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アナザー・リバース ~未来への復讐~  作者: 峪房四季
閑幕 1
32/138

閑幕 御縁司の自己啓発①

新章に入る前の閑幕回。

内容としてはストーリーを進めるというよりは少しキャラを

掘り下げ物語を横に広げる感じで、これからたまに挟んでいこうと思います。


※次話は翌00:00台で投稿します。


 

 ――ゴポゴポッ……。



 耳に届くくぐもった水泡の音。

 口元への違和感と頭の後ろに感じる締め付け感。

 妙に全身が窮屈だが、異様に身体が軽くて息も楽な感じがする。


(なんだ……? 凄くフワフワする感じだ……)


 鉛の様に重いまぶたを上げる。

 目の前は薄い黄緑色をしていて微妙にピントが合わない。


(どこだよここ? というか、俺ここ最近何回気を失って――)



『うにゅ~~~~』


「――ッッ!?!?」



 ――ゴボゴボゴボゴボゴボゴボッッッ!!!



 目の前でガラス面にブチュッと顔を押し潰した愉快な顔の和服少女がいた。

 その顔が妙にツボに入って吹いてしまった瞬間、顔にはめられていた呼吸器マスクから大量に泡が立ち、司はようやく自分が液体の中に爪先から頭の天辺まで沈められていることを認識した。


『あははッ! 慌ててる慌ててる!』


『こら、やめないか紗々羅嬢、割とシャレになっていないぞ』


 意識を取り戻していきなり液体の中にいればカナヅチでなくとも溺れそうになる。

 パニックに陥る司だったが、ガラス越しの紗々羅が襟首を掴まれ退かされると、今度は良善の顔がこちらを覗き込んで来た。


『落ち着きなさい、司。ほら手でマスクを押さえて。そこは傷付いた細胞を修復する治療カプセルの中だ。心配はいらない』


「ゴボゴボッ!? グブッ! フ――ッ! フ――ッ!」


 両手でマスクを押さえて息を整える司。

 微睡みなど一瞬で吹き飛び、今はとにかく送られて来る酸素を身体に取り込む。

 それに対して質の悪い悪戯をして来た紗々羅はひとしきり笑うとガラス面を叩いて肩を竦める。


『それにしても原始的ね……最初から呼吸液で満たしてあげればよかったんじゃないですか?』


『無理を言うんじゃない。事前に慣らしもせずにいきなり肺の中を液で満たすなど早々出来る訳が無いだろう? ……よし、バイタルは落ち着いた。体内の細胞修復も問題無い。全く、本来は新陳代謝に合わせて徐々に体組織を入れ替えていくというのに、本当に無茶をする……じゃあ液を抜くぞ、司』


 少し聞き取りにくいが液体の中にいるにしては割とクリアに聞こえる外の二人の会話。

 そして、足下へと液の流れを感じて下を向くと、周囲を満たす液体が排出されてゆき、司の身体はゆっくりと底面に足が付き、下がった液面からようやく顔が出る。


「――ブハァッ! ハァ……ハァ……あぁもう、なんなんだよ次から次へと……」


『ははッ! 君が無茶をしなければここまでする必要はなかったよ。そんなに急いで戦わなくてもいずれ相応の場面は来ただろうに……』


「……あ、そうか。俺……挑んでおいて負けたのか。はは……くそダセぇな」


 顔を拭い円柱状のカプセルの内側で立ち尽くす司。

「滅茶苦茶してもいいんですか?」などと粋がった結果がこれでは情けなくて仕方ない。

 だが、これまでならこのまま落ち込んでしばらく引きずるが、今は驚くほど軽くスイッチが切り替わる。


 あの開き直った天沢奏には、もう一度絶対に生き地獄を味合わせてやる。

「殺して!」と泣き縋り懇願して来ても絶対に許さない。

 見苦しいだの器が小さいだの、外野の意見など知るか。

 自分がそうすると決めたことに対し、それをなすべくこんなところで落ち込んでいる時間など無い。



 ――ドンッ!!



「良善さんッ!! 俺に〝D・E〟の使い方を教えて下さい! どんな大変な特訓でもやります! 血反吐を吐いてでも使いこなしてみせます! だからッ!!」


 このまま泣き寝入りなど絶対に認められない。

 目の前にいるのは悪党だが、ここしか今の自分に頼れる場所はなく、それに何も無差別に厄災を振り撒いてやろうとまでは今でも思ってはいない。


 あくまでも自分の敵は〝ロータス〟


 奴らを潰したいという内から湧き出る自己決意の鼓動。

 今までずっと封じられて来たが、それを取り戻した今これこそ一人の存在として生きる本来持つべき熱なのだと思うとやる気が漲って仕方なかった。


 ガラス面に両拳を当て、司は本気の目で訴える。

 しかし、対する良善の顔は何故か酷く呆れ顔だった。


『血反吐って……あんなに吐き散らしてまだ足りないのかい?』


「え?」


 確かに良善の言う通り。

 すでに司は「血反吐を吐く」を実際に失血死三回分くらいは体現済みだった。


「あ、いや! そういうのじゃなくて! えっとあの……と、とにかく頑張るっていう意味で! 良善さんの言っていた……向上? それを示すという意味ですよ! って、こういうの普通説明が要りますッ!?」


 せっかく熱意を込めてぶつかりに行ったのに、ヒラリと躱された様な感じになってしまい気持ちが空振る司。

 だが、わざわざ噛み砕いて説明しても、良善は特に乗って来なかった。


『う~ん……そういう暑苦しい意味ではなかったんだが、まぁとにかく君は前任者よりは教え甲斐がありそうなのは分かったよ』


 苦笑する良善がこちらを向く。

 悪党であるのは間違いないだろうが、それでも司にとっては殆ど初めてに近いちゃんと自分と話をしてくれる大人であり、自分を受け入れてくれるその笑みに司は不覚にも少し泣きそうになってしまった。


『ところで司、自分で感じる身体の調子はどうだ? 数値的には問題なさそうだが、一応自己判断も聞かせてくれ』


「あ、はい。えっと…………うん、特に痛いとか不調は無いです。なんか微妙に……筋肉痛? みたいな感じは若干ありますけど」


『うむ、ならば結構。では、残液を洗い落して……ん? 何をしてるんだい、紗々羅嬢?』


 司が入るカプセルを操作しようとした良善が、ふと隣でしゃがんでいる紗々羅を見て首を傾げる。


「…………」


「え? あの……な、なんですか?」


 キョトンとした顔でこちらを見上げて来る何とも言えない生ぬるい視線を受けて、司も意図が分からず尋ねる。

 すると、紗々羅は……。


「いや、大した話ではないんだけどさ。君、見た目の割には意外と大きいんだなって……」


「…………は?」


 そこでまたようやく気付く司。

 何やら未来技術の治療用カプセルに入れられていた司だったが、ついさっきまでここには液体が満ちていたのだ。

 全身を薬浴していた様なモノであり、そうなれば必然的に衣類は邪魔になる訳で……。


「あああああああああああああああああああッッッ!!!」


 産まれたままの姿であった司は、恥部を隠して何故か叫んでしまった。


「あははッ! そんな恥ずかしがらなくてもいいじゃない。初心なガキンチョね♪」


「う、うるさい! ってかなんで女の方がそんな平然としてんだよ!? あれか! あんたその見た目でクソビッチなのか!?」


「はぁッ!? こんな美しい大和撫子を前にビッチとは何事よッ!?」


「ㇵッ、何が大和撫子だよ! マセた七五三の間違いだろ!!」


「あぁぁぁ~~ッ!! 刻むッ! あんたのその棒根元から微塵切りにして串打って七輪で焼いてやるわッ!!」


「キレ方がエグ過ぎんだろ!? そっち方面でも頭イカレてんのかよ!!」


「はぁ……流すぞぉ……」


 良善がカプセルを操作して上から大量の水と専用の洗剤らしき物が降り注ぐ。

 身体に残った液が洗い流され最後に温風で乾燥。

 まるで洗濯物扱いではあるが、綺麗さっぱりとした身体は心地良く、処理が完了して開いたカプセルの隙間からタオルを受け取り出て来た司は、良善に襟を掴まれプラプラと揺れながら司にガンを飛ばし来て、司も良善が用意してくれた服を着ながらガンを飛ばし返す。


 ただ、そのふざけた感じが司にはとても新鮮で、何故か異様に楽しかった。

 自分は本来こういう性格だったのかと思い、もしかしたら本当はもう少しくらい友達を作ることも出来たのかもしれない。


 残念ながら今目の前にいるのは同世代の若人ではなく、多分親より年上な世紀の悪おじと殺戮幼女ではあるが、誰かとこうして喋れるというのはこんなに心が穏やかになれるんだと気持ちが軽くなった。


(この二人がどんだけの人を不幸にしたとか……知らねぇよ。少なくとも俺にとっては今が、人生で一番心地良い……)


 良善が用意してくれたのは高級ブランドのスリーピーススーツ。

 ネクタイすらまともに締めたこともなかったが、良善に教えて貰い軽い着崩し方もアドバイスされて、鏡で見てみるとまるで自分じゃないみたいにとにかく恰好良くて気に入った。

 紗々羅は鼻で笑って来たが気にしない。

 気持ちが様変わりして、心なしか世界の色が変わった気がする。


 初めて感じる〝生きてて楽しい〟という感覚。

 この気持ちを大事にしたい。

 もう絶対誰かに否定されたくない。

 司の中で他愛無い一瞬一瞬が次々と生きる活力と戦う理由に変換されていった…………。


読んで頂き、ありがとうございます!

作者の活動報告などに関しては、

Twitterで告知してます。

良ければ覗いてみて下さい!


峪房四季 @nastyheroine

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