scene5-9 両陣の新戦力 前編
ここの所投稿時間が安定せずすみません。
次話は翌01:00台で投稿します。
美紗都の絞り出すその言葉に、司は全面的に同意せざるを得なかった。
身勝手な八つ当たりで勝手に生きる資格の無い者というレッテルを貼られ「お前を殺す事は寧ろ善なことだ」などと言われて納得出来る道理がどこにある?
でも、だからと言って彼女を自分と同じ場所へと招くのはどうだろうか?
(この子はまだやり直せるんじゃないか? あ、でも……親はあんなだし、一人で生きて行くって言っても〝ロータス〟が狙って来るかもしれないし……)
酷い話だ。
彼女を一般人に繋ぎ止めておく要因が見当たらない。
あの如月和成の愚行も彼女の心に二度と消えない傷を刻み込んだ。
幼馴染と言っていた。肉親にさえ金の足しにされてしまっていた所に、子どもの頃からの付き合いがあった者にまで命を狙われてしまったら、もうこの子は一生他人など信じれない。
もはや積み。
たった一人で生きていく虚無を知る司には、今この子の手を振り払い突き放すことなどとても出来る気がしなかった。
「御縁君……私、何すればいい? 何をしたらこいつらと戦える力が手に入るの? 何でもする……私、何でもするから、私も……一緒に行かせて……あ、ぁああッ!」
司に縋り付く美紗都。
もう彼女に帰る場所はなく、それ故に選択肢すらもない。
司は振り返り紗々羅と曉燕を見る。
「私には何一つ意見する資格はございませんが、その……出来れば、司様からも良善様にお話を通してあげて頂けないかと……」
美紗都の怨嗟に司の時と同じく連帯責任を感じている様子の曉燕は苦しげな顔で美紗都へ手を差し伸べてあげて欲しいと視線を向けて来る。
「私もいいと思うよ? さっきのビンタはいい感じだった。泣き寝入りしない根性のある女の子、私は好きなんだよね♪」
論点は少しズレているが、紗々羅も美紗都が陣営に加わることに異論は無いらしい。
そして、こういう展開になることを予期しておきながらあえてそう仕向けたルーツィアはというと……。
「彼女は〝博士〟様の起源体です。これまでとは違い、一度その存在を知られてしまった以上〝ロータス〟は是が非でもこの娘を殺しに来るでしょう。彼女にはもうここしか居場所はありません。別に力を与えずとただ庇護下に置くというのも一案かも知れませんが、この娘はどうやらそれで納得出来る者ではなかった様です。それを確認するためにもこうして連れて来ました」
実に印象通りの論理的返答。
司は一握りの躊躇いは残しつつも、美紗都を抱え立ち上がらせた。
「言っとくが、別に俺に決定権がある訳じゃない。君に力を与えるかどうかを決めるのは良善さんだし、話によると確実に力が手に入る保証も無いらしいぞ?」
「いいよ……この世に神様なんていない。生まれの縁に操を立ててその座にお仕えして来た結果がこれでしょ? ハハッ! もうどうだっていい! 無能なお上に愛想が尽きたわよ。私にとってはもうここにいるあなた達の方がずっと信じられる。みんなはこいつらと戦ってるんだよね? 私も協力させて……絶対役に立ってみせるよ」
「…………」
ガクリと首を落していたデーヴァに歩み寄り、その髪を掴んで白目で泡を吹く顔を上げさせつつ、もう一度司達を見る美紗都。
ルーツィアのたぶらかしでいよいよ自分の中の倫理観が死んだその瞳は、暗く淀んでいながら妙に生気に溢れた威圧感を感じさせる。
(神社の娘さんがこれを言ったらお終いだな……)
かく言う司もやっぱり同感だ。
一体これまで何度縋り何度恨んできたことか。
だが、結局は何の救いも頂けない。
確かにこれなら明確に目の前にいる力ある者に助けを求めるのが道理だと思うし、その結果悪党の仲間になったとして、それを罰当たりだなんて言うならそれはもう神こそ死んでしまえと言いたくなる。
「分かった、良善さんに会おう。好きにやってみなよ。それでもし君が力を手に出来なかったとしても心配いらない。君のことは俺が守ってやるし、君のその恨みも俺が絶対に晴らしてやる。俺と一緒に来いよ……凪梨さん」
鏡写しの様な美紗都に共感して自然と口から出た言葉。
しっかり決意を込めたつもりだ。
なのに何故が……。
「ぶふッ!?」
「あぁ……♡」
「……ふぅ」
「…………」
「あれ?」
差し伸べた手に無反応で俯いてしまう美紗都。
噴き出す紗々羅。
頬に手を当て甘い吐息を零す曉燕。
肩を竦めて「やれやれ」と鼻から息を付くルーツィア。
どういうことだ?
真面目に言ったつもりなのに、なんだこの微妙な空気は?
「え? ち、ちょ……俺、なんか変? え? え? ――うぉッ!?」
俯いたままこちらにやって来た美紗都が司の胸に顔を埋めて来る。
最初の恐怖していた時や先ほどの怒り狂っていた時の様な震えは無いが、代わりに何故かその縋り付いて来る身体は異様に熱くドクドクと鼓動が伝わっていた。
「くひひッ! 司君ってば、案外たらしなのね?」
前屈みになって覗き込んで来る紗々羅の言葉に疑問符を浮かべつつ混乱する司。
すると、そんな語りトンと背後から手が乗って来た。
「私の御先祖を随分と囲い込むじゃないか? もしかしてそういう切り口から私を屠ろうと画策しているのかい……司?」
「――ッッ!? どわぁあッ!? り、良善さんッ!? い、いつからそこにッ!?」
思わず美紗都を抱き抱える様にして飛び退き振り返る司。
すると、当然の様に一歩退いて頭を低くしている曉燕の横に立つ良善が生温い笑みで司を見ていた。
「彼女が神を否定していたところぐらいからいたよ? しばらく様子を見ようと気配を殺していたんだが、君が彼女と私に会おうと言い遠回しなプロポーズ紛いなことを言い始めてしまうので困ってしまった。文脈的にまるで私が父親で婚姻を認めて貰えなかったら駆け落ちでもしようという解釈も出来ることを口走り始めた時にはどうしようかと思ったよ」
「こ、婚――ッ!?」
顔を真っ赤にする司がパクパクと口を開く。
だが、良善はそんな司は一旦脇へ置いて、中折れ帽子に手を添えて唾の端から美紗都を見る。
「凪梨美紗都……良い覚悟を見せて貰った。子孫として君の心根の強さを嬉しく思う。そして、その決断に敬意を払い私から改めて申し上げる。君を我ら〝Answers,Twelve〟の一員に迎えたい」
少女な祖先と初老の子孫。
なかなか落し処の見極めが難しいが、とりあえずは今の見た目で収まり、司から離れて美紗都は良善の前に立ち、姿勢を正して頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「あぁ、歓迎する。ただ、その前に一つ事前準備が必要だ。済まないが一本髪の毛を抜かせて貰うね?」
「え? ――痛ッ!?」
キョトンとする美紗都から問答無用で髪の毛を抜く良善。
するとその細い一本の髪をコートの内から取り出した試験管の様なガラス管に入れ、その口を握り込む良善。
そして手を離すと、ガラス管の口の部分は溶かし直した様に潰れ塞がり、美紗都の髪の毛を完全に封入してしまった。
「君を仲間に入れるのは構わないんだが、それでも戦場に立つとなると当然死んでしまうリスクが生まれる。分かっているとは思うが、君が死ぬと私の命が危ない。なので君の細胞をこうしてストックさせて貰う。私には髪の毛一本からその人間をもう一度生み出すことなど造作も無い。故にこうしておくことでたとえ君が死んでも〝凪梨美紗都がこの世からいなくなる〟という因果を防ぐことが出来て、私はもう起源体の生死に注意を払う必要が無くなる。君や司でもひょっとしたら耳にしたことはあるんじゃないかい? これは一種の〝シュレディンガーの猫〟だ」
中が見えない箱の中に生きた猫を入れて蓋を閉じると、そこからもう一度取り出すまでその猫が生きているか死んでいるか分からないという一見屁理屈っぽい話。
だが、確かに今ここに居る美紗都がたとえ死んだとしても、再び美紗都と同じ存在をこの世に生み出せる手段が良善の手にあれば、良善の血筋が途絶えるという結果は回避出来る。
案外簡単な回避方法だなと一瞬思った司だが、よく考えてみれば細胞からその人を復元出来る技術と知識が無いと出来ないのだから、割とチートな回避方法だった。
「り、理屈は分かりましたけど、だからっていきなり女の子の髪抜かないで下さい」
自分の頭をさすりつつ、恨めしげに良善を睨む美紗都。
髪は女の命とも聞くし、その艶やかな感じからも彼女が自分の髪を大事にしているのはよく分かる。
「はははッ、すまない……正直私としてもこういう手段はあまり好きでは無いんだが、背に腹は代えられなくてね。さて……じゃあお次は、今の君の〝運〟を試してみようか?」
ガラス管を仕舞い、新たに取り出され簡易包装のカプセル剤。
第三者目線では初めて見る人間からの脱却。
それを受け取る美紗都の背中を、司は固唾を飲んで見守った…………。
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峪房四季 @nastyheroine