scene4-1 底無しの欲求 前編
新章突入です!
※次話は翌00:00台で投稿します。
都内某所のビジネスホテル。
大学進学後の降って湧いたセレブ生活ですっかり価値基準が肥えてしまった和成は、一泊一万そこそこの安宿の窮屈な室内と味気ないコンビニ弁当に辟易としていた。
「なんで僕達がこんなコソコソと逃げ回らないといけないのさ?」
先日、自分のハーレムに突如土足で踏み込んで来たアンサーなんとかという悪の組織からの宣戦布告から二日が経った。
待ち望んでいた御縁司の処刑日は過ぎてしまい、本当なら今頃祝杯を挙げて未来へ行く準備を進めていたはずなのに、明け方近くに帰って来た四人はどうも御縁司を取り逃したらしい。
格好良く出て行った割にはそんな結果かと内心ガッカリした和成だったが、さらにそこから〝自宅を把握されている〟という理由からこうして外泊避難をさせられている訳だが、せっかくならもっとグレードの高いホテルを用意して欲しかったのに、四人は妙に慎重を期して目立たない小さなホテルばかり選ぶせいで、まるで自分が逃亡者の様に思えてしまう。
「なんだよ、くそ! ……でも、真弥がなんか真っ青でフラフラしてたし、本当に戦闘があったんだろうな」
満身創痍な真弥、手首を気にしている様子だった七緒、肩や腕など両腕に違和感がありげだった奏、唯一千紗だけはさほど不調はなさそうだったが、こちらを心配させまいとする笑みがぎこちなく、流石に和成も察するモノがあった。
今更になって実感する非日常。これまでは安全圏からの観戦感覚でいたが、いよいよ自分も事態の内側へ踏み入ってしまっているという自覚が芽生えて悪寒がし始める。
「だ、大丈夫だよね? そもそも僕は無関係なんだし……敵がわざわざ僕を襲う理由は無いよね?」
弁当ガラをゴミ箱に投げ捨て、無音でいるのが耐えられずテレビを付けてベッドに寝転ぶ和成。
四人は帰って来て和成の外泊を手配した後、どこかへ行ってしまった。
護衛の二小隊は引き続き周辺を警備してくれている様だが、やはりどうにも不安で仕方ない。
何せ自分は特殊な能力を持っている訳でも無いただ一般人だ。
世界を支配していたという恐ろしい犯罪者達に襲われてはひとたまりもない。
(こっそり逃げれないかな? ……でもなぁ)
別に悪くは無いはずだ。
自分が負うべき責任は何一つない。
だが、あの自分に言われたら何でも言う事を聞く四人の美少女達を手放すのはどうしても惜しく決心が付かない。
あと少し、あとほんの数時間後にまで近付いていた本当のハーレム生活。
こんなチャンス、間違いなく二度とない。
ここで逃げてしまったら、自分は残りの人生をずっと後悔するだろう。
「あぁくそッ! ゴミカスの癖に何でさっさと死なないんだよッ!? ふざけんなよッ!!」
掴んだ枕を壁に投げ付け癇癪を起す和成。
脳裏に浮かぶ見ているだけでカビ臭さを感じる根暗男の顔が浮かび苛立たしくて仕方ない。
「お前なんかが生きてたってどうせ何の意味も無いっての! ゴミはゴミらしくさっさと処理されとけよ!」
自分の幸せを邪魔する障害。
鬱陶しく邪魔で仕方ないという思いが募り、どんどんと感情に容赦が無くなっていく。
だが、和成はそれを悪いとは思わない。
自分はあの四人の心の傷を癒してやり、彼女達が幸せに生きて行くために必要な存在へとなる努力をした。
自分はあの四人から愛され幸せに暮らす権利のある善良な市民。
対して司は人類規模で不要かつ有害な粗大ゴミ。
どちらが思い通りになるべきかは言うまでもない。
だからこそ今の状況はあまりにも理不尽であり、和成は髪を掻きむしり不満を露わにしていた。
――コン、コンッ! ドン! コンッ!
「ん?」
何度も何度も壁に枕を投げ付け苛立ちを誤魔化していた和成の耳に届く妙なノックの音。
拳で二回、掌で一回、最後にまた拳で一回。
それは護衛の小隊隊員達と決めていたノックの仕方。
ようやくこの息が詰まりそうな狭い部屋から出れるのかと、和成は足取り軽く扉へ向かいロックを外して……。
「チッ、危機感のねぇ奴だな……ドアスコープでちゃんと確認してから開けろよ」
「え?」
そこに立っていたのは、全く見覚えの無い女性だった。
身長は一般男性の平均より少しは高い和成よりさらに数cm高く、ワッフルプルオーバーとスキニーを合わせたカジュアルコーデが手足の長いモデル体型によく似合っている。
ただ、黒く艶やかなショートボブの髪を掻くその顔は見るからに不機嫌なオーラが滲み出ている。
「え? あ、だ……誰? ――ごッ!?」
現れた謎の女性は、扉を開けたまま硬直する和成を雑な前蹴りで室内へ戻してズカズカと入室し、すぐに後ろ手で扉をロックする。
ひょっとして自分はやってしまったのか?
この女は敵のメンバーで自分を人質にでもしようとさらいに来たのか?
「あッ! あ、ぁ……ち、違ッ! ぼ、僕は……か、関係……な……」
尻餅を付いて必死に意図を伝えようとする和成だったが、恐怖で上手く声が出ない。
そんな口を開けて震え怯える和成を前に、謎の女性は呆れたため息を漏らしてベッド横のテーブルに飛び座り足先でクイッと和成の顎を上げさせる。
「情けない男ね……全く。敵じゃないわよ! 私は戸鐫絵里。〝ロータス〟実働部隊【修正者】の第一大隊隊長で、あんたのハニー達の直属の上官よ」
足首を振り、和成の顔をカクカクと上下させて雑に自己紹介する絵里。
だが、その自己紹介でようやくホッと胸を撫で下ろして和成は落ち着きを取り戻した。
「ふ~~ん、あんたが菖蒲義姉さんの息子ね……なんだかあんまり似てないわ。ナヨナヨして頼りない感じ」
「え? 姉さん? か、母さんが?」
立ち上がる和成を上から下まで流し見ながらジトッとした目で辛辣な言葉を浴びせて来る絵里。
いきなり入り込んで来てなんなんだと不満はあるが、吊り気味の目がキツい印象を受けさせるものの、俗に言う〝顔がいい〟といった感じの女性でありながら女性からモテるタイプの美貌に、思わず和成はたじろいでしまう。
あと、多分本人はあまり気にしていないのか、折角ゆったりとしたプルオーバーなのに腕組みをすることで露骨に浮き出て来る豊かな胸元の輪郭が和成をさらに委縮させていた。
「血縁がある訳じゃない……あ、いや? あると言えばあるのか? まぁ、それを言い出したらデーヴァ全員が姉妹みたいなもんよね。だぁ~~もう! そんなことはどうでもいいのよ! この非常時に二小隊も護衛に回すVIP接待している余裕は無いの。あんたはしばらく私と一緒に動きなさい」
有無を言わせない絵里の睨みに、蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなる和成。
ただ、先ほどの自己紹介からするにこのイケメン美女は部隊の総責任者。
当然それに見合う実力を持っているのだろうと考えれば寧ろ和成としては有難い話ではあった。
ただ、どうにも威圧的で怖い。
やはり出来れば早く愛しの四人に帰って来て欲しくて、和成は思わず尋ねてしまう。
「あ、あの……ちなみに七緒達はいつ戻ってくるんですか?」
「あ? 私に不満でも?」
「い、いや! そういう訳ではないんですが……え、えっと……その……」
下手なヤンキーより遥かに恐ろしい眼光。
レディースの暴走族で総長を張っていると言われても納得出来てしまいそうだ。
「ふぅ……残念ながら、あんたのハニー達が戻るのはもう少し掛かるわ。今は〝ロータス〟の諮問会に掛けられてる。敵陣に攻め入り討伐対象を目の前にして逃げ帰ったことに関してネチネチお説教中なのよ。自分達は敵のハッキングで何も出来ず時元間通信を落として足を引っ張ってたくせに……――チッ! だぁぁくそッ!!」
――ガシャンッッ!!
「うぅッ!?」
スタンドライトを殴り壊し癇癪を起す絵里。
そのこめかみには今にもはち切れそうな青筋が浮かんでいて、出会ったばかりの和成でもこの女性が自分達の上位陣に対して相当な不満を持っていることが伺い知れた。
「あ、あの……ちなみにそれって七緒達が何か悪い扱いを受ける可能性が?」
「はぁ? そんなことさせる訳ないでしょ。私の部下としてあの四人はよくやった、ケツは私が持つ。それよりも、護衛とは別に実はあんたに頼みがあんのよ。大事なハニー達のために少し協力して貰えないかしら?」
かなり苛烈で怖い隊長さんの様だが、なんとなく義理人情の人なのかという印象も感じさせる絵里。
本当は下手に関わりを深めたくはないのだが、この人に気に入られておけば後々メリットが多いと判断した和成はまだ少し緊張しながらも頷き返した。
「ありがとう……別に難しいことでは無いわ。あんたには一人の女を誘き寄せて欲しいのよ」
絵里は一枚の写真を差し出し、それを受け取った和成は思わず目を剥く。
その写真には、彼にとって見覚えがある程度では済まない一人の女の子が写っていた…………。
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峪房四季 @nastyheroine