scene3-6 会敵〝前座〟 後編
次話は17:00台に投稿します。
「へへッ! そのオタクっぽい格好はイタいけど、写真で見るよりずっといい面だし、身体は一人を除き満点だろ。今すぐ跪いて謝れば優しく〝お持ち帰り〟してやるぜ?」
自傷した片手を突き出しデリカシー無くニヤける雅人。
常人ならただただ奇行。
しかもサイコパス寄りの街で見かけたら遮二無二構わず逃げるべき相手だが、その指へ伝い滴る血の雫が指先から数cmほど落ちた所で空中に留まり、そこからブクブクと泡立ちながら次第に大きな血珠になっていく光景は、急に現実味を失っていく。
「七緒さん、あの男……」
「えぇ、データに無い顔だけど恐らく現地調達した補充兵と言ったところかしら? しかも〝博士〟の施術済みの様ね。そして、その当人はそれを益として受け入れている……討伐対象に指定とするわ」
「「「了解」」」
七緒の指示に三人の表情が険しくなる。
明らかに臨戦態勢。
だが、それに対する雅人の反応には全くと言っていいほど真剣味が無く、依然として街中で可愛い女の子を見付けてナンパするくらいにユルさをしていた。
「お? やる気? せっかくならもうちょい露出度上げてくんね? ジャンプしたらポロリそうな感じによぉ~~♪」
舌を出して下品に挑発。
七緒・奏・千紗は心底呆れた引き顔になるが、元々勝気な真弥は雅人の言葉に真っ先に牙を剥く。
「はぁ? 調子に乗ってんじゃないわよ……チンピラ風情が」
こめかみに青筋を立てながら前へ出て、左手で右耳に軽く触れてからその腕を一気に振り払う真弥。
するとその左手には一瞬でシンプルな両刃の長刀が握られていた。
これも彼女達が身に纏うボディアーマー〝Arm's〟の機能。
〝デーヴァ〟の体内にあるナノマシンを体外に放出してそれを硬化させることで外骨格とし、防具や武器を形成している。
この四人小隊のメインアタッカーである真弥は、その分かりやすいほど攻撃的な武装である愛刀の切っ先を雅人に向けて睨む。
「この時代の人間だろうが〝Answers,Twelve〟の仲間なら容赦はしない……ぶっ殺す!」
「はぁ? 上等だよ……お前みたいな気の強い女は特に好みだ。ここでボコして、そのあと俺の部屋でたっぷり躾けてやる」
並の男では竦み上がり思わず視線を逸らしてしまうであろう真弥の眼光。
だが、それにも動じぬ雅人は下品な笑みを止めず、ピンポン玉大にまで大きくなっていた血珠をさらに分裂させて自身の周囲にゆっくりと旋回させる。
それはまるでテレビなどで宇宙飛行士がたまに見せる無重力の宇宙で浮かぶ水珠の様な光景。
だが、それを重力がある地上でしかも不気味な血珠で再現されると酷くおぞましく見えてしまう。
「ハハッ! 兄貴の敵なら知ってんだろ? 俺が〝D・E〟持ちだってな! 俺の血はやべぇぜ? 特にてめぇら〝女〟にとって俺はマジ天敵♪ この血珠に少しでも触れた奴は一瞬で俺に〝中毒〟になる。女なんてすぐトロ顔浮かべてヨダレ垂らして最高なんだ。まぁ、男の場合はキメぇから即コロだけどな!」
自身の能力をペラペラと語り悦に入る雅人。
どうやら知った所で防ぎ様は無いとその効力に相当な自信がある様だ。
だが、そんな血珠を冷静に睨んでいた真弥は突然鼻から息を吐く様にして構えた長刀を下ろし……。
「アホくさ。なんだ、私が出るレベルじゃないわ。……千紗、お願い」
「は~~い!」
「……は?」
形成していた武装を光の粉に分解してアーマーに吸収させながら踵を返す真弥。
どうやら雅人が自信満々に繰り出した能力は、彼女からするとまともに相手をする価値も無い稚戯に等しいと判断した様だ。
呆気に取られる雅人。
そして、こちらに背を向け去って行く真弥と入れ替わりにピョンピョンとおどけながら四人の前に出て来た自分の胸元くらいまでしか身長のない幼げな少女。
突然の行動に唖然としてしまった雅人だったが、そこでようやく自分が馬鹿にされていることを理解した。
「こ、このアマぁッ! 調子乗ってんじゃねぇぞ、らぁッ!!」
首を下に向けねば目線も合わない子どもを差し向けられ怒り心頭の雅人。
しかし……。
――スタッ!
「くふふッ! クソイキりお猿さんの分際が調子乗んな♪」
「え? ――ぐぼぉッッ!?」
一秒? いやコンマ数秒の刹那の内に、雅人の爪先数cm先まで間合いを詰めていた千紗の単純な右ストレートの拳が雅人の鳩尾にめり込んでいた。
それはまるでページが欠落した漫画。
前後の繋がりが無く理解出来ない唐突な展開は雅人の思考を混乱させる。
足を前に踏み出す瞬間すら見せずに歩み寄る……言葉としてすら矛盾していた。
しかも、喧嘩で慣らしライト級ボクサー相当の体格はあろうかという自分が、若干背は高めの小学生で通じそうな少女の拳に身体をくの字に折り曲げられて後ろへたたらを踏まされたそのパンチの威力も、どう考えても質量的に見合っていない。
「あははは! 〝ぐぼぉ!〟だって! 汚い声~~♪」
後ろへフラ付き、両手で腹部を抑え嘔吐く雅人を見て指を差して嘲り笑う千紗。
「が、はッ!? こ、このガキぃッッ!!!」
元々このチビの身体に興味は無かった。
故にもう撲殺決定だ。
たとえ女だろうが容赦はしない。
雅人は床を蹴り一気に千紗へ殴り掛かる。
その勢いは床が砕けて破片が後方に飛び、身体の輪郭も一瞬ボヤける常人ではあり得ない身のこなし。
冴木雅人は明らかに人間の枠を超えている。
しかし、元々人間ではない千紗から見ると、それは精々片足がちょっと枠から出ている程度にしか見えなかった様だ。
「頭悪ぅ~~自慢げに出したそのキショい珠は使わないの?」
――パシィィンッッ!!
「は?」
人外の飛び出しから全体重を乗せて打ち出した雅人の拳が、握れば簡単に折ってしまえそうなほど細い千紗の片腕一本で受け止められた。
しかも、千紗は足を踏ん張るどころか横に開いてすらおらず、完全にただの棒立ちで笑いながら受け止めていたのだ。
「きゃは♪ よ、わぁ~~い♪ お兄さん……ザコすぎない?」
口を開けて愕然とする雅人の拳を受け止めたまま、千紗は軽く床を蹴り飛び上がるとそのまま身体を回転させて雅人の頭へ鎌を振り下ろす様に踵落としを見舞う。
「ごぉッッ!?」
頭蓋骨にヒビが入る様な生々しい鈍い音が響き、前のめりに倒れ込む雅人だったが、それよりも早くつい今し方踵を振り下ろしていたはずの千紗が後転して元の位置へ片足で着地し、その勢いのまま今度はもう片方の足を振り爪先で雅人の顎を蹴り上げ、そこでようやく掴んでいた手を離したことで、雅人の身体は放物線を描き吹き飛ばされて床に叩き付けられる。
「ぐぇあッ!? おがッ! う、ぐぅぅッッ!?」
床に倒れ込み顎を抑えて悶える雅人。
両目があらぬ方向を向き、足をバタ付かせているところを見ると、もうその視界はグチャグチャに歪んでいる様だ。
「あはは! あれ~? 立てないのぉ~? 千紗がおててを持ってあげようか~?」
ケラケラと笑い近付いて来る千紗がちょこんと膝を抱えてしゃがみ痙攣する雅人の顔を覗き込む。
ただ、その動きはあまりにも不用心。確かに常人ならすでに失神どころか下手をすれば死んでいたであろう二連撃だったが、雅人はすでにその脳震盪の様な状況から即座に回復して千紗の姿をしっかり捉えていた。
「く、くほがぁッッ!! くあぇッッ!!」
蹴り上げで顎が砕けたのかまともな声にはなっていなかったものの、雅人は片手を突き出し最初に出していたもののもう今は床の染みになっていた血珠の次弾をその掌から千紗に向けて放つ。
ほんの少し掠りでもすれば自分の勝ち。
相手は一瞬で腰が砕けて座り込み、だらしない弛緩顔で自分に服従する。
この力で自分に逆らえる奴はいない。
呑気に後ろで眺めているお仲間の前で自分の靴底でも舐めさせてやる。
そう思っていたが……。
「すぅ……――ふッッ!!」
――ボッッ!!
千紗が軽く息を吸い、短く切る様に吐く。
すると千紗の亜麻色の髪が突風に吹かれた様に舞い上がり、その全身を覆い尽くす狐火が一瞬だけ燃え上がって雅人が放った血珠は呆気無く爆ぜ砕かれて跡形も無く消えてしまった。
「……へ?」
鼻血と吐血で顔半分が真っ赤に染まった雅人が思わず気の抜けた声を漏らす。
「プッ! あはははははッッ!! 〝へ?〟だって! おっかしぃ~~!」
腹を抱えて指を差し笑う千紗。
しかし、もう雅人にその嘲笑へ怒りを向ける余裕はなかった。
すると、黒髪を払いながらため息を吐く七緒が思考停止した雅人の代わりに説明してくれた。
「教えてあげるわ……チンピラ君。あなたが何をそんなに自信を持っているのか甚だ疑問なのだけど、あなたのその〝D・E〟で性質変化させた中毒性のある血。気の毒だけどその程度の変化なんて私達から見ると本当に初歩も初歩。もしあなたが私の部下だったら、まだとても戦場になんて連れていけない半人前の訓練生レベル以下。この時代で例えるなら……ようやく補助輪が外せるかどうかの子どもがプロの競輪選手に中指を立てて勝負を挑むくらいの差かしら? ねぇ、分かる? その程度でいい気になってるヤツが、目の前で私達四人を前に「お持ち帰り確定だぜ!」とか調子に乗ってるのよ?」
「ぷふッ♪」
「はぁぁ……」
思わず吹き出して口元を押えながら肩を震わせる奏と、まさかここまで格下だとは思わず出だしの挑発に乗ってしまったことを恥じる様にため息を付く真弥。
すると、さらに畳みかける様にその場にしゃがんで雅人と視線を合わせた奏がニンマリと笑みを浮かべて言葉を続けた。
「あのね? あなたが今手も足も出ず間抜けなブザ顔にさせられた千紗ちゃんは、私達四人の中ではあくまでサポート要員なの。つまり戦闘は本来得意じゃないのね? 自分がどれだけみっともない雑魚なのか分かったかな?」
「ははッ、奏ったらひどい事言うわね……それくらいはあの空っぽそうな頭でも流石に理解出来たでしょ」
ケラケラと笑いおどける奏と真弥。
だが、そんな二人や千紗とは違い、隊長である七緒はすこぶる不愉快げに顔をしかめていた。
「さて、もういいわよねチンピラ君? 千紗、トドメを差して頂戴。時間の無駄だったわ」
「はぁ~~い!」
七緒の明確な死刑宣告に元気よく立ち上がった千紗は片手を上げて雅人の顔を踏み付けた。
「ぐぁッ!?」
「ねぇねぇ? どうやって始末して欲しい? クソザコさん♪ 千紗は優しいからちゃんとお願い出来たらその通りにしてあげるよ? ほらほら、上手におねだり出来るかな~~?」
グリグリと頭を踏み付けせせら笑う千紗。
今までこんなことは〝する側〟だった雅人にとっては気が狂いそうな屈辱であり、砕けた顎が放つ激痛も忘れ、渾身の力を籠めて……。
「ク、クソガキがぁぁぁぁぁッッ!!!」
血を吐き散らしながら顔に乗る足を振り払う様に身体を起こす雅人。
だが、その頭の上に乗っていた足はまるで雅人が起き上がるタイミングを見透かしていた様に外されていて、雅人の視界にはもうすでに身体を捻り込んでこちらの顔面にトドメの回し蹴りを打ち放つ体勢に入っていた千紗の失笑顔があった。
だが、それよりも先に……。
「うわ、いきなり立たないでよ……邪魔」
背後から囁き掛ける声。
それと同時に雅人の両腕が突然ブツ切りに斬り刻まれて鮮血を噴き散らしながら宙を舞う。
そして、背後から後頭部を蹴り付けられて前屈の様な体勢にされた雅人と入れ替わる様に、回し蹴りを放つ千紗に迫る同じ背丈の少女が一人。
「こんばんわぁ~~♪ とりあえず、まずはその片足……斬り飛ばすね?」
「あッ!?」
満面の笑みを浮かべて白鞘の口を切り、紅葉をあしらった着物を艶やかになびかせながら、舞い散る雅人の血飛沫を渦巻かせて現れる――紗々羅。
ターゲットを見失った千紗の蹴り足は、そんな紗々羅の居合により……。
――ガキィィィィンッッッッ!!
「くッ!? う、ぐぅッッ!!」
「ま、真弥……姉ぇ……」
「ぎゃああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!! 腕がぁッ! 腕がぁぁッ!! 俺の腕がぁぁぁぁッッ!!!」
両腕を一度の切断されてのた打ち回る雅人の傍で、今度は千紗が尻餅を付く番だった。
真弥が助けてくれなかったら、間違いなくあと一瞬きもしない内に自分の片足も隣で血を撒き散らしながらブレイクダンスをしている彼の腕と同じく付け根から斬り飛ばされていただろう。
話にならない格下敵を相手にしていて完全に油断していた。
しかし、そんなどうにも集中の糸が緩む状況でも、主戦を務める真弥の戦闘瞬発力は辛うじて凶刃と義妹の足に再形成した長刀を割り込ませることが出来た。
「ほわぁ! あの間合いで割り込んで来れるの? やるぅ~~!」
「ぐッ!? 話にならない雑魚の次がいきなり№Ⅲとか、振り幅がイカレ過ぎでしょ……温度差で風邪引きそうだわ! ――千紗ッ!」
「は、はいッ!」
尻餅を付く千紗を背後から抱く様な体勢で紗々羅の太刀を受け止めた真弥。
そして、間一髪助けられた千紗が即座にまた先ほどの狐火を上げて紗々羅に無理矢理距離を取らせる。
「おわっと!?」
「ッし! 千紗! 下がんな!」
「はい!」
今度の敵は千紗では無理だ。
いや、メインアタッカーである真弥一人でも危うく、最後尾に構える七緒の横まで下がる千紗と入れ替わりで両手に戦闘棒を構えた小隊のもう一人の前衛であり副隊長の奏まで臨戦態勢に入る相手。
【人斬家】
部下であろう雅人の両腕を斬り飛ばし、奇声の様な悲鳴を上げてのた打ち回っていても、その斬った張本人でありながらまるで意に介さぬ構える紗々羅。
確かに真弥の言う通り、その場の空気感はあっという間に死が漂う極寒へと豹変していた…………。
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峪房四季 @nastyheroine