閑幕 御縁司の自己啓発⑥
お久し振りです。
今話と次話から閑幕として次章に向けた司の周囲整理になります。
※本日21~22時台でもう一話投稿します。
ゾッとする身の震えと得体の知れない寒気。
司は手にしていたコーヒーカップを危うく落としてしまいそうになり、彼の周りにいた従僕達も身の毛がよだつ様に震え上がる。
「なん、だ? 今の……良善さんか?」
「かと……思われます。ですが、無比様の気配も確かに……少々お待ちを。ルー、方角は掴めている。空戦機を飛ばして映像を回せ」
「承知しました、本体」
司の言葉にいち早く反応したルーツィアが掌の上にルーを呼び出して指示を出す。
美紗都、曉燕、七緒は顔を青褪めさせて鳥肌が立ったのか二の腕で擦り身震いし、紗々羅は特に気にしている感じは無いものの何か後ろめたいことでもあるのか視線が泳いでいた。
「すげぇ圧だった……室内なのに突風を真正面から受けたみたいな感じだったぞ? っていうか何してんだあの人! 鷺峰のこと看てやってくれって頼んだのにッ!」
席を立ち、ルーツィアの隣に歩み寄りながら悪態を吐く司。
そして、彼女の掌の上に立つルーが両手を広げて呼び寄せたホログラムモニターが市街地を俯瞰する映像を映し出すと……。
「……は?」
「これは……大惨事ですね」
唖然とする司。
ため息と共に額に手をやるルーツィア。
他の面々もやって来て映像を覗き込むと、そこには市街地の中心部にそびえつい先日まで自分達が拠点にしていた〝ルーラーズ・ビル〟がまるで砂山を上から手で圧し潰したかの様に跡形も無く瓦礫と化し、周囲のビルもその倒壊の余波を受けて根こそぎガラスが砕け散り、辺り一帯はまるで爆破テロを受けた様な有様になっていた。
「ちょ、何よこれ!? 隕石でも落ちて来たの!?」
「言い得て妙ね。でも、あの二人が何かしてこの規模の被害で済んだのなら寧ろマシな方じゃない?」
「あぁ、恐らく博士様がビルの大半とその衝撃波を分解したのだろう。そうでなければあれほど巨大な構造物が崩落して周囲の被害がこの程度なのは説明が付かない。そして無比様もご自身が本気を出せばどうなるかは心得て力を抑えられた様だ。しかし、何故唐突にこの様なことを……まさか、また〝ロータス〟が何か姑息な手を弄して来たのか?」
「いえ、それは無いと思います。ね、七緒?」
「はい、あのお二人が【修正者】ごときを相手にあれほど力を使う必要があるとは思えません」
元いた組織の批判にも大分淀みが無くなって来た曉燕と七緒。
美紗都は何と言っていいのか分からぬ顔付きで、紗々羅とルーツィアは少々呆れ顔と言った感じ。
一通り意見が出るも、結局は総じて『何をしているんだあの人達は?』と引き気味の空気が漂う。
この場にいる全員が常人とは別次元に立つ存在だが、そんな者達から見てもさらに住む世界が違う首領と副首領。
触らぬ神に祟り無し。
各々の中にいる力の根源がここで下手に首を突っ込めば、何が起きるか分かったモノは無いと警告していた。
(情けないけど、今からあそこに行こうとは思えないな……俺なんかが行っても何かどっちかの機嫌に触れたら跡形も残らず消し飛ばされちまいそうだ)
聞き分けの良い内心が酷く腰抜けに思える。
ただ、それは自分が『今は死ぬ訳にはいかない』と思える様になったと解釈すれば、ある意味これも一つの成長なのかもしれない。
(なんか中途半端な悪党が最後の最後で正義の味方に負ける要素っぽい感じもするけどな……)
縁起でもない想像に苦笑しながら、司は少し引っ掛かったことを口走ってみる。
「それにしても、良善さんの考えは本当に分からないな。明らかに人類の悪だろうって思うエグいことをするかと思えば、今回はわざわざ周囲の被害を軽減するために力を使う。一体どっちがあの人の本質なんだか」
率直な意見。
特に周囲の回答を求めた訳でもない独り言に近い言葉だったそれに紗々羅とルーツィアが目を丸くする。
「司様……もしかして気付いてない?」
「やめろ紗々羅。我々未来側の常識をこの時代の常識に当てるべきではない。閣下、一つ訂正を。博士様は別に人道的観点から周囲の被害を抑えた訳ではありません」
「え? あ、そ……そうなの?」
別にそこまで真相が知りたい訳ではなく、あれくらい超越者なら『たまには人の命を救ってみるか』くらいの感覚で軽率に善行を行うこともあるのかも程度の解読でよかったのだが、何やら妙に食い付かれて司は思わずキョトンとしてしまう。
「司様? ここは後付けで作られた側流世界じゃなくて私達が生きてた未来に繋がる本流世界。未来に繋がる正史上でのイレギュラーな死は未来の人間に影響が出るんだよ。多分、司様は首領の〝起源体〟だって話ばかりを聞いて誤解してるのかもしれないけどね」
「それって……映画や漫画でよくあるタイムパラドックスって話?」
「間違ってはいないけど少し的の中心は外れてる。要はねぇ……司様を殺さなくても首領を産まれなくする……もしくは産まれるけど〝Answers,Twelve〟を立ち上げさせなくする方法はあるの。それは……環境の変化」
「環境の……変化?」
「うん、人って言うのは周りの環境に影響されて人格とかそれこそ身体とかを作るじゃん? それをガラリと変えてやれば必然的にそこにいる人達も変わる。北国で産まれた人を南国に連れて行けばどんな色白でも肌が焼けるし、食べる物が様変わりするから身体の作りも変わる……これはかなり極端な例だけど、環境を劇的に変えるとそこに住む人達っていうのは絶対何かしらの影響を受けちゃう。そして、何千何万って人がいきなり死ねば、それも当然とてつもない環境変化の要因になり得るんだよ」
「この本流世界ではこの先の未来で災害や疫病、紛争等で何度も多くの者が死ぬ機会があります。我々が住んでいた未来はそうした様々な影響を経て構成された環境。ただ、今日この日この時間にあの街で万単位の人命が失われる変化は人類史に本来は無かったはずの出来事。ほんの微かなさざ波でも、それが未来では大きな変化の要因になりかねない。博士様はあの街に住む者達を助けた訳ではなく、この先の未来の環境に予測困難な変化を与えないため被害を食い止めたのです」
「な、る……ほど……――あ! そうか、だから側流世界! 側流世界は本流世界に影響を及ぼす異世界でその発現条件は大量の命の喪失。あそこで大量の死が起きたらまた一つ新しい側流世界が出来てしまうかもしれなくて、もし出来ちゃったらまた一つ本流世界に影響する要素が増えるってことだな?」
「お見事」
司の解釈にルーツィアが笑みを返す。
そうなると大分理解しやすくなり、決していい意味ではないが良善が妙な慈愛を発揮した訳ではないと分かって、やはり良善は自分の認識通り悪党なのだと妙にホッとしてしまった。
「改めてになりますが、我々の存在は本来時間の流れにあり得ないイレギュラーなのです。そのため、基本的に本流世界で大規模な戦闘をする訳にはいかない。やるならばせめて側流世界でというのが鉄則なのです」
「……でも、奴らはそんな鉄則も破りました。悪党と断じる良善様でさえ配慮する〝時元〟を理解出来ている訳でも無いくせに自分達の境遇を免罪符に……」
ルーツィアの言葉に横槍を入れる曉燕、その顔は暗く影が滲んでいた。
そういえば前に聞いた。
曉燕が〝Answers,Twelve〟に出戻る決心さえするほどの〝ロータス〟の愚行。
タガが外れた自己正義は、もうすでに人類に大きな不安要素をバラ撒いているのだ。
もはや相対的に見れば〝Answers,Twelve〟が人類史にとっての守護側ではないないだろうか?
そんなことを思いかけたが、横目にもう一度破壊された町の中心地を見てすぐにそんなことは無いなと考えを改める司。
すると、唐突にその画面が暗転した。
「あれ? 映像が消えちまったぞ?」
「私の分裂体がやられた様です。全く気配を感じ取れず細胞単位でバラバラに分解されてしまいました。恐らく博士様です。本体のナノマシンデータは熟知されているでしょうが、地上七百mを飛行する十cm四方の小型機をピンポイントで仕留めるとは……」
ルーツィアの手の上でルーがゾッと身震いする。
「『こそこそ覗き見をするな』って意味じゃない? これ以上あの件に首を突っ込むのはやめた方がいいわ。もし良善さんの機嫌を損ねたら、私達全員標本にされちゃうわよ?」
「そうだな、確かに冗談ではすまない。好奇心は猫をも殺すだったか? 次元の違うお方達のいざこざに好き好んで関わるべきではない。よろしいでしょうか、閣下?」
「あ、あぁ……そうだな、ほっとこう。これ以上わざわざ化物同士の喧嘩に巻き込まれ行くなんて馬鹿馬鹿しい。それより良善さんが〝ルシファー〟から抜け出してるってことは鷺峰が残されてる。何もしてないってことは無いだろうけど、ちょっと様子を見に行って来るよ」
飲みかけていたコーヒーを呷る司の言葉にルーツィアはモニターを消し、ルーもルーツィアの手の中へとお辞儀をしながら沈み消えて行った。
「ルーツィア、良いコーヒーだったよ」
「恐縮です」
一言添えて踵を返す司。
すると、その場にいた全員が極々自然に司の後に付いて来て、扉の前まで来てふと背後に気配を感じた司が振り返りぎょっと目を剥く。
「え、何? みんな来るの?」
「えぇ~~だってぇ~~♪ 興味あるもん、司様の想い人がどんな子か♪」
露骨に野次馬根性を見せる紗々羅が司の腕に飛び付いて来る。
「あ、あの……私は、その……司様の従僕ですから……」
「司様がどこかへ行かれるなら付いて……あ、あの! お邪魔であれば、ここで待機しております」
曉燕と七緒はどこか気不味そうながらも紗々羅と同じく円のことが気になって仕方ない様子。
別に司もわざわざ『付いて来るな』と言うほどでもない。
「ははッ、なんだよそれ……俺がお前らのこと邪魔だなんて思う訳ないだろ? いいよ、ついておいで」
「あぁ……はい、司様!」
「お供させて頂きます!」
不安げな顔が晴れて嬉しそうな笑みに代わる曉燕と七緒。
ここまであからさまだと流石に可愛らしく思えて自然と頬が緩んでしまう。
「で、ルーツィア?」
「鷺峰円は閣下の意中の人物と伺っております。ならば鷺峰円は閣下に仕える私の護衛対象となります。一度は顔合わせをしておく必要があります」
必要だから行く……それ以上でもそれ以下でもないと言わんばかりにしれっとした顔のルーツィア。
先の三人と比べたら随分とドライ。
だが、それはそれで彼女らしいので、司もそれ以上は突っ込まない。
そして、最後に美紗都へ目を向けると、司の視線に気付いた少女はプイッとそっぽを向いてしまった。
「私は……別に理由とか……無くて、ただみんなが行く感じだから……な、流れで」
明らかに拗ねた感じの若干不機嫌寄りな表情。
それを見て司は円を見つけた時といい、なんだか少々美紗都を蔑ろにしてしまっている感があり、それが彼女にしてみれば気に食わないのかと察した。
(依存……いや、俺がそういう接し方したし、そりゃこんな境遇で同じ立場ならそうなるか。というか、若干俺が薄情まであるよな)
「……美紗都」
司が手を伸ばす。
一瞬きょとんと目を丸くした美紗都だったが、司が笑みを向けると安堵した様にパッと笑みを浮かべてそそくさと司の横にすり寄っていく。
「何? お前ちょっとして鷺峰に嫉妬か? まだ喋ったことも無い相手に?」
「う、うるさいな……司様が入れ込んでたからでしょ! 従僕に寂しい思いさせるなんて主の落ち度だから!」
「はいはい、悪かったよ。おぉ~~よちよち」
「あぁうッ!! そういうの違うッ!! もうちょっとムードとかあるでしょ!?」
犬猫をあやす様に顎下をくすぐってやった司に喚き怒る美紗都。
悪党の拠点内には少し場違いな朗らかな空気。
だが、それが続いたのは円のいる部屋の扉が開くまでだった…………。
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