scene11-9 血まみれの共鳴 中編
次の投稿は7/31前後になります。
また間が空いてしまいますが、今後もお付き合い頂けると嬉しいです。
(元々は何の下地も無かった俺が一気にある程度は戦える様になったんだ。がっつり土台が出来てるあいつが殻を破ったら……くそッ! 別に俺は騎士道精神なんて持ち合わせてねぇからなッ!!)
胸の奥に引っ掛かるモノはある。
だが、冷静に考えてここでお行儀良く敵がパワーアップするのを待ってやるのはどう考えても悪手。
司は黒剣を構築して奏に斬りかかる。
ただ、その刃が潰されて打撃武器になっていた点は、彼の青い甘さの現れなのかもしれない。
しかし……。
――ビシッッッ!!
「えッ!?」
刃無しの黒剣を振り被って奏に飛び掛かっていた司。
その彼我の間に突如亀裂が横切る。
「な、なんだ……これ?」
何かが横切った軌線ではない。
文字通り目の前の空間にヒビが走り、その一部が欠けて出来た隙間から位置的には今も苦しむ奏が見えるはずなのに全く別の真っ白な空間が覗き見えていた。
「うッ!? ま、まさか……これが奏の覚醒した能力なのか?」
得体の知れない亀裂。
これを無視して距離を詰めるほど司も迂闊ではなく、奏の動きに注意しながら司は黒鞭で亀裂の隙間へその先端を近付けてみた。
――バチィッ!!
「うわぁッ!?」
黒鞭の先端がほんの少し亀裂の隙間を潜りかけた瞬間、鞭はまるで巨大な回転機にでも巻き込まれた様に捩じり切れて消失してしまった。
「……何の感触も伝わっては来なかったな。一体どうなって――」
『この土壇場で実にいい用心深さだ、司。それに不用意に手など近付けていたら肩の辺りまで捩じ切られるぞ?』
「――んッ!? り、良善さんッ!?」
頭の中に響いて来る微笑混じりの良善の声。
司が慌てて視線を向けると、荒れ狂う暴風は嘘の様に霧散して消失しており、良善と達真が対峙していた場所はコンクリートや鉄骨、そこに加えて恐らく何万人単位の人間が混じって出来た砂丘が広がっており、宙に浮く良善がコートに付いた汚れを払い落としていた。
「良善さんッ! え? た、達真は!?」
『すまない……逃げられた。いい具合に奴の苦手な戦い方に引き込んでいたのだが、そこの小娘が面白い反応を放った瞬間、私の意識が少しばかりそちらへ向いた隙を突かれてしまった。ちなみにその亀裂は達真が力任せに時元を突き破ってこの側流世界から出て行った余波だ。前回の絶え間ない砲撃とは違い、鋭い針が一瞬抜けた様なモノなのでこの側流世界が崩壊するということはないだろう。しばらくすれば修復力で元に戻る。念を押すが本当にそこに触れるんじゃないぞ? 今そこには世界の修復力が集中していて、私でさえその亀裂に触れたら防ぐ間も無く触れた箇所が千切れてしまう』
「マ、マジですか……」
周囲を見回すと、確かにそこら中に風景に無秩序に無数の亀裂が走っている。
それは良善と達真が居た辺りを中心に放射状に広がっており、あの良善ですら亀裂に触れない様に注意しながら動いていた。
『それより、司。その娘を捕らえろ。デーヴァの身で君と同じ覚醒手順を踏んでいる極めて興味深いサンプルだ』
「と、捕らえろって……俺の感覚だと多分互角でそんな余裕は――」
相変わらずの師匠に困惑しながら視線を戻す司。
血染めの奏は今にも地上へ落ちていきそうな前屈みでいた。
しかし、そこにいつの間にか純白に金線で装飾された〝Arm's〟を纏う小柄な人影が寄り添い藻掻く奏を抱えていた。
「――あ゛?」
奏の仲間なのか? 顔をオペラマスクの様な仮面で覆っておりその表情は分からないが、微かな身体のラインと長いツインテールの黒髪から見るに多分女性なんじゃないかと思われる。
しかし、そんなことはどうでもいい。
「……お、お前は」
取り戻した記憶の光景がフラッシュバックする。
まだ幼く、両親が帰って来ない家の中で無力に泣いていた自分をサッカーボールの様に蹴り回し、最後にはゴミの様に死んでいく様に脳を弄った奴ら。
その小柄な仮面女の服装は、その時の二人と全く同じデザインをしていた。
「――ッッ!? お前はッッッ!!!!」
コンマ一秒にも満たない能力の全開放。
亀裂のせいで時折見せていた瞬間移動も使えないのか、人込みを掻き分ける様な動きで亀裂の密集地を抜けていた良善も目を見開く存在圧が爆発する。
あの時の二人組とはどう見ても別人だが、近しい立場か同等な場所に居る者であることは間違いない。
奏への復讐を果たした後、新たな標的とするつもりでいた〝ロータス〟で真っ先に狙うつもりだった存在。
ここで取り逃がす理由は無かった。
「そこを動くなッッ!!」
選んだのは〝恐怖〟
全身から感情を強制する力を放ち、司は空間に走る世界の亀裂を躱して奏とその謎の人物に迫る。
効果はあった。亀裂を躱す様にして移動して回り込んだところで、謎の人物は奏を助けようとしていたはずなのに逆に血みどろの奏に縋り付いて震えている様に見える動きをしていた。
「はぁああああッッ!!」
振り抜いた腕から黒鞭を放ち、仮面下の喉へ巻き付ける。
短い悲鳴が聞こえた。やはりどうやら女性の様で実に情けない震えた声をしていた。
「安心しろ、お前には教えて欲しいことが山ほどあるんだ! それを全部聞き出すまで殺しは――」
――ズバァンッ!!
「――ぐッ!?」
黒鞭を伸ばしていた方の司の肩に穴が開く。
肉を突き破り骨を砕いて貫通した衝撃で黒鞭の形成が崩れる。
「ヂッッ!!」
見落とした。
白い〝Arm's〟の女に集中し過ぎて、脇下から見える奏の逆さ血瞳がこちらを見ているのを……。
「このぉッ!! ――ぐッ!?」
逆の手で再度黒鞭を放とうとしたが、いつの間にか形成されていた奏の戦闘棒が打突部を射出。
司は瞬時に黒鞭から黒盾へ瞬時に形成を切り替えてそれをいなすがたった一度弾いただけで盾は粉々に砕けてしまった。
「…………あら、早い。んふふ♪ 今ので眉間を撃ち抜けるはずだったのに……残念」
ドロドロと口から血を吐きながら笑い身体を起こして振り返る奏。
まともな言葉が出せるくらいには一旦身体が落ち着いたらしい。
ただ〝Arm's〟の再形成までには至っておらず、身体もフラフラと落ち着いていない所を見るに、満身創痍であることは間違いなさそうだ。
「強がるなよ。その姿、俺も経験があるから分かるぜ? 下手に動くと自分の動きで自分の骨が折れるぞ?」
「えぇ……とっても痛いわ。今も全身の筋があちこち勝手にブチブチ切れてるのが分かる。悪いけどそっちから襲い掛かってくれない? ――ゴボッ!? ケホッ、ゲホッ! ……カウンターで殺してあげるから」
「天沢ッ! よ、余計なことを言うなッ!!」
仮面の女が二人の会話に割り込む。
随分の幼げな声だ。それに何より司の〝感情強要〟でもうすっかり戦意が喪失している様に見える。
(俺の能力は効いてる……でも、天沢には全然だな。能力値で負けてる? それともあいつの能力には何か俺の能力に相性がいい効果でもあるのか?)
司は風穴を開けられてしまった方の腕側に黒盾を形成して逆の手には黒鞭。
さらに周囲に旋回する黒剣を浮かせて戦闘態勢を整える。
対する奏はやはり動くほどの余裕は無いようで、両手の戦闘棒をボクサーの様に構えるだけでも顔が歪んでいる。
ここで仕留めるべきだ。
司はタイミングを見計らい、お望み通りこちらから飛び掛かり向こうのリーチギリギリで一旦ステップを挟み空振りを誘って仕留めるシュミレーションを立てる。
だが……。
「ふざけるな天沢ッッ!! 来いッ!!」
「うぐッ!?」
事情を知らないにしても全身血みどろの相手にそんなことをするかという乱暴さで奏の腕を引いた仮面の女。
絶好のチャンスだと飛び出しかけた司だったが、仮面の女が懐から小瓶を取り出し足下に中身を撒いていて一瞬躊躇った隙に、二人は謎の液体で空間がグニャリと歪んだ所へまるで水面に沈むかの様に落ちて消え去ってしまった。
「なッ!? あ、おいッ!!」
「よせ、司。今のは世界の外殻を薄める溶液……奴らはこの側流世界の外へ出た。君には追えないよ」
遅ればせながらにフワリと司の背後にやって来た良善が司の穴が開いていない方の肩に手を止める。
「……良善さんなら止めれたでしょ? なんで見逃したんですか? 興味深いサンプルだって言ってたじゃないですか?」
「まぁね。しかし、実は私も少々驚いてしまってね。思わず動くのが遅れた。あの白い〝Arm's〟を纏った女が何者か知っているかい?」
「いえ、ただ……俺の奪われてた記憶の中に同じのを着た奴らが居ました。天沢をやったら次に狙うつもりだった標的と同じ格好です」
周囲の武装を解き、肩の傷口の修復に集中する司。
寸前で逃した怒りにギリギリと歯を食い縛るが、考えているといつまでも脳が熱を持ちそうだったので自身の〝感情〟を能力で鎮静化させる。
「フフッ……いい能力だ。アンガーマネジメントもお手の物だね。あの白い〝Arm's〟は〝ロータス〟の最高位陣にしてマリア直属の〝六聖〟と言われている者達の専用装備らしい。だが、そんな最高位がまさか殻を破ったばかりの君の能力にあそこまで腰を抜かしているのに少々呆けてしまって――」
「いいや、良善さんならそういうのには目が向かない。良善さんは天沢を見ていたはずだ。そして、あんなにボロボロに消耗していても俺の能力の影響も受けている様子が無かったあいつを見て『これはちょっと泳がせてみた方が面白いかも』って思った。違いますか?」
「……フッ! ハハハッ! いやいやまいったな! まさか心の中の呟きを一言一句違わず言い当てられたか!」
パンパンと司の肩を叩いて笑う良善。
質の悪い良善の癖に辟易しながら、司は穴が塞がった肩から手を降ろして良善に向き直る。
「笑ってる場合じゃないですよ! これからどうするんですか? 達真が裏切った。多分あいつは〝ロータス〟に裏で手を伸ばしてる。ここから先はもう今までほど悠長に構えてられませんよ!?」
「フフッ、そうだね。現状こちらで奴とまともに相対出来るのは私だけだ。君とて奴が本気を出したら一分と持たず、君以下に関しては戦いにすらならない」
「あぁもう! そういう話を楽しそうに話すのやめて下さい! 何、ワクワクした顔してんですか!? 全く……とにかく……ん? あれ?」
「おや?」
司と良善の顔が同時に動く。
二人の視線は都心部から離れた郊外の方を向いていた。
そして……。
「こ、この気配……」
「しまった……観測器を残していくのを忘れていた。彼女もそろそろだとは思っていたのに……」
呆然とする司と額に手をやり嘆息する良善。
二人の感覚は、とてつもなく大きく冷たい凍える様な美紗都の存在圧を感じ取っていた…………。
〝Answers,Twelve〟を足止めして撤退の時間稼ぎをしていた者達を回収した〝ロータス〟所属・アルテミス級時元航行艦・五番艦【キャミ二】所属の高速小型時元艇。
その中には【キャミニ】の搭乗員である数人のデーヴァと治療用カプセルに収められた奏。
そして……。
「い、いやああぁぁぁッッ!! も、申し訳ございませんご主人様ぁッ!! ど、どうかッ! どうかお許しくださいぃぃッッ!!!」
壁際に並ぶ操縦士以外のデーヴァが凍り付き震える。
そんな彼女達の視線の先には、腰を抜かして床を後ろ向きに這い泣きじゃくる小波雛菊がいた。
絵に描いた様な傲慢不遜の性格でありながら最初期の〝ロータス〟で名を馳せた六聖の一人であり、その存在は神であるマリアに次いで誰も逆らうことは許されなかった。
しかし今、そんな彼女がある意味見た目には違和感の無いただのか弱い少女の様に怯え泣いている。
その対象は……。
「あぁ……うん、別に怒ってる訳じゃねぇんだわ。たださぁ……あのレベルの司にびびってる様じゃこの先使い物にならねぇだろ? だからお前にはもっと怖い体験をして耐性を付けないといけないじゃん? 俺は他人に教えを説くなんて柄じゃねぇし、これが一番手っ取り早いんだよ」
床を這い、壁に背中が付いてもう逃げられない雛菊。
その目の前に立っているのは、片腕を突き出してヘラヘラとせせら笑いを浮かべている達真。
〝ロータス〟時元艇内に当然の様にいる〝Answers,Twelve〟の首領。
さらに〝ロータス〟の指導者側である雛菊が彼のことを『ご主人様』と呼んでいた時点でその詳細は押して知るべしだった。
「いやぁぁッ!! そ、それ! それだけはどうかお許しをッ!! わ、私はちゃんと言い付け通りに準備を進めております! すでに【キャミニ】はご主人様のために掃除を終えており、他の艦にも着実に準備を進めております! だ、だからぁ……」
「はぁ……人の話を聞けっての。だからこれはお前を怒ってやる訳じゃねぇって」
必死に懇願する雛菊にため息を吐き、達真はその小さな頭に手を置く。
すると、その掌に雛菊の頭部がジュルリと呑み込まれてしまった。
「んんん――――ッッッ!!! んッ! んんッッッ!!! んぶッ!? んぶぶぶ――ッッ!! んぶぶぶ――ッッ!! ん゛ん゛ッッッ!!! ん゛ん゛ッッッ!!! ん゛ん゛ん゛ん゛ッッッ!!!」
ジュブジュブと丸呑みにされていく雛菊。
達真の腕がボコボコと膨らみ途中何度か腕の表面に泣き叫ぶ雛菊の顔型を浮かび上がるが、肩の辺りではもうその輪郭も残らず、ものの数秒で雛菊は完全に達真の中に呑み込まれてしまい、バタつかせたせいで脱げた靴だけが床に落ちていた。
「ふぅ……ん? おい、どうしたお前達? そんなに震えて……あ、もしかして自分達のボスを苛めた俺に苛立ったか?」
軽く手を振り壁際のデーヴァ達に歩み寄る達真。
宿敵が目の前にいる……そんなことを思い睨みを利かせる丹力など、すでに彼女達の中からは根こそぎ奪い去られていた。
「い、いいいいえッ! そ、そん……な、ことは、ございませんッ!!」
「そ、その通りでございますッ!! ご主人様の期待に応えられぬ者など、お仕置きされて当然です!」
「わた、私達デーヴァはッ! ご、ご主人様のお役に立つこと以外価値の無い奴隷でございます!」
今にも失神して倒れてしまいそうな少女達。
【修正者】として立ち上がったはずの者が完全にその標的に服従している。
恐らく命じれば今すぐにでも床に跪いて足を舐めるくらいはするかもしれない。
「ふぅ……だから、別にお仕置きとかじゃねぇんだけどな……。まぁ、もういいよ。それにしてもしくじったな。予定より随分早く決別しちまった上に、司を引き込めなかったし良善にダメージも入れれてねぇ。あいつもなんだかんだで今度は負けないって用心してたんだろうな。くそぉ……収穫物が劣化版一匹だけとかしょうも無さ過ぎるぜ」
そう言って達真は掌を上に向けてそこに視線を落とす。
すると、その掌が微かに蠢き……。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁッッッ!!! 出し゛て゛ぇぇッッ!! こ゛こ゛か゛ら゛出し゛て゛ぇぇッッ!! ――うぶぉッ!?』
「うるせぇな……それになんつう情けない声だ。もう少しその腑抜けた根性を叩き直せ。ったく、能力の持ち腐れも甚だしいぞ」
拳を握り、一瞬だけ掌に現れた和成の顔を押し戻し嘆息する達真。
常人には理解出来ない能力を持つデーヴァでも絶望する達真の力。
こんな相手に勝てる訳がない。
【キャミニ】の搭乗者には、もう〝ロータス〟を裏切ったという憂いすら誰も残っていなかった。
「さてさて、まぁとりあえず目下はこいつの回復か? それにしても上手く育てられるかなぁ……? 良善みたく出来る自信はないけど、無駄にするには惜しいからな……なんとか綺麗に磨き上げたいもんだぜ」
顎に手をやりニヤニヤと笑う達真。
その視線の先にいるのは、デーヴァの身で初めて〝D・E〟の覚醒段階にまで到達した奏。
今までの旧型のナノマシン持ちや司の血から能力向上を手にした者達とは根本的に質が違う。
〝ロータス〟にとっては、まさに起死回生になり得る存在。
だが、それを今再び〝ロータス〟を配下にしてしまおうと目論む達真の手にある皮肉。
「さぁさぁ楽しくなって来たぜ♪ 派手にやろう……世界が壊れようが構わないじゃないか! 命は楽しんでこそだぜ! くくッ……はははははははッッ!!」
高笑う達真。
その姿に耐えかねて気を失い倒れるデーヴァ。
何もかもを自分本位に搔き乱す無比なる存在は、ただただ自分の命を謳歌するべく未来への凱旋の船旅を楽しんでいた…………。
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峪房四季 @nastyheroine