幻肢駆使{エリリュウタ}
{本文}
バーン!
ドーン!
ゴゴゴ
ズキューン!
モタとウタは、マンガを、読んでいる。
何百巻も続く、昔からある、現在も人気のあるサーガ漫画、だ。
絵柄に好き嫌いがあるらしいが、好きな人は、むっちゃ好き、らしい。
リョウ探偵事務所は、今日も平和、だ。
依頼も、ここのところ、無い。
事務所経営的には、困ったこと。
だが、世間的には、いいこと、だ。
のっぴきならないトラブルが少ない、と云うことだ。
リョウとキタは、部屋に、籠っている。
事務所に入ってすぐ、応接間が、ある。
そこから、放射状に、配置されている。
四つの部屋が、配置されている。
向かって、奥の左側の部屋は、リョウの部屋。
右側は、モタの部屋。
リョウは、部屋に籠って、本を、読んでいる。
モタは、応接間で、マンガを、読んでいる。
手前左側の部屋は、ウタの部屋。
右側は、キタの部屋。
ウタは、応接間で、マンガを、読んでいる。
キタは、相も変わらず、部屋に、籠っている。
何をしているのかは、知らない、分からない。
トントン ・・
ドアが、ノックされる。
リョウ探偵事務所の玄関が、ノックされる。
モタとウタは、動かない。
トントン ・・
ドアは、再び、ノックされる。
モタとウタは、マンガから眼を離さず、顔を上げない。
ウタは、顔を動かさずに、言う。
「ノックされてるよ」
「そやな」
「お客さん、みたい」
「そやな」
トントン ・・ トントン ・・
「出たら」
「ああ、もう!」
モタは、ドアに、向かう。
ガチャ
ドアを開けた先には、女性が、いた。
年の頃は、三十代後半くらい。
手を上げて、固まっている。
引き続き、ノックしようとして、そのまま、フリーズしてしまった、らしい。
赤ら顔の男が、急にドアを開けて、のそっと顔を出したから、無理も無い。
フリーズしても、無理も無い。
「リョウ」
「ん?」
「お客さん」
リョウを呼びがてら、モタは、リョウの部屋に、入る。
キュルキュル ・・
車輪を廻す音が、響く。
部屋から、車椅子が、顔を、出す。
立派な車椅子、だ。
ゴージャスな車椅子、だ。
北欧辺りで製作された、クッションの利いた椅子に、車輪が取り付けてある様に、見える。
そこに、達磨が、乗っている。
正確には、達磨の様で、達磨じゃない。
腕・脚の無い人間が、乗っている。
腕は、肩から先が、無い。
脚は、股関節から先が、無い。
そして、眼鏡を、掛けている。
坊主頭でも、ある。
なんとも奇異な見た目だが、怖くは、無い。
ちっとも、怖くは、無い。
どころか、その人からは、ほっこりするものさえ、感じさせる。
おそらく、その、にっこり顔に、由来する。
おそらく、その、全体的な雰囲気に、由来する。
なんとも、安心感さえ、感じる。
車椅子の押し手は、モタ。
慣れているらしく、スイスイーと、押し進む。
変に、力が、入っていない。
床も、段差が、ほとんど設けられていなく、進み易い。
達磨が、女性の前に、来る。
机を隔てて、女性と、向かい合う。
「こんにちわ。
この事務所の所長の、リョウ、です」
腕があるならば、手があるならば、ここで、交わすところだ。
挨拶がてらの握手を、交わすところだ。
その代わり、リョウは、顔を、もっと、にこやかにさせる。
にこやか限りなく、微笑む。
連られて、女性も、微笑む。
少しばかり強張るも、緊張が解けた様に、微笑む。
女性は、エリと、名乗る。
「何で、ウチを知らはったんですか?
広告とか、出してないんですけど?」
リョウの問いに、エリは、詰まりながらも、答える。
「はい ・・ その ・・ ユト先輩から聞いて」
「ああ、ユトさんですか」
以前の依頼者の名前が出て、リョウも、合点する。
「『ここが、ええ』って、薦めてくれはったんで」
「ありがとう御座います」
リョウは、礼を、言う。
心の中で、ユトにも、礼を、言う。
「で、これなんです」
エリは、バッグを、開ける。
バッグには、奇妙にかわいいキャラクター、のストラップが、付いている。
そのストラップを揺らしながら、差し出す。
バッグから、一枚の写真を、差し出す。
写真には、人は、写っていない。
物だけが、写っている。
写真いっぱいに、写っている。
物は、四角い。
鉄製らしく、剛健な感じ、だ。
所々、錆が、浮いている。
正面の扉が開く時、ギイ、と云いそうだ。
割と、年代物、らしい。
扉は、観音開きらしい。
向かって左右両側に、取っ手がある。
加えて、左右両側には、ある。
ダイヤルが、ある。
ああ、これは ・・
リョウは、合点する。
金庫、や
モタも、合点する。
開けにくそうな金庫、だな
ウタも、合点する。
「で、これが ・・ 」
と、問い掛けながら、リョウは、おおよそ、想定している。
多分、『開けてください』とか云う依頼、やろな
果たして、その通り、だった。
『『『 いやいや、鍵屋じゃないし 』』』
リョウも、モタも、ウタも、心の中で、一斉に、ツッコむ。
「何軒か ・・ 」
「はい」
エリが、言い重ねる。
リョウが、相槌を打つ。
「鍵屋さんを、廻ったんですけど ・・ 」
「はい」
「どこもお手上げ、で ・・ 」
「はい」
「藁をも掴む感じで ・・ 」
「はい」
「こちらに寄せて、もらったんです」
断れない。
こう言われては、断れない。
「ユト先輩が、言わはるには」
「はい」
「『鍵屋さんとは、違った手を使わはるから、開く可能性がある』、と」
「ああ、なるほど」
確かに。
確かに、そうだ。
リョウは、モタの顔を見、ウタの顔を見る。
モタとウタは、二人とも、頷く。
受けよう
リョウは、思い定める。
詳しく、依頼内容を、聞く。
エリは、つっかえつっかえしながらも、話す。
理解してもらえる様に、話す。
この金庫は、年代物。
おそらく、曾祖父の代からの物。
それを、使っていた。
と云っても、金庫としては、使っていない。
鍵を掛けず、物置として、使っていた
そこに、夫のリュウタが、妻のエリへのバースディ・プレゼントを、入れる。
「誕生日まで、開けちゃ駄目だよ」と、金庫を閉める、鍵を掛ける。
エリの誕生日が来るまでに、リュウタは、事故に遭う。
そして、死亡する。
エリは、『金庫を、開けよう』と、する。
ダイヤルを、廻す。
幾度となく、廻す。
開かない。
一向に、開かない。
鍵屋さんに、何件も、お願いする。
解錠を、お願いする。
全ての鍵屋が、お手上げ、する。
金庫の解錠番号は、リュウタしか、知らない。
解錠番号の書かれたメモなども、見つからない。
ほとほと、困る。
「で」
「はい」
「ウチに来られた、わけですか」
「はい」
エリは、リョウに、頷く。
依頼は、受けた。
誰を、担当にする、か
リョウは、考えを、巡らす。
その場にいた、『モタか、ウタが、妥当』だと思う。
思うが、どこか、しっくり来ない。
『今回の依頼は、集中が必要になる』と、思っている。
その為、そばに、モタにいられると、うるさくて、気が散る様な気が、する。
ウタにいられると、別の意味で、気が散るような気が、する。
うん、そうするか
リョウは、奥歯を、まさぐる。
リョウの付けている眼鏡に、微かな光が、走る。
・・ ・・・ ・・
・・ ガチャ ・・
・・ のそっ ・・
出て来る。
手前右側の部屋から、黄ら顔のキタが出て来る。
出て来て、見つめる。
リョウ、赤ら顔のモタ、青ら顔のウタを、見つめる。
見つめるばかりで、口を、開かない。
「キタ」
「 ・・ 」
リョウが、キタに、声を、掛ける。
キタは、リョウに、視線を、定める。
「今度の依頼」
「 ・・ 」
「担当者になってもらうから」
「 ・・ 」
「詳細は、モタに、訊いてくれ」
「 ・・ 分かった ・・ 」
返事の余韻が、まだ残る内に、キタは、部屋に、戻る。
部屋にもどるキタを見つめたまま、リョウは、口を、開く。
「モタ」
「何や」
「ほな、よろしく」
「ややこしいとこは、丸投げか!」
モタは、リョウに、ツッコむ。
「モタ」
「何や」
「じゃあ、よろしく」
「お前もか!」
モタは、ウタにも、ツッコむ。
モタの声が響く中、リョウとウタは、そそくさと、自室に帰る。
リョウは、椅子を、自走モードにして、帰る。
ウタは、腕をワイドショット光線(ウルトラセブンの光線)の形にし、右手人差し指を、伸ばす、
ワイドショット右人差し指伸ばしで、ウンウン頷きながら、帰る。
モタは、取り残される。
応接室に、取り残される。
「ああ、もう!」
赤ら顔に、赤味を増して、叫ぶ。
叫んで、行く。
右手前の部屋に、行く。
トントン ・・
・・ ガチャ ・・
戸が、開く。
リョウの部屋の戸が、開く。
ノックの返事も待たず、戸が、開く。
・・ のそっ ・・
「 ・・ これ ・・ 」
キタが、リョウに、用紙を、差し出す。
メールをやり取りした文章を、プリント・アウトしたものだ。
返信人は、エリ。
キタは、しゃべるのが苦手なので、メールでのやり取りにした、らしい。
金庫の解錠に都合良い日が、幾つか、書いてある。
リョウは、その中から、一日、選ぶ。
選んで、○を、付ける。
「キタ」
「 ・・ 」
「エリさんに、その日を、連絡しといて」
「 ・・ 分かった ・・ 」
キタが帰り掛けた時、リョウは、声を、掛ける。
「キタ」
「 ・・ ?」
キタは、振り向く。
「その返事、送る時」
「 ・・ 」
「お前の顔写真も添付して、送っとき」
「 ・・ ? ・・ 分かった ・・ 」
キタは、顔に、?マークを、浮かべる。
浮かべながら、リョウの部屋を、去る。
エリは、それから、数回、事務所にやって来る。
担当のキタと、打ち合わせして、帰る。
リョウは、必要な時だけ、顔を、出す。
エリは、最初、面喰らっていた。
キタの無口に、面喰らっていた。
それでも、必要なことは、ちゃんと、キタが押さえているのが分かり、安心
したようだ。
今では、意思疎通が、図れている。
意外なことに、思った以上に、図れている。
この件については、リョウが、面喰らった。
モタもウタも、面喰らった。
キタの黄ら顔には、エリは、面喰わなかった。
事前に、顔写真を送っていた効果が、出る。
その結果、非常にサクサクと、事前打ち合わせは、進む。
決行日が、決まる。
リョウが、幻肢を駆使する日が、決まる。
決行日が、来る。
「ほな、始めるか」
キタは、頷く。
リョウは、眼を、瞑る。
念の為、モタもウタも、傍に、控えている。
光る。
達磨状態のリョウの、正中線に沿って、光が走る、光る。
光は、上下左右、四方向に、走る。
一つは、向かって、上部左へ。
一つは、向かって、上部右へ。
一つは、向かって、下部左へ。
一つは、向かって、下部右へ。
上部の光は、肩先に向かって、伸びる。
リョウの肩先に辿り着いても、伸び続ける。
腕も何も無い、リョウの肩先から、光が、伸び走る。
まるで、腕の幻肢の様に、伸び走る。
下部の光は、股関節先に向かって、伸びる。
リョウの股関節先に辿り着いても、伸び続ける。
脚も何も無い、リョウの股関節先から、光が、伸び走る。
まるで、脚の幻肢の様に、伸び走る。
光は、伸び、続ける。
走り、続ける。
遂には、部屋の端まで、辿り着く。
部屋の端まで辿り着いても、止まらない。
光は、止まらない。
伸び、続ける。
走り、続ける。
光は、部屋を、飛び出す。
事務所を、走り出る。
リョウの頭の中には、入っている。
光が、行く先が、入っている。
昨日、地図で、確認した。
グーグル・ビューでも、周りの環境を、画像で確認した。
抜かりは、無い。
幻肢は、何処にでも、行くことが、できる。
理論上は、場所さえ具体的に分かれば、他の星に行くことも、可能だ。
が、それは、座標では、役に立たない。
幻肢を駆使する人間(この場合は、リョウ)が、具体的に、位置をイメージしなくてはならない。
だから、地図が、必要になる。
周りの環境を画像で確認できる、グーグル・ビューも、必要になる。
よって、幻肢の駆使範囲は、現実的には、リョウが住む地域。
多く見積もっても、リョウが住む圏(関西圏など)に、限定される。
「あった、あった」
「 ・・ 」
リョウが、エリの家を、見つけたようだ。
キタは、頷くだけで、声を、発しない。
眼鏡の下で、リョウは、眼を瞑っている。
眉間には、皺が、寄っている。
大分、集中している、ようだ。
「 ・・ リョウ ・・ 」
キッ!
モタが、リョウに、声を、掛ける。
キタが、一瞥の元、ウタの言を、遮る。
『リョウの邪魔をするな!』、と云うことだろう。
リョウが、身体を、揺らす。
達磨の身体を、揺らす。
その様は、起き上がり小法師の様だ。
家の中に入り、あっちこっちに通っているのが、身体の動きに、表われているのだろう。
リョウは、身体を、揺らし続ける。
それに合わせて、なんとなく、揺れる。
キタの身体も、
モタの身体も、
ウタの身体も、
なんとなく、揺れる。
「あった、あった」
リョウの幻肢は、エリ家の金庫を見つけた、ようだ。
「 ・・ これは、また ・・ 」
リョウは、眼を瞑ったまま、表情を、動かす。
眉を、上げる。
リョウの幻肢に映る金庫は、重々しい。
写真で見るより、重々しい。
その造り、錆具合、等が、重ねた歴史の重みを、表わしている。
金庫は、ガッチリ、閉まっている。
ダイヤル錠も、ガッシリ、構えている。
付け入る隙は、無い。
が、
リョウには、関係無い。
そんなの、関係無い。
リョウは、幻肢の光を、伸ばす。
そのまま、伸ばす。
幻肢は、金庫に、近付く。
金庫に、辿り着く。
そして、そのまま、金庫に、入る。
扉とか壁とか、関係無し。
錠とか番号とか、関係無し。
そのまま、スルスル、入る。
見て確認する分には、物理作用は、関係無い。
「あれ?」
眼を瞑ったままの、達磨状態のリョウが、抜けた声を、上げる。
『 ・・ どうした? ・・ 』とばかり、キタが、リョウを、見つめる。
モタとウタも、それに、続く。
無い。
何も、無い。
金庫の中は、空っぽ、だ。
いや、
金庫の中の広い空間の底に、何か、ある。
チョコン、と、在している。
それは、細長い。
小指くらいのサイズ、だ。
表面に、何か、書いてある。
英文字で、USB MEMORY。
USBメモリ、だ。
記憶媒体、だ。
それには、ストラップが、取り付けられている。
ガチャガチャと云うか、ガシャポンと云うか、そう云うもんで出て来そうなストラップ、だ。
ストラップには、小さな小さなフィギュアが、付いている。
ゆるキャラっぽいキャラクターのフィギュア、だ。
なんとも、奇妙に、かわいい。
・・ ふむ ・・
そこで、リョウは、幻肢を、止める。
幻肢を駆使するのを、やめる。
スルスル ・・ スルスル ・・
スルスル ・・ スルスル ・・
音がする様に、幻肢を、引く、引き上げる。
スルスル ・・ スルスル ・・
スルスル ・・ スルスル ・・
スルスル ・・ スルスル ・・
スルスル ・・ スルスル ・・
ターボエンジンが付いているかの様に、幻肢は、素早く、引き上げる。
光の軌跡だけ残し、光速で、引き上げる。
幻肢は、リョウ探偵事務所に、辿り着く。
事務所に着き、ドアや壁に貼り付き、事務所の中に、入る。
『『『 早っ! 』』』
事務所に帰って来た幻肢を見て、キタ、モタ、ウタは、思う。
まだ、リョウが、幻肢を駆使し始めてから、数十分と、経っていない。
行き帰りの時間と、作業時間を見て、『一時間くらいかかるもの』と、思っていた。
それが、もう、戻って来た。
『『『 すわ、非常事態か! 』』』
キタ、モタ、ウタは、身構える。
が、リョウからは、そんな気配は、感じられない。
至って、リラックスしている。
幻肢は、見る見るうちに、リョウの元へ、戻る。
光の軌跡は、リョウの元に、帰す。
・・ ・・
・・ ・・
リョウは、眼を瞑り、続ける。
口を、開かない。
・・ ・・ !
眼を、開く。
眼鏡越しに、キタと、眼を合わせる。
こくん、と、頷く。
キタも、こくん、と、頷く。
リョウとキタの、アイ・コンタクト会話を見て、焦れる。
モタとウタは、焦れる。
「いやいや、お前らだけで、納得すんなや。
こっちにも、話し、せいや」
「同感、だ」
モタが、耐えきれず、口を、出す。
ウタが、それに、言葉を、添える。
「中身は、分かった」
「何やったんや?!」
喰い気味に、モタは、訊く。
「USBメモリ」
「USBメモリ?」
「そう。
USBメモリ」
「それだけか?」
「そう。
それだけ」
モタは、拍子抜けして、赤ら顔を、素にする。
キタは、リョウのすることを信頼しているのか、動じない。
「キタ」
「 ・・ 」
キタが、リョウに、眼を、向ける。
「エリさん、呼んでくれ」
リョウは、モタと、眼を合わせる。
視線で、会話する。
「・・ 分かった ・・ 」
キタは、言うないなや、踵を、返す。
自分の部屋に、戻る。
エリが来た時、応接間は、準備されていた。
リョウとキタが、腰掛けて、待ち受ける。
応接間から、放射状に配置された二つの部屋からは、気配がしていた。
向かって、右奥の部屋と手前左の部屋から、気配がする。
聞き耳を立てている気配が、する。
リョウは、相変わらず、達磨状態で、座っている。
椅子に、がっちりホールドされて、座っている。
キタは、相も変わらず、無口・無表情で、座っている。
呼び出した当人なのに、要件を、説明しようとしない。
リョウは、ニコニコする、のみ。
キタは、ポーカー・フェイスを保つ、のみ。
「あの ・・ 」
エリは、焦れて、自分から、口を開く。
「はい」
リョウが、答える。
「今日は、何で、呼び出さはったんですか?」
エリが、問う。
リョウは、ちょっと、慌てる。
「ああ、すいません。
ちょっと、フリーズ、してました」
「 ・・ 」
リョウは、答える。
キタは、口を、開かない。
「結論から言うと」
「言うと?」
リョウに、エリが、喰い付き気味に、訊く。
「金庫の中身が、分かりました」
「何が入っていたんですか?」
エリは、再度、喰い付く。
「USBメモリ、です」
「はい?」
「USBメモリ、です。
それが、一個だけ、入っていました」
「それだけ?」
「それだけ、です」
エリは、釈然と、しない。
「他には?」
「それだけ、です。
他にも、棚とかありましたが、空っぽ、でした」
「USBメモリの中身は?」
「それは、分かりません。
そこまでの能力は、ありません」
リョウは、にこやかに、断定する。
リョウは、キタの方を、向く。
キタが、頷く。
キタは、用紙を、取り出す。
机の上、エリの前に、用紙を、置く。
用紙には、「右」とか「~に合わせて、」とか「~回廻す」とか、書かれている。
「 ・・? これは?」
エリは、問う。
「金庫の解錠手順、です」
リョウは、にこやかに、答える。
『ご自分で、開けてください』『ご自分で、確認してください』とばかりに、答える。
???
「勿論、『解錠手順を、明らかにした』とは云え、
自分達の手で、金庫を開けないんですから、
依頼料は、全額の半分で、結構です」
不審がるエリに、リョウは、爽やかに、答える。
エリは、モヤモヤするものを、心に宿す。
宿しつつも、用紙を、受け取る。
その用紙を、クリアファイルに、挟む。
挟んで、バッグに、入れる。
幾らか雑談を交わし、辞する。
リョウ探偵事務所を、出る。
???
疑問は拭えないが、心は、金庫に飛ぶ。
金庫に、対峙する。
エリの前に、金庫は、いる。
リョウに教えてもらった通り、錠を、扱う。
右の錠を、右方向に、15の処まで、3回廻す。
左の錠を、左方向に、25の処まで、4回廻す。
右の錠を、左方向に、35の処まで、4回廻す。
左の錠を、右方向に、45の処まで、3回廻す。
・・ ・・ ・・ ・・
・・ ・・ ・・ ・・
解錠手順は、続く。
・・ カチッ
嵌った音が、する。
何かが嵌った音が、する。
左右の扉に付いている取っ手を、動かす。
左右の扉を、観音開きの様にして、開く。
・・ ガチャ
動く、開く。
そして、解錠された音が、響く。
開けてみると、
金庫の中は、空っぽ。
リョウの言う通り、空っぽ。
が、底に、一つだけ、物がある。
小指くらいの、細長い物が、ある。
多分、これが、例の、USBメモリ。
なんとも、奇妙にかわいいキャラのストラップを、付けている。
エリは、USBメモリを、取り出す。
しげしげと、見つめる。
上下左右裏表、見廻す。
何も、変わったところは、無い。
他には、金庫の中には、何も、無い。
リョウの言う通り、何も、無い。
エリは、USBメモリで、一つ、思い出す。
正確には、USBメモリに付いているストラップで、一つ、思い出す。
ガチャガチャ、だ。
ストラップについてるキャラは、ガチャガチャで出たやつ、だ。
リュウタと共に、ガチャガチャを廻した時に出たやつ、だ
好きなマンガのガチャガチャを見つけ、二人とも、廻した。
そして、二人共、同じ物が、出た。
エリとリュウタは、苦笑し合った。
思い出し苦笑をしながら、エリは、USBメモリを、接続する。
ノートパソコンに、接続する。
ノートパソコンは、USBメモリを、読み込む。
USBメモリの中身を、画面に、表示する。
中には、データが、一つだけ、ある。
動画ファイルが、一つだけ、ある。
動画ファイルを、クリックする。
動画ファイルが、立ち上がる。
動画ファイルが、動き出す。
画面に、映る。
人影が、映る。
リュウタが、映る。
リョウタが、動き出す。
リョウタが、話し出す。
《エリ、誕生日、おめでとう。
照れくさいので、動画で、今までの感謝を、述べます ・・ 》
・・ ・・
・・ ・・
涙は、膨れ上がり、零れ落ちる。
「 ・・ リョウ」
おお!
キタから、質問が来た!
リョウは、嬉し驚く。
「どうした?」
「 ・・ ちょっと ・・ 聞きたいことが ・・
・・ あるんやけど ・・ 」
「何や?」
リョウは、慈母の様な笑みで、訊く。
「 ・・ エリさん ・・ 」
「エリさん?」
「 ・・ エリさんの金庫 ・・ 」
「エリさんの金庫?」
リョウは、焦れるが、『せっかく、キタが質問しとんのに』と、自分を落ち着かせる。
「 ・・ あれ ・・ 」
「うん」
「 ・・ 俺らで ・・ 開けんと ・・ 」
「うん」
「 ・・ エリさんに ・・ 開けさせよう ・・ としたやん ・・ 」
「そやな」
「 ・・ あれ ・・ 何で? ・・ 」
「ああ、それな」
リョウは、キタの気付きに、好ましいものを、感じる。
「金庫の中は」
「 ・・ 金庫の中は ・・ 」
「『ほぼ、空っぽ』、やってん」
「 ・・ ほぼ ・・ 空っぽ ・・ 」
「うん。
そやけど」
「 ・・ そやけど ・・ 」
「あるものが一つだけ、あってん」
リョウは、キタに、『何やと思う?』の眼を、向ける。
「 ・・ 何やろう? ・・ 」
悩むキタを見て、リョウは、顔を、朗らかに、する。
「USBメモリ」
「 ・・ USBメモリ? ・・ 」
「そう、USBメモリ。
そこで、俺は、思った」
「 ・・ 何て? ・・ 」
「『USBメモリの中は、おそらく、
リョウタさんからエリさんに宛てたもんやろうから、
エリさんに、直接、開けてもらった方がええやろな』って」
う~ん
キタは、ここで、顔を、曇らせる。
「 ・・ それ ・・ 」
「どれ?」
「 ・・ USBメモリ ・・ 」
「ああ」
「 ・・ それ ・・ エリさんにとって ・・
・・ 『ええもんが入っている』とは ・・
・・ 限らへんやんか ・・ 」
「ああ、そやな」
「 ・・ 何で ・・ エリさんに ・・ 開けさせたんや? ・・ 」
「ああ、それな」
リョウは、朗らかに、にっこり笑う。
「『エリさんに、ええもんが入っている』自信が、あった」
「 ・・ 何で? ・・ 」
「ストラップ」
「 ・・ ストラップ ・・ ? ・・ 」
「そう。
ストラップ」
「 ・・ 何で ・・ そこで ・・ ストラップが ・・
・・ 出て来るんや? ・・ 」
リョウは、ここで、ニヤリと、笑う。
「ストラップに、何が付いていたか、覚えてるか?」
「 ・・ 確か ・・ 奇妙に ・・ かわいい ・・ 」
「 ・・ ゆるキャラみたいなキャラクターの、小さなフィギュア」
・・ ?
「 ・・ それが ・・ どうかしたんか? ・・ 」
「あの手のキャラって」
「 ・・ うん ・・ 」
「好き嫌いが、激しいやろ?」
「 ・・ かも ・・ 」
「好きな人は、むっちゃ好きやけど、
大概の人は、どっちゃでもええか、嫌い」
「 ・・ ああ ・・ そうかも ・・ しれん ・・ 」
「それ」
「 ・・ それ ・・ 」
「エリさんのバッグにも、付いてへんかったか?」
「 ・・ ? ・・ ああ ・・ ! ・・ 確かに ・・ 」
キタが、静かに、驚く。
キタにしてみれば、テンションMAXの驚き方、だろう。
「 ・・ と云うことは ・・ 」
「エリさんが気に入っているキャラクター、
のストラップを付けているUSBメモリには ・・ 」
「 ・・ USBメモリには ・・ 」
「エリさんが喜ぶデータが、入っている可能性が ・・ 」
「 ・・ 可能性が ・・ 」
「かなり高いと、判断した」
「 ・・ 判断したんか ・・ 」
キタは、その時の状況を、思い巡らす。
「 ・・ リョウ ・・ 」
「何、や?」
「 ・・ あの一瞬で ・・ そこまで ・・ 判断したんか? ・・ 」
リョウは、ちょっと、照れ臭そうに、言う。
「まあな」
「 ・・ すごいな ・・ 」
キタが、呟く。
・・ ふう ・・
キタは、思う。
・・ なんや ・・ 一年分くらい ・・ しゃべった
・・ 感じ ・・ やな ・・
キタは、応対する。
キタの眼の前には、エリが、いる。
エリと向かい合わせで、座っている。
『依頼、無事完了』のお礼に、エリは、来ている。
リョウ探偵事務所へ、再び、訪れている。
リョウは、次の依頼から、手が離せない。
間の悪いことに、部屋を出ることも、できない。
よって、キタが、応対することになる。
・・ ・・
・・ ・・
お互い、口を、開かない。
話すことが、思い浮かばない。
キタもエリも、おしゃべりな方では、ない。
自分から話す方でも、ない。
キタに至っては、声を発することさえ、珍しい。
・・ ・・
・・ ・・
沈黙は、続く。
天使は、走る。
耐えかねた様に、エリが、動く。
動いて、バッグから、厚みの無い長方形のものを、差し出す。
長方形のものは、手の平サイズ。
手紙、だ。
「 ・・ あの、この度は、ありがとう御座いました。
・・ あの、これ、お礼を述べたもので ・・ 」
エリは、手紙を、改めて、差し出す。
キタの方に、差し出す。
「 ・・ 開けて ・・ いいですか? ・・ 」
「 あ ・・ はい」
ガサッ ・・
・・ ・・
・・ ススッ ・・
・・ ・・
キタは、手紙を、開ける。
一筆箋一枚しか、入っていない。
一筆箋に書かれた文章を、読む。
読む、と云っても、語句が一つしか、書かれていない。
キタは、一瞬、考える。
眼を、宙に、彷徨わせる。
でも、すぐに、破顔一笑。
語句に、語句で、返す。
「 ・・ こっちも ・・ ありがとう ・・ です ・・ 」
こちらも、破顔一笑。
バッグのストラップ、幸せそうに、揺れる。
{本文 了}