scene6-2 我欲へのプロセス 後編
次話は19:00台に投稿します。
〝Answers,Twelve〟の首領――御縁達真の奔放さにより、身動きが取れなくなってしまった陣営。
しかし、どうしようも無いことが確定しているならもはや慌てた所で意味は無く、例の女盗用研究者を早く血祭りに上げてしまいたい良善は、流石に厳しいがこの現代から恐竜見学ツアーのために白亜紀まで飛んでしまった首領を呼び戻そうと自身の部屋に籠ってしまったが、他のメンバーは各々が手持ちの雑務を熟しつつ待機をしていた。
そんな中、司はというと……。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ! うぶぅッ!? ……ゲホッ! エホッ!?」
〝ルーラーズ・ビル〟 F38。
そこはもうすでに司の為の〝特訓部屋〟と位置付けられ、今回も派手に先輩からのしごきを受けていた。
「閣下……少し休まれては如何ですか?」
部屋の中央で床からせり上がる幾本モノ黒い触手が絡まり合い出来た台座に立つルーツィアが視線の先で膝に手を付き咳き込む司に言葉を掛ける。
前回は紗々羅に太刀で切り刻まれていた司。
今回は無数の触手の鞭打や先端部分を銃火器に変化させた射撃で、司の身体は至る所を撃ち抜かれ文字通り蜂の巣状態になっていた。
「ま、まだだッ! ハァッ、ハァッ、ハァッ、すぅぅ……――うぐぅぅぅぅッッ!!!」
どうにか呼吸を整えて全身に力を込める司。
すると、穴だらけになった全身の銃創から白煙が上がり〝D・E〟による強制治癒で傷口が塞がる。
「ほぉ……大分傷の塞がりが早くなりましたね」
「ハァ……ハァ……まぁ、これくらいの……進歩、でも……ないと、情けないから……――なッ!」
床を蹴り全力でルーツィアに迫る司。
直線的に飛び出してからのジグザクな動きは、獲物を狩るチーターよりも早く俊敏だ。
しかし、中央で構えるルーツィアは涼しい顔で司の動きを目で追い……。
「……Abwehr」
ルーツィアの囁きで、台座の周囲にウネウネと波打つ無数の黒い触手が生え、それが鞭の様に振り回されて司の動きを牽制する。
「くッ! このッ!?」
接近を防がれてしまったが、司はその勢いのままルーツィアを中心に触手の攻撃を躱しながら円を描く様に回り、ルーツィアを守る触手の防衛線の綻びを探す。
しかし……。
「Schrot」
――パァァンッッ!!
「がぁッ!?」
足下を狙った鞭先をステップを踏んで躱した司だったが、避けられてしまった鞭先が床を叩いた瞬間その先端が弾け、小指の爪にも乗りそうな小さな玉が撒き散らされて司の両足を細かく貫き、司の動きを一気に鈍化させる。
すると、それを好機と見たルーツィアは長い金髪を払い軽く上げた片足で自分が立つ台座の天面を軍靴で打ち鳴らすと、触手の台座は大きくうねりその形を変えてゆき、四方にアンカーを打ち付けて固定された巨大な砲塔へと姿を変え、まるでコンピュータで制御されているかの様な細かい挙動で足をもつれさせる司に照準を定める。
そして、その砲身の上でサーフィンでもする様に立つルーツィアが開いた手を突き出し……。
「8.8 cm Kanone」
鼓膜を突き破るどころか反動でビル全体が揺れるほどの強烈な砲音を響かせて放たれた弾丸が寸分違わず司の腹部を捉え、くの字に曲がったその身体は一瞬にして壁まで吹き飛ばされて爆煙の中に消してしまう。
「ふぅ……流石に今のを喰らえば少しはお休み下さるだろう」
軍帽を脱いで爆風で乱れた髪を手櫛で整えつつ、漆黒の砲塔を溶かし消して床へ降り立つルーツィア。
どう見てもお休みどころの話ではなかったが、煙が晴れて壁に穿たれた大きなクレータ―の中心にはスーツの腹部に大穴が空いていながらもちゃんと人の原型を留めている司がめり込んでいた。
「あ、ぐぁ……ぶはぁッ!」
血の塊を吐き出しながら壁から剥がれ落ちる司。
震える手足はどうにか立ち上がろうとしているが、流石に回復が間に合っていないのかスーツの穴から覗くいつの間にかシックスパックに腹筋が割れた腹部には、赤黒い染みが斑らに浮き出ていて彼の体内がまだグチャグチャであることを示していた。
「閣下、最初にご説明した通り私の固有能力はこういった室内などの限定空間では圧倒的優位を持ちます。正直、現時点での閣下の修練には適さないかと……まぁ、十分過ぎる耐久力は拝見しましたが……」
衝撃で砕け荒れた床を軍靴を鳴らして司に歩み寄るルーツィア。
輝く髪もフワリとなびき、その姿はまるで破壊の女神の様な終末的美しさを誇っていた。
ルーツィアの固有能力は、自身が定めた空間内で身体から放出したナノマシンの外骨格を変化させるというモノ。
系統的には曉燕と似ているが彼女ほどの多彩性は無く基本は触手の形をしており、それを銃火器類に限定して変化させる。
ただし、ルーツィアはその指定空間内でなら、ナノマシンで作った触手がたとえ潰されようが切られようが、完全に形が無くなるまで消滅させられない限り自身に還元して再構築することが出来る極めて高い戦闘継続力を有しており、広さが限定された室内戦においては紗々羅ですら早々に切り崩せない攻防一体の鉄壁さを誇る。
そんな彼女の唯一の弱点は、ナノマシンの使用とリサイクルが可能なその空間を任意では広げられず、自分を中心として一分間に一m弱を最大一kmという制限で時間経過と共に徐々に広がるのを待つしかないという点。
この制限により、戦い始めのルーツィアは自身の身体に接触している範囲でしか能力は使えず、空間の外へ出てしまう弾丸などの放出物にナノマシンを使ってしまうと、その分はたとえ形が残っていてもルーツィアの身体に還元されず消費されてしまう。
ただ、司とルーツィアが模擬戦を初めてもうすでに数時間。
最初は近接の触手で凌がれてしまい、あとはジリジリと制圧空間を広げられていよいよ手の打ちようが無くなり、ついにはこのフロア全体をテリトリーにされてしまうと、もうルーツィアはこのフロア内でほぼナノマシン消費を気にせず立っているだけで司を圧倒してしまえた。
「閣下、何も恥じることはございません。寧ろ第一階層でのその身体の強靭さは、閣下の強いご意志が〝D・E〟に反映されている証拠。不屈の肉体を維持させて、たとえ傷付いてもすぐに立ち上がらせるために治癒速度も確実に上がっていた。ここまで来ればもはや〝守〟は十分。あとは明確な〝攻〟のイメージを掴むことが必要です。そして、恐らくそのイメージを掴めた時、閣下のお力は第二階層である固有能力の開花へと繋がるでしょう」
司の元までやって来たルーツィアは、恭しく司の身体を抱え起こし、体内のナノマシンの養分となる培養剤を司の肩へ差す。
「うぐッ!? ハァ……ハァ……〝攻〟のイメージ……ねぇ。殴る蹴るではダメなんだな……」
培養剤により体内の〝D・E〟の活性が進み、腹部の内出血が乾いた土に染み込む水の様にスッと消えていく。
「恐らく……ちなみに閣下は何かご自身で〝得意だ〟と思えることはありませんでしょうか? たとえば私の場合〝Answers,Twelve〟の席位を賜る前は軍隊に所属しておりました。私の家系は代々軍属であり、幼少期から兵器に対する知識は他者よりも造詣が深く、それが能力に反映されていると思われます」
司の成長に全力で協力を惜しまないルーツィアは、司の能力開眼のきっかけになればと質問を投げかけて来る。ただ、その過程で本人は特に気にしていないのだろうが、自然と司を横にして膝枕をしてくれて、柔らかい太ももといつぞやの曉燕と同様の視界を圧倒する様な胸の膨らみが司の思考を悪気無く妨げて来る。
「う、ぐぉぉ……ッ!? あ、あぅ……と、得意なことか……え、えっと……」
「身体を動かすことなどに限定する必要はありません。思考や趣向の傾向などきっかけになる要因はその者により千差万別であると思われます」
――ブルンッ!
俯いてこちらを見て来るそのちょっとした動きだけでも揺れるルーツィアの胸元。
これで一体どう集中して考えろと言うのか。
司は怒りたい様な感謝したい様な滅茶苦茶な思考状態の中で自分の得意を探してみるが、悲しいことに全く思い付かなかった。
「頭弄られてたから過去の自分が全然参考にならない……俺の得意って、一体何なんだろう?」
言っていて悲しくなる司。
ただ、そこでふと思い付く。
「そう言えばルーツィアさんは、俺の子孫……御縁達真を崇拝するほど忠義してたんだよね? ちなみにその達真ってヤツはどんな能力をしてたの? 俺と血が繋がっているなら何かしら共通点があるかも……」
考えるきっかけにと尋ねる司。
すると、何故か急にルーツィアは口を噤んでしまい、司は下からでは胸で見えない顔を少し横に頭をズラして確認すると、ルーツィアは顔を真っ赤に染めて激しく狼狽えていた。
「え? 何? ルーツィアさんって俺の子孫に惚れてたりするの?」
「なッ!? い、いえッ! そんな滅相もございません! た、ただ……その〝無比〟様のお力は、何と言いますか……その……少々説明が難しくて、簡単に言うと……〝畏怖〟を与えて来ます」
「い、畏怖?」
「はい……対面するだけで全身が動かなくなるほどの存在圧の差。自分と相手の格の違いを感じさせられ、段々とそのお方の前で立っていることさえ烏滸がましい様な気がし始め、このお方よりも頭を低くしなければいけない様な気になり、気付いた時には両手が地面に付いて平伏してしまいます。ただ、これが本当に〝無比〟様の固有能力なのかは分かりません」
相手が上であり自分は下だと格の違いを思い知らせる力……だから〝無比〟
あまり〝攻〟といった感じではないが、相手を戦えなくするという意味では同じに捉えてるのも無理のある話では無いのかもしれない。
だが、そんな能力を開眼するとは一体どういう〝得意〟から来ているのだろうか?
ひょっとして達真は天上天下唯我独尊の超絶ナルシストだったのか?
(分かんねぇ……でも、やれることとか考え方とかだけでなく、性格的なモノも影響するっぽいな)
何か自分を指し示す様な大きな〝特徴〟
それが司の能力開眼のキーとなる。
どうにかそれを見付けなくては、もうこれ以上の肉体的特訓だけでは先へ進めそうにはなかった。
「ありがとう、ルーツィアさん……ちょっと考えてみるよ」
「はい、それがよろしいかと思われます。私に出来ることがありましたら何なりとご用命下さい」
「あぁ、お願いする……ちなみにだけどさ?」
「はい?」
少し休まってどうにか身体を起こせるくらいにまでは回復した司。
まだ少しフラ付くがそれでも何とか立ち上がり、こちらを見上げて来るルーツィアを見て少し疑問に思ったことを尋ねてみる。
「ルーツィアさん……俺が達真の能力を聞いた時、すげぇ顔真っ赤にしてたけど、達真の能力って相手を平伏させる能力なんだよね? ひょっとしてルーツィアさん、達真の横で敵が跪いて頭を下げている光景を見て興奮とかしてた感じ? ちょっとサディストが過ぎるんじゃない?」
苦笑してルーツィアを見る司。
それに対するルーツィアは無表情になって微妙に司から視線を逸らす。
「……………………Ja, das stimmt」
「え? な、なんて?」
「Ist mir egal Auf geht's zum Essen」
「は? え? ちょっと!? 急にどうしたのさ、ルーツィアさん!?」
司の視線を避けてスタスタと歩き出すルーツィア。
その後、また曉燕が用意してくれた山の様な食事を取ったのだが、ルーツィアは何か後ろめたいことでもあるのか、しばらく頑なに司と目を合わせようとしなかった…………。
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峪房四季 @nastyheroine