scene3-5 会敵〝前座〟 前編
次話は翌00:00台に投稿します。
都心の明かりを見下ろす夜の空。
飛行機が飛ぶには低いが鳥が飛ぶには高いそこを四つの影が滑る様に進んでいく。
幸いにも今夜は新月。
真っ暗な空は疎らな星が煌めくだけだが、もし月が出ていて視線が重なればきっと目敏い者がまるで映画のワンシーンの様な映像を投稿してSNSがバズっていたことだろう。
「あの、七緒さん……本当にいいんですか? 大隊長への報告無しに小隊での単独作戦なんて……」
闇に紛れて進む四つの影。
その先頭を行く青いアーマースカートを風の様になびかせる七緒に、すぐ後ろに続く奏が尋ねる。
「本来はダメね。でも、ウチの大隊長の場合ここで指を咥えて大人しくお留守番していたらそれこそ大目玉を喰らうわ。そもそも〝ロータス〟本部が時元間通信網のシステムを落としている方が大問題よ」
気苦労の堪えない立場に辟易したため息とともに語る七緒。
しかし、確かに指示する立場にいる側のこの体たらくは頂けない。
最前線にいる身としては、状況を鑑み適切に対応する必要があり、桜美七緒はそれを判断するに足る才女だった。
「手をこまねいている状況じゃない。でも、流石に他の小隊まで動員する訳にはいかない。ならばここは少数精鋭の現状確認。もう一度言うけど今回は威力偵察までよ? 状況次第では即時撤退するわ。いいわね? 特に真弥!」
「了解」
「はいはい……分かってますよ~~」
「…………」
「ん? 千紗! 聞いているの!?」
「ひゃうッ!? は、はい! ごめんなさい!」
七緒の叱責にビクリと肩を跳ねさせるのは、七緒・奏・真弥と来て最後尾を飛んでいた千紗。
これから敵地へ乗り込むにはいささか集中に欠けている。
しかし、普段の千紗はその奔放で無邪な性格とは裏腹に【修正者】としての任務には実直であるため、三人は少々意外そうに首を傾げる。
「千紗ちゃん、何か隠してるでしょ?」
「ふぇッ!?」
「バレバレだっての……何があった?」
奏と真弥が速度を落として千紗の両横を並走し、依然前を飛んでいる七緒も先ほどの一喝からまたすぐにいつも通りの優しい声音に戻る。
「言ってみなさい、千紗。お姉さん達の前で嘘を吐き通せるだなんて思わないことよ」
補助要員から【修正者】へ昇格して以降ずっと小隊を組み、血の繋がりは無くとも姉として慕い妹として可愛がってくれて来たこの三人の前でこれ以上誤魔化せる訳もなく、千紗はここへ来る前に感じた小さな不安を口にする。
それは、良善からの宣戦布告とも取れる連絡を受けた時。
辛く苦しかろうと何度も説明したはずの自分達の境遇や倒すべき敵に関して、和成はまるで初めて耳にしたかの様に首を傾げていた。
思い出すのも嫌になるかつての記憶。
しかし、大好きな和成に嘘は吐きたくないと千紗達は包み隠さず全てを話した。
それなのにあの疑問符が浮かんでいた顔に、千紗は和成が自分達のことを本当はさほど理解しようとしてくれていなかったのではないかと不安になっていた。
「なるほどね……でも、千紗ちゃん? あの状況では和君が混乱してしまうのは仕方ないわ。分からないことだらけでちょっとパニックになってしまっただけよ」
「そうそう。元々和成ってちょっとポワポワだからね。まぁ、そこが可愛いんだけど♪」
「千紗、心配いらないわ。和成がいつも私達が温かく抱きしめてくれているじゃない。それに千紗のその〝分かってくれているはず〟という考え方はよくないわよ? この時代に生きて来た彼がそんなにすぐに未来の事情を理解し切る方こそ無理がある。寧ろ分かった気になっていられる方が心外。大事なのは〝分かろうとしてくれている〟ということでしょ?」
「あッ……うん! そうだよね! 和兄ぃは千紗達のこと大好きだっていつも言ってくれてるもんね!」
不安を払われ、いつもの花が咲いた様な笑みが戻る千紗。
三人の中に和成を疑うという発想が無く、微かに引っ掛かり不安が過り始めていた千紗もすぐに持ち直す。
何故、そう思えるのか?
寛容さと冷静な分析は出来ているが、やはり辛い過去に起因して根本的に彼女達は善意に盲目だった。
では何故、司に対しては豹変と言ってもいいほど残忍になれるのか?
それは、彼女達が〝ロータス〟の思想基盤を構成する最初期をまだ年端も行かぬ最年少期に受けていたことが原因だった。
奴隷から脱却し、尊厳を取り戻そうと躍起になっていた当時の〝ロータス〟の教育は、あまりにも過激だった。
〝Answers,Twelve〟とは呼吸するだけでも罪である地球に存在していることすら許されない存在達。
そんな思想を数を数えるのに指を使わねばならないくらいの頃から詰め込まれて来た彼女達にとっては、あの司に対する言葉は罵声という括りにすら入っていない。
空を青いと言う様に、美味しい物を食べて笑みがこぼれる様に、彼女達にとって〝Answers,Twelve〟に紐付けられたモノは全て唾棄に値する存在なのだ。
「ん? 七緒さん、見えて来ました。座標にある建造物……〝ルーラーズ・ビル〟です」
「うあ……大きいビル」
率直な千紗の感想。
確かに都心部の一等地に建ちながらもさらに一際存在感を放つ摩天楼。
「うん、あのビルで間違いなさそうね。奴らの隠れ家だとすれば、この傲慢さが滲み出た名前も納得だわ」
〝ルーラーズ〟
表向きは世界的な外資系商社の合同ビルとなっているが、それにしても実に不遜な名前である。
「さぁ、どうカチ込む? 好きに暴れさせてくれるなら私が陽動に回っても……おっと」
いの一番に名乗り出ようとしていた真弥が咄嗟に口元を覆い黙る。
その視線の先では、七緒が瞬きもせずにジッとビル全体を凝視していて、その身体からは微かにチリチリと微音が鳴っていた。
それは七緖が力を使う時の独特の空気を弾く様な音。
体内にあるナノマシンを有するデーヴァ達は〝Answers,Twelve〟の支配から逃れたあと、その技術を応用して各々が特殊能力を開眼させている。
七緖の力は〝熱〟を可視化する能力。
一見すると地味ではあるが、その精度はサーモグラフィーにも勝る高精度。
電気・ガス・水道などの細かな温度の流れを読み取れば、入ったことの無い建物の内部構造も精密に把握し、対人においても意識が向いただけで僅かに生じる筋繊維の熱すら掴み取って動きを先読みすることが出来るのである。
「……大体掴んだわ。二十九階より下は基本的にほぼ無視していい。それより上の階は至る所にこの時代ではあり得ない技術の痕跡があちこちにある。三十階へ飛び込む……行くわよ!」
一気に速度を上げて定めた階へ急降下する七緒。
後ろの三人も遅れずに続くが……。
「えッ!? な、七緒さんッ! 隠密行動はしないんですか!?」
「しないッ! 強襲して敵の反応を見る! そうすれば敵がどういう体制を組んでいるかも見えて来るわッ!!」
「あっは~~ッ!! 七緒のそういうとこ好きぃッ!!」
「千紗もッ!!」
豪快な隊長に唖然とする副隊長をよそに、真弥と千紗は一気にボルテージを上げる。
そして、高度を下げて一般人に視認される可能性を避けるべく、四人は全く速度を落とさずビルの壁面へ突進して……。
「――はぁッッ!!」
あとほんの数mで四人揃って壁面に叩き付けられるというところで前に出た真弥が片手を一閃。
それだけでビルの壁面……丁度窓と窓の間の部分に正方形の穴が開き、四人はそのままの速度でビル内部に入り込み、物理学を全否定する様なあり得ない急制動を難なくこなして高級ホテルを思わせる豪華な内装の廊下へ着地する。
外壁を切り裂く音はほぼ無音。
開けたあとの痕跡も夜の暗がりで地上からならすぐに気付かれることは無いだろう。
しかし、それで流石に建物内では鳴り響く警報音。
だが、これもあくまで〝Answers,Twelve〟側の施設内だけだろう。
「あッ! 敵影が二つッ!」
突入と同時に七緒を囲む様に正面に真弥、左手に奏、右手に千紗と体勢を組んでいた四人。
すると、千紗の視線の先の廊下に白い服を着た二人の女性がいたが、すぐに走り逃げてしまった。
「あ、あれ? 逃げちゃった……」
「特に武装している様子も無かったし、もしかして民間人だったのかな?」
「いや、何も知らない一般人がこの高層階に窓の外からガラスを割って飛び込んで来て、悲鳴の一つも上げないのはおかしいでしょ……」
「流石、戦場では冴えているわね真弥。私もそう感じたわ。それに逃げる直前も動揺や恐怖を感じている様子がまるで無かった。事前に来ることは知っていたか、ある程度想定はしていた者の反応だわ」
深追いはせず、あえて動かないまま周囲を見渡す七緒。
すると、その視線が正面へ向き直ったところで止まる。
「……そこにいる男性、出てきなさい」
突然誰もいない廊下に向かって声を上げる七緒。
真弥、奏、千紗の視線も鋭く集まりしばし無音の時間が流れるが、揺るがず睨み続ける四人に根負けしたのか、誰もいない廊下の真ん中に突如蜃気楼の様な歪みが生じて両手をポケットに入れて立つ軽薄な笑みを浮かべた男が現れた。
「へぇ、すげぇじゃん。兄貴がくれた空間迷彩が一発でバレちまったぜ」
現れた男……その正体は雅人だった。
余裕を滲ませて立つそんな彼の足下には掌に収まるサイズのドーム状の機器が淡い光を放ちながら置かれていて、その天面にあるボタンを雅人が踏むと光は徐々に消えてゆき停止する。
その装置は七緒達も知っている特段珍しくもない未来の技術。
しかし……。
「馬鹿ね。それは本来動かない生物を隠し続けるためのモノではないわ。生き物は立っているだけでも熱源や呼気、体臭など様々な痕跡が周囲に広げてしまいそれらは迷彩装置では隠せない。無機物ならともかく、人が戦闘時にその装置を使うなら周囲に分散配置して瞬間瞬間で相手を惑わず攪乱用兵装。さてはあなた……相当低能ね?」
突入箇所を予測されたのは少々焦ったが、出迎えたのは使う道具の意味も理解出来ていない三下。
七緒の失笑に他の三人も馬鹿を見る呆れ笑みの目を雅人へ向ける。
「……チッ! ハイ決めた~~! てめぇらボコす! 俺は女だろうが差別はしない主義なんでな!」
分かりやすいくらいの煽り耐性の無さ。
だが、その軽々しい雰囲気とは裏腹に、左右へ首を鳴らし敵意の視線を向ける雅人の両目は一気に紅色へ染まり、ポケットから一本のバタフライナイフを回し開きながら取り出すと、その刃先で自分の逆の手を浅く裂いた…………。
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峪房四季 @nastyheroine