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アナザー・リバース ~未来への復讐~  作者: 峪房四季
Scene11 〝正しい〟が持つ魔力
123/138

scene11-4 覚醒の引き金 中編

お久し振りです。

司VS和成の新展開。

良善が作った〝D・E〟の不条理がいよいよ露わになる。


※本日19~20時台でもう一話投稿します。

「あれが私の〝D・E〟を手にして常人の域を超えた子達だ」


司達が会敵したビルから数百m離れた別のビルの屋上。

そこには司に〝砂時計〟を渡したはずなのに当然の如く本流世界からこの側流世界にやって来ていた良善が、ビル風に吹かれる中折れ帽を手で押さえ、隣にいる円に状況の解説を行っていた。


「う、嘘でしょ? 人が生身で……ビルの壁を突き破った?」


信じられない現象を目の当たりにして呆然と立ち尽くす円。

司に知られたら反感を買うのは間違いないが、良善が本気で気配を殺せばそれはもう〝その場にはいない〟と言っていい精度であり、たとえ伸び盛りの司にもバレる心配は無い。


「専門的な説明をしても理解が難しいと思うのでチープだが簡潔に言うと、彼ら彼女らは〝超人〟になったということだね。君の常識である二十一世紀基準の技術力や軍事力を鑑みれば、あそこにいる者達だけ世界征服も容易だろう」


「つ、司があんな力を? 一体どうやって……」


「フフッ、血の滲む様な修練の日々でも想像したかい? あ、いや……彼の場合は滲むどころの話ではなかったのだが、それでも何か特段訓練をしたという訳ではない。苦労して強くなるのは正義様の尊い特権であり我々悪党にはとてもとても……。悪党は道理などそんなことは気にせず強くなる。だが、それだと正義様に負けて然るべき低俗になり果て、何より私の趣味にそぐわない。だから最低限頭は使うのさ。〝どうすれば自分は強くなれるのか〟とね」


「どうすれば、強くなるのか……――あッ!? 誰か飛び出て……えッ!? あ、あの子……凪梨さん?」


良善の解説に耳を傾けつつも、円は最初に『あの辺を見ててご覧』と良善に指差されたビルから視線を逸らせずにいると、司が突撃して僅か数秒後に彼が開けた穴の横から今度は見知らぬ男性がもう一つ穴を開けて壁を突き破り、その二つ目の穴を通って美紗都が躊躇いも無く高層から身を投げ出して先に出ていた男性の顔面を鷲掴んだまま地面へと落ちていた。


「ほぉ、美紗都に譲ったのか? いや、多分違うだろうな。まぁいい、今回の決定権は全て司に任せて――……ん?」


背中から壁を突き破った和成とその後を追い飛び出て来た美紗都。

そのまま美紗都が和成の顔面に拳を叩き込み、和成も負けじと応戦して二人は縺れ合う様に落ちていく。

それを見た良善は、一瞬無表情に目を細めて何かを見極める様な真剣な眼差しになったが、二人の姿がビルの死角へ消えていくと同時に肩を竦めて苦笑する。


「……なるほど、これは面白くなりそうだ。さて、円嬢。もう少し離れても見えそうかな? 思ったより戦いの規模が大きくなる可能性が出て来た。気配でバレなくても肉眼でバレる恐れがあるし、何より君が危険だ。少なくとももう二~三kmは距離を取った方がいいだろう」


「え? あ、あの……はい、多分……行けそうです」


そう言って自分の目元を抑え困惑する円。

今の時点でも現場から数百m離れているのに、その視線の先で瓦礫が舞い散る中でも人の顔が識別し切れた自分の視力が信じられないでいる様だ。


「あ、あの……博士(ラーニィド)さん。私の身体って、どこかもう普通の人とは違――」


「フフッ……」


「え? な、なんですか?」


「あ、いやいや……気にしないでくれ。最近どうにも私のお願いを素直に聞いてくれる子がいなくてね。少し嬉しくなってしまったんだ。異様な視力に戸惑っているかい? その件はあとで司と共にちゃんと説明するよ」


人当たりのいいほくそ笑みを向けつつ、良善は円の襟首を掴み仔猫でも持ち上げるかの様にしてビルを跳び渡り距離を取り始める。


「きゃあぁあッッ!? こ、怖いって! ちょッ、なんでこんな持ち方なんですかぁッ!?」


「この時代では中高年が少女に触れるのはタブーなんだろう?」


冗談めかして笑う良善と下手な絶叫マシンより遥かに恐ろしいアトラクションに悲鳴を上げる円。

そんな二人の背後で件のビルが中ほどで爆散し、都心のど真ん中で人外達の戦闘が開始された…………。








「お、おいッ! 何か落ちて来てるぞッッ!?」


道行く人々が誰が張り上げたかも分からない叫び声で皆の視線が頭上に誘導される。

そして目にする瓦礫とガラスの破片が混ざった濁雨。

一瞬でパニックになる地上、当然そんな落下物の中に二人の男女が混じっていることなど気にする余裕は誰にも無かった。


「ぐぶッ!? こ、このぉ……ッ! 美紗都ぉぉッッ!!」


「ぐぅうううううううぅぅぅぅぅッッッ!!!」


高層ビルからの身投げ。

強烈な落下エネルギーを全身に感じながら、美紗都は和成の胸倉と顔面を掴み歯を食い縛ってその後頭部を地面へ叩き付ける位置取りをキープする。

だが……。


「むぐッ! ぐぐぐッッ!! ――おらぁッッ!!」


「きゃあぁッ!? あぐぅッ!!」


強引に体勢を入れ替えられて背後に回られ後頭部を掴まれてしまう美紗都。

それを無理矢理振り払い、再度位置取りを優位にしようと身体を捻り拳や蹴りを見舞うが、どれも軽々といなされ、最後は突き出した拳を握り止められて、そこから関節をきめられてしまい、再びうつ伏せ状態の美紗都が下でその背中側に和成が回り込む位置取りになる。


すでに地表は目前、もう一度位置を奪い返そうと必死に藻掻く美紗都だが〝D・E〟の出力は和成の方が遥かに強く微動だにしない。


「ひゃひゃッ! 美紗都ぉ……お前も結局は向こう側かよぉ~~? ぐひひッ! 馬ッ鹿だなぁ♪」


「ぐッ! うぐッ!! だ、黙れッ! 気安く名前呼ぶんじゃな――あッ!?」


「おらぁ! 地面とキスでもしてろ! このアバズレッ!!」


最後に一瞬手を抜くなんてことも無く、和成は美紗都をうつ伏せの体勢に固定したまま地表の舗装路に叩き付けた。レンガ敷きの地面が爆ぜ舞い上がり、下地の土や砂利までえぐりクレーターを作る。


「ぐ、あ゛ぁッ!?」


激突の寸前に背中に膝を立てられ決定打を喰らった美紗都。

常人なら人の形を保ってはいなかったはず。しかし〝D・E〟持ちの美紗都の身体は原型を留めるどころか四肢には骨折した様子すらない。


だが、それでも強烈な衝撃に身体の内部がやられ、美紗都は身体を逆くの字にしながら致死量を思わせる血を吐き散らす。

鼻や耳からも流血して、まんまと無傷で着地した和成に頭を踏まれても振り払えず、美紗都は完全に戦闘不能になってしまった。


「あっははははははッッッ!!! おいおいお~~い! 不意打ちしておいて返り討ちかよぉ~~! 情けないなぁッ! みっともないなぁぁぁッッ!! ねぇ、今どんな気持ちぃ~~? ズルしても捲られて一撃KOされちゃう雑魚女ぁぁッッ!!」


前髪を掴まれ無理矢理身体を反らし上げられる美紗都。


「く、く……そぉ……ッ!」


溢れる涙が止められない。

きっとポロポロと泣いてしまっている自分を見て、和成は狂喜乱舞するだろう。

その耳障りな笑い声を聞くのが耐え難い。

しかし、あまりにも悔しくて情けなくて、どんなに堪えようと目を固く閉じても涙が流れ落ちてしまう。


「にぃひぃ~~ッ! おーおー悲しいねぇ~~♪ もっと後悔しろッ! 自分がどれだけ馬鹿なことをしたのか噛み締めろッ! そもそもお前は産まれた時点で悪党が決まってたんだ。それを認めずいじましく生き残ろうとしやがってッ! お前が素直に死を認めれば事はもっと簡単に済んでたんだよ! おらぁッ! もっと反省し――――」




「はしゃぐな」




二人の身体に覆い被さる影。

視線を上げる余裕はなかった美紗都に対し、弾かれる様に上を向いた和成。

だが、彼が認識出来たのは真っ赤な二つの赫月を思わせる輝きまで。

次の瞬間にはまるで大鎌の様な蹴りが側頭部を捉え……。


「――ごぉッッ!?」


自分達が落ちて来たのと同じ距離で上空から溜めに溜めた回し蹴りを受けた和成の身体は、計六車線の反対側にあるビルまで吹き飛ばされ、その一撃を放った司は両足で美紗都を跨ぐ様に何事も無く着地する。

最初の瓦礫落ち、地面に激突しても死んでない男女、そしてさらに男が一人落ちて来て、ようやくここで常人達の思考が追い付き周囲に悲鳴が湧き上がるが、司は特に気にすることもなく美紗都を抱き起こす。


「大丈夫か、美紗都? 身体の修復は始まってるだろうけど、とりあえず一旦休――おっとッ!?」


抱え上げて顔色を見ようとした司。

しかし、美紗都はそのまま頭突きをする様に弱々しく司の胸に顔を埋めて震え出し始めた。


「なん、でぇ……なんで、あんな……奴に、私ぃ……手も足も……出ないのぉッ!? く、悔しいぃ……あ、ぁぁッ! 悔し……いぃッ!!」


司の胸元に額を押し付け、上着の襟元を咥え号泣を嚙み殺す美紗都。

分からなくもない。何も知らない自分を騙し誘い自分の今後のためにその命を売ろうとしていた男にヘラヘラとあしらわれては屈辱だろう。だが、こればっかりは現時点での〝D・E〟の適応度の差としか言いようが無い。


(努力して鍛える? いや、そんなのはご高尚なお正義様がすることだ。悪党(良善)が作った力にそんな清いプロセスなんてあるもんか。多分、何かきっかけが必要なんだ。そして、それを考えて自己認識しないといけない。美紗都はまだそのきっかけに気付けていないんだ)


抱えた美紗都の背中を擦ってやる司。

するとその肩口から見た向かいのビルの一階部分では、野次馬の通行人達が慌てて左右へ逃げて行き、額から流れ落ちる自分の血を舐める和成が平然と立ち上がっていた。


道路を挟み睨み合う両者。

和成は泣いて悔しがる美紗都の背中を見て随分と自尊心が満たされているのかご機嫌な笑み。

対する司は白けた眼差しを向けながらもその思考を徐々に加速させていた。


(あいつ……前に俺がボコボコにした時より明らかに強くなってる。何があった? 俺の感覚なら前のあいつと美紗都はこんな一方的な展開になるほど実力差はなかったはずだ。その上、あいつはこの前俺に手も足も出なかったはずなのに今はまるでビビってる様子がない……どこからそんな自信が湧いてる?)


前回あれだけいたぶられたのだ。

見栄を張って強がろうが、その表情にはもっと強張りがあって然るべきはず。

それなのに、視線の先にいる和成からはまるで司に臆する気配が感じられない。


「……美紗都、ここで大人しくしてろ。あとでゆっくり話そうな?」


「うぐッ、う、ぅ……は、いぃ……」


最後に頭を撫でてやり、司は美紗都を横たわらせて和成と正対する。


「この前は仕留め切れなかったからな……今回はもう分かってるだろ? 覚悟しろ」


「はぁ~~ッ!? それはこっちのセリフだカスがぁッ!! この前の礼に今度はこっちがボコボコにしてやるよッッ!! 手足も歯も全部へし折ってグチャグチャに丸めてゴミ袋にでも詰め込んでやるよッ! てめぇにお似合いだぁッ!!」


「…………」


やはりおかしい。

何を根拠に前回と全く逆の結果を手に出来ると思っている?

常軌を逸した自惚れだけでは説明が付かない思考。

恐らく、前回逃げ延びたあとに和成は何か〝D・E〟に関する新たな要素を掴んだのだ。

そして手にした新たな力が和成の傲慢さを完全復活させている。


無論、司にとって和成の成長などどうでもいい。

自分の出せる全力を持ってあの男をブチのめす以外に思うことなど無い……はずなのだが、今の司は和成が何を持ってその自信を取り戻したのか、その疑問を無視出来なくなっていた。


(チッ、良善さんから話を聞いた時は見つけた瞬間ブチ殺そうと思ってたはずなのに、なんだか頭が冷静に分析し始めやがる。あの人の弟子やってるせいか? 悪いことではないんだろうけど、お利口さんになったみたいでなんか嫌だな……)


感情を横に置く術が身に付いて来ている自分に少し自己嫌悪。

せっかく人外の力を手にしたのだから達真の様に自分本位の傍若無人に振舞っても構わない気がする。

でも、司としてはどうせなら良善の様に常に落ち着いた大人の余裕で振舞った方が格好良く思えた。


「フッ……あの二人を比較すれば、断然後者だよな」


「あ゛ぁッ!? 何笑ってんだよッッ!? 生きてるだけも迷惑なゴミカスの分際で調子に乗ってんのかよッ!!」


「ぎゃーぎゃーうるせぇんだよッ!! さっさとかかって来やがれッ!! ビビってるならそう言えよッ!! 怖くない様に瞬殺してやるぞッッ!?」


五秒と持たない大人の余裕。

売り言葉に買い言葉で頭は冷静なのにまだまだお子ちゃまな感情が露わになる司。

だが、悪側に付いてようやく取り戻した自尊心をポッと出の思い上がりに軽んじられるのは我慢ならない。

これだけは譲れない一線だった。


「はぁ? 瞬殺? 上等だよ……ここでお前を叩きのめして、偽物のお前で練習した拷問を全部お前でもう一度やってやるッッ!!」


ゴングが鳴った。

まず動いたのは和成だったがその所作は少々奇妙で、右手を横に伸ばして何かを掴む様な動作をする。

司の黒鞭の様なナノマシンを体外へ出して外骨格にする術を身に付けたのか?

一応、不用意には飛び込まず警戒する司。

すると……。


「うわぁああぁッッ!?」


「えッ!?」


突然上がる男性の悲鳴。

司がその声のする方へ目を向けると、スーツ姿の通行人がまるで胸倉を掴まれて持ち上げられる様に、何も無い空中に浮かび上がって苦しげに顔をしかめていた。

いきなりなんだ? 状況に脈絡が無さ過ぎて司の表情が驚愕に固まる。


「ふひひッ! ――おらぁぁぁッッッ!!!」


「ぐぎゃぁッ!?」


ボキッという音が響き持ち上げられた男性の身体が司に向かって猛スピードで突っ込んで来る。

まるで胸倉を掴む透明な大男に投げ飛ばされる様なその男性の挙動。

そして、その動き出しの際に聞いた不気味な音の正体は、飛んで来る男性の首が鎖骨に口が当たるほど曲がっているのを見て全て察した。


「お、お前……――うぐッ!?」


成人男性一人を投げ付けられたとはいえ、拳銃さえ意に介さない今の司に受け止めるのは容易い。

だがそれ以上の衝撃に絶句する司は思わず狼狽えて数歩後ろへたたらを踏んでしまった。


「はッ! なんだ? 人殺しとでも言いたいのか? ここは側流世界だよ? こいつらは本当の人間じゃないんだから関係ないってのッッ!!」


今度は両手を左右に伸ばして同じ様に空気を掴む和成。

すると右側で女性、左側で杖を付く老男性が宙に浮き、和成が広げた両手を胸の前に交差する様に振ると、二人は先の男性と同じく司に目掛け放たれ、その強烈な勢いに首や背骨が耐え切れずへし折れて死肉の弾丸と化した。


「ぐッ!? このッ!」


受け止めた男性を横へ投げ捨て、次の女性と老男性は受け止めず腕で払い除けた。

仕方ないとはいえこれだけでもかなり後味の悪い行為。

和成が言う通りここは側流世界なので正確にはここに住む者は人間ではなく一般人という役割の概念でしかない。そのため地面にうつ伏せで倒れる最初の男性もすでに手足の先から光の粉になって消え始めている。

だが、そうは言っても……。


「お前……もうここまで来たのか。もはや偽善とすら言えないだろ?」


「はぁ? 消えるべき悪党のお前が僕に説教でもする気か? 寝言は寝ている時に言うから寝言って言うんだぞ? もう少し身の程を弁えて欲しいな……共感性羞恥が辛いよ♪」


和成の価値観は司とは掠ることも出来ない別の方向を向いている。

もはや善悪を議論する相手にも値しない。無駄なことは諦めて司は思考を切り替えた。


(誰の能力だ? 他の【修正者】からパクって来たのか? それとも美紗都か? そう言えば前の側流世界で能力の発現自体はあったって話は聞いたな。でも、美紗都本人はまだ使いこなせてない感じだし……くそ、そろそろマジでこいつの能力をしっかり理解しないとマズいかもな)


「おらぁッ! 避けるなよッ! 避ければ避けるほどこの世界の住人が死ぬぞ!? お前が生きてるせいだ! 良きる価値の無いお前がさっさと死ねば、この世界の住人は死ななくて済むんだよ! つまり全部お前のせいだッ!!」


和成が両手を振り上げた。

すると、二人の視界内にいたほぼ全て一般人が宙へ舞い上がり、悲鳴を上げながら無秩序に周囲を飛び回って断続的に司へ襲い掛かる。


「くそがッ!!」


避けることは造作もない。

だが、避けたその後ろで断末魔の叫びと人が地面や壁にぶつかり潰れるおぞましい音が耳に残り、司には非が無いはずなのに自分の行動で人が死んでいるという錯覚に陥る。

しかし、司がそんな状況的罪悪感を感じているのに対し、元凶である和成は……。


「あははははははははははッッッ!!!! 凄い! 凄い凄い凄いッッ!! ドンドン力が漲って来るぅッ!! こ、こんな力……もう僕は神にも等しい存在だぁぁッッ!!」


オーケストラの指揮者を気取り、人の弾丸を何の躊躇いも無く放ち続ける和成。

明らかにハイになっている。ただ、その口にした単語を司は聞き洩らさなかった。


(力が漲る? 他人の命を弄んでるこの状況で〝D・E〟が活性化してるのか?)


もうすでに周囲は地獄絵図。

司達が壊したビルの瓦礫が周囲に散らばり、至る所に血肉の華が咲いている凄惨な光景。

その赤や肉片は時間と共に徐々に消えているのでまだ精神衛生的にマシではあるが、この状況にテンションを上げられる和成の精神構造が分からない。


(もしかすると、あいつは他人より自分が格上であると実感出来る度に強くなるのか? 自分をボコボコにした俺と同じ顔のこの世界の俺を一方的に嬲り尽くす自分……自分に恨みを抱く美紗都を逆に返り討ちにしてしまえる自分……悲鳴を上げて泣き叫ぶ人々を面白おかしく好きに扱えてしまう自分……。〝D・E〟は使用者それぞれで強くなっていく順序が違うのかもしれない。その名前の通り、自分が一番求めている状況を何度も経験していくことで強さが増す……悪くない読みじゃないか?)


司の中に立った仮説。

これが合っているかどうかはまだ分からないが、状況から鑑みるに掠りもしない的外れな推測ではないと思う。

あとで良善に採点して貰おうと思いつつ、とにかく今するべきはこのまま和成にバフを積み続けさせないということ。


「すぅぅ……ふぅ……よし、やるか」


回避を続ける司は息を整えタイミングを計り、前回同様に反撃の隙も与えないラッシュを仕掛けようと間合いの調整を始める。

和成の周囲はまるで空中で溺れているかの様に藻掻いている数人の一般人が肉盾代わりにされていた。

好き好んでそこへ攻撃を打ち込む気は無いが、自分の身を危険に晒してまで人々を助ける使命を背負った覚えはないので、どうしようもない際には……。



「「やめろぉぉぉッッッッ!!!!」」



「んッ!?」


「え? な、何!?」


唐突頭上から響く声と大きな気配を感じ取り、司と和成が顔を見上げた。


そこにいたのは黄と紫の光。

その内のまず紫色の光から放たれた閃光の軌線が乱れ舞い、振り回されていた一般人達の間を掠める様に抜けていくと、まるで吊り上げていた糸が断ち切られた様に人々が地面へと落ちて行き、黄色の光が目にも止まらぬ速度で人々が地面に叩き付けられる寸前でその身体を受け止めて回り、あっという間に残り全て人々を和成の暴挙から解放した。


「みんな走って逃げなさいッ! 早くッ!」


「野次馬なんてしてちゃダメ! 死んじゃうよッ!!」


「なッ!? つ、綴? それに……曽我屋?」


すでにもう半分以下になってしまっていたが、それでも残る全員を助け出して司の前に降り立った光の正体は〝Arm's(アームズ)〟を纏う真弥と千紗。二人は地面に降り立つと同時に声を張り上げ、まだ自分が助かったのかどうかも分かっていない人々は、その声でようやく四肢に力が戻り悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らす様にその場から逃げていく。


「あッ、くそ! 逃げんな!! まだ使い道が――うッ!?」


「和成ぃぃぃッッッ!!!」


逃げる一般人に手を伸ばそうとした和成。

それを阻止するために一瞬で間合いを詰めて刀を振り下ろす真弥。

そのまま伸ばした腕を斬り飛ばす勢いだったが、パワーアップした和成は苦も無くその太刀筋を躱して距離を取り、真弥も深追いはせずに再び千紗の隣にまで戻る。

そうして出来た各々の位置構図は明らかに二人が司の側に与する状況にあった。


「……何の真似だ? 加勢するフリしてとか面倒くさいから、もういっそのことさっさと向こう側に行ってくれないか?」


「「…………」」


七緒とは違い、司はまだこの二人を信用していない。

疑念を一切誤魔化さない司の声音に真弥と千紗は一瞬言葉を詰まらせ俯くが、すぐに真弥が顔を上げて和成を睨みながら口を開く。


「御縁司……今更だけどさ、私達があんたのことをゴミ屑扱いしていたのは〝あんたが生きているだけで人類が不幸になる〟って本気で思っていたからよ。それが浅い考えだったかもしれないというのは、もう何となく分かってる。でも、今この状況でも変わらず言えることが一つだけある。それは私達が〝世界がより良くなって欲しい〟と本気で思っていたということ。これだけは……間違っていたつもりはない」


「ふぅ~~ん……あ、そう。で? それと今お前らが俺の味方っぽい立ち位置してるのがどう繋がる?」


ついに自分達の非を認めた真弥。もちろんその程度で司の溜飲が下がることはないが、すでに司は彼女達に地獄を見せた〝Answers,Twelve〟の一員であり、もう純粋な被害者とは言えない。

すると、次に千紗が真弥に続いて口を開いた。


「和兄ぃは……ううん、()()()は関係ない一般人に酷いことした。側流世界の人間は本当の人間じゃない。〝ロータス〟の中でも『本当の人間の命と比べたら』って時には見殺しにする人もいた。でもッ! あいつは今楽しんで人を攻撃の道具にしてるッ!! 進んで命を弄んでるッッ!! それは絶対間違ってるもんッッ!!」


「そう……本当の命じゃないにしても弁えるべき一線がある。あいつは越えちゃいけないその一線を必要性も無く自分で好き好んで越えた。それに対してあんたはあいつの攻撃に攻めあぐねて払い除けることも躊躇いを感じている顔をしてた……それが普通の反応でもうそれが答え。少なくとも今この場であんたとあいつ……どっちの側に私達は立つべきかはハッキリした」


真弥が刀を構え直し、千紗の周囲にエネルギー球が浮かび上がる。

どうやら二人の中で完全に和成との日々の決別が付いたらしい。

そして、そんな彼女達と将来重婚も誓い合っていたのに見限られた和成はというと……。


「お、おいおい、真弥! 千紗! もっと状況を広い視野で見ろよ! そいつは〝Answers,Twelve〟で僕は〝ロータス〟! 僕とそいつの戦いは正義と悪党の対立で、僕が負けたら奴らに勢いを付けることになるんだぞッ! さっきの人だって、無駄に死にかけた訳じゃない! 負ける訳にはいかない正義である僕のためにその身を挺して――」



「……いつからあんたが〝ロータス〟を代表する立場になったのよ?」


「お前……マジ、キモい」



決定打だ。

彼の行動は紛れも無く彼女達が身を持って経験してきた一番の逆鱗に触れた。

言い切る前に吐き捨てられ返された和成に千紗はエネルギーの砲撃を一斉に放ち、その軌線の間を縫う様に真弥が斬りかかり、寸前で躱した和成の立っていた地面が斬り砕かれ、ホーミング性能を有した千紗の砲撃も地面を爆破しながら逃げる和成を追撃する。


最初の一般人救出と問答無用で始まる二対一。

その表情と放つ攻撃から見ても、どうやらこちらの隙を伺う小芝居では無いらしく、暇が出来た司は腰に手をやり嘆息して、和成を攻め立てる二人の背中を目で追った。


「はぁ……なんだ? 結局内輪で決裂してんじゃねぇか」


息付く間もなく近接戦を仕掛ける真弥と、砲撃一辺倒ではなく時折両手に狐の頭部を思わせるエネルギーの塊で格闘戦を仕掛ける千紗。見事なコンビネーションはまるで隙が無く、和成は回避と防御で手一杯になって司は完全にフリーな状態。


ここで自分も参戦すれば勝負はあっという間に決するだろう。

しかし、そこでふと司の肩に小さな衝撃が掛かった。


「閣下、ご無事ですか?」


「うぉおッ!? え? あ、あぁ……ルーか。あの二人と一緒に行動してたのか?」


軽く手で叩かれる程度の軽い感触。

その正体は、司の肩に片膝を付いて着地して来たルーだった。


「はい、本体より命を受けてあの二人を監視しておりましたが、随分と切実にあの男との戦闘を懇願して来まして、状況を鑑み許可した途端いきなりあの様に……」


「なるほどね。まぁ、とりあえずあの様子ならその判断に問題は無かったっぽいな。ルーツィアは?」


「はい、本体は動けない同志・美紗都を安全な場所へ運んでおります。この世界で彼女には懸賞金が掛かっていますので」


「あッ、そうだった!」


司が慌てて振り返ると、この期に及んでまだ手癖が悪かったらしい数人の若者がクレーターの周囲で何かに叩き潰された様に地面の染みになりながら光の粉となって消えていて、美紗都の姿はどこにもいなくなっていた。


「……相変わらず痒い所に手が届く奴だな」


どうやらルーツィアは躊躇わず人の形をしたモノを殺したらしい。

その点で司はまだ自分が少々甘いんだなと言うのは感じつつも、美紗都のことを考えれば糾弾する気など微塵も無い。


「他のメンツは?」


「同志・紗々羅は現在この側流世界に介入している他の【修正者】数名を処理しています。同志・七緒は残る最後の【修正者】――天沢奏と交戦中。どうやら実力が拮抗している様でこちらへの合流はもうしばらく掛かるかと」


最初に会敵したビルを見上げる司。

すでに火の手が上がり、ビルの至る所から黒煙が上がっていたが、不自然に壁を貫通する衝撃が四方へ何度も突き抜けていて、七緒と奏の戦闘が続いているのを察した。


「オーケー、それでいい。暁燕とコンタクトは取れたか? この側流世界の俺を安全な場所へ運ぶ様に指示しておいたんだけど」


「はい、途中ですれ違いました。ただ、どうもこの世界の閣下の容体は芳しくない様子で、一度大きくこの場から離れて落ち着いた場所で応急処置をすると……」


「側流世界の人間の治療って出来るモノなのか? まぁ、俺が考えるよりは暁燕に任せた方がいいだろうな。よし、ルー……お前は七緒のとこへ行ってくれた。こっちは大丈夫だから美紗都を離脱させたあとのルーツィアにも連絡を取って、まずは天沢を仕留めて来てくれ」


「はッ、承知しました」


瞬時に消えるルー。

そして、司は改めて真弥達の戦いに視線を戻す。

ただ、意識を離したほんの数十秒の内に……。


「……おいおい、マジか?」


愕然とする司。

そこには千紗の小さな身体を容赦なく地面に踏み付けて瓦礫に埋め、ぐったりと四肢から力が抜けた真弥の首を掴み持ち上げる無傷の和成の姿があった。



「あひゃ……ふ、ひゃッ! あっははははははははははッッッ!!!! 僕強過ぎぃぃッッ!!! 僕最強ぉぉぉッッ!!! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃッッッ!!!!」



「…………」


まるで勝ち取った獲物を見せびらかす様に動かない真弥を振り上げて悦に入る和成。

今の自分なら、多分同じ様に真弥と千紗を同時に相手にしても同じように勝ち切れるとは思う。

だが、どうしてそれをあの男も出来る?


少なくともこの戦いの中だけでは、真弥と千紗は紛れも無い〝正義〟の名の下に和成と戦っていた。

それであのザマか? 投げ捨てられる真弥も蹴り上げられる千紗も完全に白目を剥いて無様に地面を転がりピクリとも動かなくなっている。


意味が分からない。

どうしてあんな奴がドンドンと強くなっている?

どうしてあの男にそんな恩恵を受けるだけの徳が存在する?

ただ、そこまで考えて司は自嘲した。


「それを言い出したら俺もだよな」


やはり良善は世紀の大悪だ。彼の生み出した〝D・E〟は、どんな者にも道理を踏みにじる力を与える。

どんなに善行を積んでも意味は無く、どんなに悪行を重ねても負い目になるとは限らない。

不条理も極まれり。しかもさらに質が悪いのは、自分の好きなことをしているだけでも、それがしっかりと自分の根源から湧き出る欲望と噛み合ってさえいれば力を底上げ出来る可能性があるという点。


しかし、あれこれと交わる要因を全て還元していくと、最終的に行き付くのは人の欲深さ。

自分の欲望を叶えたいというその熱量が全ての元凶であり、きっと良善は何の罪の意識も無く、ただ良質なエネルギー源を見つけたとだけしか思っておらず、それをより明確に活用出来る一つのツールとして〝D・E〟を作ったに過ぎないのだと司は感じた。


「……オーケー、分かった」


額に手をやり前髪を掻き揚げ、腰を落として能力のアクセルを踏む司。

全身から溢れ出る存在圧に周囲の瓦礫がヒビ割れてゆき、それに気付いた和成が目障りな笑みをこちらへ向けて来た。


「あぁ? 何が分かったって? ひひッ! 僕とお前の格の差に関してかな?」


「…………」


無視。

もう善悪云々の話じゃない。

どっちが正論かも全く意味が無い。



「……ここからは〝俺の方が強い〟を貫けた方の勝ちだ」



どこかで誰かが笑った気がする。

司の双眸に光が増し、対する和成の双眸もほぼ同等。

そして、両者が同時に地面を蹴り、彼我の丁度中間で衝撃がぶつかった瞬間、周囲の窓ガラスは全て粉々に吹き飛び、ビルは壁面に亀裂を走らせて傾いて、街路樹が折れ砕けて宙を舞った…………。


読んで頂き、ありがとうございます。

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峪房四季 @nastyheroine

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 今作の円嬢はもしや・・・? [気になる点] つまりD・Eは人造「身勝手の極意」って理解で良いのかな? 特殊能力付いたり違いはあれども。 [一言] さて次話で決…
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