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アナザー・リバース ~未来への復讐~  作者: 峪房四季
閑幕 4
135/138

閑幕 世界の裏側に育つ芽 ⑥

お久し振りです。

今話と次話でこの閑幕は終了です。


※本日20:00頃にもう1話投稿します。

「相手の感情をコントロールして現環境にそれを再現する……か。ふむ、なかなか面白い能力解釈だ」


 殆どただの暴発だった司の能力によって戦うまでも無く倒れた真弥。

 七緒からの嘆願で今一度力の差を分からせるはずだったが、結果はもはや戦う以前の問題。

 そして、司はそんな彼女を抱えて格納庫から良善の部屋へとやって来ていた。


 別に慌てて駆け込んだ訳じゃない。

 ぞんざいに肩に担いで『やり過ぎた様なので診てやって下さい』と、用意された治療用ベッドに投げ捨てるくらい雑に扱ってやった。ただ、何となく少々気になったので、ベッドに寝かされ胸の辺りを治療器で照射される真弥を顔を見ながら機器を操作する良善に尋ねる。


「そいつ、大丈夫なんですか?」


「心配いらない。君の存在圧で過呼吸に陥り過冷却された空気を取り込み過ぎて少々肺がやられているが、この程度はデーヴァの治癒力なら問題無いだろう。気を失った一番の理由は君の威圧さ。まぁ、その倍の冷却環境だったら流石に危なかったかもしれないね。常人なら数回の呼吸で肺出血を起こして死に至るレベル、いくらデーヴァでもただでは済まなかっただろう」


「そんなに……ですか」


 自分の手を見下ろして無言になる司。

 またしても実感を伴わないパワーアップ。しかも、今回はより具体的に能力の方向性が見えて来て、そんなモノが自覚無く身に付いていくというのは、強くなったという満足感よりも今後自分はどうなっていくのかという不安の方が勝っていた。


「なんだ? また努力無しに気付いたら力を身に付けていることに気が進まないのかね? 変わらず清い心を持っている」


 皮肉を込めた笑みを向けて来る良善。

 血の滲む努力の果てに新たな力を身に付けるのは〝正義の味方〟の領分。

 悪党にそんなプロセスは不要。もう司もその辺は割り切れている。


「そうじゃないですよ。ただ、自分の成長に自分の理解が追い付いてないんです。分からないまま使う力なんてあてに出来ない。俺は俺を使いこなせていない……そのズレが、なんか……怖いと言うか……」


「ふむ、自己分析は大事だ。たとえ現時点で分析し切れずとも分析しようという意識は大事にしたまえ。探求心や好奇心は良質な原動力だ。使い方を誤りさえしなければ、大抵の困難は突破することが出来るポテンシャルを秘めている」


「……解説してはくれない感じですか?」


「無論だ。自分で磨き使える様にしなさい」


 交渉の余地も無く突っぱねる良善。

 ただ、その表情は随分と楽しげだった。


「若者が成長していく姿は微笑ましいモノだ。存分に悩み、苛立ち、息詰まる閉塞感に藻掻くといい。そうして苦悩を積み重ねた分その先に待つひらめきや達成を得た時の快感は、何にも代え難い全能感と多幸感をもたらしてくれるだろう」


 努力せず力を手に入れるのはいいが、その手に入れた力を有効に活用するための努力はしろ。

 相変わらずの独自解釈だが、司も流石にそろそろ慣れて来た。


「分かりましたよ。精々藻掻き求めてみます」


「あぁ、ぜひとも励みなさい。それよりも私が驚いたのは君が治療のために彼女をわざわざ自分で私の所にまで運んで来たことだ。君の流儀が『敵に死という救いを与えない』というのは知っているが、曉燕か七緒にでも任せればいいモノを、どうしてわざわざ彼女の治療のために君が労を掛けた?」


 もう特にやることがないのか、良善はご自慢のコーヒーバーで熟練の喫茶店主を思わせる手際でコーヒーを淹れて司に差し出して来る。口を付ける前から分かる豊かな香り、そこから一口啜れば思わず感嘆の吐息が漏れるほどの深い味わい。

 悪の首領などやってないでオリジナルショップでも立ち上げていればどれだけ世界が平和だったろうかと思わせるが、今はあくまで単なる興味本位といった感じにの質問をして来る良善に、司は何ともはっきりしない曖昧な困惑の表情を向ける。


「なんでかは……よく、分かんないです。現に俺がこいつを担いで良善さんの所へ連れて行くと言った時、七緒が名乗り出たんですけど、俺、それを断って自分が行くって……だけど、何か意図があったかと言われたら、そんなのは全然無くて……でも、なんか自分で行きたい気がして……すみません、すごい曖昧な答えで……」


 良善にこの能力に関して報告しようと思ったのだろうか?

 しかし、司自身にそこまでの考えはその時は無かった。

 ただ、気付いたら倒れた真弥の傍へ歩み寄りその身体を抱え上げ、司にそんな手間は掛けられないと言った七緒をやんわり断って自分でここまで運んでいた。


 殆ど無意識だった気がする。

 そのせいもあって司は自分の行動の意味を上手く説明することが出来なかった。


「いや、何も間違えてはいないさ。自分の行動を全て理解して行動出来る者などいない。私も常々そうありたいと思っているがね」


 意外な返しだった。

 少なくとも司にとって良善は、自分の行動を全て理解した上で行う者の典型だと思っていたからだ。


「ちょっとびっくりです。良善さんなら寧ろ『理解せずに行動するなんて低能極まる!』ってくらいの感じなんだと……」


「フフッ、日頃私の傍にいる者は確かによくそういう誤解をする。私がいつも言ってるのは結果までの手順がちゃんと考えれば予測可能な段階にある短期的考察に関してだ。一分後には分かる結果に対する思考と一年後にようやく分かる結果に対する思考は全く別のモノだろう? 私が今言ったのは後者の長期的考察に関してさ。未来の自分とはそう簡単に見極めることは出来ない。その割に今この瞬間の行動が何年か後にいきなり影響してそれがさらに別のことへ連鎖することも大いにあり得る。不確定が過ぎて私でも読み切れない」


『私は研究者であって預言者ではないのでね』と肩を竦める良善。

 するとそこで司はすかさず言葉を挟む。


「それは現時点が最新な俺には当てはまる話ですね? 未来から来た良善さんからすれば俺にとっての未来(未知)でも過去(既知)になる。その期間を全部生きていないにしても知る術はあるでしょ?」


「大分〝時間〟というモノの感覚を掴み始めているね、良い傾向だ。しかし、少し間違ってもいる……なんだと思うかね?」


 小首を傾げて返答を求める良善。

 それに対して司はしばらく思案した後、ふとあることに気付き、それを元にあまり自信は無いが考えを述べてみた。


()()()は……良善さんも知らない俺だから?」


 良善の口端が吊り上がる。

 その表情は実に悪徳的で彼の肩書きに相応しいモノだった。


「正解だ。私が君に〝D・E〟を与える前から知っていた御縁司という男は、達真の先祖ではあるが人智の域には収まったままその生涯を終えた男だった。しかし、今の君は〝D・E〟という要素を手にして人智の域を越えた全く別の御縁司と言える。未来から来た私と接触したことで君の人生はリテイクされた。この〝ルシファー〟でこれから先の未来を隈なく調べたとて、君が今後何を起こすかはまだ一切情報が存在しない。そして、君は今我が陣営に所属しているとはいえ、基本的には自分の意志で自由に行動が出来る。何をしでかすかも分からないので未来がどう変化するかも全くの未定。君は未来から見て極めて不確定な存在になった。だからそんな君の〝無意識〟でさえ後の未来には何らかの形で関わるかもしれない。ひょっとすると真弥の存在が君の将来を左右するのかもしれないね」


「こ、こじ付けが過ぎませんか? ただ人を一人運ぶ運ばないの話ですよ? しかも、俺がそうしなかったらこいつが死んでたって訳でもないのに……」


「はははッ! まぁ、あくまで〝無意識の意味〟だなんてただでさえ不確定な君のさらに不確定なモノに対する仮定の話だからね。断定して話すより現段階ではフワフワと浮ついた程度で構わないさ。ただ〝バタフライエフェクト〟なんて小粋な言葉がある様に、無意識だからと言って無意味だとは思わない方がいい」


 カップに口を付けて顔半分を隠す良善。

 司はすぐにその所作に意図的さを感じ取った。


(また、な~んか意味ありげなことを……。助言というより新しく考えることを増やしてるよな、これ。自分が好きだからって相手にも〝考える〟を押し付けすぎだろ、この人……相変わらず意地が悪い)


 しかし、アドバイスであることは間違いない。

 ただ、都度都度真正面から受け取っていてはキリがない。司は心の隅に〝無意識だから無意味とは決め付けない〟という標語の様な感じに留めておく程度にして、流石にもう今日はこれ以上考えごとを増やされても堪らないので少し話の流れを変えることにした。


「了解です……ところで、曽我屋を呼び寄せたんじゃなかったんですか。姿が見当たりませんけど?」


 七緒には千紗にも立場を弁えさせて欲しいと願われていたが、司がやって来る前に良善が彼女を呼びつけたと聞いた。

 ちなみに司が真弥を担いでここへ来たのに対して、同行していた美紗都、円、ツカサの三人は、司から七緒と曉燕に〝D・E〟に関するレクチャーをするように言い付け、もちろん快諾した二人によって今頃格納庫では講習が始まっていると思われる。


「あぁ、彼女には少し()使()()を頼んだのさ。美紗都の従者になる予定の夜空嬢の件でね。彼女の能力は我々には真似の出来ない新たに固有の便利さが出来たんだ」


「便利さが……出来た? それ、もしかして良善さんがあいつを〝ロータス〟から奪って帰って来たのと何か関係があるんじゃないですか?」


「あぁ、千紗は〝ロータス〟側で無理矢理な強化を施されたことで体質が少々変わってしまった。無論、その点は私が改めて調整したのでもう問題は無い。ただその副産物として、以前まで戦闘では単に放出力に頼った砲台役にしかなれなかった彼女には新しい活用法が確立出来た。今後適所を与えてやればなかなか重宝する者になるだろう」


「……へぇ」


 思わず感嘆してしまう司。

 まさか千紗に良善も認める要素があるとは思わなかった。


「で、そのお使いって言うのは?」


「何も特別なことではないよ。ただ、人として最低限のけじめを――――」



 ――ピピピピピッ! ピピピピピッ!



 突如、良善のパソコンが電子音を響かせる。

 そのモニターにはデフォルメされた目覚まし時計の様なアイコンが表示されていて、どうやら何かのアラームを掛けていた様だ。


「おっと時間か。すまない司、少々野暮用だ。しばらく手が離せないので千紗の件は自分で確認してくれ。彼女は夜空嬢と一緒に街へ行っている。千紗の気配を辿れば自分で見つけられるだろ? じゃあ、あとは良しなにしてくれ」


「え! あ、ちょっとッ!」


 カップを片手に足早に奥の部屋へと消える良善。

 話の途中ではあったが、あの男の野暮用などロクな想像が出来ないので不要なら極力関わらない方が吉だろう。


「お使いねぇ、別にわざわざ首突っ込む話でも無いけど……」


 手元のコーヒーを飲み終え立ち上がる司。ふと見ると真弥の治療ベッドも動きを止め、脇に置かれた機器の画面には〝安静に経過観察〟という様子見をしておけという意味らしき文字が表示されていた。


「……無意識は無意味とは限らない、か」


 何となく気になった。別に差し迫って何かしないといけないことがある訳ではなく、司は新たな要素を得た能力の試打も兼ねて、千紗と夜空を探しに〝ルシファー〟から外出してみることにした…………。








 側流世界とは一要素一場面だけを切り抜いてそれをループさせる現実に付随した限定的異世界。

 ただ、そんな世界であろうとも決められたループの内ではそこに生きる人々の息遣いは本物だ。


「誰かッ! 誰か手を貸してくれ! 今この瓦礫の下から声が聞こえたんだ!」


「おい、そこを退け! 重機が来るぞ! スペースを開けるんだ!」


 たった数人の人外により破壊され尽くした街。

 すでに日付も変わろうかという深夜に差し掛かっているものの、警察や救急などが懸命に救助活動を続けている。しかし、それでも各所にここが本当の現実……本流世界ではないと裏付けるシーンがいくつも散発的に起きていた。


「あ、ぁ……あ゛、ぁ……」


 地面に倒れたOLらしき女性。

 頭から血を流し、目も虚ろになっていて一刻を争う危険な状態であることが伺える。

 しかし……。


「よし、もう大丈夫だぞ……おい! 生存者がいたぞ! 運ぶのを手伝ってくれッ!」


「待ってろ! 今行くッ!」


 瓦礫の中から老人を引っ張り出した若い男性の下へ駆け寄る別の男性。

 その際に駆け寄る男性は足下にいた女性の胸を踏み潰して行ってしまう。


「あ、あぁ……ぁ……――――」


 女性の胸元に男性の足型に穴が開き、そこから身体がボロボロと崩れて女性は光の粉になって消えていく。

 そこへさらに追い打ちを掛ける様に……。


「おい! 誰か手を貸してくれ!」


「んッ!? 分かった今行く! おい、行くぞ!」


「おう!」


 瓦礫から老人を助け出そうとしていた二人の男性は、その場に老人を捨て置き新たな声に揃って駆け出して女性の残光を踏み散らしてしまい、捨て去られた老人も女性と同じく地面にうつ伏せに倒れたまま徐々に光の粉になって輪郭を消していく。


 これが側流世界での――死。

 死んだ瞬間に周囲の人々の記憶からも完全に消え去りその肉体さえも世界から消失する。

 しかし、側流世界はループしている。今回の騒乱で亡くなった人もある程度時間が過ぎるといつの間にかまた世界の一部として平然と日常を送り、忘却させられた者達も再びその命を再認識してごく自然に受け入れる。


 無論、それは生物だけに限らない。

 破壊し尽くされて終末の光景を広げるこの街も、その内誰にも気付かれないまま元通りになる。

 側流世界とは決定的に壊れない限り、永遠に本流世界へ要素を流し続ける不滅の世界。

 だが、それはあくまで世界の外から見て初めて認識出来る現象。

 世界の内側にいる者にそれを知る術はないので、人々は意味の無い救援活動を続けていた。


「あ、あの……曽我屋さん? これって、いったい……」


「ごめん、千紗にも難しくて上手く説明出来ない。でも、分からなくていい。気にするだけ無駄だから無視すればいいと思う」


 人々が混迷する遥か頭上で崩れたビルを跳び渡る千紗は、背中におぶった夜空の戸惑う声をピシャリと制して迷う様子もなく進んでいく。


「無視していいって言われても……人が消えてる。壊れた建物が段々勝手に直ってる。これが、私が生きてた世界の本当の姿……?」


 この世界の住人であった夜空には本来認識出来ないはずの不自然。

 だが、良善の一手間を受けたことで、この側流世界の枠から外された夜空には自分の世界を外から見る視野を手に入れていた。


「大丈夫……月見さんがおかしいんじゃない。みんなの方がおかし……いや、おかしいって訳でもない。ここではあれば普通だもんね。月見さんはただ視野が広がっただけ」


「視野が……じゃあ、この世界でみんなが悪い人には何をしてもいいって思えちゃうのも……」


「ごめん、それは違う。この世界の人達がこんなに酷くなっちゃったのは、千紗達のせいなんだよ」


 ループする側流世界がその輪を崩すのには二つのパターンがある。

 一つは、以前千紗が死にかけた品格世界の様に完全にその世界を壊し尽くすこと。

 世界の要因を残さず全てを時元の流れに散らしてしまうことでその形を再構築出来ない様にしてしまえばループは再開されない。


 そして、もう一つはその側流世界を客観視出来る者達によって改ざんする方法。

 元々その世界になかった要因を混ぜ込み、意図的にループを乱すことでその世界の根本から造り変えてしまう。この側流世界がこれほどまでに極端な正義を掲げる様になったのは〝ロータス〟がそうなる様に手を加えたから。


 ただ、この方法で改変された側流世界は二度と改変も修正も出来なくなる。

 何故なら一度目の改変は元の改変前の世界を参考にして形を維持しているので、二度目の改変では元の世界ではなく改変された世界を参考に形を維持しようとしてしまうせいで、完全に元世界とは別物となりループが乱れて世界が自壊する。


 千紗はそんな致命的な改悪を施したのは自分が元居た組織の者達であることを夜空に打ち明ける。

 詫びた所でもう手遅れではあるが、それでも千紗は唇を噛み締めながら声を震わせて夜空の世界を壊してしまったことを謝罪する。


「……曽我屋さん、降ろして」


「あ、ぅ……う、うん」


 声音が変わった夜空に言われ、千紗は一旦ビルの屋上に降り立ち夜空を降ろした。

 自分なんかにおんぶされるのが嫌になったのかもしれないと震えながら俯く千紗。

 しかし、降り立ってすぐにそんな千紗の前に夜空が回り込んでその両手を掴み顔を上げさせる。


「曽我……ううん! 千紗ちゃん! 私、そんなに頭良くないから難しいことは分からないけど、それでもこれだけは分かる! 千紗ちゃんが悪い訳じゃない! 悪いのはその〝ロータス〟って人達でしょ!? 千紗ちゃんが元々そこにいたって言っても今は違うし、そもそもこの世界がこうなったことに千紗ちゃんは何も関わってないんでしょ?」


「え? あ、う……うん。それは……そうだけど、でも……」


「自分が悪くないことを謝ることないよ! それに私ね、元々ずっとこの世界が変だと思ってたの! でも、それをここで言うといっぱい叩かれて『自分が間違ってました!』って言うまでやめてくれないの」


 その言葉に千紗はハッとあることに気付いた。

 もしかすると、夜空はある意味で()()()だったのかもしれない。

 世界が平和に回るための皆が最低限弁えるべき常識を乱そうとする者は、傍から見ていて積極的に関わりたいとは思えない。


 この世界での常識は〝悪党は痛め付けて嬲り殺しにしていい〟

 夜空はそんな常識を受け入れられない異常者で、この世界の住人達はさぞ彼女の思考を気味悪がっていて、きっとそれを両親が矯正して来たのだろう。


(この子の思考は千紗達の世界では普通……きっと、本当にいい子なんだ。でも、この狂った世界では異常者扱い……全部、千紗達のせいだ)


 申し訳なくて仕方ない。

 だが、そんな罪悪感に千紗の顔色がどんどん悪くなっていくと、夜空はさらに慌ててなんとか千紗を励まそうとする。


「え、えっと! そういうことがあって……だから私、ずっと自分の気持ちを抑えてたけど、美紗都様と良善さんが受け入れてくれたの! それで私気付いたの! 私は間違ってなかったんだって。自分が思ったことを声に出していいんだって……え、えっと……えっと、だから……だからね!」


 千紗の両手を包んだまま『う~~ん!』と苦心の表情で足踏みする夜空。どうやら千紗への言葉が頭の中で上手くまとまらないらしい。ただ、そこには確かに千紗を励ましたいという気持ちが見て取れた。それが、泣きたくなるほど千紗の心に染み渡っていく。


「あ、のぉ……あ、ぅぅ」


 久し振りに感じた他人からの善意。

〝性根を偽った和成の親身〟や〝救済は別次元の良善の受け入れ〟を勘定から省くと、もう何時振りかも思い出せないくらいの他人が自分の心情を案じる雰囲気に、千紗は夜空に抱き着いてしまいたくなるがギリギリのところでその衝動を噛み殺す。


(ダメだもん……千紗にこの気持ちを受け取る資格、無いもん。早くこの子をこの世界から解放してあげないといけない。〝Answers,Twelve〟がいい所な訳ないけど、こんな千紗達のせいで滅茶苦茶になった世界にいるよりはマシもん)


 夜空の気持ちは有難い。

 だが、それを受け取る訳にはいかないと、千紗は唇の裏を噛んで気を取り直して精一杯の冷めた顔で夜空の手を静かに振り解く。


「……ここで時間を無駄にしちゃダメ。早く月見さんのパパとママのとこへ行く」


 千紗が良善から言い渡された〝お使い〟

 それは夜空を彼女の両親の下へ連れて行き〝Answers,Twelve〟への加入を一方的にでも保護者へ説明して来いというモノ。


 〝このまま君を連れて行くと単なる誘拐だからね。ちゃんとご両親に別れを告げて来なさい〟


 二人の前で絶対に何か別の意図がある微笑をしていた良善。

 本来なら夜空を従者とする美紗都を向かわせるつもりでいたらしいが、美紗都には同性同世代という意味で円のケアを優先させるべきという判断になった。さらにこの側流世界内ではあくまでただの常人である夜空の両親は何か特殊な気配を発している訳でもなく、この混乱の中でそんなただの人間を探すのはかなり難しい。


 そこで千紗に白羽の矢が立った。

 美紗都と円の様に、彼女と夜空とは同性同世代。

 さらに、千紗にはこの混乱した状況でも夜空の両親をピンポイントで探し出せる()()を新たに手に入れていた………。

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