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アナザー・リバース ~未来への復讐~  作者: 峪房四季
Scene3 利害の一致
30/138

scene3-9 復讐と復讐 前編

次話は翌00:00台に投稿します。

 

「ははッ……どうやら、もうこれ以上消毒液で肌荒れを気にする必要はないみたいね」


 小さなため息ととも、肩の荷が置いたといわんばかりの寒々しい眼差しを向けて来る奏。

 本当に大した演技力だと司は思った。あの毎日待ち焦がれていた太陽の様な笑顔の裏側に、こんなにも淀んだドス黒い感情を隠していたとは……。


「はッ、なんだよ? 俺と会った後は毎回除菌でもしてたのかよ?」


「えぇ、そうよ……歯磨きやうがいもしてたわ。お前の吐いた息を吸ったかもと思うと気持ち悪くて仕方なかった。本当は視界にすら入れたくなかったし、お前の視界に入るのも嫌だった。学校で会う時もコンビニで会う時もいつも頭の中でお前をグチャグチャに嬲り殺す想像をしながら話していた。ねぇ……()()()? お願い、今すぐ自殺してくれないかな? そしたら私……凄く嬉しいな」


 〝私に喜んで貰えるなら死ぬでしょ?〟


 挑発にしても質が悪い。

 だが、微笑を浮かべて可愛らしく小首を傾げる目の前の少女にとって、それくらい司がこうして生きていることが不快で我慢ならないらしい。


「奏ッ! 下手に挑発しないで! 御縁司! もう恐らく事情は知っているのでしょう!? 私達のこともその男から全て聞いているのよね? そのことを今更言い訳する気はないわ。でも、お前はこの地上に生きていてはいけない存在なのよ!!」


 ようやく演技から解放されると思ったせいか、少し饒舌になりかけていた奏を黙らせた七緒が司を見て叫ぶ。

 その視線は思ったより理性的でさほど棘は強くなかった。


(あぁ、普段目の前にいなければボロクソに言うけど、流石にそれを本人に直接叩き付けるのは気が引けるタイプか……いるいる、こういうヤツ)


 そう言えば蘇った過去の記憶でも、七緒は嬲り殺しより即殺を口にしていた。

 〝殺してやりたい〟と〝殺さなければいけない〟という微妙なニュアンスの違い。

 だが、そんなどちらかといれば温情が感じられる方の意見ですらも結局は殺すことに変わりはない。


「――はッ! あはッ……あははは……」


 酷い話だ……涙が出そうになる。

 でも、きっともうそれは枯れてしまったのだろう。

 だから……。



「あはははははははははははははははははははははははははッッッッ!!!!」



 司は額を片手で覆い身体を反らして爆笑する。

 こいつらの目には一体自分がどんな風に見えているのだろうか?

 間違いなく〝人〟とは思って貰えていないだろう。

 ならば犬や家畜か? いや、多分そんな愛玩や食支えですらない。


 道端で死んでいる虫? 賞味期限切れのコンビニ弁当の端に湧いたカビ?

 思い付く限りの不快そうな物を考えてみたがどれもあの敵意を表現するにはイマイチ足りない気がする。


 本当に自分は何なんだ?

 そう考えるともうなんだか自然と笑えてしまい、司は口から血を吐きながら笑い続けた。


「な、何……あいつ?」


「気持ち悪い……」


「…………」


 怖気に身震いする三人。

 だが、その反応を見て良善が司の前へ歩み出る。


「先ほども言ったはずだぞ? 彼を気味悪がるのはやめたまえ。見ての通り彼はもう普通の人間ではない。それも全ては両親を殺し自分の人生を滅茶苦茶にした君達への復讐のためであり、この彼の姿は君達が招いた結果なのだよ」


 まるで説教をするかの様な良善の語りに三人の目が吊り上がる。


「ち、千紗達の自業自得とでも言うのッ!? お前がそいつにナノマシンを与えただけでしょ! 千紗達が悪いみたいに言わないで!」


「やれやれ、論点を履き違えている。【修正者】諸君……君達と私達は確かに敵対関係にある。だが、御縁司は本来君達の敵ではなかったはずだ。君達が彼を敵として定めず、逆に味方へ引き入れていたとしたらどうだね? 余計な戦闘や監視など必要はなく、安全かつより効率的に――」


「良善さん、やめてくれ。もうそういう御託を並べる段階はとうに越えてるんだ……」


 笑い終えた司がフラ付きながら良善の前へ出る。

 ダラリと両手を垂れ下げ、もはや幻覚でも見えていそうな薬物中毒者の様でありながら、目だけは深く濃い血色を輝かせて真っすぐに三人を見ていた。


「お前らが俺の存在を許さないとか、もうそんなのはどうでもいい……好きにしろよ。でもな? ここからは俺だってお前らを否定させてもらうぜ? 大義もクソ無い……ただ無意味に、容赦なく……踏み躙ってやるッッ!!」


 司の全身に纏わり付いていた血糊が弾け飛び、踏み出しの足が廊下の床を砕いて司の身体を一気に加速させる。

 だが、その動き出しに奏は迷う事無く合わせて踏み込み、彼女の握る戦闘棒の打撃部と司の放った拳が衝突してその衝撃に左右の壁が軋み床にヒビが走る。


「――ぐッ!?」


 司の中指と薬指が潰れて掌にめり込んでいた。

 しかし、司は顔を苦悶に歪めながらも腕は引かずに堪え押し続ける。


「やっと殺せる……本当に嫌だった! あんたみたいなゴミに〝親切な人〟と思われ好意を持たれる様に演じるの本当に気持ち悪かった! 御縁司ッ! 最初で最後の警告よ! あなたは人類にとって害悪なの! あんたに少しでも人としての良心が残っているなら、今すぐ「死にます」って言いなさい! そうすれば痛みを感じる間もなくその顔を吹き飛ばしてあげるわッ!!」


「黙れぇぇッ!! どこまで狂えんだよてめぇはッ!? この期に及んでまだ自分達が正しいと思ってやがんのかッ!?」


「ふざけないでッ!! 私達の何が間違っていると言うのよッ!? あんた達が絶対悪! 殺されて当然! 人類史の膿も同然のあんた達のせいで、私達がどれだけ苦しんで来たと思っているのよッ!?」


 反論して来る司が許せないと叫び返した奏は、突き出した腕を引いて身体を反転させながら裏拳の要領で戦闘棒を司の側頭部へ叩き込む。

 対する司は血色の瞳でそれを見逃さずしゃがんで回避するが、避けられても動じない奏は腕の振りで付いた遠心力をそのまま活かして足を振り上げ弧を描いての隙を速度でカバーした踵落とし。

 反撃する間はなかったが、司はそれを床を転がり回避して、空振った奏の踵が床を爆ぜ砕きクレータ―を作る。


「他人に身体を弄ばれて! 何度も何度も使い潰されて! やっと死ねたと思ったら気持ち悪い液体が入ったカプセルの中でプカプカ浮いて目が覚めたら回復させられてて! そしてまたすぐに使い回される! 分かる!? 当時まだほんの子どもだったのに今でも鮮明で忘れられないくらいの本当の生き地獄だったわよッッ!! あんた達は人の皮を被った悪魔ッ! 普通に生活して今日まで生かしてあげただけでも感謝して欲しいくらいなのに被害者面してんじゃないわよッッ!!」


 怒りに頭が沸騰している様子だが、それでも両手に構えた奏の戦闘棒の捌きは明らかに武芸として達人の域に達している。

 超高速の連打、グリップを手元に回したリーチの調整、回転の勢いを利用した振り幅が無くとも威力が籠った打撃。


 対する司も明らかに身体能力が常人を越えた動きはしている。

 しかし、どれも咄嗟の思い付きの様な身のこなしで、無駄の無い奏の格闘術で次第に攻撃を受け始めてしまっていた。


「――ぐッ!? クソがッ!! ――がぁッ!? 被害者面してんのはてめぇらだろうがぁッ!? 勝手に人の人生捻じ曲げておいてどの口がほざきやが――ぐはぁッ!?」


 奏の右ストレートが司の鳩尾にめり込み、頬が膨らみ血を吐き出す前にこめかみへ回し蹴りを喰らって壁へと叩き付けられる。

「もう黙って……私達が修正しなければクズにしかならなかったお前なんかが口答えしないでくれない? 感謝こそされど恨まれる筋合いなんてないわよ、このゴミ」


 追撃の手を緩めない奏は叩き付けた司が床に倒れ落ちる前にさらに攻撃を仕掛けるが、司は壁を転がる様に身体を回してそれを回避。

 壁を殴り砕いて大穴を上げた奏に遮二無二蹴りを見舞うが、細かなステップで回避され、すぐにまた奏優勢の戦闘になる。


「よし! 奏姉ぇが押してる! このままあいつをやっつけ――」


「嘘、でしょ……?」


「え? 七姉ぇ?」


 あまりに激しい攻防に、思わず両陣営は司対奏の一戦を許して傍観の立ち位置にされていたが、その中でもっともこの戦いに唖然としていたのは間違いなく七緒だった。


「な、なんでせいぜいここ数日の内に身体へナノマシンを取り込んだばかりの一般人だった男が【修正者】トップクラスで小隊副隊長にまで上がった奏の動きに食らい付けているのよ?」


 七緒は冷静に戦況を見ていた。

 そう、本来この戦闘は奏が圧倒してモノの数秒で決着が付いていて然るべきはずだった。

 互いが体内にナノマシンを有することで人並外れたその戦いは、もはや総合格闘のヘビー級すら入る余地の無い人外の戦い。拳を振れば空気を切り裂く轟音が響き、踏み込めば足が床を砕いて、攻撃が外れる度に左右の壁が打ち抜かれ、もうすでに廊下は原型を留めていない。


 しかし、そんな激戦を繰り広げる両者だが、片方はすでに初めから全身ボロボロで、しかもナノマシンに適合したばかりのヒヨッコ。対するもう片方は予定外の出動だったとはいえ、もう十年以上もナノマシンを体内に有して生きて来ており、未来で戦闘訓練も積んだ【修正者】の中でも上位の戦闘力を認められている役付きの戦士。


 彼我の差は歴然であらねばならないはずなのに、攻められつつも反撃出来ている司のポテンシャルはあまりにも衝撃的だった。


(ま、不味い……あの男、今までの補充兵とは確実に次元が違う!)


 状況を観察すればするほど七緒の顔色が青褪め行く。

 恐らくあのボロボロな状態で、まだこれといった特殊な能力も見せていない今の司でも、彼に対抗出来る【修正者】は全体の半分を切っているだろう。

 もし、ここで取り逃して万全の状態に仕上げられ、より〝D・E〟を使いこなせる様になられたら、いよいよ手が付けられなくなるかもしれない。


「冗談じゃない……№Ⅳから№Ⅰまでの四人だけでも倒し切れていないのに、ここでまた新たな敵戦力が増えてしまったら……」



(あぁ、そうだね……そうなってしまえば、いよいよ本格的な〝Answers,Twelve〟の反転攻勢が始まってしまうね?)


「えッ!?」


 奏の悲願に割り込んででもここで確実に司を仕留めなくてはいけないとロッドを握り踏み出そうとした七緒の耳に届くたっぷりと愉悦を口に含み味わっている様な良善の笑み語り。

 いつの間にか背後に回られた?

 呆然として身体から力が抜けた七緒は、両腕を下げて一秒後の自分の死を覚悟した…………。





読んで頂き、ありがとうございます!

作者の活動報告などに関しては、

Twitterで告知してます。

良ければ覗いてみて下さい!


峪房四季 @nastyheroine

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