第一章想像ロスト
1
「ゔおぇぇぇぇぇ……… ああ、最悪だ…… 」
大学二年の夏、俺はトイレで食べた物を吐いている。
「なんで、こんな目に…… 」
ぼやいても仕方がないのは分かっている。
分かってはいても、ぼやかずにはいられない。
俺は今、大吉先生という先生のゼミのメンバーで交流する会にいる。
これで二回目だが、慣れない。
周りは皆、「何か」をしている人達ばかりで、イラストレーターや、作曲家、漫画家を目指し
ている人達がいる。
中にはもうデビューして、名刺まで俺に渡してくる人までいた。
対して俺は夢を失い、目的もなくただ生きている。
成したいこともなく、表現したいこともない。
俺には何もない。
だから、そんな人達を見ると眩しくて胸が苦しくなる。
それを誤魔化す為に、毎回ピエロのように自分を偽って、さも自分は出来る人だとアピールす
る為に声を大きくしたり、取り皿を分けたりしていた。
自分は陽の人間だと、伝えるために。
だが、それをすればするほど自分がちっぽけに思えて死にたくなった。
胃から込み上げてくるモノが止まらなくなって、トイレに駆け込むと食べたモノ全てを便所の
中にぶちまけていた。口からは酸の匂いがする。
「ああ、くそ…… 最悪だ…… 」
この状況で戻ったら絶対何か言われる。
せめて何か匂いを消すものがあれば。
ポケットからスマホを取り出し、コンビニがないか調べる。
幸いな事に、すぐ下にコンビニがあることが分かった。
吐き出したモノを流して個室から出る。
洗面所の前で手と口を濯ぎ、コンビニへと向かう。
コンビニには、プッシュ式のマウスウォッシュ、百粒入りタブレットがあった。
2
「どっちにするか」
少し迷ったが、安い方のタブレットにした。
シールを貼って貰い、歩きながら包装紙を剥がす。
タブレットを口の中に放り投げる。
ミント味のスッーとする匂いが口と喉を刺激する。
「おお、意外と強いな、これ」
パッケージをよく見ると、刺激レベル五だった。
「次からはもっと低いのを買うかな」
そもそも、そんなになるまで飲まなければいいだけの話なのだが。
あの光達とシラフで話していたら、飲み込まれて狂ってしまいそうだったから。
自分が自分で無くなってしまいそうだったから、飲まずにはいられなかった。
「…… 戻るか」
エスカレーターを登り、上へ行く。
あの会が嫌いなわけじゃない。だけど、戻るのは憂鬱だ。
自分は何者でもないと知らしめられるから。
靴箱で靴を入れ、スリッパに履き替え、掘り炬燵の席へと進む。
皆、俺には気付かず、名刺を交換したり色々話しこんでいた。
これならもうちょっと時間潰していても良かったかな。
でも、今ここで席を立てば不自然に思われる。
飲みかけていたビールを飲み干し、店員さんを呼んだ。
「あ、すいません!オーダーお願いします」
店員さんは無言で伝票とボールペンを持って来る。
「えっとビールのおかわりと…… 皆さんはいります?」
「え、ああはい。じゃあ私はピーチハイで」
「僕は、ジントニックで」
「俺はジンジャーハイで」
店員さんはボールペンで殴り書きしていく。
「以上で、よろしいですか?」
俺は周りをみる。皆、また話に夢中で俺なんか眼中にない。
「ああ、それで」
俺の言葉を聞くと、店員さんは奥の厨房へ消えて行った。
仕方なく仕事をしているって感じだな。
仕方なくする事が仕事だと思っているから、そういうものなんだろうな。
「なーんか、つまらなそうにしてるね」
3
腰まで届くくらいの黒髪と、赤のニット、足元まであるベージュ色のスカートを履いた女性
が近づいてきて座った。
席は決まってはいるが、皆勝手に移動して名刺交換などをしているので、あってないようなも
のだ。
「あ、どもっす…… 」
女性を一瞥した。誰が見ても明らかな美少女だ。
俺は正面を向き直り、答えた。綺麗な女性の目を見ると緊張してしまう。
てか、誰なんだこの人。
「うにゃ、なんだか素っ気ないな?」
彼女は俺の身体に密着して、耳元で呟く。
「君も、ここにしがみついている人?」
「え?」
も、ってことはこの人も?顔を横に向けると、女性の鼻と俺の鼻がぶつかった。
「あ、ご、ごめん…… 」
俺は思わず顔をそっぽ向けたが、彼女は俺の反応を見て真顔になった。
「その反応、つまんないな」
「え?」
「ううん、なんでもない。これ終わった後で話そう下のコンビニで」
「ああ、うん…… 待って君は?」
彼女は大仰に肩をすくめた。
「高校のクラスメイトの顔覚えてないの?」
「え?高校?」
どことなく見覚えがある気がする。だけど、高校時代なんてクソみたいな日々の連続で、ず
っと下を向いて歩いていたから、クラスメイトの顔なんて覚えていない。
「まだ思い出せないの?三年同じクラスだった逆浪
さかなみあやよ」
逆浪彩。その名前で思い出した。カースト上位、陽キャ。
俺が苦手な存在で、休み時間ノートに小説を書いているのを見ては馬鹿にしていた人種。
俺の想像の中では、こういう人間は創作、クリエイターの世界とは無縁の存在だと思ってい
たが、何故ここにいる。
「逆浪彩…… 」
「ち、ちょっとそんな顔で見ないでよ。私だって色々あったのよ」
今、俺はどんな顔をしていたのだろうか。無理矢理口角を上げて、歯を見せる。
「やめて、それ気持ち悪い」
4
「お、おう…… 」
ひでぇ、こちとらフォローしたつもりなのに。
「まあ、とりあえず後で」
逆浪は小さく手を振った。馬鹿!勘違いするだろやめろ。
飲み物とご飯が運ばれてきた。食器を各々の場所に置いていく。
つつがなく時間は過ぎていき、あっという間にお開きの時間となった。
会の終わりには、恒例大吉先生によるお言葉がある。
と言っても校長先生のように長ったらしいスピーチではなく、一言創作頑張れよとか、次の講
義もよろしく、と端的に閉めて終わる。
先生のお気に入りの生徒がいれば、二次会をその生徒達と一緒に行くらしい。
俺はまだ、先生のお気に入りになれていない。
無理を言って頼み込めば、行けなくもないのだろうが、自分の実力を認めてもらってから
誘ってもらいたい。
「みんな、今日も集まってもらってありがとう!来年もこの場所で元気で会おう!自分を
信じて!それじゃあ、また」
先生は先に出ていく。お気に入りの生徒達が先生の後についていく。
ああ、眩しいなぁ…… あの輪の中にいつか入りたい。
先生自身もそうだが、周りの人もキラキラしていて、生きているのが楽しくて仕方がないっ
て人ばかりだ。その中で自己肯定感の低く、生きている意味を見いだせない俺がここにいるの
は場違いなのは分かっている。だから、この会に参加する時には、自分のキャラを偽って、参
加している。慣れないせいか、よく吐いたりする。
あんな眩しい光を直視したら、俺の心の闇が悲鳴を上げてしまう。
それでも、毎回参加する理由は、俺もあの輪の中に入りたい。
何かを生み出すクリエイターという人間になってみたい。そのためなら、身体がどうなろうが
知ったこっちゃない。
皆が席を立ち、出口へ向かう。俺もそろそろ帰らなきゃ。
リュックサックを背負い、出口へ向かう。
「くあっ」
欠伸が出た。帰ったら寝よう。
「ちょっと、忘れてないわよね?」
後ろから声を掛けられ、振り向く。逆浪だった。
「ああ、ごめん忘れてた」
「だろうと思ったわ。ついてきて話があるの」
欠伸を手で押さえる。一体、何の話なんだ?
5
逆浪はコンビニの前で止まり、喫煙所の中に入る。
「吸う?」
逆浪は煙草の箱を俺に見せるが、吸ったことがないので遠慮した。
「いや、いいや」
「そう、まあこんなもの吸うもんじゃないしね」
逆浪は作業のように紫煙を肺に吸い込む。
「ここで煙草を吸う為に呼んだのか?」
「いえ、違うの。貴方も私と同じ人間なんじゃないかなと思って声を掛けたの。貴方は私のこ
と覚えていなかったみたいだけど」
「俺が逆浪と同じ人間?高校時代からは考えられない言葉だな」
皮肉交じりの言葉をぶつける。
「酷い言い草ね。まあ仕方ないわね。私は貴方に酷い事言ったものね」
覚えていたのか。
「許してもらおうとは思っていない。でも私、羨ましかったの。自分を持って何かをしている
貴方が」
「なるほど…… な、でもどうしてそれで俺を同じ人間って結論に至るんだ?」
「実は私も創作に興味があって、イラストレーターになりたくて、この芸術大学に入ったの。
そしたら大吉先生の講義に出会って、ここでなら私も変われるかもって思ったの。でも、周り
の人達がキラキラ輝いていて、自分が惨めになるの」
俺と同じだ。俺もここなら、ここでなら、変われるかもしれないと思っていた。だけど、本
当はそうじゃなく、如何に自分が出来ていないかを見せつけられていて苦しい。
それでも、しがみついていないと、夢を見失ってしまいそうで怖いんだ。
逆浪は息を吐き、続ける。
「でも、夢を叶えるためにはしがみつかないといけない、そう思って一年前からあの会に参加
してる。少しでも、前に進みたいから。貴方の目は、そんな私と同じような目だった。だから
参加したの」
目か、お世辞でも綺麗とは言えない。濁った目をしている。それは逆浪も同じだった。
「確かに、同じだな。同じかもしれないが、俺はお前が嫌いだよ」
はっきりと相手に悪意を伝わるように言った。
「そう、なら馴れ合いはもうやめましょう」
逆浪は最後の煙草を肺皿に捨てた。
「ああ、俺もする気はない」
過去の苦い思い出は消えない。
6
踵を返し、その場から立ち去ろうとして逆浪の声で振り返る。
「どちらかが先にクリエイターになれるまで、話さない」
「ふん、望むところだ。俺が先に小説家になってやる」
「いいえ、私が先にイラストレーターになって、貴方を雇ってあげるわ」
こいつ、舐めやがって…… なにが、羨ましいだ。全部、噓っぱちじゃないか。
結局、いじめっ子はいじめっ子のままなんだ。人がそうそう変わるわけがない。
「ふん、いいぜ。なら勝負だ。どっちが先に夢を叶えるか。お前にだけは絶対に負けない」
「もし、負けたら?」
逆浪はワンオクターブ声を上げて、挑発する。こいつだけには絶対に負けない。
「その時には土下座でもなんでもしてやるよ。お前も負けたらしろよな」
「そのぐらいお安いもんだわ。じゃあ、未来で会いましょう」
くそ、恰好付やがって…… 恰好いいじゃねぇかよ。小説の台詞で使おう。
「ああ、それじゃあな」
今度こそ、その場から立ち去る。冬の冷気が首元を冷やす。コートの襟を立てポケット
の中に手を入れて歩いていく。
お互いの夢をベットする。何を無くしても、たった一つの夢だけはこの手に掴んでいる。
携帯のアラーム音で目を覚ます。布団を畳み、冷水で顔を洗う。
鏡で自分の顔を見る、冴えない顔だ。爆発している髪の毛をクシで溶かす。
くせ毛のある天然パーマなので、五回くらいクシでほぐさないとすぐ元に戻ってしまう。そん
なこんなしている間に、もう十五分経った。
冷蔵庫から食パンを取り出し、貪り食う。
今日は三限からなので、そこまで急ぐ必要はないが図書館でレポートをしたいので早めに行く
つもりなのだが、いつも余裕を持っていても、のんびりしていたらいつの間にか出る時刻がギ
リギリになってしまう。
待つのが嫌なので、丁度で着こうとするのだが、いつも何故か家を出る目安の時間を大幅に超
えてしまう。なので、今日は余裕を持って図書館に着いて、レポートをするという完璧な計画
を練ったのだ。
「さてと、そろそろ行くか」
玄関の扉に鍵を掛けて、大学へ向かう。
大学へは片道二時間。電車で一時間そこから、バスに乗り換えて一時間掛けて通う。
7
都市部だと敷地面積が大きすぎるのと、お金が高いので田舎の土地に、建てたと言われてい
る。それが、私立総合芸術大学。近畿で最大と言われている大学だ。
設備は並みの大学の比ではないだろう。学食も安くて美味い。だが、なんせ遠い。
電車に揺られながら、このまま一瞬で大学に着かねぇかな…… と何度も思った。
寮から通えば、その欠点もなくなるが、近すぎると自分が怠惰になってしまわないかという
一抹の不安がある。
「二年間よく通っているよなぁ」
しみじみと、自分を慈しむように呟く。
ここまで通えているのは、ひとえに何かを作り出す楽しさを知っているからだろう。
バスに揺られ、うとうとしていると停止し、身体がビクンと飛び跳ねる。
「んあ、着いたか」
バスから降り、三号館の中にある図書館へ向かう。ここの大学は敷地面積が広く、バス停近
くにある十二号館から一号館まで歩いて一〇分ぐらいある。そこらへんの時間配分を計算して
いないと遅刻してしまうこともしばしばだ。
「うう、寒い」
寒風が喉元を掠める。マフラーをキュッと結び直し口元をマスクのようにして伸ばす。
寒いのは苦手だ。お腹が痛くなるから。
「久しぶり~!そっちの学科はどう?」
マフラーに巻かれて目の前にいる鷹見に気付かなかった。
「おお、鷹、久しぶり…… まあ、ぼちぼちやってるよ」
鷹見瑞希。俺は鷹って呼んでいる。声優学科で同じゼミだった奴だ。
元々、この大学には夢を叶える為に入った。
でもそれは今の小説家ではなく、声優という夢があった。
それになるため頑張ってきたけど、超えられない壁を感じて諦めた。
そんな時、大吉先生のゼミに出会い、先生に相談してみた。
その時にもらった言葉のおかげで、今の俺がある。
「夢を諦めるんじゃなくて、夢を変えるって選択肢を取るっていうのもいいんじゃないかな」
夢を諦めるじゃなく、夢を変える。俺は声優という夢を諦めて、小説家になるという新しい
夢を見つけた。大事なのは考え方だと先生が教えてくれた。
だから、声優学科から文芸学科に転学科することができた。
夢は自分の身体の一部のようなもので、諦めた時は胸が張り裂けそうな想いだったけど、夢を
変えることで、自分自身も生まれ変われたような気がする。
「そっか、ぼちぼちか。まあ頑張れよ。じゃあ」
「おう、そっちも」
8
鷹とはそこで別れ、目的の場所へと急ぐ。
声優学科は競争率が高く、皆ギスギスしていたが、鷹だけは俺に優しく接してくれた。俺が転
学することを話しても否定することなく、「自分の好きを優先すればいいんじゃない」と言っ
てくれた。俺の数少ない友人だ。
図書館に着き、カウンターで手続きをする。
「今日はどういったご用件でしょうか?」
女性の図書館司書が問うてくる。
「えっと、席の利用で」
「三階のビデオ室は利用しますか?」
「いえ、しません」
「では、お帰りの際にこのカードをカウンターにお渡しください」
十三番と書かれたプラスチック製のカードを渡された。分かりました。と返事をし、窓際の
席へと向かい、座る。
バッグからレポート用紙と、シャープペンシルを取り出す。
「えっと確か、テーマが魂変換機についてだっけか」
魂変換機。自分の魂と他者の魂を入れ替えて、器を変える…… らしい。
今から一〇年後を目途に実用化されるらしいが、研究の段階ではまだ不完全であり、ニュース
で報道されるような内容しか知らないので、これを二千文字書くのはしんどい。
「コメンテーターのコメントとかバレない程度にコピーして、自分の考えでも書いたら何とか
なんだろ」
スマホで検索すると、意味のないアフィリエイトサイトや、小難しい論文などが馬鹿みたい
に出てきた。適当な記事をタップする。
【魂変換機が実用化されるとスパイ活動が誰でもできるようになり、それが戦争の引き金になる。尚且つ今は、恐竜的科学技術進歩時代となっており、一九九七年にブラックホールを燃料とした永久機関の開発が成功したのを境に、人類の技術は前までとは比べものにならないほ
ど飛躍的向上している。さらに、近年物質X という宇宙から飛来した謎の未知の物体から重
力を無視したような動きがみられるという噂がある。巷ではタイムマシンができるのも時間の
問題という声もある。時間を自由に操る。それはまさに神の所業だ。このままいけば、人類は
バベルの塔のように、技術を追い求め過ぎて、自滅する未来が待っているのではないか、と筆
者は考える。杞憂に終わればそれ以上のことはないが、読者諸君も技術に頼りすぎず、自分の
手で未来を掴み取って欲しい】
読み終わり、深く、深呼吸をする。
「陰謀論かよ」
この手の記事は不安を煽るだけ煽って、最後は自分を信じろ、とか精神論で締めくくる。反
吐が出る。確かに、永久機関ができたのは間違いない。だけど、それで科学的に役立っている
ならそれでいいじゃないか。
ソウルコンバーターができるのだって一〇年先だ。俺は明日生きていくので精一杯だ。
一〇年先のことなんて考えられない。
「技術進歩なんて言っても俺達一般庶民には関係ないね。結局は金持ちの道楽なんだよ」
悪態をつきながら、俺はレポートを書き殴る。
「あら、また誰かの悪口?」
俺が集中して書いていると、中学から今のゼミまで、ずっと同じの加奈が俺の正面に座って
いた。
「世界は変わらないんだから、悪口くらい別にいいだろ…… っていうか、急に声掛けるな。お
かげで集中力切れた」
「ありゃ、そりゃ悪いことしたね。お詫びに飲み物いる?」
加奈は缶の暖かい生姜レモンを渡してきた。こいつ、わざとだな。
「いるけど、初めから邪魔する気で声掛けたろ」
貰った生姜レモンのプルタブを開けて、ちびちび飲む。
「まあまあ、私と椿の間柄なんだしそんな細かいこと気にしないでいいじゃん~!」
手を団扇のようにして仰ぐ加奈。
「いや、むしろ長い付き合いだから気にするんだろ…… まあ、いつものことだしいいんだけど
さ」
「ならいいじゃん~」
「これは決定のいい、じゃなくて呆れてる方のいいなんだよ!」
こいつといると、いつもペースが狂う。レポート用紙をチラッと見る、あと少しか。
「あ、ごめん。レポートまだだったね。じゃあ、私行くね」
加奈はそれに気づき、椅子を中に入れ立ち去ろうとする。
変に気を使うんだよなこいつ。
「…… 情報処理概論」
「え?」
俺のボソッと言った言葉で足を止める加奈。
「いや、次情報概論だろ?」
「うん、そうだけど?」
「なら、俺も一緒だし。先に行く必要はないんじゃないか。まだ、ここにいても」
回りくどい言い方になったが、加奈なら伝わるだろう。
シャープペンシルの先端を押しながら、加奈の方を見る。
「ふーーーん、そっか、ふーーーん。いいよ!なら一緒にいてあげる!」
「別に、そうとは言ってねぇだろ…… 」
「照れなくていいんじゃよフォフォフォ」
そう言いながら、加奈は俺の頭を撫でる。
「何キャラだよ、クリスマスにはまだはえーぞ。ってかなんで、そんなニヤニヤ笑ってんだ
よ」
「えへへへ…… 」
加奈は笑うばかりで答えない。
本当、こいつといると調子が狂う。
レポートも書き終わり加奈とともに、二号館の講義室へ向かう。
「そういえばさ、昨日高校同じクラスだった逆浪彩と会ったよ」
「逆浪さん?そういえば、大学もここらしいね」
加奈はリボンの付いた手袋を付けて、手を合わせている。
「知っていたんなら教えてくれてもいいいのに」
「今までで忘れてたの。で、どこであったの?」
グッと顔を近づけてくる加奈。近い…… 手袋で顔を抑えるな。
「どこって、大吉先生のゼミだよ」
加奈は俺が転学したことも、新しい夢のことも知ってくれていて応援してくれている。
加奈は大吉先生のゼミを取っていないが、加奈の友達がそこにいるみたいで知っている。
女子免疫のない俺だが、長い付き合いというのもあって、目を見て話せる。
「は~~!?大吉先生のゼミで?!変なことしてないわよね!!」
「………… してないよ。加奈も知っているだろ俺、女子と目を合わせて話せないって」
加奈は俺の顔から手を離し、腕を組んで首を縦に振る。
「うん、うん、そうよね。椿が目を合わせて話せるのって私だけだもんね~!」
「否定できないのが悔しい。あ、そういえば逆浪とどっちが夢を叶えるかって勝負をしたっけ
な」
「なにそれ…… 」
加奈はピタッと動きを止めた。
「いや、それ以上でも以下でもないよ。まあ、でも勝負ってなると負けられないよな」
「ズルい、それ」
加奈は俺のマフラーを引っ張る。ぐえっ。
「いや、ズルくはないだろ正々堂々の勝負だし。っていうかマフラー離してくれ首が閉まる」
「はぁ~~~椿はそういう人だもんね。うんいいよ。私が見守ってあげる」
加奈は俺のマフラーを離し、深いため息を吐いた。
「見守るってなんだよ。俺はお前の保護者じゃねえぞ」
そう、自分のことは自分でできる。
「修学旅行、私がいなきゃ迷子になった人は誰?」
「俺です…… 」
「テストの時、宿題を見せていなきゃ留年したのは誰?」
「俺です…… 」
「大学入学当初、履修のやり方分からないって泣きついてきたのは誰?」
「俺です…… 」
「中学時代…… 」
加奈が言いかけて、俺が遮った。
「もういい!もう、十分分かりました」
「うん、ならよろしい!ホンット!椿は私がいないとダメダメなんだから」
加奈は太陽みたいな笑顔で満足そうに笑った。
本当、こいつには敵わないな。
「ほら、早く講義室行かないと遅刻するぞ」
「うん!」
加奈は、手袋をにぎにぎさせながら歩く。
存外俺は、加奈との関係が気に入っているのかもしれない。
そんなことは、口が裂けても言えないけれど。
講義室に入ると後ろは埋まっていた。前の方はがら空きだった。
「加奈、前でいいか?」
「うん、椿と一緒ならどこでもいいよ」
「そういう冗談は他でやってくれ」
勘違いしちゃうだろ。それに恋愛とかそういうのは面倒くさいんだよ。
「冗談じゃないよ」
ボソッと呟いた。
「え?」
聞こえていた。だけど聞き返した。加奈の気持ちも知っている。だけど、いつもはぐらかし
てしまう。ズルいのは俺の方だな。
「ううん、なんでもない!さ、早く席に座ろう!」
俺は頷き、教卓から一番近い席に座った。
バッグから、レポート用紙と筆記用具、ノートを出して授業の準備をする。
キンコーン、カーンコーン。チャイムの音が鳴り、奥の扉から霧先生が出てきた。
霧先生は頭の真ん中が一〇円禿げで、二〇代らしいが顔の皺と漂う哀愁で、いつも四〇代と間
違われている。
出席カードを渡され、後ろの生徒に渡す。学生番号と名前を書いて、筆記用具を重りにして置
いておく。この先生は基本的に最初に出席カードを渡す。レポートがある日は最後にレポート
を出して初めて講義の出席になる。
講義の内容はソウルコンバーターのことで、記事に書いてあった陰謀論から特異点、第三次世界大戦の
可能性など、突拍子のない話ばかりだった。
眠たくなるのを堪え、上唇を噛む。いつもは聞いている講義だが、今日は途轍もなく眠い。
何とか居眠りをすることなく、講義を受けることができた。
九〇分間興味のないことを聞くのは地獄以外何者でもない。
講義終了後、教卓にレポート用紙を出して講義室を後にする。
眠い…… 本当に眠い…… 幸い次の講義は五限からなので一八〇分ぐっすり寝られる。
「ねぇ、椿大丈夫?」
「ん?おう、だいじ…… いや大丈夫ではないな。眠い…… 次は五限からだから図書館で寝て
くるよ」
眠過ぎて意識が朦朧としてくる。
「ん、分かった。晩御飯持って行こうか?」
加奈と俺の家は近く、よく残り物を持ってきたりしてくれる。
「いや、いい。今日はネットの人達と飲み会だから」
アイドル物のアプリゲームのコンテンツが好きな人同士が集まった飲み会兼オフ会だ。これ
で二回目となる。本名も知らない人と仲良くなんてなれないと思っていたが、好きを共有でき
ればそんなことは関係ないのだ。会えるのが楽しみだ。
「そっか。前に話していた人達ね。気を付けてね~!」
「うん、そっちも」
加奈は大きく手を振る。目立つから止めてくれ…… っていうか俺、加奈にオフ会の人達のこ
と話したっけ?
まあ、多分話したんだろう。加奈には何でも話してしまう。話さないといけない気がする。
否定はしたが、本当に保護者みたいな存在だな。それぐらい、俺は他者に心を預けていると
いうことなのだろうか。
いじめられっ子で人を信じることができなかった俺が。
一瞬、走馬灯のように昔の出来事が思い起こされる。
「はぁ…… 嫌なこと思い出しちまった。図書館に行って早く寝よう」
重い瞼を頑張って開き、図書館へと向かう。
受付で半分寝ながら、手続きをする。そのままリクライニング式の椅子に座り、最大まで下げ
て泥のように眠った。
9
目を覚まし、時間を確認すると一七時二分だった。
「やっっば!!遅刻だ!!」
講義開始時刻は一六時三〇分。三〇分遅刻か、あと一時間あるが、次の教養演習Ⅱの先生は
遅刻を絶対許さない人だ。
「ならいっそのことサボるか」
今日の飲み会の開始は一九時からか、バスの時間までまだある。
「もうちょい寝るか」
そして、また微睡の中に溶けていく。
俺は夢の中にいた。そこではアニメーション映像に向かってアフレコをしている自分がいた。
キャラクターに命を与えていた。自分の声で、とても楽しそうに表現していた。
これはなれなかった未来だ。俺が目を背けた未来だ。
「違う…… 俺は…… 」
シーンが入れ替わる。
パソコンで小説を書いている自分が俯瞰して見えた。
部屋の中には、自分で書いたと思わしき本がずらっと置いてあった。
これは、これからなれるかもしれない未来。
俺は一度、夢を諦めて、過去の自分に負けた。けど、新しい夢は絶対に叶えなきゃいけない。
過去の自分を超える為に。諦めた夢を救うために。
そう、心の中で強く願うと意識が戻される。海の中から一気に引っ張られるような感覚だった。
「こら、なんてとこで寝てるのよ。風邪引くよ」
再び目を覚ますと、鼻と鼻が触れ合う距離に加奈がいた。
「近い」
「む、ノーリアクションは酷いな~!乙女の自信なくなっちゃう」
口を尖らせる加奈。
「寝起きなんだよ…… っていうか、今何時?」
「今は一八時だよ。もう帰ってると思ったのに、ここにいてビックリしたよ」
一八時?ヤバイ今バスに乗らなきゃ間に合わない。鞄を背負い、出口へ向かう。
全速力でバス停まで走る。冬の冷気で耳が痛くなる。
後ろを振り返る、大丈夫、加奈はちゃんと付いて来ている。
バス停まで着く頃には、シャツが汗で張り付いて、身体に熱が帯びている。
「ちょっと~!私を置いて行かないでよ!」
バス停の前でポカポカとお腹の辺りを殴る加奈。運転手さんが怪訝な目で見ている。
すんません、直ぐに乗ります。
運転手さんに会釈しながら中に入る。最終前のバスだけど、人数はまばらだった。その中で二
列目の窓側の席に座った。マフラーとコートを脱ぐ。加奈は俺の隣に座った。
「ね~!話は終わってないんだけど~!なんで置いていったの!」
脇腹を突いてくる。地味に痛い。
「加奈も付いて来るって思っていたし、途中で振り返って付いて来てるか確認してたよ」
「ふ~ん、そっか。ならいい!」
加奈は席のリクライニングを倒して寝る体制に入る。後ろの人の許可取れよな。
首だけ振り返ったが、誰もいない。
「誰もいないならいいけどさ」
俺も加奈と同じように寝ようかと思ったが寝過ぎて、逆に眠れない。
運転手さんが運転席に座り、バスが発車する。エンジンが入り、バス全体が揺れる。窓にでき
た結露を拭い、頬杖を付く。ぼんやりとした頭のまま、外の景色を眺める。
瞳の中で景色が移り変わる。今年は濃い一年だった。夢を変えて、歩き始めた一年。
俺はこれからどうなるのだろう。これで本当に良かったのか、この道を進んだ今でも分から
ない。そうやって悩んでいるうちに景色はめまぐるしく変わっていく。
「この窓の景色みたいに…… な」
時間は有限だ。だからこそ後悔を残さないよう、最後の最期まで足掻きたい。
バスに揺られること一時間、バス停で加奈と別れて、地下鉄で二駅、そこから徒歩で五分、
ようやく目的の場所に着いた。
10
居酒屋晴沢。事前にネットで調べていた情報によると、飲み食べ放題三時間で、三千円。比
較的リーズナブルな価格で学生のお財布でも優しい。飲み物は、ビール、カクテル、日本酒、
グラスワインと種類が豊富だ。特に日本酒の種類が多く、今から楽しみだ。
食べ物は、肉、海鮮、ピザ、唐揚げ、などがある。俺は海鮮類が食べられないので、必然的に
肉類を食べることになる。
想像していたら、お腹がぐ~っと鳴った。皆はもう中にいるのだろうか?
中に入り、掘り炬燵席を探す。
「あっ、いた!」
「お~!待ってたぞ!春樹君」
春樹というのは、俺のネットでのペンネームだ。今俺に話しかけた人は町田さんという人で、
この会の主催者みたいな立ち位置だ。
「春樹君、久々やね」
町田さんの横にいるきゅーとさんが声を掛けてきた。一見女性っぽい名前だが、男性だ。
ネットで女受けを狙った結果、そういう名前になったらしい。
きゅーとさんはお酒が弱く、ビール二杯くらいで顔真っ赤になってしまう。
「よし、みんな揃ったし何か頼もうか」
きゅーとさんの真正面にいるゴリラさんがメニューを見ながら言う。
「あ、じゃあ俺は生で」
「あ、じゃあ僕も」
ゴリラさんの横にいる冬さんが手を上げて言った。
皆、同じように生ビールと答える。
「ん、じゃあ生五個お願いします」
町田さんが店員さんに伝える。
皆と談笑して少しした後、ビールが五人分届く。
「じゃあ、皆久々の再会を祝しまして…… 乾杯~!」
「「「「「乾杯~~!!!!」」」」」
皆の声が蛙の合唱のように重なり合う。
ビールジョッキを持ち、杯を合わせた。
炭酸が喉に流れる。ああ、生き返る。この為に生きているって感じがする。
「このメンバーで会うのも、一年ぶりかぁ」
「多分、そんぐらいですね」
町田さんの問いにゴリラさんが答える。
「アイライも今年で五年目ですか…… 感慨深いですね」
アイライ、アイドルライク。アイドル育成アプリゲームの略称だ。七人のアイドル見習いを
トップアイドルにしていくという物語だ。特にストーリーが強烈で、いい意味で心をえぐって
くる。感情をかき乱される。
「そっか、もうそんなに経つんですね…… 」
そのアイライが好きな人達が集まったのが、この会だ。
ゴリラさんとSNS でその話をしていた時、この会があることを知って参加させてもらった。
俺は一番最近入ったが、ここの人達はプライベートなことまで深く聞いてこないし、好きを共
有でき、居心地が良くて好きだ。
食べ物も注文し、好きなものについて語り合った。
あっという間に三時間が過ぎて、ラストオーダーの時間となった。店員さんがオーダー用紙
を持って屈む。
「最後に何か頼む?春樹君?」
「あ、じゃあバニラアイスを」
今、無性に食後のアイスを食べたくなった。
「了解。他の皆は?」
町田さんが皆に聞く。皆お腹を抑えて、お腹いっぱいの様子だ。
「いや、お腹いっぱいなんでいいですわ」
「オッケー」
予め用意していたのか、アイスが直ぐに出てきた。
スプーンで口の中に入れる。バニラの芳醇な香りと、甘くて冷たい感覚舌を伝って、喉を移動
する。うん、やっぱりアイスはバニラに限るな。
容器に入ったアイスを全て平らげて、余韻に浸っているとお手洗いに行っていた町田さんが戻
ってきた。
「ん、じゃあ皆行こか」
「はい!あ、一人幾らくらいですか?」
「ん?あ、いや先払ったし大丈夫よ」
「ありがとうございます!!」
町田さんはお手洗いに行くフリをして、先にお会計を済ましていたんだ。
映画とかドラマで見るやつだ!か、かっこいい…… !
「いつか、春樹君も後輩ができたら返したらいいよ」
町田さんは振り返ることなく、そのまま出口へと向かっていく。
俺達も、コートと手袋をして店を出る。
「ほなら、また来月かな~」
「そうですね~」
町田さんが言うと、ゴリラさん、きゅーとさん、冬さんが鞄からスケジュール帳を取り出し、
予定を確認する。
「皆、来月の十三日の土曜日とかどない?」
「別段問題ないです」
スケジュール帳を開かず、そのまま俺は答える。俺以外の人は皆社会人で予定が詰まってい
る。対して俺は学生で土日は基本暇でやることがない。強いていうなら執筆作業くらいか。
他の皆もその日は空いているようで、来月の会はその日に決定した。
俺達はそこで別れて、各々の交通機関で帰った。
今日の余韻に浸りながら、ホームに歩いていると走ってきた男とぶつかった。
「あっ、すいませ……… 」
男はそのまま走って逃げていった。お腹の辺りに違和感があり首を下げると、包丁が突き刺
さっていた。白いシャツはみるみるうちに赤く染まっていく。
「くそ…… こんなのありかよ……… 」
刺された、という事実を頭で理解すると身体全身が震える。息が上手く吸えない。
苦しい、俺はこんなところで死ぬのか、まだ夢も叶えていないのに。こんな中途半端なまま死
ぬのか………… 俺は…… 横を向いて倒れる。意識が遠のいていく。
寒い…… 痛い…… 寂しい…… 色々な感情が渦を巻いていく。
最後に残った感情は後悔だった。俺の人生はそこで終わった。
第一章想像ロスト
1
目が覚めると俺は病室にいた。記憶が曖昧だが誰かに刺されたことだけが頭に残っている。
思い出すと頭が痛い。
「生きているのか」
てっきり刺されて死んだと思った。でも生きている。シャツを捲り、お腹辺りを見る。
刺された跡はあったが、何針か縫われていた。
「手術したってことなのか…… 」
お腹をさすっていると、看護師さんが病室に入ってきた。
「椿さん!目が覚めたんですね!すぐに担当医師を呼んできますね!」
そう言い残し、出ていった。スリッパのパタパタという音が頭に響く。
数分後、白衣を着た三〇代後半くらいの眼鏡を掛けた男性が入ってきた。
聴診器で心音を聞く。
「問題ありません。数日安静にして頂いて、その後針を取った後に退院しましょう」
「は、はぁ…… 」
早く退院できるのはいいんだけど、対応があまりに早くてビビってしまう。
医師は眼鏡をくいっと上げて、「では、私は多忙ですので」と言って早々に出ていった。
態度、悪いなぁ。多忙なのは分かるんだけど、それを言葉と顔に出しちゃダメだろ。
病室には俺の他に老人と、少女がベッドの上で眠っていた。
「暇だなぁ」
ベッドの上で寝転がりながら呟く。大学、単位は大丈夫だろうけど加奈、心配してないかな。
俺を刺した人物は一体誰なのだろうか。誰かに恨まれるようなこと…… は結構してるか。口
が悪く、それで人間関係こじれたりすることが多かった。中高の頃それで孤立したこともあっ
たなぁ。
死ななくてよかった。だけど、死ぬ覚悟はあった。その分の気持ちがまだ残っていて、複雑な
気持ちだ。瞑目して考えていたら、廊下で革靴のコツコツと響く音が聞こえる。足音が近付い
てくる。
またあの医師かと思い、目を開けるとそこにいたのは白衣姿の医師、ではなく青色の制服に胸
の辺りに黄金の桜の勲章があった。それだけで、その人物の正体がすぐに分かった。
「……… 警察がなんのようで?」
「お休みのところ失礼致します。事件にあった時のことをお聞かせ願えますか?」
本当に失礼って思っているのか。しかも単刀直入に聞いてくるし…… まあ、くだらない世間
話を聞かされるよりはよっぽどいい。
「ええ、俺で協力できることなら協力しますよ。でも、犯人の顔を見ていなくって」
刺されたと思った瞬間、身体全身が震えて意識を失った。
「なるほど。失礼ですが、事件当初薬物を摂取などしていませんか?」
「薬物?そんなものに手を出すわけないじゃないですか!」
「なるほど。では、精神科医に行ったことは?」
「それもありません!ふざけているんですか!犯人見つける気あるんですか?」
さっきからこの警官わけがわからない。やる気もなく、警察手帳を見ているだけだし、ムカ
つく。
「いえ、我々は至って真剣です。実は事件当時、防犯カメラの映像が見つかりました」
「じゃあ、そこに犯人が映っていたんですね!」
俺は期待に胸を膨らませて聞く。
「はい、映っていたのは貴方が自分で自分のお腹を刺している映像でした」
え、俺は絶句した。そんなわけない。俺はあの時、確かに刺されたんだ。
自分で自分のお腹を刺すなんて、そんな馬鹿な真似はしない。
「いや、いやいやいや!そんなことするわけないでしょ!俺は確かに刺されたんだ!」
俺は激しく抗議した。
「念のため、尿検査にご協力お願いします」
警察は、ゴミを見るような目で俺を睨む。
「そんなことするわけ…… 」
「ご協力出来ませんか?」
強い口調で圧力をかけてくる。こいつらは俺が精神異常者だと思っていやがる。
俺は普通だ。どこもおかしくなんてない。だが、ここで拒否したら嫌疑をかけられてややこし
いことになる。ここは素直に従うしかないか。
「分かりました。それをすれば俺が普通だってことが分かるはずだ。そうしたら犯人を捜して
くれますか?」
「約束しましょう。ですが、問題があった場合任意で署までご同行願います」
言いつつ。警官はいつの間にか取り出した検尿カップを俺に渡してきた。
言葉ではああ言って口約束しているが、何がなんでも逮捕するつもりだ。
こんな身に覚えのないことで捕まってたまるか!身の潔白を証明してやる!
トイレで検尿をした後、警官に渡した。
「ご協力ありがとうございます。結果が出次第またお伺いします。では」
目的の物を手に入れた警官は、早々と病室を出て行く。
「ったく、なんで俺が疑われなきゃならんのだ」
あの時、あの感触は間違いなく刺された。だが、映像では俺が自ら刺されているらしい。分
からない…… もしかして誰かに嵌められたのか?それとも防犯カメラの映像そのものが間違
っている可能性もある。
退院したら、ダメもとで防犯カメラの映像見せてもらおうかな。
「そもそもなんで、俺が刺されなきゃいけないんだよ」
ため息を吐き、仰向けになって寝る。考えるのはやめて頭を休ませる。
数時間眠ると、頭がスッキリした。窓の外の景色は真っ暗になっていた。隣の
ベッドで眠っているおじさんと少女の寝息が聞こえる。
「変な時間に目が覚めちゃったな」
こんな時加奈がいたらなぁ。
「呼んだ?」
「うわぁ!」
俺は頭から落ちた。
「いてぇ」
頭を抑えながら、加奈を見る。どっから湧いて出たんだ。
「本物?」
「失礼な!本物だよ!椿が起きるまで、ベッドの下で待機してたんだから!」
「いや、普通に待っていればいいだろ。心臓に悪い」
本当に心臓に悪い。一瞬幽霊かと思ったぞ。そんな俺の思いとは反対に加奈は腰に手を当て、
エッヘンとセルフ擬音を発していた。
「だって、見つかったら出て行かされるでしょ」
「そうかな、知り合いって言えばいてもいいって言われると思うけど、多分」
よくドラマや小説などで親族の人達は病室でずっといたりしているのを見る。
「いや、それはドラマや小説だけの話だよ」
心を読まれてしまった。
「そうなのか、っていうかこんな夜中に何の用?」
「ひどい!心配してきたのに!」
加奈は顔をぷくーとさせる。
「でも、こんな夜中に来ることないのに」
「ううん、こんな夜中だからこそ来たんだよ」
急に真剣な表情に変わった。
「どういうこと?」
加奈は声を潜める。
「椿、貴方は嵌められたのよ」
「嵌められた?それってどういうこと?」
思わずオウム返しをする。
「私、さっきここに来る時盗み聞きしたんだけど、ここって何かの実験するところなんだって。
早く逃げようよ!!」
実験場?すぐにその事実を理解できずに動きが止まってしまう。そんな俺の腕を加奈が引
っ張ってくるが、俺はその手を払い、頭で整理しつつ、言葉を紡いでいく。
「ち、ちょっと待てって!もしかしたら間違いかもしれないだろ!それに警察もまた来る
から、ここにいないとマズイし」
「間違いじゃないよ、私に付いてきて」
両腕を使って、俺を立たせる加奈。
「痛い痛い痛い!分かったから!付いていくから手離して」
俺は諦めて、加奈に付いていくことにした。こいつ運動部に入っていたから帰宅部の俺より
も体力あるから普通にやり合っても勝てないんだよなぁ。
「よし、じゃあ逃げるよ。誰にも見つからずに、そっと逃げるよ」
「うん、分かった」
俺と加奈はしゃがんだまま病室を出る。冬の病院の廊下は冷える。
「なんで病衣ってこうも薄いんだ…… 」
身体を震わせながらぼやく。吐く息が紫煙のように空中に漂う。
「で、どっから逃げるんだ?」
「確か地図で裏口があったはず」
「オッケー、早く行こう。寒すぎて死んでしまう」
「ごめんね、急に変なこと言い出して…… でも私は椿が心配で」
「知ってるよ。さ、行こう」
加奈を先頭にして足早に走る。廊下にスリッパの音が反響する。
色々疑問はあったが、昔から加奈の言うことが間違ったことは一度もない。だから、こうして
加奈に付いていけているんだろう。本当に依存しているのは加奈の方ではなく、俺の方なんだ
ろうな。
「多分、ここ」
裏口の扉が目の前にあった。結構すぐだった。ドアノブに手を掛け、時計回りに回す。
ピピピピ!けたたましい警報音が辺りに響き渡る。
「な、なんだ?!」
音はスピーカーから発されている。
「マズイ、警報音ね。早くここから逃げないと!」
「でも!出口はすぐそこだ!ほら!って、あれ、開かない」
「警報音が鳴るとロックされるのよ。マズイわ」
加奈の言う通りドアノブを回しても扉が開く様子はない。
「どうする?」
「こうなったら窓から逃げるわよ」
「窓!?いやいや他の出口はないの?」
「出口はもうここしかないの。早く!窓から!」
加奈は窓側へと走り込む、俺もそれに続く。窓の鍵を開ける加奈。
「ここ、三階だけど大丈夫なの?!」
「これぐらいの高さなら多分大丈夫。打ちどころが悪くても骨折するだけ」
それ結構なんだよな。
「結構危なくない?!もっと打ちどころが悪かったら死ぬ可能性もあるよね?」
「大丈夫!私を信じて!」
そう言い、先に加奈は、窓から飛び降りた。
「マジかよ」
その場で呆然としていると、遠くで慌ただしい声と足音が聞こえる。
このまま、ここにいたらヤバイ。私を信じて…… か。高いところ苦手なんだよなぁ。
「ええい、ままよ!」
目を瞑り、窓から飛び降りる。
「大丈夫!木に引っかかっただけだから何ともないよ!ほら、目を開けて!」
加奈の言う通り、目を開けると、木のでっぱりに上手いこと引っかかっていた。
「助かった」
「まだよ。早くここから逃げないと!」
加奈が下から手を振りながら叫ぶ。
木から地面まではジャンプすれば届く距離だった。俺は生唾を飲み込み、地上に降りた。
「あーー、怖かった」
「大丈夫?さ、早く!」
少しは休ませてくれよ…… 加奈に引っ張られ、俺は疲労困憊だった。
「ネカフェか、ビジホに行こうぜ…… もう、限界だ…… 」
「もう、体力ないんだから…… 」
そう言いつつも加奈は口角を上げて嬉しそうにしている。
「ここから五分くらいのところにネットカフェがあるみたい。そこでいい?」
加奈はスマートフォンで地図アプリを出して調べている。
「うん、そこでいいから早く行こう」
俺と加奈は背を丸めたまま、病院の裏口から出て行く。一体何が起こっているのか、これか
ら何が起こるのか分からないまま歩を進める。周りは暗闇ばかりだけど、目の前にいる加奈だ
けが俺の光だ。
足がパンパンで、眠気で限界な時ネカフェに着いた。店員さんとの相手は全て加奈に任せた。
案内された部屋は完全個室で、リクライニングができるソファーが付いていた。加奈は隣の個
室だ。
「パソコンで色々調べてから寝る」
加奈はそう言って、隣の部屋に入っていった。ドリンクバーなどもあったが、俺はそれには
目もくれず、ソファーに倒れ込むようにして眠った。
3
「…… ばき…… 椿!」
加奈が俺の名前を呼びながら、肩を激しく揺らす振動で目が覚めた。
「んん、今何時」
目を擦り、欠伸をする。あー、よく寝た。
「今は朝の八時…… じゃなくて!ニュース見て!」
加奈は焦った様子でスマートフォンのニュース記事を見せてくる。
記事には俺の名前が書かれており、重要参考人として警察は行方を追っていると書かれてい
た。
「重要参考人…… え、え、ど、どういうこと?」
「警察によると、容疑者宅にあったソウルコンバーターの資料を基に今回の事件に関わっていると見て
捜査を進めている、だってさ」
「待って、宅って…… 家に来たってこと!?警察が?そういうのって礼状がなければダメ
なんじゃないの?」
「普通はそのはずなんだけど、よっぽど確信があったのか、それともめちゃくちゃな刑事がい
たかのどちらかね」
普通礼状なしで来るか?いや、それよりも今回の事件ってなんなんだ。
「ねえ、加奈。今回の事件ってなんなの?」
「ソウルコンバーターの実用化を目指して、研究していた会社ユートピアで殺された人がいるみたいで、椿が疑われているみたい」
殺された? そんなの初耳だ。俺が刺されて眠っている間にぐるりと世界が変わっている。
「でも、なんだって俺が疑われなきゃいけないんだよ!おかしいじゃないか!」
思わず声を荒げてしまう。
「それは、分かんないけど…… 警察は何かの確信があって椿が関わっていると思ってるんじゃ
ないかな」
「わけ分かんねぇ!!俺は何もやってねぇのに!!」
「しっ!人来ちゃうよ」
「ごめん………… 加奈の言った通り、俺は嵌められたんだと思う」
「私もそう思う。だから、その嵌められた証拠を見つけるのを今の目標にしよう」
「ああ、そうだな」
暗澹たる気持ちだったが、一筋の希望が見えた。やっぱり、加奈は俺にとって光だ。
「多分、株式会社ユートピア何かあるんだと思う。そこに忍び込んで嵌められた証拠があれば
無実を証明できると思う」
「そっか、じゃあ早く行こう!」
部屋の鍵を開けて、外に出ようとするのを加奈に止められた。
「その格好で行くつもり?まずは買い物だよ」
確かに、この服だと目立ち過ぎる。
「まあ、適当な所で買いに行くか」
「いや、私が買いに行くから椿はそこで寝ていて」
加奈は俺の肩に手を置いて座らせる。
「それは、ありがたいけど…… いいの?」
「全然いいよ!それに眠たいでしょ?」
確かに、言われてみると眠気があるのを思い出した。
「じゃあ、俺はちょっと寝るから任せるよ」
「うん、ゆっくり休んでね。じゃあ」
そう言い、加奈は部屋から出ていった。瞬間、座っていられないくらいの眠気が襲ってきて、
俺は眠りに落ちた。
夢
4
を見ていた。何かを忘れている夢を。何を忘れているかは思い出せない。
霧の中のモノを掴もうと必死にもがければ、もがくほど、溺れてしまう。
身体の力を抜けば、地上に上がれるけど、それを取り戻さなきゃ駄目なんだ。
そうじゃなきゃ、地上に上がった時、俺は別人になってしまう。取り戻さなくては。
「ほら、おーーきーーろーー!!」
耳元で加奈の大声が響き渡り、キーンとなる。
「うるさいなぁ…… 」
目を擦り、欠伸をする。あー、よく寝た。
「買ってきたよ。こんなのでもよかった?」
加奈は、ビニール袋から買ってきた服を取り出した。白いポロシャツに、黒のインナー、ジ
ーパン、ジャケットが入っていた。
「なんかオフィスカジュアルって感じの服だな」
「ごめん、嫌だった?」
「いや、むしろこっちの方が動きやすくていい」
26 つい、思ったことを口にしてしまったが、これはこれで悪くない。
「そっか、ならよかった!じゃあ、私隣にいるから終わったら教えてね」
加奈が個室から出て行くのを確認すると、病衣を脱ぎ、買ってきてもらった服を着る。
うん、サイズ、ピッタリだな。
「あー、あとでお金渡さなとなぁ」
寝起きで上手く頭が働かなくて、お金を渡すのを忘れていた。
「ていうか、財布どこにやったっけ」
病衣にポケットは付いていなかった。個室の中を探すが当然ない。
「多分、病院だな。んー、どうすっかなぁ」
今、俺は追われる身分だからすぐには戻れない。暫くの間は加奈に出してもらうかなぁ。
「そんなこと遠慮しなくていいのに!」
「うわぁ!びっくりしたぁ!いきなり出てくるなよ。心臓に悪いって」
音も出さずに加奈は、ぴょこんと俺の背後から声を掛けた。いつも思うけど、どうやって気
配を消して背後から忍び寄っているんだ?まるで忍者だな。
「えへへ、声が聞こえちゃって。椿の疑いが晴れるまでは、私が全部出すよ」
加奈は燦々とし笑顔を浮かべる。ああ、もうそんな顔で言われたら断れないじゃないか。
「ごめん、ありがと」
ボソッと呟き、個室から出る。会計は加奈に任せて、先に外に出る。
隠れていた太陽が顔を出して街を照らしている。
「さて、ここからどうやって株式会社ユートピアに行こうか」
「私に任せて!ネカフェの個室で調べたから場所は分かるよ!」
「じゃあ、任せる」
加奈を先頭にして、俺達は歩いていく。まだ朝の通勤時間だが、人の数はまばらだ。
昨日記事になったばかりで、まだ大丈夫だと思うが、慎重に行こう。
「そういえば、加奈は俺が刺されたってどうやって知ったんだ?」
ふと思った。加奈はどういった経緯で知ったのか気になった。
「ああ、それね…… うん…… 」
加奈は、何か言いたげにしていた。
「ん?どうかした?」
「ああ、うん…… 実は、椿が刺された時、私もいたんだ」
衝撃の事実を伝えられる。
「え、どういうことだ…… ?」
「私、椿を驚かせたくて路地で待っていたら、椿が誰かに刺されるのが見えたんだ。でも、怖
くて出られなかった。ごめん。でも救急車は呼んだから!」
なるほど、そうだったのか。
「そうだったのか。救急車を呼んでくれてありがとう。あのままだと、野垂死んでいたかもし
れない」
「怒らない、の?」
加奈はハムスターのようなつぶらな瞳で見つめてくる。
「いや、むしろ感謝してる。加奈がいなかったら俺は死んでいたから」
加奈はパッーと笑顔になった。
「そっか、そっか。うん、椿には私がいないとダメだもんね」
加奈は腰に手を当てて、鼻息を荒くする。コロコロ表情が変わる奴だ。見ていて飽きない。
「いや、自慢気に言うことじゃないでしょ」
「ふふーん。あ、ここのバスに乗れば、ユートピアに直通で行けるよ」
駅前のバス停にバスが止まっていた。整理券を取り、加奈は通路側、俺は窓側に座った。
加奈は座るなり、スマートフォンを弄り出した。
数分後、アナウンスとともにバスが発車する。俺は頬杖をつきながら、窓の外の景色を眺める。
過ぎていくビル群を見ていると、うとうとしてきた。
ちょっとだけ寝ても大丈夫だろう、加奈が起こしてくれる。
数分後、加奈に肩を叩かれて起きる。どうやら、加奈の肩に寄りかかって寝ていたようだ。
「ああ…… ごめん寄りかかってた」
加奈の肩には、俺の涎が付いていた。服の裾で拭く。
「ごめん、涎も付いてた」
「拭かなくてもいいのに~」
「いや、拭くだろ。あ、そういえば目的地には着いた?」
バスは停車している。外の冷気が入ってきて寒い。マフラー欲しいな。
「うん、着いたよ。降りるから整理券出して」
俺は加奈に言われた通り、整理券を出す。
バスの表示版を見て、整理券の番号と照らし合わ
す。
「二五〇円か」
加奈は財布から小銭を出して、俺に渡す。整理券を箱の中に入れて、お金を精算箱に入れた。
運転手はこちらの方を見ずにありがとうございましたと言った。
「じゃあ、ツアーの方に合流しよっか」
「ツアー?なにそれ?」
「椿が寝ている間に、スマートフォンで調べていたら、今日ここでツアーやっているっていう
のを見つめたから当日予約したの」
バスの中でスマートフォンを弄っていたのは、そういうことだったのか。
「寝てて悪かった。なんだか妙に眠くて」
前まではこんなことなかった。刺されてから、妙に眠くなった。
疲れているのかなぁ。
「全然いいよ!気持ちよく寝てて、起こすのも悪いなーって思ったし」
「ごめん」
「ごめんより、ありがとうの方がいいな」
太陽を背にして加奈は笑った。他のことを考え、心の平穏を保つ。
「あ、あそこに人が集まっているのがツアーの人達だよ」
高層ビルの前に制服を着た女性と二列に並んでいた。
「当日予約をした物です」
加奈はテキパキと話している。
「あと数分でツアーは始まります。列でお待ちいただけますようお願いします」
ガイドの方のいう通り、列の最後に並び、ツアーが始まるまで待つ。
参加者は、老人ばかりだ。俺達のような若者はいなかった。前に並んでいた老人夫婦が怪訝そ
うな顔で俺達を見る。
そんなに珍しいのかな。それとも、この服装が変なのかな。
そんなこんなで待っていると、時間になりツアーが始まる。
「そういえば、今回のツアーの内容全然知らないんだけど」
小声で加奈に問いかける。
「ユートピアの最先端のなんやかんやを見る見学会みたい」
「なんやかんやって…… 本当にここに手掛かりがあるのか?」
「絶対、ある。ツアーが九階まで行ったら、私達はそっと抜けるよ」
頷いた。時間になり、ツアーが始まる。
「さて、今回はユートピアの歴史。そしてこれからの未来というツアーに参加してくださって
ありがとうございます。まずは正面玄関の銅像を見てください。これは創業者のスタンウェイ
ンさんです」
一個、一個説明していくのか。これは、時間がかかりそうだな。
「椿、これ時間かかりそうだね」
加奈も同じことを思っていたようだ。
「どうする?このままひっそり行く?」
「いや、もうちょっと様子を見てからにしよう。さすがにすぐ抜けたら怪しまれるよ」
「ん、分かった」
俺達はタイミングを見計らって、目的の階に行こうとしたが、ツアーは存外早く終わった。
どうやらツアーでは二階までしか行けないみたいだ。
「どうする加奈?諦める?」
「ここまで来たのよ、諦めるわけにはいかないわ」
疑われている罪を払拭するためなのに、加奈はどうして、ここまでしてくれるのだろうか?
加奈の執念はそれだけで、動いているようではないような気がした。
「じゃあ、どうする?」
加奈の真意を確認するために聞いた。
「深夜、またここに忍び込んで証拠がないか調べるわ」
「深夜か。忍び込めるかな…… 」
深夜の時間こそ、セキュリティーやらなんやらで警戒されている。忍び込む確率はぐっと上
がる。
「そんな不安そうな顔しないで。大丈夫!私に策があるから!」
加奈は満面の笑みで、Ⅴサインをした。