scene9-2 忠義とは…… 後編
司が乗る車中パートです。
※ご報告
私事ですが、仕事の関係で三月末に引越をすることになりました。
ただ、時期的に引越代が信じられないほど高く、今週土曜には
家財だけ先に運ぶことになりPCも梱包してしまうため、
投稿が出来そうにありません。
(あと荷造りと仕事の引継ぎもかなりタイトでして……)
そのため、次話は4/1の00:00~01:00台に投稿します。
申し訳ありませんが、ご了承下さい……。
「司様、どうぞ」
「…………あぁ、ありがと」
良善の発案による拠点移し。
そのための移動の道中、司は早速復習を始めていた。
広々とした車内の後部座席に陣取る司の横に控える曉燕はコーヒーを差し出すが、司はボンヤリと目の前のテーブルを眺めて無表情の思案顔で曉燕の給仕にも態度が素っ気無い。
しかし……。
「はぅ♡」
曉燕はそんな司の横顔をウットリと見つめてメスな顔になっていた。
生涯を掛けて仕えると決めた主。そんなお方が〝Answers,Twelve〟において№Ⅲであるあの殺戮幼女を打ち倒してしまったことで、曉燕の中での主に対する敬愛はゲージを振り切り、もはやこうしてお傍に控えさせて頂けているだけでも彼女にとっては至福の一時なのだ。
そして、そんな甲斐甲斐しく悶える曉燕を横目に前部側に座る七緒は、自分も司の隣に控えたそうな切なげな表情をしている。
彼女もまた司のその身を捧げた従僕。
司が見せた超越者としての片鱗は、七緒にとっても全身が痺れ上がるほどの逞しい雄姿だったからだ。
だが、そんな頬を赤らめた腑抜け顔をしていると……。
「……別に私に付かなくていいよ? あっちに行ったら?」
隣から語り掛けられる冷めた声。
七緒はビクリと肩を跳ねさせて振り返る。
「も、申し訳ありませんッ! 美紗都様ッ!!」
慌ててテーブルと椅子の間に膝立ちになり、美紗都がリクエストしたオレンジジュースをわざわざ果実から絞り出してグラスに注ぐ。
「申し訳ありません、申し訳ありません! 従僕の身でありながらなんて失礼な……」
グラスを差し出しながら頭を下げる七緒。
その姿はあまりにもへり下り、そこまで強く言ったつもりはなかった美紗都は少々バツの悪い顔になる。
「何よ……そこまで謝んなくていいわよ」
グラスを受け取りジュースを飲む美紗都が思わず視線を逸らす。
しかし、七緒は頭を下げたままだった。
「いえ、私達が馬鹿な考えをしていたせいで、美紗都様の人生を滅茶苦茶にしてしまいました。本当なら、死してお詫びしなければならない所を、こうして生かして頂いている以上、私はもう美紗都様の……」
「それはあんたの都合でしょ? あんたはそうして跪いていることで自分が少しずつでも罪を償っていると実感したいだけなんじゃないの?」
「――うッ!?」
足を組み、傾けたグラスの縁越しに七緒を見る美紗都。
そして、七緒にとってその指摘はど真ん中を撃ち抜く図星だった。
「あ、あのぉ……す、すみません」
消え入りそうな震え声で身を縮める七緒。
傍から見て惨めな奴隷の様に振舞うことで自身の罪と釣り合いを取ろうとしていた。
七緒自身自覚しての行動ではなかったが、言われてしまうと確かにそうでしかない。
「すみません……わ、私……す、すみま……」
溢れ出て来る涙。
無自覚に〝可哀想〟を演出してしまう自分に嫌気が差す。
どうしてこうも自分は姑息なのか?
自分が苦しめた相手からすらも同情を誘いたいのか?
身体が震えて涙が止まらない。
やはり、もういっそ自分は……。
――スッ……。
「やめてくれない? なんか私が性悪みたいになっちゃうじゃない」
美紗都の手が七緒の頬に触れて指先が涙を拭う。
顔を上げさせられた七緒は、そこでようやく美紗都の顔を見たが、その表情は苦笑ながらもこちらを卑下したり責める様な色は感じられなかった。
「あんたが司君にしたことは又聞きの私ですら酷いと思うくらいだけどさ。少なくとも私の場合は、あんたがどうこうしなくてもどの道酷い末路だった。もちろん、あんた達の都合で殺されそうにはなってた訳だけど、結果的には未遂だし……あんまりそこまで引っ張る話でも無い気がしてんのよね」
方目尻を拭い、もう片方にも手を伸ばす美紗都。
その指先は優しく、七緒は戸惑いに固まってしまう。
「な、なんで……そんな……」
司に許されただけでも驚愕なのに、今度は美紗都さえも自分を許すニュアンスで接して貰い、七緒はどうしていいか分からなくなる。
ただ、そこで美紗都は鼻から吐息を漏らしつつ肩を竦めて七緒の背後にいる司の方へ目を向ける。
「いや、まぁさ……正直、私も今の自分の感情の置き所に悩んでるくらいなんだけど、その……なんて言うか、ちょっと圧倒されててさ」
「あ、圧倒……ですか?」
「そう。あんたとの模擬戦は私にとって未知の領域だった。でも、そのあとの司君の戦いを見たら、なんかもう全然スケールが違うじゃん? 私にはもうここしか居場所が無いのに、この先ここに居続けられるのかって思っちゃって、なんかもう……その……」
頬に触れる美紗都の手が震えている。
それは確かにそうだろうと思う。
戦場に身を置いて久しい七緒から見ても、司と紗々羅の戦いは凄まじい物があった。
それを目の当たりにした未だ〝D・E〟の第一階層すら朧げな美紗都では理解の範疇を越えている。
彼女は不安なのだ。
自分の事を足蹴げにして扱き使う余裕も無いくらいに今の自分の立ち位置に自信が無い。
きっと、とてつもなく心細いはずだ。
そう考えた瞬間、七緒は思わず美紗都の手を掴んでいた。
「ご安心下さい、美紗都様……あなた様にも必ず才はあるはずです。今はまだその力が目覚めてはいませんが、美紗都様がいずれ自力で戦える様になるまであなたは私が守ります!」
「――うぇッ!?」
急に語勢が強まる七緒に困惑する美紗都。
跪き手を取るその姿は、まるで騎士が姫への忠義を示すかの様な構図。
実際のところ、七緒の心中はまさにその様な感じだった。
一度潰えさせかけた命。
その原因の一端を担ってしまった自分には彼女の命を守る責任がある。
また自己暗示の言い分化かと思ってしまう気持ちはある。
しかし、それでも彼女の身の安全は自分が命を掛けてでも守らねばならないという強い意志が湧き上がり、七緒は美紗都の細い手を両手で包み込む。
「美紗都様が手に入れた居場所はもう二度と奪わせません。私が命を掛けてお守り致します」
まるで遠回しな告白にも似た七緒の宣言。
しかも、本人はあまりに真剣な顔をしているせいで、美紗都は思わずドキッとしてしまう。
「ちょ……あ、あんた! 何言ってんのよ……」
美紗都の頬が熱くなる。
いくら同じ女とは言え、ここまでキッパリ言われてしまうと妙な気持ちになってしまい、美紗都が視線を泳がせ回していると……。
「あ……」
ふと向けた後部座席で、思案を一段落させたのかコーヒーに口を付けていて司が固まっていた。
さらにその横では曉燕が美紗都と七緒をまるで尊いモノでも見る様な緩み顔で眺める曉燕。
そして、美紗都と目が合った司は……。
「あ……いや、続けて?」
「ち、違うからッ!!」
百合百合しい雰囲気を邪魔はしないよと言ったスタンスの司に、美紗都は声を荒げて否定すると、最早車中の空気は完全に緩んでしまった。
司は必死過ぎる美紗都の顔に腹を抱えて笑う。
だが一頻り笑い散らすと、司は仕切り直して七緒に目を向ける。
「七緒、お前のさっきの言葉は採用するよ。美紗都はまだ戦う力が目覚め切ってない。俺の下僕の務めとして美紗都を俺だと思って全力で守れ」
「――ッ!? はいッ! 承知しましたッ!!」
深々と頭を下げる七緒。
そして次に司は美紗都に目を向ける。
「美紗都、その様子なら七緒がお前にしようとしていたことは一応呑み込めてる感じだよな? だったらとりあえず今は七緒に従っときな? そいつはお前を守るために全力で行動する。だからその意見には素直に耳を傾けて置くのが安牌だ」
「う、うん……分かった」
優しく諭す司に纏められる車中の空気。
七緒も美紗都も……そして、隣に控える曉燕もふとある感覚を抱く。
(なんか、司君の傍に居ると……ホッとする)
鼓動が高鳴る。
それは決して不快なモノではなく、心地良さを感じて全身がポカポカとして来る心地良い感覚。
彼の言う通りにしていれば問題無いという妙な確信。
そして、次に胸に湧き上がって来るのは……。
「あ、あのさ……司君」
――ススッ……。
七緒の横を抜け、さり気なく司に近付いて行く美紗都。
何故だか無性にもっと司の傍に寄りたい気持ちになってしまう。
近付いたところで何をするという訳でもないのだが、気付けば太ももが軽く触れる距離まで近付いていて、その顔を見つめていると、ドンドン身体から力が抜けていく。
「あ……あ、ぁ…………うぅ……」
「どうした? ひょっとして少し疲れたか? いいよ、目的地に着くまで少し横になってろよ」
(あぁ……優しい)
こちらの肩にそっと手を置く司。
美紗都は妙に思考が微睡み、思わず司の膝にしな垂れ掛かる様にして横になる。
「お、おい!? 何してんの!?」
「…………ダメぇ?」
ギョッとする司に自分でもびっくりするくらい甘えた声が出てしまう。
そしてさらに……。
「あ、あの……司様ぁ。わ、私も少しだけ……」
「あッ! あの……司様ぁ……」
司の腕を抱き込み肩に頬を寄せて来る曉燕。
さらには、遠慮している風でありながらそのくせしっかりと司のズボンを掴み、物欲しげな顔で見上げて来る七緒。
三人とも、何故かどうしても司に触れたい衝動に駆られていた。
それが何に起因しているかはこの際どうでもいい。
司に触れたい……その傍にいることがどうしようの無く心地良くて抗えない。
「司君の身体……なんか、落ち着くよぉ……」
「あぁ……見る度見る度、どんどん素敵になられている気がします……司様♡」
「あぅ……あ、のぉ……わ、私も……」
気持ち良さげに司の太ももに頬擦りする美紗都。
司の腕を抱き寄せ、その手に指を絡めて甘く握る曉燕。
もう我慢出来ず、司の膝に擦り寄る七緒。
三人の姿はまるで甘えたがりな仔猫の様。
甘く緩む三人の美少女に囲まれ、ドギマギする司だったが、一旦目を閉じ呼吸を整えると美紗都が寝やすい様に座り位置を整え、曉燕の手を一旦放して首の後ろに腕を回してより密着してから再び彼女の手を握る。
さらに、足下で我慢している七緒の頭を撫でてやり、三人の仔猫達を受け入れてやる司。
「「「あぁう……♡」」」
許しを得たと判断し、甘い吐息を付きながら一層司の身体にじゃれ付く美紗都・曉燕・七緒。
「ったく……目的地に着くまでだからな?」
「「「はぁい……♡」」」
開き直って受け入れるが、まだ少し目が泳いでいる司。
三人にとっては、もうそんな司の仕草さえ胸がキュンしてしまい、幸せそうに司に身を委ね切ってしまっていた…………。
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峪房四季 @nastyheroine