scene5-10 両陣の新戦力 後編
次話は19:00台に投稿します。
「…………はむッ!」
「え? あ、ちょッ!?」
良善から渡されたカプセルをしばし掌に置いて眺めていた美紗都は、そこから躊躇いも無くそれを口に含んで飲み込み、プツンと糸が切れた様に後ろへ倒れて固い床に頭から落ちそうになっていた美紗都を司は滑り込む形で受け止めた。
「ビビったぁ……こいつ、水無しで薬飲み込めるタイプかよ」
ホッとする司。
そして、美紗都の様子を見ると、その顔はまるで眠っているかの様に穏やかに目を閉じていた。
「俺もこんな感じだったんですか?」
「あぁ、派手にテーブルへ突っ伏していたよ。あと、実は今回の〝D・E〟は君の時よりさらに少し改良してみた。身体がナノマシンと適合するかはまだ分からんが、恐らくその昏睡自体は二日程度、早ければ明日の夜には目を覚ますかもしれない。これも君が血反吐を撒き散らしてナノマシンの新適応方法を見出し、自らを実験動物にして臨床実験までしてくれたおかげだ。君はまた私に向上の要因たる未知をくれた。今後お礼をしないといけないね」
嬉しそうに微笑みながら手を差し伸べて来る良善。
自分の作った物をより良い物に出来たということを単純に喜んでいるのだろうが……。
「なんで言葉の途中に微妙な毒を混ぜるんですか? 素直に「あ、役に立てたんだな」って思えないんですけど?」
「こらこら、モルモット扱いは侮蔑ではないだろう? 可愛いじゃないか」
「そういう話じゃねぇんですよ……」
良善の手を借りながら起き上がった司は、なんだかもう大分良善との掛け合いにも慣れを感じつつ、とりあえず美紗都をしばらく安静にさせておくために曉燕を手招きして運んで貰おうとしたのだが……。
「全く、閣下にお手を煩わせおって……私が運びます」
「え? あぁ……」
自然と歩み寄り司から美紗都を受け取りお姫様抱っこで抱え上げるルーツィア。
それの一連の動作のスムーズさに思わず司は彼女の顔を見る。
「ルーツィアさん、やっぱ割と優しいですよね?」
「なッ!? お、お戯れを! 私はただまだ〝博士〟様からのご命令を継続しているだけでございます!!」
動揺しながらそそくさと去って行くルーツィア。
ニヤニヤと笑う紗々羅と、苦笑する良善と曉燕。
もう、ここでいい。
例え悪党集団であろうとも、この雰囲気が気に入った司は、たとえ今後自分の手が汚れることになってしまっても構わないと思った。
「ところで良善さん、今後の行動はどうするんですか? また向こうの動きに合わせるんですか? それとも他のこいつらを自白させて敵の拠点に攻め入るとか……」
もはやこの場ではただのオブジェとして放置されているデーヴァの頭を掴みグリグリと首を回す司。
だが、それに対する良善の反応はあまり冴えない感じだった。
「あぁ……うむ、実は敵の居場所はもう把握出来ている。しかし、現状こちらからは手が出せない位置だ。私も出来れば早く例のパクリ研究者の顔を拝みに行きたいのだがね」
「え? それってどこなんですか?」
珍しく良善がお手上げらしい事態。
すると、そんな良善の言葉で察したのか、紗々羅が呆れたため息を吐く。
「なるほど……あいつら〝本流世界〟の外に逃げたんですね?」
「ほ、本流世界?」
また未来側の専門用語が出て来て首を傾げる司。
「うむ……説明してもいいんだが、多分こればっかりは言葉よりも実際に目で見た方が理解が早いだろうから、ここでは簡易に留めて置こう。まぁ、要するにだ……今、敵の部隊は未来からこの現代へ来る通り道に潜んでいるんだ。たとえるなら……未来を〝リビング〟として、この時代を〝寝室〟としよう。奴らは今、その二部屋の間にある〝廊下〟の部分で立ち止まっている状態なのだ」
「あ、はい……今回は何となくイメージ付きました。え? でも、良善さん達だって未来からこの時代に来たんですよね? だったら何でその〝廊下〟へ行けないんですか?」
率直な質問。
だが、その司の質問に良善と紗々羅が揃って深いため息を吐く。
「え? え? ど、どうしたんですか?」
何やら二人の雰囲気がいつもと違う。
司は曉燕に視線を向けてみるが、どうも彼女のそんな二人の反応に思い当たる節は無い様だ。
「いや、別に隠すことではないんだが、簡単に言うと今現在我々はその〝廊下を渡る行為〟が出来ない。理由は簡潔極まりなく、その移動に用いる時空間航行艦が手元に無いからだ」
「え? えぇぇッ!? じ、じゃあ、もうこっちから敵の陣営には攻め込めないってことですか!? そ、それって、最悪向こうがこっちを放置したらもう何も出来ないんじゃ……」
「あぁ~~違うの。別に艦を失った訳ではなくて、あるにはあるんだけど……今私達の手元には無いんだよ。君の子孫が乗って遊びに行っちゃった」
「え? 俺の……子孫って、まさか!」
「あぁ、その通りだ。〝Answers,Twelve〟の№Ⅰ・〝無比〟――御縁達真。君が死ねば自分が消えてしまうというのに、私と紗々羅嬢がいれば問題無いだろうと艦を一人で操縦し「生の恐竜を見てみたい!」と言い残して白亜紀に飛んで行ってしまった」
頭を抱えて項垂れる良善と紗々羅。
この二人をここまで振り回せるとはとてつもない破天荒な性格であることは想像に難くないが、そのあまりに子供染みた奔放さに、司はまだ見ぬ自分の子孫に大きな不安を感じてしまった…………。
――ブシュゥゥゥゥ……。
圧を抜く大きなエアパージ音を響かせて目の前に被せられていたシェルターが開き、簡易な病院服の様な物を着た奏は、自分が入っていた治療カプセルから身体を起こす。
「あれ? 私……どうしてここに?」
「奏? 良かった目が覚めたのね」
「え? な、七緒さん?」
白一色の殺風景な室内。
そこに並ぶ治療用カプセルから上半身を起こした状態でまだ半分夢の中の様なトロンとした目をしていた奏の視界には、自分と同じ簡易服を纏う七緒と千紗、そして少し離れた所で壁に背中を預けて項垂れ座る真弥がいた。
「奏姉ぇ……よかったぁ。当たり所が悪かったみたいで、奏姉ぇが一番ダメージが酷かったんだって。どこか痛いとこ無い?」
「痛いとこ? う、うん、特にどこも…………あッ」
ようやく微睡んでいた思考が動き出した。
そして、それと同時に込み上げて来る狂おしいほどの怒り。
「う、嘘でしょ……私達ぃ……ッ! あ、あんな奴らに情けを掛けられたのッ!?」
震える両手で顔を覆い項垂れる奏。
朧げな記憶が徐々に蘇り、手も足も出ず敗北して、最後は微かに声だけの記憶だが、あのゴミにまで見下されてしまったことを思い出す。
「はぁ……奏? こんなことを言いたくはないけど、正直仕方なかったわ。相手は№Ⅲと№Ⅳ……私達四人で挑むこと自体元々無茶だったのよ」
沈痛な面持ちで震える奏の頭を撫でる七緒。
しかし、奏の怒りの震えは止まらなかった。
「でもッ!! でもせめてあのクソゴミだけでも殺しておけばッ!! くぅッ! なんで……よッ!? なんであんな奴が生き永らえれるのよッ!? 一秒でも早くこの世から消え去るべき存在なのにッ!!」
屈辱を顔を歪めて悔し涙を滲ませる奏。
千紗も真弥も項垂れて奏と同じ思いを噛み締めさせられていた。
しかし、隊長である七緒は一度唇を噛むだけでどうにか感情を押し殺し、目覚めたばかりの奏に現状の説明を始める。
「奏……状況は非常に深刻だわ。まず、戸鐫大隊は解体されることとなった。部隊単独の起源体№Ⅱ討伐作戦に参加した隊員は私達以外全員鹵獲されてしまった……戸鐫大隊長も含めてね」
「えッ!? そ、そん……な……」
考え得る限りでもっとも最悪な結末。
しかし、七緒の話はこれで終わりでは無かった。
「無報告の起源体討伐……大隊の崩壊……〝ロータス〟本部は大激怒。そして私達は今後新たに編成される新規部隊の末端員に配置転換された。私ももう隊長では無いわ」
「大激怒って……そんなの本部が絵里隊長の〝Arm's〟を凍結させてたからじゃないですか! 絵里隊長が万全なら、№Ⅰも№Ⅱもあっという間に……」
言葉尻が萎んで行く奏。
その凍結状態でも作戦を決行したのは絵里の判断だ。
全く持って理解出来ない。
自分達を苦しめた悪辣達の血筋に情けを掛けるだなんて。
「残念だけど反論の余地は無いわ。寧ろ、こうして引き継ぎ部隊に組み込んで貰えただけでも御の字よ。なんとかここから巻き返しましょう?」
「えぇ、そうよ……末端隊員にされたって関係無いッ! もう一回這い上がってやるわよ!」
床を叩いて立ち上がった真弥が気迫を放ち、それに呼応して千紗が両手をギュッと握る。
そんな二人を見て微かに微笑む七緒。
そして、その視線が奏に向くと、彼女も目に光を蘇らせていた。
「やりましょう、七緒さん……私達、まだ負けてません!」
「えぇ、その意気よ。じゃあ、全員回復は終えたから一度新隊長の元にご挨拶に――」
そこで部屋の扉が開き、医療担当のデーヴァが一人室内へと入って来た。
四人は整列して敬礼し、そこから簡単に最後のメディカルチェックを済まされたあと【修正者】の通常制服を支給されたのだが……。
「うわぁ……すごい! この服、本部の上級部隊の制服だよね!?」
純白に金縁のロングコート型制服に袖を通し、両手を広げてピョンピョンとはしゃぎ裾を揺らす千紗。
「これ、どういうことなの? 私ら降格処分になったんじゃなかったの? なんで前より階級が上の制服が支給されるのよ?」
「た、確かにそうだよね……これじゃあもうある意味昇格だよ? 七緒さん、これって一体……」
「私も驚いてる……正直まるで理解出来ないわ。起きてすぐに聞かされた話では確かに別部隊の最末端であると聞かされたのだど……」
着替えを済ませた四人。
統一された真新しい征服姿は実に様になっているが、状況が呑み込めず以前よりも上級隊員になったはいいが、まだ困惑が勝っていた。
すると、そこで再び部屋の扉が開いて先ほどとは別の者が室内に入って来た。
「やぁやぁ……若きエース達~~。気分はどうかしら~~?」
「あッ!? さ、沢崎主席!? ご無沙汰しております!」
現れたのは最早常日頃からなのか、また口にペンを咥えて白衣のポケットに両手を差し込んでいた悠佳だった。
奏、真弥、千紗には見覚えの無い随分と顔色の悪い女性研究者。
しかし、七緒が慌てて姿勢を正して敬礼をするところを見ると、恐らく相当な上位官。
三人もすぐに七緒に習い敬礼する。
「やぁ、隊長研修の時以来だね。今回は災難だったね? 独断専行も責任者に振り回されたとばっちり。だけど安心していい。今度の部隊は今までと規模が違うし〝聖〟の称号を持つ総責任者だ。私もオブザーバーとして帯同するよ」
一瞬、絵里を侮辱されたことに四人の表情が曇るが、その後の言葉はそれを口には出させないほどの衝撃があった。
「嘘……〝聖〟の称号って……ま、まさか〝ロータス〟の最上位官様が前線まで出て来られたんですかッ!?」
驚愕する七緒。
今度は後の三人も思わず絶句した。
〝聖〟とは〝ロータス〟の元首であるマリアの最側近を務める億単位のデーヴァの中で、たった数人のデーヴァにのみ与えられる称号。
四人にとってはまさに雲の上の存在であり、そんなお方が統括する部隊の配属ともなれば、自分達が今着ている上級隊員の制服も納得が入った。
「えぇ、でもまぁ、あくまでなりたての方だけどね。〝ロータス〟上層部もいい加減そろそろ〝Answers,Twelve〟を始末して、未来での地位を確固たる物にしたいんでしょう。さぁ、ご挨拶に行きましょうか。あなた達の新しい実働部隊長さんとも顔を合わせておかないとね~~」
相変わらずの緩い空気で踵を返す悠佳。
四人は一気に緊張感を増して彼女の後に続き部屋を出て廊下を進む。
「ねぇ、真弥ちゃん……この艦、多分〝アルテミス級〟だよ。最新鋭の大型艦!」
「うん、私も思った……え? ということは、所属の【修正者】の総数って……え、えっと……何人だっけ、七緒?」
「約八個大隊……四百人近くはいるわね。後方支援や準部隊員を除けば、過去に派遣された【修正者】のほぼ全てが集結していることになる。これはいよいよ上も本気の様だわ。もしかすると未来から〝ロータス〟の本隊まで動いて来るかもしれない」
上の本気度を肌で感じ、さらに緊張が増す四人。
そして、新部隊の総責任者の執務室に到着した一行。
悠佳が扉横のパネルを操作すると、スピーカーから入室を許可する声が聞こえる。
思わず眉を寄せ顔を見合う四人。それは何やら聞き覚えのある女性の声だった。
そして、扉が開かれて五人が室内へ入ると……。
「「「「なッ!?」」」」
平然と部屋の奥へ進んで行く悠佳に置いていかれ、扉の前で立ち尽くす四人。
その視界には驚くべき要因があり過ぎて全く思考が追い付かなかった。
まず一つは、この部屋の主であろう中央の椅子に腰掛ける女性。
何とその正体は自分達も何度もお世話になっていた現地協力員の統括長を務めていた菖蒲。
だが今は〝ロータス〟で元首に次ぐ最高位の称号である〝聖〟を持つ者にのみ付けることを許される肩章を付けている。
さらに、そんな菖蒲が腰を下ろす執務机の前には一人の女性が気を失って仰向けに倒れていた。
四人はその倒れていた女性を顔と名前だけは知っている。
その女性は絵里と同格の大隊長であり、四人とは別ルートで他の時代へ派遣されて活動をしていたはずの女性。恐らく今回の新部隊設立に合わせて招集されたのだろう。
しかし、何故そんな今後部隊の中核を担うであろう者が床に倒れているのか?
その答えは、四人を驚愕させた要因の最後の一つ。
床に伏すその気を失った女性の顔を足で踏み付ける自分達と同じ制服を纏う青年。
「は、ははッ! すごいや、母さん! 「こんな子どもに実働部隊長なんて務まりません!」なんてほざいてたこのおばさんも瞬殺! 僕最強だよ! あはッ、あはははッ!」
ケラケラと笑い仰け反り女性の顔を捩じり踏むその青年の正体は、両の瞳から淡い朱色のもやを漂わせる如月和成だった…………。
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峪房四季 @nastyheroine