scene5-1 固い覚悟と未熟な力 前編
次話は翌01:00台に投稿します!
「うぶッ!? ぐぅ……おぇッ!!」
口元を押さえうずくまる美紗都。無理もないことだ。
司ですらここ最近の〝血慣れ〟が無ければ同じ有様になっていたかもしれない。
「おい、大丈夫か?」
「な、んで? なんで私、こんなことに……巻き込まれないと、いけないのよ」
気遣う司に返事をする余力も無く、呻き泣く美紗都の姿に同情を禁じ得ない。
本当なら何も知らずに事を済ませてやれたら一番だったのだが、身勝手な〝ロータス〟の自己満足で標的にされてしまったことで、もう彼女は今日という日の恐怖を永遠と引き擦ることになってしまうのだろう。
改めて思う……司は〝ロータス〟を許せない。
目の前にある生き物としての死に方ではない最後を遂げた黒ずくめ達には同情などしない。
しかし……。
「閣下……改めてお詫び申し上げます。この様な値踏みをする様な行為は従僕として明らかな不敬でございました。しかし、恐れながら博士様から――」
「いや、多分そんなことだろうとは思った。助けてくれてこともありがとう。でも……なんで殺した?」
「……はい?」
圧倒的な力で黒ずくめ達を瞬殺して見せたルーツィアと名乗る軍人風の女が司の下へ歩み寄って来る。その言葉遣いや傍らに来るや頭を垂れるその態度に加え〝Answers,Twelve〟の№Ⅳという前口上から察するに、良善が言っていた御縁の血の崇拝者とは彼女の事だったのだろう。
つまり、強力な味方が来てくれた訳で、殆どスタミナ切れだった司にとってはまさに渡りに船。
しかし、その有無を言わせぬ一方的な殺戮は司が抱く方針に反する物だった。
「一体どういうことでございましょうか? 仰る言葉の意味が分かりかねます。あの者達は閣下を亡き者にしようとした痴れ者。その大罪、死を持って償う以外に方法などございましょうか?」
相手をミンチ以下にまで惨殺してもまるで意に介していない様子のルーツィア。
それどころか、ひょっとすると司が「殺さなくてもよかったじゃないか」という甘い考えをしているのではないかとルーツィアの顔が険しくなる。
金髪碧眼にして武力的なその美貌は、ただ見られているだけでも圧倒される様な迫力があり、さらにその柳眉が吊り上がることで不機嫌さを表現されると、司の背後で座り込んでいた美紗都は震え上がり、まだよくお互いを知り合えている訳でも無いが思わず司の裾を掴んでその影に隠れてしまう。
だが、司は全く視線を逸らさない。
しっかりとした論理的意見ならまだしも、ただ単に迫力だけで他人の意見に屈する弱い自分は、もう彼の中には欠片も存在してはいないのだ。
「殺したらもう全部終わりじゃんか。お前が殺したあいつらは〝自分は正しいことをしている〟と思って死んでいった。道半ばの無念とかはあるかもしれないけど、基本的に最後まで自分が信じているモノを貫けたと思って死ねた訳じゃん? そんなの納得出来るかって考えてる俺の意図……伝わる?」
睨む返す司の目は〝D・E〟が活性化中の特徴である血色がすでに引いていた。
しかし、常人と変わらぬ目に戻っても、そこから放たれる威圧感はもう以前とは全くの別物。
地獄から這い上がり、人外の身になろうとも成し遂げたい決意を持つその目を向けられたルーツィアは……。
「なるほど、確かに〝無比〟様が好みそうなお考えだ。打倒してすぐに殺してしまってはそれはある意味救いなのかもしれません。そうではなく、打倒したあとさらに屈辱や苦しみを与えて嬲り尽くし、自分達が信じた希望や熱意のせいでこんな苦しい思いをするんだと思い知らせ、敵である我々に「殺して下さい」と懇願するほどに後悔させてから気が向いた時に殺してやり、最後には「殺して下さりありがとうございます」と平気で靴を舐めて来るほどに心を壊してやろうということですね? 流石は先君であらせられる……敬服致します」
「え? あ、あぁ……」
険しい顔が解けて今度は急に恍惚とした笑みへと変わり、改めて跪きほんのりと頬を赤らめてこちらを見上げて来るルーツィア。
どうやら司の考えは彼女に強い共感を得た様だが、それにしてはこちらの考えをより容赦無く考察されて目が点になってしまう。
「仰ぎ見るに値する新たな主君を得られたことは従僕として歓喜の至り。閣下、どうかこの私めを御身の覇道を切り開くための戦具としてお扱い賜りたく存じます」
いたって真面目な顔で微笑んでいるだけであり、特に品性が欠けている様にも見えはしないのだが、先ほどまでキリッとしていた目尻が少し下がり、うっとりと細められたその目を見るに、司の中でこの女軍人は拷問や調教といった類のモノを好む変態なんだろうなと思った。
正直、それを自分の決意と一括りにされてしまうのは少々不本意なのだが、それを差し置いても彼女の力はあまりにも有力だ。
(曉燕の時もそうだったけど、多分こいつも馬鹿強いよな。さっきの威圧感だって本当に大きな手で圧し潰される様な感じがしたくらいだし、こういう人材を上手くコントロール出来れば、今回よりもっと上手く立ち回れるかも……)
前回は途中で失神してしまい、今回はもう殆ど戦闘継続不可まで追いやられてしまった。
話には聞いていた通り、やはり敵の物量は侮れない。ルーツィアが助けてくれなかったら、今こうして自分と後ろにいる常人である美紗都がどうなっていたか分からない。
意地と意固地は違うのかもしれない。
それを今日の戦いで知った司は自分の甘さを改めて認識し、良善の言っていた〝常に考えて動け〟を実行するためには、何もかも一人でやろうとするのは無謀であると理解した。
「ん、んッ! あぁ……よろしく頼むよルーツィアさん。俺、まだまだ力不足だから力を貸してくれ」
「jawohl!」
司の言葉にルーツィアは立ち上がり踵を揃えた直立不動で敬礼をして来る。
確かに聞いていた通りの規律に固い雰囲気。
これは紗々羅と犬猿の仲であるというのも納得だった。
「さて、じゃあ残る問題は……」
司は一旦大きく息を吐き気持ちを切り替えて振り返る。
そして、見下ろしては怖がらせてしまうだろうと思い、膝を付いて目線を合わせて怯える美紗都に語り掛ける。
「凪梨さん……今もまるで事態が呑み込めて無いよね? その気持ちめっちゃ分かるよ。ただ、なんか恩着せがましくて申し訳ないけど、少なくとも俺が「君を助けに来た」っていう言葉を信じるだけの行動はしたつもりだ。俺の話を少し聞いてくれないか?」
「あ、あぁ……んぐッ! あ、あの……わた、私……」
「大丈夫……待つよ。落ち着いてゆっくり考えて」
戸惑い狼狽え、先ほどからまるで視線が落ち着かない美紗都。
自分もたった数日前までそうだったのだから、そのはっきりしない態度にもいくらでも待ってやれる気がした。
しかし……。
「……閣下」
司の後ろに立っていたルーツィアの視線が雑木林の方へ向く。
「――ッ!? くそッ! 空気読めよな!」
意図せず美紗都を抱き寄せる司。
そして、そんな司を庇う様に立つルーツィア。
二人の視線の先で茂みが揺れ、枝葉を散らして境内に跳び込んで来たのは……。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ! ――なッ!? こ、ここに来て、№Ⅳだなんて……」
所々が砕けた青いアーマーに疲労や負傷も著しく、艶やかだった髪はボサボサに荒れ、アンダーリムの眼鏡は片側がひび割れている。
司の怨敵……【修正者】第二十八小隊隊長・美桜七緒は、まさに執念で敵陣を突破して来たといった様相だったが、ようやく追い付いた標的の前に立ちはだかる女軍人の顔を見て、一瞬絶望を抱きかける。
しかし、それでも負けてなるものかと瞳に力を宿し、意地でも司と美紗都を仕留めてみせると手にしたロッドを握り直して構えていた…………。
読んで頂き、ありがとうございます!
作者の活動報告などに関しては、
Twitterで告知してます。
良ければ覗いてみて下さい!
峪房四季 @nastyheroine