sceneM-3 知らなかった事実
次の投稿は、12/30前後を予定しております。
また間が空いてしまいますが、今後もお付き合い頂けると嬉しいです。
居酒屋などもある商店街はまだ明るく賑やかだ。
そんな中を着崩したスーツと露出の多いへそ出しスタイルの二人組が歩けば異様に目立つ。
特に美紗都の姿は不必要に周囲の目を引き、低俗な下心を含んだ目を向けて声を掛けようとする酔った数人の男が近付いて来た。
「ねぇねぇねぇ! 君めっちゃ可愛いじゃん! 今から俺達と――――」
「失せろ」
「…………す、すんません……した」
薄っすら血色の渦が巻く美紗都の双眸に睨み付けられ、男達は酔った赤ら顔から真っ青の怯え顔に変わり、舐められたことに憤慨する様子も無く慌てて逃げ去って行った。
「おい、普通の人にその目でガン飛ばすなよ。大人げないって……」
「むぅ……前に七緒が絡まれそうになった時は助けてあげたんでしょ? 七緒から聞いているわよ?」
「うッ、知ってたのかよ……」
「酷くない? 司様、私のことは守ってくれないんだぁ?」
「俺が動く前に自分で追っ払ったんじゃんかよ」
常人でも感じ取れてしまう殺気が固まりとなって押し付けられて来る様な威圧感が一瞬溢れ、周囲は明らかに美紗都に得体の知れない恐怖を感じ、共にいる司も合わせて二人に近付かない様に距離を取っていた。
しかし、もうそんなことを気にする二人ではなく、司と美紗都は程良い互いの距離感に軽口を言い合いながら司の目的地へと歩いていく。
司の足取りに迷いは無く、途中近道なのか狭い裏路地を通り抜けたりと美紗都には彼が随分とその喫茶店に行き慣れている様子が伺えたが、それを尋ねてみると司は苦笑して肩を竦めた。
「あぁ、ゴミ暮らしをしていた頃、俺が唯一の楽しみにしていた場所なんだ。そんでもって過去の側流世界では、なんとこの俺が恋人作ってイチャコラお店やってたんだから驚きだったよ。この本流世界では全然関係ない若い夫婦のお店だけど、外観はそんなに違いは無かったからちょっと見たいなって思ったんだ」
「うぅぅ…………」
彼女との思い出の地に連れて行こうとするのは如何なモノか?
ただ、それを突っ込むには自分と司の間にこれと言った肩書きはなく、美紗都は謂れの無い疎外感を感じながらも、自分が〝D・E〟の適応のため眠りについていた間に司が行った過去の話を尋ね、司も当事者である美紗都になら別に隠すことではないと、道すがらの話のネタに七緒と訪れた〝もしかしたら有り得た自分の過去〟で見た幸せになる権利を得た自分について話す。
自分が一人の少女と出会い、その子の実家である小さな喫茶店でコーヒーを入れているという何の変哲も無い話。
だが、今となってはもう絶対に手に入らない穏やかな一幕。
たった数十分の滞在でそれほど面白みがある内容でも無かったが、美紗都は噛み締める様に語る司の横顔を見ながら黙って聞いていた。
しかし、段々と話が進むに連れてその肩が司に寄り添い、最後に司が七緒を置いて店を出た件に入った時、美紗都は思わず司の手を取りそっと握った。
「え? どうした?」
「いや、別に……なんか、その……上手く言えない。だけど、ギュッてしてあげたくなった」
口元がへの字になり視線を逸らす美紗都。
自分が真っ当に生きていく可能性があったことに気付いた時には、もうすでに〝Answers,Twelve〟に入っていて後戻り出来ないところにいた司。
それは本人が選んだ結果なのだが、散々辛い日々を過ごして来て等々一線を越えてしまってから『実はこんな可能性もありました』は、流石に可哀そう過ぎないだろうか?
美紗都は、そんな後出しの可能性を外から見れただけで満足した彼があまりに気の毒に思えてしまい、どうにかその心に温もりを与えたいと思った結果が手を繋ぐだった。
「ははッ……なんだそれ? でもなんか有難い気がする。ありがとな、美紗都」
「……どういたしまして」
緩い会話を続けながら進む二人。
そして、夜に賑わうエリアから、日中に人が多くなるパン屋や雑貨店などが集まるエリアに差し掛かると、思った通りどの店もシャッターが閉まっていてひっそりしている。
もちろん司もそれは想像していたし、あの過去の側流世界とは違いこの本流世界の御縁司は自分であるため、当然自分はあの店で店員はしていない。
ただ、何か少しでも面影を見れたらそれで満足。
そう思い足を進め、見えて来た十字路を曲がればすぐに店が……。
「…………え?」
喫茶店はあった。
しかし、様子がおかしい。
「え? なんでだ?」
美紗都と繋いでいた手を解き店の前に小走りで駆け寄った司は店の外観を流し見る。
違う……ここはこの本流世界では、顔を知っている程度で名前は知らないあの若い夫婦が営んでいる店であったはずなのに、どういう訳か司が過去の世界で見た自分が鷲峰円という女の子と一緒に過ごしていた喫茶店になっている。
さらに……。
「え? これ……潰れてる……よね?」
外観を見てポツリと呟く美紗都。
そう、軒先の屋根はシート部分が取り外されてさび付いた骨組みだけになっており、入り口横の花壇は、カラカラに乾いた土だけが残っていて、カーテンが閉め切られくすんだ窓には〝テナント募集中〟という張り紙が色褪せて張り付いていた。
「なんでだ? お、おかしい……だって、俺は一度良善さんをここへ案内してる。一年とか半年とかそんな前じゃねぇ! ほんのちょっと前だ! なのに……」
もし仮に司が良善を案内した次の日に店が潰れたとしてもここまで廃れるのは不自然だし、何よりやはり外観が変わっているのがどう考えても説明が付かない。
「もしかして……司様が過去でこの店に来たせいで?」
「いや、何かの影響がこの本流世界に起きたとしても、あの時俺はこの店がどうこうなる様なことは何もしてな――――」
――ゾクッ!!
「「――なッ!?」」
突然感じた嫌な感覚。
何がどうかは上手く言語化出来ないが、気味の悪い寒気が目の前の廃店舗から感じ取れた。
「美紗都? 今何か……」
「う、うん……なんだか、凄くゾワッてした」
〝D・E〟持ちの自分達が感じる異様な気配……常人がふと感じる違和感とは訳が違う。
「私達絡み……だよね?」
「だろうな……こんな得体の知れない気配、一般社会の街中でおいそれと湧き出ていいもんじゃねぇよ」
ちょっと思い出巡りをしに来ただけなのに予期せぬ事態。
何か作為的なモノを感じるが、じゃあ逆にこんな潰れた小さな喫茶店の中で誰が何をするというのか。
「何かあるかも……美紗都、どうする? お前だけ先に帰っとくか?」
「いや、こんなの気にせず帰れるほど私鈍感力無いよ」
美紗都が頷き、二人で中の様子を窺うと決まった。
司は一度周囲を確認した後、店の入り口に歩み寄る。
扉は当然施錠されていたが、司は上着の袖から滑り出した外骨格を薄刃に形成し、扉の隙間に差し込むと上から下へスルリと引く。
するとその隙間の中で一瞬感じた何かを切断する感触。
もう一度ドアノブに手を掛けると扉は開き、切られた鍵爪がカランとドアマットの上に落ちた。
「すごい物理的……こういう場合、その黒いのを鍵穴に入れて中でカチャカチャカシャンって感じにピッキングするもんじゃないの?」
「無茶振りが過ぎるっての。そこまで繊細な制御はまだ出来ねぇよ」
不安になると軽口が出るタイプなのか、美紗都は引きつった苦笑をしながら司の後ろに控え、司は極力音を立てない様にゆっくりと扉を開く。
中は暗いが店先に丁度外灯があるおかげで光が中に入りぼんやりとだが店内の輪郭は見える。
やはりおかしい。
カウンターとテーブルの配置は、司が何度も来て覚えた本流世界の時の配置であり、過去の喫茶店とは微妙に違う。
そして、外見の割に店内の空気には埃臭さが感じられず、寧ろとても清潔に保たれている印象を受けた。
(なんだこれ? 本流世界と側流世界が混在してる……一体何が――――)
「――えッ!?」
「――ひぃッ!?」
――カチャン……カチャン……カチャン……。
人外になり、常人とは違う価値観を持った司が驚愕し、美紗都が顔面蒼白で司の服を掴みその背後に隠れる。
二人の視線はカウンターを越えてキッチンに向いていたが、なんとそこには一人の少女が虚ろな顔でナイフやフォーク……喫茶店で使う食器類をもくもくと磨いて並べていた。
「ゆ、ゆゆ……幽霊ぃッ!? う、嘘! 本物ッ!?」
半開きの口でどこを見ているのかも分からない生気の欠片も感じさせない顔の少女。
震える美紗都がそう言うのも無理はない。
その姿をどう形容するかと言われたら、司だって〝幽霊〟という単語が脳裏に過る。
しかし、司にはその少女の顔に見覚えがあった。
「なん、で……お前がここにいるんだ?」
背丈は目と口の差ほど司より低く、茶髪でセミロングの髪を束ねてからアップスタイルにまとめた髪型。童顔な顔立ちで小柄なその姿は、過去の司とこっそりバックヤードでキスをするほど愛し合っていた鷲峰円で間違いなかった。
「お、おい! なんでお前がここにいるんだ!? なんでお前がここにいるんだよッ!?」
カウンターに駆け寄り身を乗り出し声を掛ける司。
一体何がどうなっているかは全く理解出来ない。
ただ、これだけは言える……この子には過去の自分と幸せになって欲しい。
魂が抜けた様なこの子のこんな姿を司は見たくなかった。
「お、おいッ! 聞こえてるだろッ!? なんでこんな廃墟にお前一人で――――」
「司様! み、見て! そ、そそその子の手ッ!」
「はぁ? 手? 手って何が……――は?」
トレイにバラバラに置かれたナイフを掴み、布巾で磨き反対側に並べる。
そんな何気ない動作なのだが、ナイフを握るその手は透けていて、手の中にあるナイフの持ち手が見えていた。
「どう、なってんだ? ――は!?」
呆然とする司。
するとそこでようやく鷲峰円の視線がゆっくりとこちらを見ていることに気付く。
「…………つ、か……さ」
手を伸ばせば届く距離なのに、耳をすませないと聞き取れないほど小さな声。
そして、ようやくこちらに気付いたと思った矢先、彼女が来ている黄色い店の制服がクシャとしぼみ、透けた手に握られていたナイフが甲高い音を立てて床に落ち、そのまま鷲峰円の身体も崩れ落ちる様に倒れ込んだ。
「なッ!? お、おいッ!!」
司はカウンターを飛び越えてキッチンに入り、倒れた鷲峰円の身体を抱え上げる。
すると、とても人の身体とは思えないほど軽い上に、掴んだ手がしっかりと身体の輪郭に触れていない感じがして、まるで大きな人型の綿でも抱えているかの様な感覚だった。
「おいッ! おいッ! どうしたんだ!? なんで!? なんでお前がこんなことになってるんだよッ!!」
やめろ……やめてくれ。
過去の自分が間違いなく心から愛していた少女がどうして一人でこんなところにいる?
そもそもこの鷲峰円はどっちの鷲峰円だ?
側流世界の鷲峰円?
それとも本流世界の鷲峰円?
どっちかなんて見た目では分からない。
ただ、どちらにしてもこの子が虚ろな死人の様な顔でぐったりしている姿が司の心に耐えがたい苦痛を与えて来る。
「おいッ! おいなんだよこれぇッ!! 美紗都ッ! 奥ッ! 奥に誰かいないか見てくれッ!!」
「わ、分かった!」
ただ事ではない司の反応に、美紗都は慌てて店の奥にある扉を開く。
だが……。
「え? なんで?」
開いた瞬間、そこは外で隣の建物の壁と乾いた地面、そして頭上にはいつの間にか真上にまで登った月が見えていた。
「どういうこと? 何よ……これ?」
理解出来ず振り返る美紗都。
するとそこには、まるで映画やドラマの撮影にでも用いるかの様な喫茶店のハリボテがあった。
「司様! これッ! こ、この店おかしいッ! 奥が無いのッ! この店内もただのガワだけだわ!」
「はぁ!? そんな馬鹿な話……――あッ!」
美紗都の言葉に呆気に取られていた司。
だが、その視線がふと先ほど床に落ちたナイフに向くと、その先端からポロポロと光の粉の様に形が崩れてゆき、あっという間に跡形も無くその場から消えて無くなってしまった。
「き、消えた? まさか……これって……」
つい数時間前に見た光の粉となって消えて行った女騎士達の姿が脳裏に過る。
つまりここは側流世界か?
(いや、そんな訳ない……それだったらあの良善さんが平気な顔で休めと言う訳ない)
じゃあ何故本流世界で側流世界で見た現象が起きている?
そんなこと、司に分かる訳が無かった。
だが、たとえ分からなくても、今見たナイフの消失と今腕に抱いているもはや死んでいるのではないかと思うほどぐったりしている少女の不安になるほど曖昧な身体の輪郭。
その二つが頭の中で繋がり司に恐ろしい想像をさせる。
「くッ!! 冗談じゃねぇッッ!!」
「あッ! つ、司様ッ!?」
司は鷲峰円の身体を抱えたまま店を飛び出し、地面を蹴って一気に夜空へ舞い上がる。
「ふざけるなふざけるなふざけるなッ!! こいつはッ! こいつだけはダメだッ!!」
風に吹かれる塵の様に消えて行った女騎士達。
気の毒だと思ったが、致し方なく見送った。
だが、この子が同じ末路を辿るのだけは認められない。
この子はあの過去の自分と幸せにならないといけないんだ。
間違っても、跡形も残らず消えて無くなっていい子じゃない。
「お前はあの俺の恩人だ……あの俺は絶対お前を幸せにしたはずだ! お前は幸せになるべきだッ!」
商店街の屋根を駆け抜け、年々着実に侵食して来ているビル群の間を飛び抜け、司は全力で〝ルシファー〟を目指した。
「良善さんだッ! もう良善さんに頼むしかないッ!!」
一縷の望み。
世界の枠から外れているあのマッドサイエンテイストに頼む以外にもう手が思い付かない。
だが、果たして協力してくれるだろうか?
良善は自分を気に入ってくれている。
しかし、あの男は骨の髄まで狂った悪党で、ただの人助けに知恵を貸してくれるかは怪しい。
(ひょっとして……このまま死なせた方がいいのか? でも……こんな訳の分からない死に方! 絶対におかしいだろッ!!)
思考がグチャグチャで上手くまとまらない。
ただとにかくこの子をこんな死に方だけにはしたくないという一心が、司のまだ不慣れな飛翔を以前とは比べ物にならない速度に加速させ、もうすでに視線の先には港湾地区が見えて来て、その一角……何故か不自然に何も無いのに海の波が微妙に乱れている場所へ目掛けて司の身体が降下していく。
「くそッ! もう知るかッ!!」
とにかく今は良善の元へ。
司の身体はそのまま海に飛び込む様に全く減速無く降下して、途中で固い鉄板を蹴り付ける様な音と共に司の両足に衝撃が襲う。
「うぐッッ!! ル、ルーツィアぁッ!! 俺だ! 司だッ!! 中に入れてくれッ!!」
空中で立つ司が大声で叫ぶ。
すると、視線の先で何もない空間に切れ目が走り、跳ね上げ式の出入口の様な物が現れて、司はすぐさまその隙間に滑り込む。
「か、閣下! 何をなさっているのですか!? あんなに大声を出して! 一般人に聞かれでもしたら……」
滑り込んだそこには床からこちらを見上げるルーがいた。
憤慨している様子だが、確かに夜の港で誰かが騒いでいると視線を向けたら、何も無いはずの空中に男が一人立っていたなど大きな騒ぎになりかねない。
しかし、司ももうそんなことを気にしている余裕はなく、腕に抱いた鷲峰円の身体は先ほどまでより明らかに小さくなっていて、すでに腕先は殆どガラスの様に透けていた。
「え? そ、その娘は一体……」
「ルーッ! 良善さんはどこだッ!?」
「え? あ、あぁ……博士様ならブリッジに……閣下が捕まえて来たデーヴァが目を覚ましたので話をすると言って――――」
「ブリッジだなッ! ありがとッ!!」
ルーの話を最後まで聞かずに駆け出す司。
まだ〝ルシファー〟内部の構造は覚え切れていないが、幸い艦首側へ向かって進むと丁度最初に乗艦した時に通った廊下に行き付き、そのままブリッジへと駆け込んだ。
「良善さんッッ!!」
スライドドアを半ば蹴破りブリッジに入る司。
すると、球体操縦席の後ろにあるソファースペースにコーヒーカップを手にする良善と対面に手枷をはめたまま座らされている真弥の姿があった。
「ん? 司? 一体どうしたんだ?」
「あッ! み、御縁司ッ!」
きょとんとする良善。
その向かいで立ち上がり司を睨む真弥。
だが……。
「退けッッ!!!」
「きゃあッ!?」
立ち上がった真弥を払い除けてソファーに倒れ込ませ、司は急いで良善の隣に滑り込む。
「良善さんッ! 頼むッ! こいつを! こいつを助けてくれッ!!」
「お、おい……なんだいきなり……おや? その娘…………もしや……鷲峰円か?」
首が完全に反り落ち、もう服がシワシワで身体の輪郭さえなくなりつつある少女を見て、一目で名前を言う良善。
何故名前を知っているのか。
しかし、司はもうそんなことを考えている余裕も無かった。
「何とかしてくれ良善さんッ! こいつを助けてやってくれッ! ダメなんだッ! こいつ……こいつだけには死んで欲しくないんだッ! 何でもする! あんたのやろうとしていることならどんなことにも従うッ! 何でも手伝うッ!! だからッ!!」
必死に縋る司。
傍らで真弥が呆然とこちらを見ていることなどどうでもいい。
ただ今は、興味深げに鷲峰円の身体を何度も流し見ている良善の助けを求めた。
「分からんな……司、君は何故その子のためにそんな事が言える? 過去へ行って間接的に認識しただけで、君の中に彼女との日々の思い出は何一つ無いだろう?」
「あぁ、知らねぇ……何もねぇよ。でも……でも! 俺は見たんだ! 可能性の過去で俺とこいつが付き合ってた! 過去の俺は滅茶苦茶この子を大事にしてた! コミュ障で根暗な俺がこの子を守ってた! きっと、きっと全部この子のおかげだったはずだ! 俺みたいな男にきっと優しく声を掛けてくれたんだ! 腐ってたはずの俺がもう一度顔を上げるくらい親身になってくれたはずなんだ!」
「それは過去の御縁司に……だ。今私の目の前にいる君にではない。そもそも――――」
「関係あるかよ!? あぁ、そうだ! ここにいる俺にこの子との思い出なんて無い! でも今俺はこいつを死なせたくないって思ってる! こんなの善悪どうこうじゃねぇッ! 俺はあの俺の大切なこいつを死なせる訳にいかねぇんだよッ!! 自分の大切なモノは自分が守るッ!! もうそれで十分理由になってんだろうがッッ!!」
渾身の叫び。
人が本当に全身全霊を持って心の底から放った言葉の圧は、さしもの良善も目を見開き口を噤ませた。
そして……。
「はぁ……分かった。その子の現状には覚えがある。私なら対応も可能だ」
「あッ!? あ、あぁ……あぁぁ…………」
良善の言葉に気を張っていた司の身体から一気に力が抜けていく。
頬を伝う涙がいくつもいくつも床へ落ちる。
本当に……本当に心の底から安堵して、腕に抱く少女が助かることを感涙している。
「…………なんで、よ」
その震え丸まる背中に真弥はソファーに倒されたまま起き上がれず、顔を伏せて胸に去来するこれまでの自分達の悲願に対する〝疑問〟を消化し切れずにいた…………。
読んで頂き、ありがとうございます。
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峪房四季 @nastyheroine