scene6-1 我欲へのプロセス 前編
次話は翌01:00台で投稿します。
「和……君?」
いつも優しく朗らかで自分達のことを愛してくれていた男の子。
そう思っていた彼が女を足で踏み付け見下しながら笑っている光景は、四人の心の奥底にあるかつての傷口を抉り返す様な最も見たくない姿をしていた。
「ん? あぁ……みんな、よかった。傷はもう大丈夫?」
依然として女性隊長の顔を踏み付けたまま笑い掛けて来る和成。
その笑みは変わっていない。しかし、全体で見るとまるで自分が信じ大切にしていた物を酷く穢されている様に感じられて四人の胸に鈍痛が走る。
「あれ? どうしたのさ、みんな? あ、そうか……母さんに挨拶に来たんだね? ごめんごめん、邪魔しちゃってるね! すぐこのおばさんを退かすよ」
和成の足が振り上げられる。
まるでサッカーボールでも蹴る様なその足の運び。
「やめてッ! 和成ッ!!」
立ちつく奏と七緒の間から閃光が走る。
愛する男のそんな姿を見たくは無いと、近接戦に特化した生体電流を加速させる真弥の固有能力が発揮されたのだが……。
――ドゴンッッ!!
「がはッ!?」
「えッ!?」
目にも留まらぬほぼ瞬間移動と言ってもよい速さで距離を詰め、片腕で女性を抱えつつ空いた手で和成の足首の辺りを掴み止めようとした真弥。
しかし、そんな真弥の両手はどちらも空振りに終わり、何も無い所でただ何かを抱え上げ手を突き出すパントマイムでもしている様な少し間抜けな動作になってしまっていた真弥の耳に、部屋の壁まで切り飛ばされて叩き付けられた女性隊長の呻き声が届き、和成の姿は視界から無くなっていた。
「あ、あれ? どうし……て?」
「どうしたさ、真弥? 危ないじゃん……危うく真弥の綺麗な顔を蹴っちゃうところだったよ」
「「「――ッ!? きゃあぁッ!!」」」
奏、七緒、千紗が立ち尽くしていたその場から飛び退く。
つい今し方、視線の先にいたはずの和成は、いつの間に飛び出す前に真弥が立っていた場所におり、腕を組んでクスクスと笑っていたのだ。
「か、和成? あなた……ま、まさか……?」
デーヴァの中でもトップクラスの俊敏性を誇る真弥が止めに入るより先に女性隊長を蹴り飛ばし、なおかつ四人ともが気付かない速度で背後に回り込んだ和成。
そんな動きがただの人間に出来るはずはない。
それが意味することはつまり、和成が人間をやめてしまったということだった。
「あぁ、七緒が持ち帰ったっていう敵のナノマシンサンプルを使って、僕は超人になったんだ! もう僕は君達に守られるだけの存在じゃあないよ? なんなら、これからは僕が守ってあげるからね?」
両手を広げて三人を抱き込み余裕のある男的に微笑み、入れ違いになった真弥にも「ギュってしてあげるからこっちおいで」と手招きする和成。
「う、嘘……和兄ぃ……まさか、ナノマシンを……入れちゃったの?」
「か、和君……どうし……ど、どうして……?」
自分達を守る? 違う……そんなことは求めていない。
和成はただの普通の人間でよかった。
そうであるべきだった。
自分達の方が和成に近付こうとしていた。
そして、それは共同生活の中で何度も何度も事ある毎に伝えて来たはずなのに、どうしてこんなことになってしまった?
「えぇ……っと? お~~い、君達? 総責任者様の前でイチャイチャしてないで、そろそろご挨拶してはどうかな?」
悠佳の言葉にハッと前を見る四人と何やら全身からこれまでに無いほど自信を漲らせて三人の頭を撫でて前に出て、真弥の頭もよしよしと手を置き、執務机を挟んで悠佳の反対側に立つ和成。
そして四人は、その執務机に座る如月菖蒲の前に並んだ。
「全員無事に回復してよかったわ……第二十八小隊。すでに連絡は行っていると思うけど、戸鐫大隊は解体。今後は私が指揮をする新部隊の配属として……」
「あ、あの! 聖・菖蒲……大変恐縮ではあるのですが、二~三、ご確認をさせて頂きたいことがございます!」
戸惑う奏・真弥・千紗の気持ちを代弁するべく、七緒が一歩前に出て声を上げる。
ちなみに菖蒲の名前の前に〝聖〟を付けたのは、その階級にいる者に用いる礼儀の一つだった。
「いいでしょう……発言を許可します」
「あ、ありがとうございます……あの、まずは新部隊に関してなのですが、ついこの間まで現地協力員の統括長であられた方が、どうしていきなり〝ロータス〟の最高位である〝聖〟の座に? 恐れながら前職はほぼ引退地位であり、少々不自然なほどの飛躍かと思われるのですが……」
緊張しながら語る七緒。
一歩間違えれば不敬罪に問われてしまうが、それでも確認せざるを得ないどう見ても不可解な人事だった。
「前提が間違っているわ、桜美小隊長。私は元々〝ロータス〟上層部の所属から外れたことはなく、現地協力員の統括長というのはただの兼任だったの。それを主任に専念することにしただけ。ちなみにその理由に関しては上位機密になります。あなた達が知る必要はありません」
きっぱりと言い切る菖蒲。
それを言われてしまっては、もうこれ以上追及することは出来ない。
「し、承知しました……では、一番確認したいことを。何故この場に貴女様のご子息である和成がいるのですか? しかも、私が提出した〝Answers,Twelve〟の技術情報を使い、デーヴァ相当の能力を発現させているだなんて……一体どういうことなのですッ!?」
正直、上役の権力関連によるキナ臭い部分はどうでもいい。
四人にとってはこちらの方が遥かに問題だ。
机の端の腰を掛けて壁の光沢に映る上級制服を着る自分の姿を見て悦に入っている和成。
体調はこれといって問題は無さそうだが、傍らで今も倒れたままの自分が蹴り飛ばした女性隊長には見向きもしなかったり、露骨に気が大きくなっている感じからも精神面には相当な変調を来していると思われた。
(何があったかは分からないけど、真弥よりも早く動いたり大隊長格を圧倒するだなんて並の適合値じゃない。そもそもどうして目の前で和成が大隊長を痛め付けているのを野放しにしているの? あり得ない……菖蒲さんも、それに沢崎主席も、多分単に統合新部隊を任された以上の何かを裏に隠してる!)
内に渦巻く疑念で鋭くなってしまう睨みを向ける七緒。
だが、対する菖蒲は大きくため息を吐いて呆れた顔を向ける。
「何を言い出すかと思えば……そもそもあなた達が【修正者】の、しかも本部に独断で行った作戦に私の和成を巻き込んだのが原因じゃない」
「えッ!? だ、だって……それは、絵里さんと菖蒲さんが……あ! 菖蒲様が共同で立案して、菖蒲様が例の起源体№Ⅱには情状酌量の余地があるからって、協力を承諾した和君を参加させた作戦だって……」
「そんなことないよ。僕はあの戸鐫って人に脅されたんだ。「私の言う通りにしないと殺すぞ」ってね。おかげで散々な目にあったよ」
「私も絵里からそんな話は聞いていない。それに何故この私が起源体に情けを掛けると思ったの? 情状酌量の余地なんてある訳が無いじゃない。最初から凪梨美紗都を安楽死させるために全部彼女のでっち上げた都合のいい虚偽ではないかしら? 元々自己判断の多い子だったけど、ここまで独善的だったとはショックだわ。長い付き合いだったのに……」
和成と菖蒲の言い分の真偽は四人には分からない。
ただ、直属の部下だった身からして少々荒々しい性格は否定出来ないが、それでもあの絵里がそんな嘘を並べてまで自分勝手の欲求を満たそうとするとは思えなかった。
しかし、それも本人がいなければ問い質すことは出来ない。
実際、目の前で「脅された」と証言する和成の俯く姿も四人を萎縮させる。
そして、さらにそこから和成が恨めしげな視線を向けて来ると四人は揃ってビクリと身を震わせる。
「そもそもさ、なんで君達僕の事を助けに来てくれなかった? 途中で気失ってたから分からなかったけど、君達敵との交戦に必死でずっと僕のことをほったらかしにしたでしょ? あの時もし御縁司が逆恨みで僕を殺そうとしてたら、今頃僕はどうなっていただろうね?」
「えッ!? ま、待って和兄ぃッ! 違うッ! 千紗達、絵里隊長から和兄ぃは安全な所へ逃がしたけど、起源体の二人が逃走中だって指示を受けたの! ほ、本当に! 何度も何度も和兄ぃは無事だって言われたんだよッ!?」
「そ、そうだよ和君ッ! お願い信じて! 私達だって本当は和君のことが心配で心配で仕方なかったけどッ! 少しでも早く敵を倒す方が結果的に和君を守ることになると思ってッ!」
「ふ~~ん。まぁ、でも結局、僕は林の中で地べたに寝っ転がって放置されたことに変わりはないよ。目が覚めた時は本当に怖かった。そして思ったんだよね……これまでは君達の事を信じてたけど、前は家を襲撃されて今度はこれでしょ? もう流石にこれからは自分の身は自分で守らないといけない気がした。だから僕は母さんに頼んだんだ。僕にも〝Answers,Twelve〟と戦う力を頂戴ってね」
君達が頼りないせいだよ。最後の流し目にそんなニュアンスを込め四人を見る和成。
奏と千紗はショックでボロボロと泣き始め、真弥と七緒は反論の余地も無い信用消失に震え俯いていた。
「つまりそういうことです。私としても息子に過度な肩入れはどうかと思ったけど、今回の戸鐫大隊が起こした前代未聞の不祥事の一番の被害者は和成。その埋め合わせに悠佳が研究を重ね確立した男性版ナノマシンを与えた」
「――ッ!? だ、男性版ナノマシンって……まさか〝デークゥ〟ですか? 〝Answers,Twelve〟の研究施設に保管されていた細胞を培養したクローンの戦闘要員。単なる噂だと思ってたのに……」
驚いて顔を上げた真弥に視線を向けられた悠佳が嘆息して肩を竦める。
「あぁ……そういえばあなた達は上手い具合に顔を合わせていなかったわね。実はあの神社にも初期ロッドを投入してはいたのよ? まぁ、№Ⅳに瞬殺されちゃったけどね」
「試作品の戦闘力は気にしなくていい。とにかく、和成は悠佳が作り上げた新型のナノマシンを受け入れ、凄まじい適応数値を叩き出した。息子には安全に暮らして欲しいけど、彼の力は我ら〝ロータス〟の未来を切り開くに足る力だわ。そこで寝ている私の〝聖〟称号を訝しみ、見た目だけで和成を見下した大隊長もご覧の有様。正直私としては現時点の【修正者】のレベルより和成の方が遥かに信用出来る。だからこの新設部隊の戦闘部隊長は和成にお願いすることにした。あなた達も今後は和成への言葉遣いに気を付けなさい?」
睨みを利かせる菖蒲。
それに気圧されて四人が狼狽えていると、肩で風を切って前に出て来た和成は腰に手を当て四人を見下す。
「という訳で、君達は今日から僕の部下だ。実はもう母さんや悠佳さんとは相談して数時間後には新たな作戦を実行する。今までの姑息でチマチマしたモノじゃなくて、こちらから敵陣を攻める大規模戦闘! 僕の初陣なんだからしっかり働いてよね? あと、これからは僕の事を隊長……いや〝和成様〟って呼ぶ様に。これ隊長命令ね? 分かった返事!」
「「「「は、はい……和成様」」」」
強引に押し切られる様に姿勢を正して敬礼する四人。
そんな四人の姿にゾクゾクと自尊心が満たされ興奮して悦に入る和成。
奏と千紗は和成の豹変にただただ怯え、真弥はどんな理由があったにせよ部屋の端で気を失っている女性隊長と和成達を交互に見て納得のいかない様子が目尻の引きつりに出ている。
そして……。
(数時間後に大規模な攻勢作戦って……全【修正者】を招集が間に合ったとしても、再編成して細かな命令系統を構築するには数日あっても足りない。それに敵陣には三人も№持ちを確認しているというのに……一体どういうことなの?)
諮問会でもそうだった。未来での直接対決で圧倒的な数の差がありながら勝ち切れず辛酸を舐め、その結果から起源体を討つという遊撃奇襲戦に移行したというのに、どうしてここへ来て以前より少ないデーヴァの数で再び№持ちに競り勝とうとしている?
(何かあるんだわ。〝ロータス〟の上層部、そして目の前にいる三人までで止まっていて、私達にまでは降りて来ていない何か新しい認識が……でも、それを私達に説明しない理由は何なの?)
腑に落ちない。
素直に「秘策があるんだ」とは安心出来ない。
七緒は目の前の三人との間にある壁を感じつつ、もはや無視し切れない不信感をその身に蓄積していった…………。
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峪房四季 @nastyheroine