scene5-2 固い覚悟と未熟な力 後編
次話は17:00台に投稿します。
「おや? 貴様……まさか私と戦う気なのか?」
司と美紗都の前に出たルーツィア。
しかし、特に構えを見せる訳でも無く、腰に手を当て戦おうとしていること自体を嘲笑い見下していた。
確かにそうだ。
ルーツィアは〝Answers,Twelve〟の№Ⅳであり、そもそもデーヴァ達はその上位四人に全軍で掛かっても勝ち切ることが出来なかったから、過去へ飛び起源体を殺すことで間接的な勝利を掴もうとした。そんな四人の内の一人を相手に七緒が単独で挑もうとしていることはもはや無謀というよりも単なる自殺行為でしかない。
「わ、分かって……いるわよ。でも……でもここで逃げたら、私は自分の信じる正義を二度と語れなくなる」
勝てないと分かっていても挑む。根性論と言うべきか武士道精神と言うべきか。
その覚悟は立派な事だと思うが、影であれだけ穢れた言葉をくれていたのを知っている司から見ればどうにも締まらない。まるで死に際を少しでも高貴なモノにしようとするただの見栄にしか映らなかった。
「そうか、それは結構な話だ。じゃあ、少しその覚悟を試させて貰おうか? ……いるんだろ? 紗々羅」
唐突なルーツィアの声掛け。
それと同時に七緒の首筋にスッと太刀が滑り込み、七緒の首は刃がそっと触れる。
「――なッ!?」
凍り付く七緒。
それと同時に司の目にはまるで何も無い所から湧いて出た様に、七緒の背後から小さな和装殺人鬼が顔を覗かせる。
「紗々羅……さん? 来てたのかよ? 全然気配なんてしなかったのに……」
良善が保険で向かわせてくれたのか?
しかし、だったらもっと早く助けに出て来てくれてもいいだろうにと思う司だったが、このルーツィアでも本当のギリギリまで出て来てくれなかった。割と雰囲気が良くて勘違いしてしまいそうになるが、やはり〝Answers,Twelve〟というのは悪党の集まり。自身の快不快か、もしくは本当に上位の者からの命が無い限りは仲間だろうが助ける義理は無いのだろう。
そして現に今、向かい合う紗々羅とルーツィアの間にはとても同じ組織に属している者同士で向け合うモノでは無い殺気が見えない火花を散らしていた。
「あら、気付いていたのね? 完璧に気配は消していたつもりだったけど流石は〝雌犬〟だわ」
「フンッ、ただ単に貴様が鈍っただけだろう? 暗殺一族上がりのくせに気取られるとは話にならんな?」
「目上に対する言葉遣いがなってないわね……斬り殺されたいのかしら? 格下」
「加入の順番だけの話だろ? なんならここで蜂の巣にしてその不相応な席位を奪ってやろうか?」
ゆったりと歩み出して近付くルーツィア、七緒の首に刃を当てながら待つ紗々羅。
そして、歩み寄るルーツィアが七緒の前まで来るとそのまま無言で睨み合い静かに殺気の視線をぶつけ合う№Ⅲと№Ⅳ。
「あ、あぁ……ッ! ハァッ! ハァッ! ハァッ!」
挟まれているのにまるでいないも同然に扱われる七緒。
全く眼中に無いことをこれでもかと体現されるその構図は屈辱以外の何物でもないが、当の本人は前後で荒れ狂う殺気の圧にガタガタと震え今にも気を失ってしまいそうになっていた。
「ん? おや、どうした? そんなに震えて……寒いのか? 抱き付いても構わんぞ、温めてやろう♪」
「あ、ごめんねデーヴァちゃん♪ あなたに対しての殺気じゃないから安心していいのよ?」
まるで今気付いたと言わんばかりに正面からルーツィアの指先でクイッと顎を上げられ、背後から紗々羅の手に腰を撫で上げられる七緒。
「はぐッ!? あ、ぁッ! ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ!!」
目に涙を浮かべて震え慄く七緒。
耳をすませば七緒の歯がカチカチと鳴っているのも分かる。
惨めな姿……痛快だ。
しかし、それ以上の苛立ちも確かに感じる。
「凪梨さん……見てよ? 俺さ、あのビビって今にも漏らしそうになってる女に何十年も影から馬鹿にされて来たんだぜ?」
何となく、思わず美紗都の肩を抱き寄せてしまった司。
すぐにハッと我に返り、初対面の女の子に何をしているんだ自分はと思ったが、意外にも美紗都は嫌がる素振りを見せず「何すんのよ!」と拒絶されることはなくて司は内心ホッとした。
「え? な、何十年……も?」
「あぁ……まぁ、掻い摘んで説明するとさ、あの女や最初に会った石階段でワラワラ出て来た奴らは未来人で、俺と君はそんな未来で奴らと対立する敵の御先祖様なんだってさ。詳しい詳細はちょっとここでは上手く説明し切らないけど、とにかく俺を殺せば敵の親玉が勝手に死んで、君を殺すと敵の参謀みたいな人が死ぬ。まともにやっても勝てない相手だから、あいつらは事情を知らない俺達をサクッと殺して結果的に勝っちまおうって考えたらしいんだよ」
ちょっと出過ぎた真似だっただろうか?
中途半端な説明になるくらいならしない方がマシだったかもしれないが、美紗都はふと考え込む様な顔になり、震えながら口を開く。
「私、幼馴染に……言われたの。「お前はもうすぐクソ野郎になる」とか「もうじきたくさんの人を苦しめる悪魔みたいな女になる」とか……い、意味分かんなくて……でも「悪党の血筋を一つ潰す」とか「僕は本物の英雄に」とかも言ってた。私、あとちょっとで……こ、殺されそうになって……そのこととも、何か関係しているの?」
「…………」
信じられない。
悪になっても構わないとは思ったが、そんな自分でもとても真似出来ないクズだ。
あの四人と楽しく過ごしている内に、自分以外の存在が取るに足らない道端の石ころにでも見える様になったのか?
「わ、分かんないぃ……私、何かなんだか……ぜ、全然……分かん、ない……よぉ……」
ジャケットの襟元を握り泣き震える美紗都。
不味い……内側から溢れ出る感情に反応して、再び〝D・E〟がざわつき始めている。
(おかしいだろ……なんでこんな見ず知らずの男しか縋る相手がこの子にはいないんだよ?)
ジワジワと瞳が血色に染まり直る。
視線の先でルーツィアと紗々羅に挟まれ情けなく震えている七緒の被害者面に反吐が出る。
だが、そこでふと七緒の目がチラリとこちらを向いた。
その瞬間……。
――ジャリッ!!
「ッッ!? ――しまッ!?」
参道の両脇に敷かれた砂利を蹴る微かな音が背後から聞こえて司が振り返る。
そこには七緒と同じくボロボロになった奏と真弥が歯を食い縛り目を見開いて飛び掛かって来ており、さらに少し遠くでは千紗が片手を突き出し、炸裂する狐火を放つ体勢になっていた。
「このッ! あッ!?」
〝D・E〟が再起動していたので司は反応出来た。
地面を蹴って飛べば回避は間に合う。
しかし、このまま蹴り退いては胸元に縋っていた美紗都を残してしまう。
慌てて司の両手が美紗都の身体を抱き寄せるが、そのワンテンポの遅れでもう回避は間に合わなかった。
「――ぐッッ!!」
美紗都を抱き込みながら床に伏せる司。
全力で硬化すれば何とか美紗都だけでも助けられるか?
一か八かの捨て身。
なんでそんなことをしたかは分からないが、身体が勝手に動いたのだから仕方ない。
ただ、そんな決死の覚悟はすぐに杞憂に成り下がってくれた。
――シュルッ!!
「あぐッ!?」
「がはッ!?」
「ひぎゃあッ!?」
司の周囲の地面から湧き出た黒い触手がまるで掠め取るかの様に奏と真弥の首に巻き付きその身体を吊し上げ、遠くにいた千紗も背後の地面から伸びる触手で首吊り状態に持ち上げられている。
「こ、これは……ルーツィアさん?」
振り返った司が見たのは、絶望した顔で固まる七緒と「あ~~らら」といった感じに吊し上げられる三人を見る紗々羅。そして、振り返りすらもしていないルーツィアの背中だった。
「痴れ者が……最初から気付いていたさ、お前が決死の囮だったということはな。曉燕と戦う中でどうにか自分達だけが切り抜けて閣下を追って来た気でいたんだろうが、そんなもの全部私が曉燕に指示しただけだ」
――シュルッ!!
「あぐッ!? あ、がはッ!?」
最後の仕上げに七緒の首にも触手が巻き付き、その身体が吊るし上げられ、地面を滑る触手の根元が地面を滑り四人はより合わされて一つの大きな触手の木に実った果実の様な無様を晒し、意図的に強弱を付けられる首絞めに悶え苦しまされる。
「フッ……他愛もない。楽しかったか? 上手く曉燕を出し抜けたと思って? 悲願の成就を想像して震えたか? 私を上手く誘導して閣下から引き離してあとほんの少しで閣下に手が届くところまで近付けて? ハッ、小賢しい! 分際を知れ愚か者どもめッ!」
――ダァンッッ!!
「「「「ぐはぁッッッ!?」」」」
触手がうねり、四人の身体が受け身も取れず地面に叩き付けられる。
そして再び吊り上げられると、四人はもう両手を垂らして声も出せず司の前に並べ晒された。
「さて、如何なされましょう……閣下? 私としましてはこのまま持ち帰り泣いて許しを乞うまで拷問に処すというのも一興かと思われますが?」
触手が波打たせて四人の身体を左右にプラプラと揺らしてせせら笑うルーツィア。
「ちょちょちょッ! そんなのつまんないって! こういうのは見逃してあげて~~何度も何度も挑み来させて~~その上で毎回バッチバチの返り討ちにするのが面白いんじゃない! 一発で全員お持ち帰りは勿体ないって! ねぇ、司君?」
鞘に仕舞った太刀で順々に四人をつつき回す紗々羅。
なんというか、骨の髄まで悪辣な二人だ。
そして、何の抵抗も出来ずに吊るされて、口端から垂れてしまう唾液を拭うことも出来ず、陸に打ち上げられた魚の様に口を震わせている四人の無様な姿。
(散々人を馬鹿にしておいてこのザマかよ……惨め過ぎるだろ)
だが、これでは勝った気になれない。
ルーツィアと紗々羅が打ち倒したモノを差し出されても満足など出来ない。
「ごめん、ルーツィアさん……せっかく一網打尽にしてくれたけど、これじゃあ俺の気が済まない。今日の所はこのまま放置して帰ろう。いずれ……絶対自分の力でこいつらを同じ目に遭わせてやる」
司の言葉に満足そうに頷く紗々羅。
紗々羅の意見が採用されたのは少々面白く無さげだが、ルーツィアも司の意思に従い触手の木はドロリと形を崩していく。
ただ、最後に四人の身体の両手両足をそれぞれ溶けた触手のドロが繋ぎ合わせ、四人を大きな一つの輪っかにして地面に落とす。
「あははッ! これは殺された方が遥かにマシな無様さだわ♪」
四人の身体で出来た輪っかの内と外をピョンピョンと横飛びして無様さの追い打ちを掛ける紗々羅。
司もざまあないと笑ってやりたいところだったが、それよりも先に気に掛けるべき相手がいた。
「凪梨さん? とりあえず一旦俺達と来ないか? 不安だと思うけどここに君を一人で残す方が危な……あ、えっと! き、君が自分で決めてくれ! 俺達のことだってまだ信じられないかもだし!」
それは司が良善に感じた配慮の真似事。
強制する様なことはしたくないという気持ちで慌てて後付けたが、よく考えれば「残ったら危険」と前置きしてしまった上で言っても選択肢は無い気がする。
(良善さんみたいにスマートに締まらないな……ったくもうッ!)
自分の喋り下手に内心頭を掻き毟る様な気になりつつ、美紗都の反応を待つ司。
案の定、美紗都はここで一人にされる恐怖となんだかんだとまだ得体の知れない司達への不安感で判断し切れない戸惑い顔をしていた。
だが、そこでふとルーツィアが美紗都に歩み寄りそっと耳打ちをした。
すると美紗都の顔が唖然として固まり、ややあって……。
「あ、あの……い、一緒に……行かせて下さい」
「おい! ルーツィアさん! 今その子に何言った!?」
今日一日だけでこの何の罪も無い女の子が一体何度恐怖したことか。
それをここに来てさらに追い打ちを掛けるのはいくら何でも惨いが過ぎる。
しかし、そんな司に対してルーツィアは小さく吐息を付いて美紗都を見る。
「お伝えして構わんか?」
「――ッッ!? だ、だめッ! あ、あの! えっと……その……お、脅し……とかじゃ……ないから、大丈夫……正直、今置いて行かれたら……ほ、本当に……怖いし……」
しどろもどろになりながらも同行をお願いして来る美紗都。
「本当に脅しじゃない? 何か、全然そんな感じに見えないんだけど……?」
「うぅッ!! ほ、本当だから! お、お願い……連れて行って!」
必死に内容は伏せたまま司に訴える美紗都。
司は不信感たっぷりのジト目をルーツィアに向けるが、両手を背中に回してピシッと立つ女軍人は口を割る気は無さそうだった。
「司君、まぁいいじゃないの。ほら、曉燕も来たよ? さっさと帰ろ……私、お腹空いた」
チョンチョンと司の袖を引っ張る紗々羅。
その言葉で司が視線を向けると、木々を飛び越える跳躍でこちらへやって来る桃色の〝Arm's〟を纏う曉燕が司の前に降り立った。
「ただいま戻り……み、御縁様!? そ、そのお怪我は一体ッ!?」
すっかり司への忠誠心が芽生え、ボロボロの司を見て慌てふためく曉燕。
「だ、大丈夫……とりあえず、折れた腕の骨を繋ぐイメージはなんか上手くいったっぽくて、動かすだけなら問題ないから……それより、他のデーヴァ共はどうした? 特にあの絵里とかいうヤツは?」
「あ、はい……そちらは問題ございません。一人残らず生け捕りにして参りました。中隊隊員達は大した戦果にもなりませんが、絵里を捕まえれたのは大きいかと思います。現大隊長を失うのは〝ロータス〟も相当堪えるはずです。〝Arm's〟をロックしたことをたっぷり後悔する羽目になるでしょうね♪」
そう言ってニッコリ笑う曉燕はおもむろに胸の谷間に手を入れ、ジャラジャラと数珠繋がりになった色取り取りに染まった圧縮牢を取り出して司に見せるが、司は筋を痛めたんじゃないと思う勢いで視線を逸らす。
「あ、あぁそう! あ、うん! OKOK! そ、そいつらは! べ、別に俺的にもどうでもいいから! す、好きにしちゃって!」
圧縮牢を取り出す度にプルンプルンと揺れた曉燕の豊かな胸元。
思春期という訳でもないが、一人の男性としてそれはあまりに目に毒だった。
「司君ってムッツリだよねぇ……興味あるんだったら普通に見ればいいのに――痛ッ!?」
「黙っていろ紗々羅!」
自称正義を完膚無きまでに返り討ちにした悪党達の緩い雑談空気。
あまり空気が締まるモノではないが、とりあえず美紗都が少し気持ちを軽くさせている様なのでよしとする。
そして撤収となり、美紗都はルーツィアが抱えて飛ぶことにしたが、自分で飛ぶのは面倒臭いとその背中に飛び乗る紗々羅と一悶着しているところで、司はこっそりと放置していく四人に近付きしゃがみ込んだ。
「よぉ……〝ゴミ〟以下のクソ正義さん達。頼むからこのまま尻尾巻いて未来に逃げ帰ったりしないでくれよ? 今回も結局自力でお前達を倒せなかったけど、次こそ絶対俺の手でお前らをブチのめす。そのためならいくらでも努力してやる。お前らから受けた絶望、何倍にもしてお前らに返してやる……よく覚えとけ」
虚ろ目で唇を震わせている四人に吐き捨てて立ち上がる司。
聞こえているかいないかは知らないが、それならそれで次会う時にもう一度言ってやればいい。
そして、司が来るのを待つ曉燕の元へ向かい、ちょっと意識してしまっているので、抱えて貰うのではなく、背中に背負って貰い、司達は星が煌めき始める夜空へと飛び去り、完膚なきまで敗北した挙句見逃して貰った正義達は、無様な輪っかにされたまま夜の闇の中に放置された…………。
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峪房四季 @nastyheroine