scene2-10 新たな地獄の窯へ 後編
次話は17:00台で投稿します。
「はい? ……し、子孫?」
自分が誰かと結婚して家庭を持ち、子どもを作れたとは驚きだ。
さらにはその子どもも立派に成長して司に孫を見せて、そこから千年先まで御縁家の家系図を伸ばした。
結構な話だ。
しかし、その行き付く先が世界を支配する犯罪組織の親玉というのは、流石に未来を肯定していてもにわかに信じがたかった。
「フフッ……目が点になっているよ? まぁ、無理もないがね。率直に言って、あの四人……いや、正確には今現時点で私が把握している全デーヴァ達は君を殺したいほど憎んでいる。君が血筋を残したせいで、彼女達の憎悪の対象である〝御縁達真〟がこの世に産まれたんだからね」
あっけらかんと話す良善。
その横で曉燕が顔を蒼褪めさせて司から視線を逸らす。
少し安心した。
どうやら曉燕はその馬鹿馬鹿しさを今はちゃんと理解している様だ。
「な、なんだよそれッ!? 未来の俺の子孫が犯罪者だからその祖先である俺が悪い!? おかしいだろそんなのッ!! いくら何でも話が飛躍し過ぎてるじゃないですかッ!?」
司だって話を聞いてすぐに理解した。
デーヴァという存在はあまりにも可哀想な存在だ。
良善達〝Answers,Twelve〟を殺したいほど憎んでいるのも当然だと思う。
しかし、いくら血縁とはいえ千年も離れた何の影響も及ぼしようのないどう考えても部外者な自分さえ憎悪の対象にするというのは一体どういう了見なのか。
当然納得がいかない司は、その隣で身を縮めている曉燕を睨む。
「おい、李曉燕……説明しろよ。お前ら一体何なんだよ!?」
「そうだね。ここは君が説明したまえ曉燕。別に君がデーヴァのトップという訳では無いが、そんなことは説明もされず殺害対象にされていた彼には関係の無いことだ」
尊称もやめた司に呼応して良善が畳掛ける。
曉燕はビクリと身を震わせ少し躊躇いながらもどうにか口を開いた。
「あの……か、解放された私達デーヴァはその後未来の社会で一主権を手にして、最初に私達を解放に導いたデーヴァ――マリアという女性を元首に据え、自分達が地獄から這い出た存在であることをなぞらえ〝ロータス〟という国家を手にしました。そして、その自分達の国の中でデーヴァ達はこれまでの悲劇を生き抜いて来た自分達の考えを常に自己肯定し続けたのです」
まだいい……そこまでならまだ司にも理解の余地はある。
他人に身体を奪われ、好き勝手に弄ばれて来た彼女達の苦悩、そこから解放されてようやく手にした安住の地で自尊心を回復させるというのは至極自然な流れだと思う。
「私達は常に自分達を尊び〝Answers,Twelve〟への復讐も、全て悪に対する誅罰であると正当化して後進にもそうした教育が進められて来ました。あの四人も解放時はまだ年端も行かぬ少女だったので、その思想に強く影響を受けています。そして、未来の一般世論も私達にして来たこれまでの数々の非道な行為に対する負い目から、全面的に〝ロータス〟を支持して未来の地球で起きた〝Answers,Twelve〟対〝ロータス〟の全面闘争を私達側に付いて手厚く支援してくれていました」
ここもまだ納得出来る。
影から世界を牛耳っていた良善達の悪行に終止符を打とうとする正当な主張だし、司が未来の一般人だったら、もちろん〝ロータス〟側を支持していただろう。
「当初〝ロータス〟は優勢でした。敵はデーヴァ以外にも膨大な戦力を有していましたが、デーヴァはそれ以上の数で圧倒していた上、その身体に組み込まれたナノマシンの力を応用し、今私が纏っている戦闘服〝Arm's〟や、そこから派生させた様々な特殊能力を開花させたことで、常人とは比べるべくもない力を有していたからです」
〝Answers,Twelve〟側からすれば、自分達の都合の良い様に操る為の技術を逆手に取られたということか……それは随分と情けなくお粗末な自業自得だ。
司がチラリと目を向けると良善も自覚はあるのか困った顔で首を竦めていた。
「ですが、そこで〝ロータス〟側に誤算が生じました。順当に〝Answers,Twelve〟のメンバーを討ち取っていたものの、その内上から四人のメンバー達は、私達よりもさらに洗練されたナノマシン技術を自身に取り入れることでデーヴァを遥かに凌ぐまさに超人的な戦闘力を有し、たった四人で億単位の兵力を持つ私達と互角以上に戦い、むしろ闘争を楽しむかの様に手加減さえするほどだったのです」
司の視線の先で初老の男がこれ以上に無いほどの〝どや顔〟を見せて来て少し鬱陶しかった。
やはりこういう時は最終的に正義が悪に勝つという勧善懲悪を望んでしまうモノだ。
「私達は歯痒い思いをしました。被害者であり正義であるはずの私達が、惨たらしく死ぬべき悪党に勝てないなんてことはあってはならない。その驕りが〝ロータス〟上層部に新たな手を打たせました」
そこで曉燕は一旦話を止めて司の目を見て来た。
どうやらここからが本題の様だ。
本来無関係であろう司をあそこまで貶し殺そうとする〝正当な理由〟があるというならぜひ聞かせて欲しい。
司は黙って話の再開を促した。
「諸悪の根源たる二人と、それに付き従う№Ⅲと№Ⅳに勝てる見込みを見出せなかった〝ロータス〟上層部は「あいつらはもうその存在そのものが悪なんだから、そんな奴らを生み出した一族は皆殺しにするべきだ」と結論を出し〝Answers,Twelve〟傘下の施設から接収したその当時でもついに実現したばかりのタイムマシン技術を用いて、その四人の祖先を殺すことで四人の存在を抹消するという結果的勝利を手に入れようとしたのです」
理屈としてはSFモノでよく見聞きする展開だ。
ただ、司もそこまで造詣が深い訳では無いので、タイムパラドックスが云々という話を正確に語れる自信は無いが、単純に考えれば未来は過去を殺してしまえば産まれないはずだ。
「しかし、これには流石に未来の社会から賛同は得られませんでした。過去を改変するという行為は未来にどんな影響を及ぼすか分かりません。しかし〝ロータス〟上層部は、そこに正当な理由があったことを見出し、嬉々としてそれを公表したのです」
いよいよ司が知りたい確信部分。
そして、曉燕は一度喉を鳴らして息を整えて一気に言葉を続けた。
「御縁司様……仮にあなた様が私達〝未来人〟の干渉を受けず今日まで生きていたとすれば、大学一年の時にお付き合いを始めることになる女性――鷺峰円をデートと称し自宅へ連れ込み監禁。以降あらゆる暴行や脅しを掛け、鷺峰円をあなたの命令に絶対服従の奴隷に仕立て、三人の息子と二人の娘を産ませ、八十一歳に心不全で亡くなるまで表向きは円満な家族を演じて生きていたという記録があります」
「…………は?」
先ほどの比では無い虚。
あまりに突拍子が無く、司には曉燕がいきなり質の悪い冗談話でも始めたのかと思った。
「ちなみに、あなたの母――御縁涼子氏も、あなたの父――御縁晶氏によって同様に脅迫され一種の洗脳状態で妻となり、その夫婦間は完全に晶氏の偏愛によって構築されていました。あなた様が鷺峰円にその様な行為に及ぶ様になったのも、父の思想に多分な影響を受けていたからです」
「…………」
もう言葉も出ない。
当然だ。今の司には何一つ実感が無いのだから……。
「御縁家はあなた様の父親の代から極めて悪質な犯罪者の家系へ変貌しています。しかもその手口は巧妙で全てが完全犯罪。以降千年間穢れた家系の血筋は途絶えず、それどころかより巧妙に悪質さを増してゆき、ついには千年後の御縁家嫡子である御縁達真――〝無比〟様によって、人類史最悪の犯罪集団〝Answers,Twelve〟が創設され、世界中に厄災を振り撒く存在となりました」
曉燕はまた一度、言葉を切った。
震え俯く司の反応に居たたまれなくなったのだろう。
そのまましばらく室内は静まり返り、司はまだ反応しないところを見て曉燕はさらに話を進めた。
「私達がこの時代に来た目的は〝Answers,Twelve〟の首領である御縁達真という悪魔が生まれる原因となった起源……御縁司及びその後ろ盾となっていた御縁晶の討伐。ちなみにあなたの祖父の代まで御縁家はごく普通の善良な家系でした。なのでそこまでは遡らず、御縁晶とその息子であるあなたを抹殺するという提案を打ち立てました。これは他の〝Answers,Twelve〟メンバーの大半にも似た様な経緯が確認され、人類をより良くするための浄化行為と認定されて未来の世論は首を縦に振りました。大義名分を手にした〝ロータス〟は、独自の戦闘集団【修正者】を設立し、未来に仇名す過去の犯罪者達――〝起源体〟を滅殺するため、過去へとタイムトラベルして来たのです」
「…………」
司はまだ顔を上げない。
どうすればいいか分からない曉燕が口籠っていると、良善が話を引き継ぎ締めくくりに入った。
「あの四人組は【修正者】第二十八討伐小隊。ちなみに鷺峰円は四人のリーダーである桜美七緒が大学に先行しておき入学と同時に自治会なる組織に勧誘……日々庶務を行わせて君との接点を断ち、今では他の誠実な男性とお付き合いをしながら真っ当な青春を送っている様だ。君の両親はすでに処理済み。今の君も殆ど外部との接点は無く、明日……君がこの世から消えても世界に大した影響はない。それどころか、向こう千年間のあらゆる御縁家の完全犯罪が消滅し、人類史は確実に綺麗になるのだよ」
良善の言葉で締めくくられる司が殺されるべき理由。
再び部屋に静寂が広がる。
「……は、はは」
重苦しい空気、それを最初に破ったのは司の乾いた笑い声だった。
「な、なんだ……それ? 父さんが変態だった? 母さんが洗脳されていた? 鷺峰円? 明日? 俺が犯罪? なんだよそれ……そんな訳ねぇだろ。そんな……――そんな考えッ!! 俺は微塵も持ってねぇぞッ!?」
腰の辺りまで掛けていた寝具を払い除け、ベッドの上に立ち上がった司は、あらん限りの感情を爆発させる。
「なんなんだよその与太話はッ!? はぁッ!? 俺の家系が父さんと俺の代からその先千年間犯罪をし続けるッ!? 馬ッ鹿じゃねぇのかッ!?」
至極真っ当な言い分だ。
司には十分に激怒する権利があった。
「ふざけるのも大概にしろッ!! じゃあ何か!? お前らは未来からこの時代に来るまでの間に、ふと横目に俺の家系が代々毎回犯罪を犯してたのを見て、ようやく犯罪を犯さなかったじいちゃんの代まで行ってから折り返して、一番初めに犯罪を犯す父さんと俺のところでウチの血筋を終わらせようとしたってのかッ!?」
「……はい、そうです」
唇を噛み締めながら俯き震える曉燕が肯定する。
そこは変えようのない事実として言わないといけない所だった。
「ぐッ!? そ、そんな……そんなの横暴なんてもんじゃねぇだろッ!? か、仮にだッ! 百万歩譲って父さんが本当にそんなことをしてたとして、でも俺はまだ何もしてねぇだろッ!? その鷺峰とかいう女の子も俺から遠ざけたんだろッ!? だったら、俺はそのまま真っ当に…………」
「いや……すまないが君は間違いなく、明日、鷺峰円を手に掛けていた。【修正者】が手を加えなければね……」
「――ッッ!?」
良善が真っ直ぐに司を見ながら断言する。
その眼差しには一片の忖度も無かった。
「言いにくい話だが、これは御縁司という存在軌跡の一つとして確定済みのことだ。もし何も手を加えなければ君は必ずその鷺峰円という女性を日常的に虐げ、その偏愛を自分が父に施しを受けた様に自分の子どもにも繰り返した。その事実は間違いない」
「は、はぁ? なんだよ……それ。そんな……そんな話、ある訳……」
「いくら否定しようが構わないが、事実私は千年後の君の子孫……御縁達真の後輩として、行動を共にしていた。面白おかしく他人に屈辱を味わわせ、他人から恨みを買いその上で返り討ちにする事こそ生きがいにしていた先輩。そんな狂人の存在が千年後に確定している以上、祖先である君は必ず御縁家を稀代の犯罪一家として後世に残してしていく」
「あッ、あぁ……ぁ……」
呆然と立ち尽くす司。
自分は絶対に犯罪者になるという常軌を逸した指摘。
だが、ここまで非常に自分へ親切な対応をしてきた良善までもが曉燕の話を肯定して、司はこの場でただ一人孤立してしまった。
「そ、そんな……そんな……話……」
視線があちらこちらと漂う。
良善と曉燕は、真っ直ぐに自分を見つめ続けている。
司は思わず片手で口元を抑えた。
吐き気がする。
あまりの真相にあり得ない理不尽に燃え上がっていた怒りも冷めた。
しかし、そこでふと良善がまさかの笑みを浮かべる。
「心中お察しするよ、御縁君。しかしだ、少し冷静に考えてみたまえ。今の話には一つ重大な問題点があると思わないかい?」
「え? も、問題……点?」
良善の言葉に司は立ち尽くしたまま呆然と呟き、その視線の端で曉燕がビクリと身体を震わせる。
「あぁ、それはとてつもない問題点だ。いいかい? 君は今、【修正者】によって確定していた結果を〝改変された御縁司〟だ。先ほどの君が今の自分を顧み「ありえない!」と怒った様に、今の君は間違ってもそんな犯罪行為をする極悪人ではなく、もうすでにわざわざ殺す必要など無いはずなんだ」
「あ……」
確かにそうだ。
今の自分は間違いなくそんな悍ましい行為に及ぶ様な思想など持ち合わせていない。
だが、そうなると話が狂って来る。
今の自分からはどう考えても未来で世界を支配する犯罪組織の親玉になる様な外道が産まれて来るはずはない。
つまり〝ロータス〟の目的は達成されている。
それにも拘わらず、あと数時間後には正義の鉄槌が下る予定になっているというのは一体どういうことなのか?
司の視線がガタガタと震えて俯いている曉燕へ向く。
そして、苦笑を浮かべる良善は、彼女の背中を少し強めに叩き言葉を促した。
「あ、ぐぅ……んぐッ!」
喉を鳴らし、震えながら顔を上げる曉燕。
その顔は真っ青に血の気を引かせて、過呼吸気味に息を整えると、何故か引きつった笑みを浮かべていた。
「確かに殺す必要はないけど、折角わざわざ過去まで来たんだし、思いっ切り痛め付けて最後は殺してスッキリ憂さ晴らししましょう! だ、だって……私達は正義なんだから。悪党には何をしたっていいのよ♪」
泣きそうな顔で笑う曉燕。
その語り様からして多分それは彼女自身の発言では無いのだろう。
状況から察するに〝ロータス〟の上層部の連中か?
だが、もう司の中にはデーヴァに同情する気持ちは一片残らず消え去ってしまった…………。
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峪房四季 @nastyheroine