scene9-7 才能の深淵 後編
すみません。
5/1投稿と言っておりましたが、書き溜めデータを
消してしまい、投稿が遅れました……。
次話投稿は5/8に投稿致します。
【アクエケス】VS〝ルシファー〟
戦艦対戦艦による規格外なドッグファイト。
あくまで航空機のマニューバであるはずのスプリットSやシザーズ等々。
それに加えてまるで戦車の様な急発進や急制動に超信地旋回と、おおよそ百単位の乗員能力を持つ大型艦が行っていい挙動ではない。
未来技術を用いた無反動措置が設けられていなければ、恐らくすでにどちらの艦も内部は死屍累々の有様となっていただろう。
しかし、その様な高等技術の粋いくら集めたとて機体にも限界はある。
ヒリ付く鬩ぎ合いは思いの他拮抗して長引き、大型艦故の負荷も徐々に許容値を越えつつあった。
双方がリミットを気にし始め、戦いを締め括りに入っていた。
そして、そんな中で明らかに旗色が悪かったのは、真弥が駆る【アクエケス】の方だった。
「ちょっとッ! いくら何でもこれ以上速度を落としたら蜂の巣にされちゃうってばッ! ちゃんと狙いなさいよッ!?」
「も、申し訳ありません!」
真弥の怒号が響く【アクエケス】のメインブリッジ。
操舵を引き継ぎ、最初は敵艦――〝ルシファー〟を圧倒しつつあったが、敵側の火器管制が一変して以降はジリジリと追い詰められている。
ただ、その原因はハッキリしていた。
真弥の操縦は依然として敵よりも上手だ。しかし射角無視でもお構いなしの卓越した砲手が加わったと思わしき向こうは、その独特な機動力がさらに吹っ切れて今ではもう真弥ですらも本気で追わねば追い付かない状態。
だが、そうすると今度は真弥の操縦にこちらの砲手が追い付けていない。
とはいえ、こちらが攻撃出来る様に真弥が操縦を加減すると向こうからすればただの的になってしまう。
こちらの攻撃と回避を両立するギリギリのラインを模索しながらの戦いは決め手に欠き、そうこうしている内に敵艦はさらに上達してゆき、少しでも判断が遅れると真後ろに食い付かれ肝が冷える。
「ぐッ!! くそッ、くそッ、くそッ!! なんで!? なんで悪党共なんかにこっちが連携で負けるのよ!? あいつらは悪で……私達は正義なのにッ!!」
歯を食い縛り必死に涙を堪える真弥。
〝私達は正義〟
そんなことは本来彼女にとってわざわざ口にする間でも無い不変の常識だったはずだ。
しかし、それをあえて叫んでしまう今の自分……それは不安の裏返しでもあった。
「――くッ! ほら狙って! あぁッ!? 何してんのよッ!! 火器管制担当なら偏差射撃くらい訓練で何度もやったでしょッ!?」
球体操縦席内には操作レスポンスを鈍らせないためにあえて無反動機能が備わっていない。
真弥はもう自分の内臓が何十回と捩じれ絡まる様な衝撃に耐えつつどうにか敵艦の背後を突くが、攻撃担当のオペレーター達が呆れるほどに呆気無く的を外す。
「ハァッ! ハァッ! ハァッ! うぷッ!? ――ぐぅぅッッ!!!」
びぃびぃと泣き言を叫ぶオペレーター達。
癇に障る……怒鳴り散らしたくて仕方ないが、今の攻撃チャンスが潰れたことで今度は向こうから攻撃回避に専念せざるを得ずそれどころではない。
「ハッ、ハッ、ハッ! ――くッ!?」
敵艦からバラ撒かれるミサイル。
照準も合わせていないであろうそれは一見ただ無秩序に暴れ回っている様にしか見えないが、その間を的確に縫う様に飛ぶ〝ルシファー〟を追っていると要所要所でこちらの機動ルートを着実に潰しており、あらぬ方向で爆発が起きたかと思えば、その衝撃でさらに不規則な挙動が他のミサイルに加わり、【アクエケス】へ近付き、信管制御により爆発して衝撃波が襲い掛かって来る。
「くそッ! 無茶苦茶よッ! ――あッ!?」
一見非効率にも思えるセオリーに無い攻撃に翻弄され、時折どうしても出来てしまう小さな隙。
その紙一重の一瞬、敵艦の主砲が真っ直ぐにこちらを向き、コンマ数秒も無いはずの射撃タイミングを完全に掴み、極大の粒子レーザー砲がこちらの機体を捉える。
――ドゴォォオンンッッ!!
時元空間は宇宙と同じく音を伝えない。
それでも耳と腹の奥底に響くこの音は、恐らく艦体に直撃を喰らってしまった様だ。
「あぐッ!? だ、第二艦橋へ直撃! 六連装甲の第一から第三装甲板融解及び、第四から第六装甲板の一部が脱落!」
「ダメージコントロール! 緊急隔壁閉鎖! 機体内部と時元空間を干渉させるな!」
「艦内システム一部ダウン! つ、綴副隊長! 無反動システムの出力が低下! この状況で戦闘を続けては艦内に甚大な被害が出てしまいます!」
自分達が正規に艦戦訓練を受けたプロフェッショナルであるにも関わらず、卑しい賊に負けている現状を憤る事すら出来ずに情けない悲鳴と共に送られて来る報告の数々。
「あ、ぁ……――ぐッ! くッッそぉぉッッ!!!」
耐え難い。
忌々しく情けなく、真弥は苛立ちに気が狂いそうだった。
「真弥……致し方ないわ。艦対戦は向こうの方が上手……このまま続けてもこれ以上は向こうの利にしかならない。戦場を変えましょう」
項垂れる真弥の前に浮かんだディスプレイに艦長である菖蒲の顔が映り、それがすぐに大きな木とそれに繋がる枝葉の様な時元空間を表す独特な地図へと変わり、無数に分岐する枝葉の一つにマーカーが点滅する。
「この側流世界へ向かいなさい。そこで白兵戦に持ち込みます」
「り、了解……ですが、敵にはシングル№達が……」
今ほど成熟はしていなかったとはいえ、かつてデーヴァ全軍を以てして攻め切れなかったどころか適当にあしらわれて来た〝Answers,Twelve〟の上位陣。
それに加えて今や御縁司や戦闘力は不明だが、七緒を足置きにしていた凪梨美紗都という新戦力も加わっている。
個の戦闘力の尺度が違い過ぎる。
白兵戦に持ち込んだとて、選挙区が好転する要素は皆無に等しく、寧ろ出来ればこの艦対戦で仕留めてしまいたいくらいだった。
「分かっています。ですが、現状ではもうこちらは袋のネズミ。あとは一方的に嬲り殺される完全な勝率ゼロの状態。ならば絶望的でもまだゼロではない可能性に手を伸ばすしかありません。そして、こちらにはまだもう一度くらいは意表を突けるであろう〝ジョーカー〟があります」
「使えるんですか?」
〝ジョーカー〟
それはもちろん、敵の能力を模倣出来る和成のことだ。
しかし、怖気付いて部屋に引き籠っているあの腰抜けが今更戦場に出て来れるとは到底思えない。
直接は口にしなかったが、十分意図が伝わる辛辣な呟きを零す真弥。
実の母親である菖蒲には少々厳しい吐き捨てだが、菖蒲もそのことは承知の上だった。
「腰抜けでも逃げ道が無ければ窮鼠くらいにはなるでしょう」
「…………了解しました」
腹を痛めて産んだ親にさえ吐き捨てられる男。
真弥の中でここ数年分の記憶がまた一度ドブを被る。
(最悪な産まれをして、この上さらに絶望しないといけないの? 私の産まれて来た意味って何なのよ?)
視線の先でこちらの動きが鈍ったのを確認する様に大きく旋回する〝ルシファー〟を睨み心の中で吐き零す真弥。
助っ人が来た様子ではあるが、それでも最前線で真っ向から自分と戦う根性を見せて来た司。
自分の不幸の元凶。
世界を狂わせた諸悪の起源。
しかし、それでも腰抜けではない。
当事者としての立ち位置から逃げてはいない。
「……くそッ」
向ける毒に勢いは無く、真弥は悔しさで目尻に涙を滲ませながら菖蒲が提示したルートに従い時間の流れに艦を乗せて屈辱の撤退を始めた…………。
「敵艦反転……どうやら戦闘継続は好ましくないレベルの被害を与えた様ですね」
司の背中に身体を密着させる様にして〝ルシファー〟の火器管制を一手に担っていたルーツィアが「他愛無い」という冷めた目で逃走を始める【アクエケス】を眺めていた。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ……――うぐッ!? お、ぇ……ハァ、ハァ……」
年頃の男子が背中に美女の豊満な胸の感触を感じながらも、それに鼻の下を伸ばす余裕など微塵も無い極限状態での戦闘。
時間にすれば一時間にも満たないが〝D・E〟の能力開放時に現れる血色の瞳とはまた違う感じに充血した目と滝の様な汗、そして一向に落ち着かない呼吸が、人間を辞めたとはいえまだルーキーな司の限界値を感じさせる。
「ご無事ですか、閣下? かなりの多角的Gを受けておりましたし、ここは一度お休みになられては?」
「ハァ……ハァ……い、いや……こ、このまま行く……な、なんかもう少しで……つ、かめ……そうだ……」
「掴めそう?」
ガクンの首を下げ、ぜぇぜぇと今にも死にそうな掠れ息をしながらも続行を口にする司。
ルーツィアは振り返り、背後のデッキでまだコーヒーを飲んでいる良善を見る。
ちなみに達真の姿は無い。恐らく飽きて自室へ帰ってしまったのだろう。
ルーツィアは良善にこのまま司に続けさせるべきかを問う目を向ける。
それに対する良善は、ルーツィアも大方予想はしていたが満面の笑みで「続けさせろ」と頷いていた。
「はぁ……承知しました。では閣下、艦首を向けて下さいませ。あの様子なら敵艦は回避もままならぬはず。両翼を撃ち抜いてダルマにしてやれば、もう敵に打つ手はありません。ゆっくりと嬲り尽くせば、時期に白旗を上げるでしょう」
球体操縦席内に二つのロックオンカーソルが浮かび上がる。
助っ人に入った瞬間、あっという間にして状況を変えてしまったルーツィアの火器スキル。
だが、それも実際には殆ど本気では無く、照準はほぼマニュアルで付けていた。
それでも驚異的な空間把握能力と、各種武器の特徴を完璧に把握して本来の用途に囚われぬアレンジ使用。
伊達に軍服を纏っている訳ではない〝Answers,Twelve〟の〝猟犬〟。
ただ、そんな彼女の言葉にようやく僅かながらに息が戻って来た司が言葉を挟む。
「そ、その前に……ルーツィア、あのさ……さ、さっきから……俺の周りになんかがウロウロしてねぇか?」
まだ少し掠れた声で問いかける司。
それに対してルーツィアは驚いた様子で目を見開く。
「お、お気付きになられたのですか?」
「ハァ……ハァ……ふぅ……。お気付きにって言うか、今俺、自分の中の〝D・E〟をこの戦艦にリンクさせようとして手当たり次第に広げてるからさ、なんかそこにちょいちょい別の何かが触れてる感じがしたんだよ。あとお前……ここに入って来た時、ボソッと誰かに語り掛けてなかったか?」
〝ルシファー〟を前進させて逃げる【アクエケス】を追う司。
向こうの速力はすでにかなり落ちており、見失う心配はない。
司は息は戻るもまだ汗の止まらぬ顔に張り付く髪を避けつつ、ルーツィアを返り見る。
「……まぁ、別に隠す必要はありませんのでご説明いたします。これが私の〝第三階層〟の能力でございます」
少々迂闊ではあったなという顔で吐息を吐きつつ、ルーツィアは司の脇下から腕を通し、彼の目の前でその掌を上に向ける。
するとその掌の上で黒く……されど淡い光を放つ粒子が小さな渦を巻きながら数十cmほどの人型を作っていく。
そしてそれは徐々に細部までディテールが鮮明になってゆき、最後にはルーツィアと同じ軍服を纏う小さい女の子が好みそうなお人形の女性を形作っていた。
「お初にお目に掛かります閣下。私の名前は――ルー。本体を指揮官として一軍を成す軍隊員でございます」
「…………はい?」
何とも可愛らしい小人少女が定規で線を引いた様なキッチリとした敬礼をしながら司を見上げていた。
その見た目はルーツィアと瓜二つ。着ている軍服もお揃いで、唯一違う点があるとすればくるぶしまであるルーツィアの長い髪と全く同じ金髪の髪をポニーテールに束ねているくらいか。
「え? あ、あの……ルーツィアって、実はドール愛好家的な?」
凄まじいギャップだが、あまり人の趣味にとやかこ言うのは憚られ、それっぽい単語を言ってみたが、当のルーツィアは不本意だと苦々しげな顔になる。
「誤解でございます。これは紛れも無く私の能力の延長線にある存在。私はその経緯より武器や兵器に付随した能力を持ちます。そして、その能力が強化される〝第三階層〟において、私は武器や兵器を集団で運用する〝軍隊〟を構成するのです。彼女は私とナノマシンの外骨格ネットワークで繋がっており、私が優先指揮権を持っていますが、その内部に思考サーキットを設けることである程度独自で動くことが出来、状況に応じて臨機応変に対応します。先の戦闘での多角的な状況把握もこの者達の視覚を私に統合することで可能にしておりました」
なるほど……だから〝本体〟と〝軍隊員〟。
兵器にまつわる能力の行き着く先が軍隊という解釈も理解出来る。
ただ……。
(独自で動くって……いや、もうこの子……)
司の手がルーツィアの掌に立つ小人――ルーの頭に触れる。
「あぅ……お、お辞め下さい閣下」
ズレる軍帽を掴み、ムニュッと顔を困まらせるルー。
触れた感触は存在感があり、その身動ぎも確かに指先に伝わって来る。
(嘘だろ……こんなの、もう完璧に生きてる様なモンじゃん。〝D・E〟って、どこまで行けるんだよ?)
解釈に添い高めた先には疑似的な命にさえも届く。
物体に繋ぎイメージを高める程度で覚束ていない様な場合ではない。
司は自身も持つこの〝D・E〟という力をもっと深く捉え、自分に発現し得る才能の可能性を考察しなければならないのだということを改めて感じさせられた…………。
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