ、そうですよね。すみません」
「それで貴様の名前はなんというのだ? 実際に会ったら教えると言っていただろう」
「……えっと、わたしの名前は九頭龍仁美といいます。はじめまして」
「ふむ、仁美か。では仁美、貴様をいじめているという女三人の名前を言え」
俺が訊くと、
「……あの、その前に場所を移動してもいいですか?」
申し訳なさそうに仁美が返した。
「……ちょっと人目が気になるので」
「ん? そうか? 俺はあまり気にならんが」
今日は初めから俺の魔力で作り出したマスクを着けているので、さほど俺に視線を飛ばしてくる人間はいない。
それにそもそも東京タワーの時ほど、この公園内には人がいない。
「……す、すみません。この時間だともう学校が始まっているので、制服だと少し目立つんです。自分からこの服装を指定しておいてなんですけど」
「そうなのか。わかった、では貴様の言う通り場所を変えるとするか」
「……あ、ありがとうございます。わたしの両親は共働きなので今は家には誰もいませんから、わたしの家でも大丈夫でしょうか?」
「構わん。案内してくれ」
「……は、はい。ありがとうございます。じゃ、じゃあ」
言った仁美は俺を先導するようにゆっくりと歩き出した。
時折り後ろを振り返りつつ、俺がついてきているのを確認しながら自宅へと向かっていく仁美。
おどおどしているのは俺が怖いからなのか、それとも元からそういう人間なのか。
もしくはいじめられたことによって、後天的にそのようになってしまったのか。