scene11-5 覚醒の引き金 後編
次の投稿は5/31前後になります。
また間が空いてしまいますが、今後もお付き合い頂けると嬉しいです。
「はあああああああぁぁぁぁッッッ!!!」
本気も本気。
司の中で今出来る全力の蹴りが和成の鳩尾に突き刺さる。
「ぐぶぉあッッ!?」
オープニングヒットは司に軍配。
和成の口からは内臓が飛び出したかの様な血の塊が吐き出されるが、司の存在圧によりその血は見えない壁に跳ね返される様に和成の顔面を鮮血に染める。
しかし……。
「――ぐッ!?」
(は? なんだこの手応え。分厚い鉄板でも蹴った様な……)
ダメージは入った。
しかし、その反動は確かに司の側へも跳ね返り〝D・E〟で強化された身体であることを差し引いても鋭い痛みが脳まで駆け上がって来る。そもそも、この一撃で相手の胴を貫いて絶命させるつもりでいた司からしてみれば、くの字に曲がっていようとも表層さえ貫けていない和成の耐久度は完全に想定を超えていた。
「くッ!? ――なッ!?」
「ぶぇははッ!! ビビってんのかよ陰キャ♪ これが僕の本当の実力だぁぁッッ!!」
和成が腹筋に力を籠め、突き込んだ司の足を抜かせない。
それでも司が慌てて本気で足を引き、どうにか抜けて和成の反撃に対処する。
眉間への左拳、喉への右手刀、鳩尾への左蹴り。
司が言えた話ではないが、見るからに素人な大振り。
それでも四肢の輪郭が霞むほどの三連撃に眉間と喉への攻撃はいなしたが、鳩尾への蹴りは後ろへ飛び退くまでしか対処が間に合わず多少爪先がめり込む。
「うぐッ!? ――ケホッ!」
「ひゃあははははははははははははッッッ!!! どうだ見たかぁぁッッ!!! 喰らったぁッ!! 僕の攻撃を喰らったぁぁッ!! みっともねぇなぁッッ!! あんなに余裕見せてた癖に喰らってやがるじゃねぇかッッ!!!」
(はぁ……ちょっと咳き込ませただけで首でも斬り飛ばしたみたいな反応だな)
地面を数度蹴り間合いを取り直す司。
和成の力は明らかに増しているが、どうやら頭の方は全く変わった様子がない。
つまり、和成には明確に自分が強くなったプロセスに自覚は無く、単に内から湧き上がる力の圧で気が大きくなっているだけ。
(この別人みたいな様変わり。積み重ねた時間なんて関係ない。高潔な使命も万人を納得させる道理も微塵もいらない。必要なのは一貫した欲求……自分が欲しいモノへの混じり気の無い渇望。これこそが自分の欲望を具現化する〝D・E〟の進化させる唯一にして絶対条件。こいつはもう一気に第三階層まで来てる。こいつを始末するには、同じ第三階層で上回るか、こいつの成長を参考にここで一気に俺が第四階層まで踏み込むしかない。ただ、考え無しに勢いだけで突っ込むと、絶対あとで良善さんに嫌味言われるだろうな……)
今の手合わせで感じた塩梅であれば、こちらが手も足も出ないということはない。
以前の様に圧倒とまではいかないが最終的に競り勝つビジョンは大体浮かぶ。
だが、せっかくのこの見本を解剖せずに分からないことを分からないまま強引に踏み潰して帰ってはきっと師匠に呆れられる。コーヒーを片手に『浅はか』だの『軽率』だの『思考の怠慢』だのと、ネチネチとお小言を漏らす良善の顔がありありと思い浮かんだ。
(こいつは自分の自尊心を満たすことが能力の階層を上げるカギになってると見た。ってことは俺は? 俺にも同じ様にトリガーとなるモノがあるはずだ。なんだ? ここからさらに俺が強くなるには何がいる!?)
戦いの最中に考え事。
普通ならそれは『集中していない』というマイナス要因かもしれない。
だが、良善の弟子をする司は自ずと身に付いていた。
〝考えず目の前のことだけでに集中するなんてのは二流の所業だ〟
思考を加速させて〝D・E〟の回転数を上げる。
司はこの和成の極端な戦闘力の向上を目印に自己分析に掛かる。
「ひゃはははははッッ! おら死ねぇッ! 死ねよゴミカスッ!! お前は他人に踏みにじられている方がお似合いだし、そうあるべきだろうがぁぁッッ!!」
相変わらず素人丸出しのパンチやキックだが、その一撃一撃が常人相手なら骨がへし折れるどこか皮膚が千切れて飛んでいきそうなレベルの威力。しかもそれを払いいなして司が反撃すると、前のめりに突っ込んで来ているだけのくせに和成は狂笑しながら回避する余裕まで見せる。
(身体能力が桁違いに上がってる。今までコピー能力頼りだったくせに、普通に戦闘が出来る様に……待てよ? これってもしかして俺の戦い方を学んだのか?)
ここまで何度か和成と戦った司は、彼の能力である相手の〝D・E〟能力を真似ることが出来る力を警戒して、通常の身体能力強化のみで戦っていた。
(こいつのコピー出来ることが増えてる……どうして? こいつの力の源は自尊心。他人より自分が優れていないと気が済まない……そうか! 相手の出来ることは自分も出来て当然。能力だけじゃなくて身のこなしや戦い方も奪えればより相手を見下せる……相手をより嘲笑うために〝D・E〟の解釈が広がってるんだ。これがこいつの第三階層……〝能力対象の拡大〟一旦これは暫定にしておこう)
「――ふひぃッ♪」
「なッ!?」
一歩後ろへ下がり間合いを取り直した和成の身体が掻き消えた。
右に動いたのか左に動いたのかも見極められなかった。
だが、その直後真後ろに強烈な圧を感じて司は身を屈めながら横へ飛ぶ。
その瞬間、司が立っていた場所を〝ルシファー〟の主砲に匹敵しそうなほどの巨大なエネルギー砲が吹き飛ばし、その延長線上にあったビルが丸焼けになり炭化して崩れ落ちる。
「だぁぁッッ! くそッ!! 避けんなよッッ!!!」
癇癪を起し地面を踏み砕く和成。
横跳びの勢いを回転で散らして再び立ち上がる司は、加熱して湯気立つ和成の片手と焼け焦げてビルを交互に見て少々肝を冷やす。
(今の砲撃は曽我屋のか……その前の動きは綴のだな。コピーの幅だけじゃなくてその精度と威力も上がってる。前に戦った時にも綴の高速移動は使ってたっぽいけど、全然別次元の……あれ? そう言えば美紗都が初手で顔面に一発喰らわせた時、こいつは綴の高速移動を使っていなかったな。今のこいつの反応速度からして、能力を使う間も無かったってことはないだろう。つまり、あの時には真弥の力は使えなかったのか?)
さっきは出来なかったが今は出来る。
今の美紗都程度を相手に能力を使う気はなかったのかとも思ったが、自尊心が力の源である様なこの男がみすみす顔面にパンチを許すとは考えにくい。
(さっき戦っていた時に能力を真似し直した? こいつ、真似た能力をずっとストックしていられないのか?)
一度コピーした能力は何十種類だろうが永遠に使い回すことが出来る。
それは流石に能力の規模として逸脱している。体内のナノマシンを分散したとしてもそれぞれ特徴のある能力を一人の体内で混線させるのは明らかに無茶だろうし、これくらいの制限はあって然るべきだ。
和成の能力の規模を知る有益な気付き。
そこからひらめきが連鎖した司は、その場から一旦離脱して瓦礫の散乱が酷い辺りに潜り込んで和成の視界から物理的に身を隠す。
「ひひひッ! コソコソ逃げ回りやがって! でも、いいぞ! 怖くて無様に逃げ回ってる方がお前にはお似合いだッ! じっくり炙り出してやるよッッ!!」
和成の周囲に千紗のエネルギー球が浮かび上がり、狙いも定めず撒き散らす様に瓦礫を撃ち抜いて行く。
その能力の本来の持ち主である千紗は、自身のスタミナ不足であまり長時間能力を使い続けられていなかったが、和成はその辺を気にする必要は無さそうで、もしも今千紗に意識があればさぞ悔しくて歯を食い縛っていただろう。だが、司が知りたいのはそこではない。
(七緒の温度感知は使えてないな。綴と曽我屋……それと、最初に一般人を投げ飛ばしてきた力。コピーした能力のストックは三つか? いや、さっきから投げ飛ばす能力は使ってない。人じゃなくてもそこら辺の瓦礫があるのになんでだ? 生物にしか使えないって制限があったとしても、なら俺自身に使ってもいいはずだ。つまりストックは二つ? ……いや、それはちょっとコピー能力って言うには少な過ぎる気もする。それともストック制じゃなくて取ったら一定時間で消える時間制限制なのか?)
明確な基準はなくどれも感覚的な判断だが、敵を紐解いていくこの過程は着実の司の中の〝D・E〟を加速させていく。徐々に相手を追い詰めている気持ちになるからだろうか? とにかく、この体内の血の加速している感覚も無視してはいけない。今まではただテンションが上がってるとだけしか認識していなかったが、それが何故起きているのかを司は明確に理解しないといけない。
(〝D・E〟で感じるモノを整理しろ……俺の身体は何をきっかけに強くなろうとしている? その予兆を掴ん――――)
「んひぃッ♪」
「――ッッ!? チッ!!」
瓦礫の迷路を縫う様に進んでいた司の前に突然和成が飛び込んで来た。
砲撃は一定の方向からずっと飛んで来ていて、今も続いているのに何故目の前にいる?
「エネルギーの玉をその場に残して遠隔で発射してたか! 随分起用になったもんだなッッ!!」
突き放って来る手刀に拳で応戦。
裏路地の様に狭くなっていた周囲の瓦礫が吹き飛び一瞬で更地になってもなお、互いの圧が唾競り合い地面がゴリゴリと削れて行く。
「フッ!!」
押し一辺倒では芸が無い。
司は自ら拳を引き、その場にしゃがんで足を払いに掛かる。
しかし、一瞬つんのめりながらも和成はすでにジャンプしていて司の払いは空振り。
ならばそのまま前転からの蹴り上げはどうかと放てば、こちらの足裏に向こうも足裏を合わせて大ジャンプで余裕の回避。
「遊んでやがる……くそ! あいつの性質上、舐めプすること自体も能力アップに繋がるだろうからな……いちいちウザいったらねぇぞ!」
消極的な戦い方はさらに和成を付け上がらせる。観察するにしても手数は出しておかなければいけないと判断した司は、一気に距離を詰めて再び接近戦を仕掛ける。
だが……。
「にぃひぃ~~♪」
「う゛ッッ!?」
即座に応戦して来ると思った和成の対処がここで一変する。
迫る司を引き付け、ノーガードでさらに司に一歩間合いを踏み込ませた所で、和成の双眸が血色の深さを増し、その悍ましい眼光が司の瞳を捉えた瞬間、司の全身に虫が這いまわる様な不快感が広がる。
感情的な見解を排除して率直に判断すると、その瞬間……司は確かに和成を〝怖い〟と感じた。
「く、あ……ぁ……ッ!? ――ぐぅッッ!!」
咄嗟に自分の唇を噛み切った司。咄嗟に思い付いた正気を取り戻す術。
漫画やアニメなんかで軽々しくやっている自傷行為だが、実際やってみると想像以上に痛かった。
だが、おかげでその唐突過ぎる不自然な恐怖が完全に全身を覆い尽くす前に意識を切り替えることが出来た。
「うぷ……ぺッ!」
(なんだ今の……? 理由も無くいきなりあいつを怖いと思わされて身体が硬直しそうになった。明らかに俺自身から湧き出た感情じゃない。どういうことだ? あいつまた別の能力を…………いや、待て。もしかして、今の……俺の能力か?)
相手を魅了して戦闘意欲を奪うのが能力であるはずの司の〝D・E〟
それなのに恐怖を引き出されるというのはイマイチ繋がりが感じられない。
しかし、血色の瞳が光ったということは和成の模倣が発動したという証拠であるはずだし、再度先の美紗都の件と照らせばこの能力もずっとストックしていたとは思えない。
となると、この能力も現地調達。
そして、今そのコピー対象になり得るのは自分だけ。
それら前提に考えると一つの仮説が成り立つ。
(俺の能力の対象は〝魅了〟っていう感情一項目じゃなくて、本当はその感情そのものに影響するモノなんじゃないか? 相手が自分に対して向けて来る感情をコントロールする。そういう風に考えれば、相手を〝魅了〟したり〝恐怖〟させたりは矛盾してない。精神面に影響するっていう括りで分類すれば、十分同系統って言ってもいいだろ)
心理に干渉される。
ここに来て初めて知る自分の能力を受ける側の感覚。
その真逆の視点は司に新鮮なインスピレーションを与えて解釈を再認識させる。
ただ、一回だけでは何とも言えないと思った矢先、和成は司のほんの一瞬硬直した表情に手応えを感じたのか、即応されて大した有効性も見えないのに、司へ拳を振り回しながら何度も何度もその力を乱発して来る。
「びゃひゃひゃッッ!!! 今の僕には分かるんだッ!! 相手が能力を使わなくてもその身体の中にある性能を引き摺り出す見えない手を伸ばす感覚ッ! そして、それを掴み自分の身体に取り込んだ瞬間にその詳細を理解出来るッ! 陰キャなお前らしい無駄に複雑な能力でちょっと手こずったけど、もうコツは掴んだ! 隠したって無駄なんだよッ! 僕の前ではみんな僕に自分の能力を恭しく差し出してるも同然ッ! さぁ! 存分に僕に怯えていいぞぉッ!! カス野郎ぉッッ!!!」
「……はぁ」
朧げな仮説をどうにか確信へ引き上げようとした矢先の呆れた種明かし。
七緒と共に攻めて来た時もそうだったが、本当に駆け引きというモノを理解出来ていない。
違う視点から自分の能力を見て初めて気付く本質。
さらに和成が乱発するおかげで自分の中の〝感情〟というモノの輪郭を捉えたことで、司は即興で自分の能力を自分にも使えることに気付けた。
(ホント馬鹿だな、こいつ。次から次へとサンプルをくれやがって……)
和成が向けて来る体外からの感情刺激を自分も自分に感情刺激を送ることで相殺。
いきなり自分の能力のアプローチ方法が変わり戸惑うが、和成が勝手に何度も練習台を買って出てくれるおかげで元々この能力の持ち主である司はあっという間に自身の能力の再確認が済んだ。
「チッ、なんだよ……感情をコントロールする能力って。要するに超凄腕の精神科医になれる力か? メンタルクリニックでも開業すればボロ儲け出来そうだな」
「はぁッ!? 何の話してんだよ、カスッ!! っていうか……なんで? なんで僕にビビらないんだよお前ッ!!?」
「はッ、気にすんな。こっちの話だ。あと……ビビって貰えないからって喚くなよ。単にイキってるより数倍無様だぞ?」
過去に由来して相手を魅了する能力に目覚めたと思った司。正直、愛され不足を紛らわすみたいなその内容にちょっと恥ずかしい能力だなと思っていたが、人のトラウマや渇望と言うのはそんなにシンプルなモノではなかったらしい。
「まさかお前なんかに本当の自分の気持ちを教えて貰うとはな。クソ不本意だけど、礼だ……遠慮なく、受け取れッッッ!!!」
相手が自分の能力をコピーして使って来ても自分には対応策があると確認が出来た。
そうなればこっちも能力をセーブする意味はない。
司は大振りに放って来た和成の拳を掌底で突き上げてガラ空きになった和成のボディーへ拳を放つ。
司が怖がってくれず狼狽えていた和成は、それでもその単調な拳の軌道をしっかりと捉え、余裕を持って上体反らしで躱そうとするが……。
「間抜け」
「えッ!? ――ごへぇあッ!?」
司の袖口から滑り出る黒い泥。
それは一瞬で円錐状に凝固して、和成の腹部に深々とめり込み司の拳に肉が潰れる感触が伝わる。
「あ゛ッ、がぁ……ッ!? な、なん――ごはぁッ!?」
「すぅ……――フッ!!」
腹を抑え身体をくの字に曲げながら覚束ない足取りで後ろへ退く和成。
対する司は素早くその間合いを詰め直して左右の拳を連打させるが、その両袖からはまるでバネ仕込みの様に円錐手甲が目にも止まらぬ速さで伸び縮みを繰り返し、目測と実際の衝撃がまるで噛み合わない変則連撃が次々にクリーンヒットしていく。
そして……。
「ごはッ!? ぐぇッ! ぶッ! ひ、ひぃッ!? や、め――ぶげぁッ!?」
覚え直したての感情刺激。
一打ごとに双眸と拳に込めて放つ〝怒り〟〝憎悪〟〝嫌悪〟〝侮蔑〟〝嘲笑〟
自惚れて自分を偉大に見せようとする見栄の感情と、失意の底から岩肌に爪を立て血を滲ませながら這い上がって来た感情とではその純度が違う。身体の奥底へ打ち込む感情毒が見る見る内に和成のメッキを剥ぎ散らし、軽薄な笑みを恐怖に引きつる弱者へと矯正していく。
「おぇッッ! がぁッ! ぶぇあッ! ――ごぼぼぼぇッ!? ま、待っ……や、やばい、内、内臓! 今、内臓いったって! あッ! ちょっと、待ッ! ――ぶぎゃッッ!?」
「…………」
腹部を抑え片手を突き出して司に制止を求める和成。
無論、司がそんな懇願に応じる訳もなく、突き出した片手の手首を掴んで引き寄せて顔面に肘打ちを叩き込む。蹴りが顎を突き上げて、フックがあばらを砕き、膝蹴りが顔を弾き上げて左右の連打が頭部を反復させる。
前評判を覆して以外に続いていた互角の攻防。
だが、その均衡は完全に崩れて前回と全く同じ一方的な司のリンチが始まる。
しかし、それでも……。
(くそ、固ぇ……打ち込む度にこっちも結構キツいくらいだぞ?)
まるで鉄柱をサンドバック代わりにしている様な感覚。
今すぐダメという程ではないが、あまり長く続けていると少々しんどいかもしれない。
やはり、和成も〝D・E〟を使いこなし始めている事実だけは認めざるを得ない様だ。
(もうちょい痛め付けたら中距離武器に変えるか? いや、こいつも感情の自衛に気付くとまた拮抗しちまう。気付く間を与えないためにもこの回転数で攻撃を叩き込み続けた方がいい。それに……ハハッ! 良い……今度はこっちも来てるぞ、これッ!!)
〝D・E〟の回転数を示すメーターが今までにない域に掛かり始めている感覚がする。
相手を紐解きそのからくりを理解して、それを自分に応用して自己理解を高める。
戦況を把握して相手を封殺。……その上急速にと自分を強化していけている感覚。
(すげぇ全能感……なんかもう手も痛くなくなって来た。能力の精度も外骨格の強度もドンドン増す。あぁ……あぁぁぁ……いいッッ!!!)
「ははッッ! 悪かった! すまん、謝るよ如月ッ!! お前が馬鹿丸出しで笑い狂ってた理由が今なら分かるッ!! これはやべぇッ!! 脳が痺れるくらい気持ち良くて堪んねぇよッ! 気を抜いたら俺も笑い狂っちまいそうだぁぁッッ!!」
「ぶげッ!? ごッ! ぼぐぁッ!! ――おぇッ!? や、やめッ! ぶぎゃッ! ぐぼぉえあッッ!?」
司の両手が霞む。
ゾーンに入った司の攻撃に和成の身体が上下左右に振り回されるが、全てが芯を捉え無駄に和成の身体を吹き飛ばさないせいでもう和成には息継ぎをする間もなく叩きのめされていた。
それが五分十分と続き、いよいよもう呻き声も上がらなくなった所でようやく司の手が止まり、和成の身体が司の横を抜けて前のめりに倒れる瞬間、司の手が和成の背中を掴み、真横に腕を伸ばしてその身体を吊り下げる。
「――――――」
プラプラと揺れる和成。
完全に白目を剥き、口からドロリと血を落とした自称神にも等しい男は、結局前回前々回同様にそのビックマウスに何一つ釣り合いもせず完全敗北を晒した。
「すぅぅぅ…………はぁぁぁ…………第四階層、まではいかなかったな。でも……すごく気分がいい」
水平に伸ばしていた腕を下げ、和成の顔面が地面にぶつかったのも気にせず、司はしばし夜空を見上げて放心する。丁度いい倦怠感と目標には届かなかったが確実に自分の能力が一歩前に進んだ細やかな満足感。心地良いクールタイムに全身の細胞が活性化しているのが分かる。
「よし……よし……いいぞ。凄く……いい。認めるよ、お前のおかげだ如月。今日俺は自分がもっと強くなれることを確信出来た。さっきの分じゃまだ足りない。もっとお前にお礼をくれてやる。……一緒に行こうぜ?」
司の振り上げられ、浮き上がった和成の首を掴み上げて自身の顔の前に運ぶ司。カクンと後ろへ仰け反る和成の顔は、完全に意識が断ち切られて口端からは血泡が垂れているが死んではいない。ただ、今は意識が無くて幸いだっただろう。
何せ、目の前に司の血色の瞳は戦う前よりもさらに深みが増し、明らかにその存在圧が段階を上げていた。
「もう少しだ……もう少しでまた何かが変わる。目の前に透けた薄皮が一枚残ってる感じなんだ。お前……この世界の俺で散々自分磨きしたんだろ? へへッ、ズルいぞ? 今度は……俺の番だよな?」
この戦闘では達し切れなかった第四階層。
しかし、方向性は定まった。
何もこの場でとこだわる必要は無く、場所を変えてゆっくり検証するも悪くはない。
司は最後にもう一度和成を投げ上げてその片足首を掴んで一度和成を地面に叩き付けてから踵を返してそのまま彼を引き摺りながら、丁度視線の先で地面に降り立ち胸に手を当てこちらに一礼するルーツィアを見付けてゆっくり歩み寄っていった…………。
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峪房四季 @nastyheroine