scene6-6 憎悪を込めてお前を…… 後編
次話は19:00台に投稿します。
「あいつら、無茶苦茶な論理で自分達を正義だとか言ってたのに、ついにはその矛盾さえ続いてないじゃないか。悪だって言ってる〝Answers,Twelve〟と全く同じことをしているなら、もうそれはあいつらの常識でも悪になってるよ」
もはやここまで来るとビビるとは別の意味で恐怖を感じてしまう。
しかし、良善は特にその点を気にしている様子は無かった。
「いや、まぁ……効率的だと思ったのなら積極的に取り入れるという行為自体は間違っていない。過程はどうあれ、最終的に「私達は正義だ!」と叫び続けた彼女達が勝利すれば、事情を知らない者達は「正義が勝ったんだ」と認識する。声の大きい者は何かと有利だから……な、なんだい司、その目は?」
どうやら判断基準が向上心があるか否かでしか見ていない良善は寧ろ〝ロータス〟を見直したかの様な反応を見せていて司の呆れた顔に戸惑ってすらいた。
ある意味らしいはらしいのだが、つくづく人外な領域で思考をしている人だと司は生温いため息を付く。
「いえ、もういいです。それよりも、じゃあもしかしたら俺や良善さん、それに紗々羅さんのナノマシンサンプルも奪われている可能性があるってことですか? それって、かなり不味いんじゃ……」
「いや、心配いらない。私のは少々特殊だ。〝ロータス〟には絶対解析出来ない。紗々羅嬢は体外にナノマシンが出るタイプではないのでこれも心配は無用だ。そして司は……もうわざわざ取る必要は無い」
自分は絶対に大丈夫と言い切る良善。
この男がそういうなら多分そうなのだろう。
そして、紗々羅にはそんな特徴があったというのは初めて聞いたが、捕まえて採血や解剖でもしない限り奪われる心配がないというならそれも大丈夫そうだ。
ただ……。
「あ、あの……俺のナノマシンはもう取る必要が無いというのは?」
「え? だって……私がすでに十分な量のサンプルを渡している。この前の奇襲の際に黒髪の眼鏡を掛けた子にね」
恐らく七緒のことだろう。
だが、誰に渡したかは今はどうでもよかった。
「はぁッ!? な、なななんで渡したんですかッ!? 敵に! 俺の力の情報をッ!!」
良善のコートを掴んで捲し立てる司。
極論を言ってしまえば、製作者は良善なのだから彼が自分の作った物を誰に与えようがそれは自由なのだが、対立している敵に情報を流すとは一体どういう了見なのか。
「え、いや……〝ロータス〟が強くなればそれはそれで面白いかなって……。だって、今の彼女達をいくら屠ろうが私の向上には何の足しにもなり得ない。だから、彼女達にももっと強くなって貰った方がいい……だろ?」
「だろ? じゃねぇんすよッ!! あんた本当頭の中どうなってんだよッ!? あれか!? この世には〝自分〟か〝自分以外〟かの二種類しか存在しないとか考えちゃってるタイプか!?」
「あ、あぁ……基本はそういう認識だが?」
「~~~~~~ッッッ!!!」
敵の狂い様も凄まじいが、司の質問にきょとんとした顔で「よく分かったね?」みたいな顔をしているこの男も理解不能が過ぎて司は頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまう。
『閣下……どうかお諦め下さい。〝博士〟様は生きるためではなく、自分をさらに高めるために息をしている様なお方なのです』
ディスプレイのルーツィアでさえ遠い目をしている。
恐らく今の司の頭痛はもうすでに彼女も通って来た道なのだろう。
「なんだい全く……それよりルーツィア、もう取られた物は今更守っても仕方ない。さっさとそこにいる者達を始末してやれ。彼らは元我々の配下だ。かつての商品達に弄ばれてさぞ気が狂いそうだろう。楽にしてやれ」
「えッ!?」
『……やはりそうですか。培養したクローン兵にしては妙にそれぞれの動きに個体差がある様に感じましたが……承知しました。早急に処理を行います。完了次第そちらに向かいます』
ディスプレイの先で一斉に銃声が轟き血肉が散る音を響かせてモニターが消える。
そして、良善は今度は自分からディスプレイを開く。
するとそこには、トラックいっぱいの赤い絵の具をブチ撒けた様な日本庭園に立つ肩に太刀を担いだ紗々羅の姿が映し出されていた。
「紗々羅嬢……大丈夫かい?」
『大丈夫じゃないぃぃぃッッ!!! 私の憩いの庭が滅茶苦茶だよッ!! もうやぁ~~だぁ~~ッッ!!』
無数の屍で出来た絨毯の上でベチャベチャと血を踏み跳ねて不満を爆発させる何故か足下以外一切返り血を浴びていない紗々羅。全部自分でしたことだろうにとは思うが、恐らく「だって襲って来るなら殺すしかないじゃん」くらいの感覚で全て賊を返り討ちにしてしまったのだろう。
「あぁ、分かった分かった! だから元部下の頭の上で跳ねるのはやめなさい」
『知らないもんッ!! 何かブシュ―ブシュ―って鼻息荒げて襲い掛かって来たんだもん! そんなの刻むしかないじゃないッ!』
癇癪が止まらない紗々羅を見て良善は大きく息を吐いてディスプレイを消す。
「ダメだ……あれは少し放置しておかないと収まらないな」
「り、良善さん……あの黒ずくめ達って、良善さんの部下だったんですよね? そ、それなのに……」
「司、我々は悪党なのだよ? 敵に捕まり哀れにも改造されてしまった者を命懸けで助けると思うかい?」
司の中にあるまだ未覚悟な部分が顔を覗かせ、良善の表情が冷ややかなモノになる。
仲間を助けるどうこうは高潔な正義様の領分だ。
妙なアットホームさで忘れそうになっていたが、きっと司が敵対したら恐らく良善も紗々羅もルーツィアでさえも、容赦なく自分を殺しに来るのだろう。
「……すみません。ちょっと寝惚けかけてました」
「うむ。それでいい……自分に危害を加えようとして来る者は味方でさえ、愛する者でさえ、一切容赦するな。さっきは流したが君の美紗都に抱きつつある感覚も私としてはあまり推奨は出来ないぞ? まぁ、とは言ってもまだ君には難しいだろうから「その時は人思いに苦しませることは無い様に」くらいの感覚くらいは準備しておきなさい」
「……はい」
拳を握り心の中に一線を引く。
自分はそういう所に来たのだ……今更戻る道など無い。
心を入れ替えて自分が悪であることを再認識し、ベッドで眠る美紗都を見る。
(まぁ、裏切る事が無ければ……それなら、別に仲良くしてもいいよな?)
情けない情の尻尾は仕舞い切れなかったが、今はこれくらいが限界だった。
「良善さん……とりあえず、俺も残党狩りにして来ます。ちゃんと覚悟を決めるために……」
あの黒ずくめは言わば自分の先輩達。
そうと考えれば、出来るだけ早く楽にしてやろうと……何とか思えた。
しかし……。
「いや……それはあの二人に任せて、君はそっちを対応してたまえ」
「え? …………――ッッ!?」
――バリィィィンッッッ!!!
すでに空いていた窓ガラスの大穴がさらに拡張され、室内に転がり込む様に入って来る桃色。
司は咄嗟に動き、壁にぶつかりそうになったそれを受け止める様に滑り込む。
「――がはッ!?」
受け止めた瞬間、黒髪が広がり、額から血を流す曉燕が血を吐き司の頬に掛かる。
額だけではない……纏っていた〝Arm's〟は、至る所が砕けていて、その下の肌には刃物で切られた様な傷や鈍器で殴られた様な痣、鞭の様な物で打ち付けた様な腫れが浮かび、その身体が酷く痛め付けられていたことを如実に物語っていた。
「おい曉燕ッ!? だ、大丈夫か!? しっかりし――」
「あはははははははははははッッッ!!! 雑魚! マジで雑魚!! いやぁ~~やっぱり僕ってこういう役目を担う運命の下に産まれたのかなぁ~~? あぁ~~僕超TUEEE~~ッッ!!」
「ハァ……ハァ……――うぐッ!? ハァ……ハァ……」
窓辺に降り立ち、髪を掻き上げて悦に入る純白のコートを纏った男。
そして、その横に膝を付いて酷く消耗した雰囲気を感じさせる青い〝Arm's〟を纏う黒髪の女。
如月和成と桜美七緒。
その姿を見た司は、ゆっくりと曉燕をその場に寝かせて立ち上がり、フラリと二~三歩歩み出る。
「なんで、お前がここに来てんだよ……?」
ユラリと上半身が動くのに合わせて瞳の血色が残像の線を描く。
その姿を見て七緒がビクリと身体を震わせるが、その隣に立つ和成は顎をしゃくり余裕の笑みを浮かべる。
「はぁ~~? それはこっちのセリフなんだけどなぁ……ゴミカスぅ? え? 何そのスーツ? お前みたいな奴はボロキレでも身体に巻き付けてる方が似合うと思うよ~~?」
自分が着るコートの襟を掴んで何やら自分の姿を見せびらかして来る和成。
対する司はもはや多くを語らず、ただ黙って和成を睨み付けていた。
「か、和成様……ど、どうにか知られる前に接敵出来たんですから、上手く隙を――きゃあッ!?」
「うるさいよッ!!」
何やら和成に耳打ちをしようと近付いた七緒を鬱陶しげに蹴り倒してその背中を踏む和成。
そしてその顔がまたすぐ得意げになる。
「悪いこと言わないからさっさとその場に跪きなよ? その後ろにいる女みたいにボコボコにされたくないだろ? 土下座して調子に乗った自分を反省すれば苦しませずに僕が裁いてあげるよ?」
「…………」
意味が分からない。
多分同じ母国語のはずなのだが、司には和成が何を言っているのかまるで理解出来なかった。
「なんでその女を踏んでるんだお前? 恋人だったんじゃねぇの?」
「はぁ? あぁ~~違う違う。この子はもう僕の下僕なの。お前なんかじゃ相手にもして貰えないこんな美女でも、僕から見ればこうして足置きにも使えるんだよね~~♪ ねぇ、七緒?」
「か、和成ぃ……ちょっと、いい加減にぃ……――あぁッ!?」
「僕に従うよね? というか、また言葉遣い間違ってない? 母さんに言い付けるよ? 七緒は上官の指示に従わない無能だから使えないって」
「うぐぅ……は、はい……す、すみません……和成、様……」
「フフンッ♪」
どうだ見たか? そんな顔をしていた。
嘘だろうと思った。
今ので何か自分の別格感を誇示出来たつもりなのか?
「今ビル内に溢れてるあの黒いの……そんな登場の仕方からして、嗾けたのはお前か?」
「黒いの? あぁ……デークゥ達ね。そうそう、僕達に仕える使い捨て兵。あ、そうだ! よく考えたらお前も殺すより僕達の……いや、いいや。お前なんかどうせ調整しても大して使い物にならないだろうし♪」
「…………」
「ん? はぁ~あ! 出た出た! 無視! 何も言い返せないからって黙っちゃうのカッコ悪いと思うよ~~?」
司が無反応なのが面白くないのか、頻りに挑発して来る和成。
どう考えてもこちらを誘っているのバレバレだ。
足下で踏み付けられている七緒も妙に黙っているがチラチラと司の様子を伺って来ていた。
「曉燕をこんなにしたのはお前でいいんだな?」
司はトントンとその場で跳ねてリズムを刻み、拳を握り固めていつでも飛び出せる圧を掛けて真っすぐに和成を睨む。
「うぐッ……あ、あぁ、そうさ! 圧倒してやったよ? それが何か?」
両掌を向けておどけた顔の和成。
そして……。
「はぁ……司。やるなら早くしてくれ。こういうのは見ていると気が滅入る」
額に手を当て嘆息しながら寝ている美紗都の近くに飛び散ったガラス片を払う良善。
その瞬間、司の身体は輪郭さえ残さず掻き消えた。
「――ッ!?」
「か、和成ッ! 右ぃッ!!」
七緒の悲鳴に反応して右を向く和成。
するとそこにはすでに放った拳を耳の横まで繰り出していた司がいた。
しかし、それを見た和成は下品にニヤけた顔を浮かべ、片手でその拳を受け止めようとして……。
――ボキィィッッ!!!
「――ぶげぇッ!?」
和成の手首がへし折れてグルンと回り、そのまま司の拳はダイレクトに和成の右頬を捉え、その身体を一直線に部屋の壁へと叩き付けた。
「えッ!?」
「ん?」
背中から足が退いたが立ち上がれず唖然とする七緒。
和成の何の意味もなかったのにやたらと自信満々だった動作に違和感を覚えた顔をする良善。
そして、全く無表情のまま和成が頭から突っ込んだ壁の方へと歩み寄る司。
「……何なの、お前?」
冗談ではなく、本当に意味が分からなかった司の率直な感想。
まるで話になっておらず、どう考えてもこれでは彼が言った使い捨て兵達の方が遥かに強い。
「な、なん……で? え? か、和成……?」
「おい、先輩……その顔で察したぞ? あいつ、何か能力があるんだな?」
「あッ!?」
語るに落ちたとはまさにこのこと。
和成が元大隊長である曉燕さえ圧倒する力の仕組みを知っていた七緒は、何も出来ずに吹き飛ばされた和成を見てつい口を滑らせてしまい、傍らに立っていた司はそんな七緒の一言で抜きかけた気を引き締め直して和成の方を注視する。
「ぶぇあッ! ぶはッ!? い、痛ぃ……な、なんで? なんでお前の力を使えないんだッッ!?」
崩れた壁の白煙から立ち上がった和成。
確かにへし折れたはずの手首や砕き潰したはずの顎元はすでに回復していたが、これ見よがしに見せびらかしていた純白のコートは血で汚れていた。
しかし、それよりも決定的なカミングアウト。
七緒は絶望する様に顔を伏せ、司は唐突な言葉に怪訝な顔を浮かべるが、もうその一言で完全に良善には見抜かれてしまった。
「なるほど、曉燕がやられる訳だ。如月和成君……君は司の〝D・E〟の応用で力を得て、他者の固有能力を模倣する力を開眼したね? これはこれはご愁傷様……残念ながら司はまだ基礎能力を鍛えている段階だ。君が間借り出来る能力はまだ彼には無いんだよ」
ベッドの端に腰を下ろしてさっき読んでいた本を再び開く良善。
どうやら和成の事に関してはもう全く興味の対象外である様だ。
「はぁッ!? ……ははッ! なんだやっぱりお前カスかよ! それならやり方を変えるだけだ! 七緒ッ! 能力を使え! その力を僕が使って戦う!」
自分の能力を見破られたことに大したショックを受けた様子も無くあっさり切り替えて司を見下す和成。どうやら自分の能力が極めて有効な〝初見殺し〟であることなど、最初から全く考慮せずとにかく自分は強いとしか思っていなかったらしい。
「そ、そんなぁ……嘘、でしょ……あ、あいつ……」
「おい、早くしろ七緒ッッ!!」
「――くッ!」
俯き震える七緒の口から決定的な失望の呻きが零れる。
しかし、そんなことにも気付かずに怒鳴って来る和成に七緒はもう自暴自棄に従い能力を使う。
「おぉ……すげぇ! 見える! お前の身体の熱の動き! これなら次にどういう動きをするか読めるって訳だね。 ヒヒッ! 基礎しか出来ない落ちこぼれが! 格の違いを――」
「…………てめぇ、ここまで来ても、まだ結局他人頼りなのかよ?」
司のこめかみに青筋が浮かぶ。
他人の能力ありきの和成の能力。
固有能力の発現にはその者の特徴が大きな要因となるとすれば、まさにこの男らしい能力と言える。
良善が興味を持たないのも当然だ……この力には伸び代が無い。
他人の力に依存するのであれば、どうやっても必ずその他人以上にはなり得ない。
汎用性は確かにすさまじいかも知れないが、個の力で高みを目指すことを至上とする良善からすれば実に惨めな力。
そして、それは司も全くの同意見だった。
「自分では何もせず、全部周り任せ……そのくせまるで自分の手柄みたいに浮かれはしゃぎやがって……どこまでクズなんだよ、お前……?」
「黙れゴミカスッ! お前がさっさと身分相応に馬鹿面晒して死んでれば全部収まってたんだッ!! 人外になっても無能な分際で僕の予定を滅茶苦茶にしやがって!! 視界にいるだけでキモいんだよッ!! すぐに僕が殺してやる!!」
「上等だッッ!! まさかそこにいるクソ女共よりクソがいるとは思わなかったよッ! そもそも部外者のくせに他人を使い捨てだのほざきやがってッ! 凪梨さんを絶望させたッ! 曉燕を傷付けやがったッ!! てめぇの存在は絶対認めねぇッ! ぶっ殺してやるッッ!!」
こいつはダメだ……こいつだけはダメだ。
後悔を噛み締めさせる暇すらも惜しい。
覚悟も無く、自責を持つ気もなく、ただまるで権利かの様に他人を踏み台にするどこまでも舐め腐った目の前の男を司の全細胞が拒絶していた…………。
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峪房四季 @nastyheroine