scene1-10 理不尽な敵意 後編
あけましておめでとうございます!
ほんの数日前に連載を開始したばかりですが、
今年一年、どうか峪房四季をよろしくお願い致します!!
次話は17:00に投稿します。
「はぁ~お腹空いた! 七緒、今日のお昼は何?」
「今日はサンドイッチにしてみたの。ちょっと待ってね、今スープを温め直すわね」
「あ! オニオンスープ! 千紗、これ好きぃ~!」
室内は無骨なロッカーが並びベンチや机がそのまま残されていて、決して整えられた部屋とは言えないが、飾り気のない〝溜まり場〟感のある程よい空間。
そんな中で三人はクロスを敷いたテーブルを囲み、和気藹々としたランチに洒落込んでいたのだが、司は少々面食らった。
(よ、四回生の美桜先輩と仔犬!? なんであの二人と如月君が!?)
和成と一緒に居る女子生徒達。
その二人は、学内で孤立する司ですら聞き覚えのあるこの大学で知らぬ者はいない有名な組み合わせ。
普段からこの部室をこっそり使っているのか、ロッカーから小さなカセットコンロと手鍋を取り出してスープを温め直している艶やかな長い黒髪が美しい大人びた女性。
――桜美七緖。
紺のミラノリブワンピースに赤いアンダーリムの細眼鏡を合わせた絵に描いた様な知的さに相応しく、彼女はこの大学で学生側の総意を代弁するための学生自治会を取り仕切る会長を務めている。
おまけに成績は「入る大学を間違えていませんか?」と学校側が萎縮する優秀さで、スポーツは何をやらせても国体上位の万能。
極め付けは奏や真弥と同じく四回生部門のミスコン女王に輝くという天が大盤振る舞いの完璧美少女。
そして、そんな七緒の傍らでテーブルの周りをちょこまかと少々子どもっぽい慌ただしさで回り食器を並べている少女。
――曽我屋千紗。
亜麻色の短いトップテールを可愛らしく跳ね揺らし、フリルTシャツにハーフパンツを合わせたお世辞にも大学生感はまるで感じられない幼げな少女。
七緒ほど目立った何かがある訳ではなく、司が知っているのは彼女が一回生でありながらすでに学内で〝仔犬〟というあだ名で親しまれ、その読んで字の如く本当にちゃんと講義を受けているのか疑わしいほどどんな時でも七緖の傍にいるということ。
二人とも、基本のスタンスはクールビューティー。
浮いた話などまるで無く、自治会長とその側近という校内ではまさに特権階級である地位もあって誰にも手が出せない高嶺の花。
だが、そんな権力者二人が特に何も手伝わずテーブルに頬杖を付いてスマホをいじっている和成のために甲斐甲斐しくランチの準備をしている姿は、司に覗き見をする理由さえ一旦忘れさせるほど異様に映った。
「はい、出来たわよ、和成」
「お! 待ってました~! なんか御縁から連絡来なくなったし、丁度いいや♪」
「きゃはは! 自分のキモいメッセージ見て反省してるのかも?」
「うふ♪ きっと頭を抱えてプルプル震えているわね。ウジウジしているのがよく似合いそうだもの」
スマホをテーブルに置き、特に二人に礼をすることも無く配膳されたサンドイッチにかぶり付く和成。
そして、口一杯にそれを頬張る和成を見て、七緒と千紗はこの上なく嬉しそうに目を細めてから自分達も食事を始める。
男として率直に羨ましい光景だ。
まるでメイドの様に美少女二人に持て成される姿はまさにハーレムと言ってもいい。
ただ……。
(嘘だ……なんで? なんで俺、あんなボロクソに言われてるんだよ?)
和成にあそこまで言われる理由が思い当たらない。
そもそもさっきのメッセージはいつも通りの気さくさだったではないか。
七緒と千紗に至っては直接会話したことすらないのに、どうしてこんなにも蔑まれている?
司はもう室内を覗いてもいられず、窓下の壁に背中を預けて両手で口を押え、朝から何も食べていないはずなのに込み上げて来る吐き気を必死に堪えていた。
「うふふ♪ 和成、美味しい?」
「うん! すっごく美味しいよ! やっぱり七緒の手料理は最高だね!」
「あ、あぁ……和成に喜んで貰えて嬉しいわ♡」
「千紗も! 千紗も手伝ったんだよ!? ゆで卵を潰してタルタルソースを作ったの!」
「え!? 本当に! 凄いじゃん! すごく美味しいよ!」
「えへへぇ~♪」
話したことすらない司をけなす時とは打って変わり、実にほのぼのとした穏やかな空気。
その場にいない者を散々に馬鹿にしたあとによくもそんな甘い雰囲気を漂わせれるモノだが、話はさらに不穏に傾く。
「さぁ、和成……食べ終わったら次の講義までしっかり勉強するわよ? 昨日のあなたの小テストの点数は頂けないわ」
「うぇえぇぇ~~」
「えええ~~!!」
「うぇ~じゃない。というか、なんで千紗までなのよ?」
「別にいいじゃん勉強なんて! 七姉ぇ、この前和兄ぃが単位落とした時も先生を脅して無かったことにしてたじゃん! そもそも今度の日曜日に奏姉ぇと真弥姉ぇが御縁司を殺しちゃえば、もう千紗達がここに通い続ける理由もないもん!」
「――ッッ!?」
甘ったるい痴話ケンカの中に混じるあり得ない単語。
ただ、それに対する七緒は「それとこれとは別!」と、物騒なその言葉自体に関しては何も問題視している様子が感じられない。
そして……。
「あのさ……七緒? そのことだけど、本当に今度の日曜日奏達にデートのフリまでさせて御縁を殺すの? 僕、メールでさりげなく後押しとかしてるし、流石にちょっとヤバい気がしちゃうんだけど……」
和成の声が少しトーンを下げる。
しかし、サンドイッチを咥えたままモゴモゴと語るその言葉のニュアンスは、殺される対処を案ずるというよりもそれに加担している自分の身を案じている感が隠し切れていなかった。
「心配いらないわ。和成はあくまで御縁司が状況を不自然に感じない様にする〝第三者意見〟という役目でしか関わっていないのだから、何の問題にもならない」
「そーそー! フツーに考えたらあんなキモ男が奏姉ぇや真弥姉ぇみたいな美人さんと仲良くなるとかあり得ないもん! 変にビビッて逃げられると面倒臭いし、和兄ぃがさり気なく持ち上げておけば浮かれて逃げにくくなるもんね」
「その通り……まぁ、少しでもまともな思考があれば、どんなに外部からフォローされても〝自分なんかがこんな人達に関わってはダメだ〟と身の程を弁えるべきだと思うけどね。本当に厚かましいゴミだわ」
言いたい放題な七緒と千紗。
だが、それは単なる罵声や嘲りにしては度が過ぎている。
何より、そんな二人の声音には〝本当はこの程度の罵声では足りない〟という煮え滾る憎悪が感じられた。
「そ、そうか……なら、別にいいか! 君達が御縁を殺すのは当然だし、あいつが死んだところで別に誰かが困る訳でもないし……あはは……」
まだ少し固いがヘラヘラと笑い自分の意見を取り下げる和成。
すると、七緒と千紗はまだ若干和成の中に残っている引っ掛かりを取り除こうとさらに言葉を続ける。
「和成……まだ気にしているの? 前にも話したでしょ? 御縁晶は殺したけど、その息子であるあいつも殺さないと〝無比〟の血筋を断てない。私達四人の使命はあの悪魔の血を滅ぼすこと。だから御縁司は絶対に殺す……そのために私達は未来から来たのよ?」
「そうだよ。千紗達は世界のために正しいことをしてるんだよ? だから和兄ぃはな~んにも心配しなくていいんだよ? あいつの血筋に千紗達はいっぱい酷いことされた。あいつにいっぱい仲間を狂わされた。あいつのせいでみんなみんな不幸になった。だから和兄ぃは何も悪い事なんてしてない。寧ろ悪を倒す千紗達に協力してくれてるんだから、未来に行けば和兄ぃは英雄なんだよ♪」
「え、英雄……? あ、あははッ! そうか、英雄か……」
納得した。
人を殺す行為に和成はあっさりと納得を示した。
しかし、ややあってから和成は改めて口を開く。
「でも、それでもやっぱりさ……日曜日の計画はやめてくれない?」
「ふぇ?」
「か、和成? 一体どうして? 本当に何も気に病むことなんて……」
「違うよ。あんな奴のことなんてどうでもいい。でもさ、たとえ演技でも僕の奏と真弥があんな奴とデートとか、やっぱりキモいじゃん? 二人だって、僕以外とデートなんて嫌だろ?」
「あッ! か、和成♡ えぇ、そうね。私達四人は和成のモノなのに、他の男……しかもあんなゴミと形だけでもデートだなんてあり得ないわよね」
「ふにゃ~~♡ う、うん! よく考えればわざわざデートなんて形にしなくても、適当に人目に付かず始末しちゃえばいいだけだもんね!」
声だけでも分かる七緖と千紗のトロンと惚けた雰囲気。
どうやら和成に自分の所有権を主張される様な言い草が随分と気に入った様で、室内からはさらに甘い雰囲気に満ちる。
そして、そんな部屋のすぐ外にいた司は、口を押える掌にぬめりを感じつつ、もう聞くに堪えれずその場を這いずる様に去って行った…………。
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峪房四季 @nastyheroine