scene10-6 最高の答えと最悪の地雷 前編
お久し振りです。
前回は司の頭上を抜けて行った謎のレーザー砲の所で終わっておりましたが、今日はそのレーザーが向かった先のお話。
※本日19~21時台でもう一話投稿します。
司達の頭上を極大のエネルギー波が通過する少し前。
敵陣への長々距離砲による攻撃を続けていた〝ルシファー〟の中では、ルーツィアが眉をひそめていた。
「なんだ? 着弾率が……下がっている?」
こちらの攻撃を迎撃する敵攻撃は先んじて曉燕と七緒が叩いてくれているので、攻撃開始時には敵戦艦へ順調に着弾していたはずのこちらの砲撃。
ところが次第にその着弾反応の戻りが悪くなっている。
「シールドを展開したのか? いや、ならば狙いが狂うのはおかしい……それに曉燕と七緒が対処する地点を越えてから照準が狂うなど不自然だ」
こちらのレーザー砲が見当違いな所へ飛んだり完全に消滅してしまったりという謎の現象。
調べてみるとターゲットである敵艦【アクエケス】のレーダー上のマーカーに謎のエネルギー反応が集まっており、これが暁燕と七緒が対処するよりももっと手前……ほぼ当たるか当たらないかのギリギリでこちらの攻撃に影響を及ぼしていると判断したルーツィアは、露払いの曉燕と七緒にすぐさま通信を試みた。
「こちらルーツィア……曉燕、七緒。聞こえるか?」
『こち――燕。――――リギリですが――えます』
「チッ! 双方からエネルギー砲の打ち合いをしているせいで通信が乱されるか。曉燕! よく聞け! 敵はお前達が対処する現在地よりもさらに至近距離までこちらの攻撃を引き付けてから対処をしている! 恐らくはほぼ自陣内でだ。それをお前達二人で討てというのは流石に厳しいだろうが、せめてどの様に対処しているのか詳細が知りたい! 接近は可能か!?」
『すみ――ん! ノイ――が――激し――――もう――度、願い――しま――』
「ルーツィア、不鮮明な状況で敵陣へ駒を進める無茶は止せ。あの二人は司の所有物だ。怪我をさせては申し訳が立たないぞ?」
まともに連絡が取れない。
この状況では下手な指示は危険だと判断して、カップを片手にまだコーヒーを啜っている良善がやんわりルーツィアに助言する。
「はい、確かにこれ以上はリスクが大きいかと思われます。曉燕! 前言撤回だ! 引き続き現在地で作戦に当たれ! 曉燕! 聞こえるか!? 前言撤回だ! 引き続き現在地で作戦に――――」
途切れ途切れになる通信でどうにか意図を伝えようと、同じ言葉を連呼するルーツィア。
だがその時、突如〝ルシファー〟のセンサー類が一斉に振り切り、とてつもない〝緊急事態〟を告げるアラートが鼓膜を突き破る様に鳴り響く。
「ぐぁッ!? な、なん……――あッ!?」
艦首に広がる光の塊。
それはあまりに極太のレーザー砲。
その差はこちらのレーザー砲がパスタや素麺などの乾麺一本に対して人の拳大はあろうかという差。
当然唾競り合いに等なろうはずも無くこちらの攻撃は全て飲み込まれてしまい、それでもなお勢いは衰えず〝ルシファー〟へと迫る。
「くそッ!!」
操縦席にいたルーツィアが両手を広げる。
全力で体内のナノマシンを活性化させて、外骨格を〝ルシファー〟へとリンクさせる。
「うぐッ!? ま、不味い……自分の身体が、分からなくなりそうだ……――だがッ!!」
最大出力で〝ルシファー〟とリンクすることで艦全体を自身の身体と繋ぐ。
逸れによりもたらされる効果は、限界を超えた艦機能の超効率的運用。
機体が展開するシールドを自分の身体から出す様に細かく微調整して艦首に集中する。
だが、その代償は自己の存在形の消失。
私は〝ルシファー〟なのか、それとも〝ルーツィア〟なのか?
人一人の意識を戦艦級にまで広げると元の形が希薄になってしまい元の形を見失ってしまう。
保って一分……この巨大なレーザー砲の照射時間次第では、ルーツィアは自分が自分でなくなる可能性もあった。
――ドォォォンッッ!! ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!!
「うぐぅぅううううぅぅぅうぅううううううぅぅぅぅぅッッッッ!!!!」
艦首に限界まで集約したシールドにレーザー砲がぶつかる。
機体は一気に押し下がらされ、機器類が次々にエラーを吐き出す。
直撃すれば艦首から艦尾まで一瞬で貫かれるとシールドを極限まで集約したせいで、すでに両翼の先端は完全に蒸発して跡形も無く消し飛び、シールドで裂かれたレーザーが通り抜けていく余波だけでも機体の装甲板がブクブクと沸騰しながら剥がされていく。
「くッ!? わ、私一人では……足りな……いッ!」
ルーツィアの両目から血が溢れ始める。
目だけではない。
鼻や口や耳……終いには頭部からも血が滴り始め、明らかに出力が足りていないのが見て取れる。
「こ、このままでは……――あッ!?」
――トン!
「流石にこの威力を受け切るのは君一人では無理だろうね」
ルーツィアの背中に押し当てられる掌の感触。
赤黒く染まる視界で振り返ると、そこには良善が少し不機嫌な顔をして居た。
「も、申し訳……あり、ませ……」
「いや、いい。君のことを責めている訳では無い。とりあえず一旦この攻撃を弾き切るぞ? 君は艦の姿勢維持を全力でやりたまえ」
「は……――ぐぶッ!? は、いぃ……ッ!」
返事をするのもままならない状態のルーツィア。
だが、それでも命じられたことを全力でと〝ルシファー〟の姿勢制御に注力すると、すぐに全身に掛かっていた負荷が弱まって行く。どうにか前を向くと、ルーツィアが死に物狂いで搔き集めたシールドの前に薄い擦りガラスの様な新たなシールドが一枚割り込み、もうそれだけで完全に敵のレーザー砲を防ぎ切っていた。
「ルーツィア、もう私一人で十分だ。外骨格のリンクを段階的に解除したまえ。これ以上繋がり続けていると、君はこの〝ルシファー〟そのものになってしまうぞ?」
「は、はい……」
余裕過ぎる良善の声。
だが、力の差など今更なので気にしても仕方ない。
ルーツィアはお言葉に甘え、ゆっくりと〝ルシファー〟とのリンクを解除して行く。
そして、その途中で流石に敵の出力も減少し始め、完全にリンクを解除した頃には、前方を完全に覆っていたレーザー砲の光が消え去り、完全に艦下の森が消滅した砂嵐が舞い上がる砂漠の様な光景が広がっていた。
「――ぐはぁッ!? ハァ……ハァ……ハァ……」
操縦席から崩れ落ちるルーツィア。
床に広がる自分の血に倒れるその姿は、まるで惨殺死体の様な有様だが、辛うじて意識は繋ぎ止められていた。
「見事だ、ルーツィア……。恐らく司が今の君と同じことをすれば、十秒と保たずに全身の細胞が自己の形を見失い血肉のドロになって崩壊していただろう。旧式のナノマシンとはいえ経験の差だな。…………しかし」
ルーツィアの横に降り立つ良善。
お褒めの言葉を頂けた様なので返事をしようと顔を上げたルーツィアだったが、その良善の顔を見た瞬間、手放し掛けていた意識が一気に遠くなって行く様な感覚がした。
「あのレーザー砲は……曽我屋千紗の砲撃だな。恐らくこちらが与えた司の〝D・E〟でエネルギーの充填方式を改造したのだろう。エネルギーの集め先は……前回の捨て駒作戦を考えればまず間違いなくこちらの元配下達。確かに戦局を変える戦略兵器としては申し分ない…………しかし、実に下案だ」
良善のこめかみに青筋が走る。
完全にブチギレたその身体から立ち込める殺意の覇気は、彼が纏うコートの裾すら持ち上げるほど実体に干渉する濃度で放たれていた。
「どう考えても一個体で放出を安定させれる質量では無かった。この分では放出者本人が如何に工夫しようとも四~五発で身体が跡形も無く崩れ去る。何と非効率……何と場当たり的な運用だッ!! スペアがあるから再現性は確保されているとでも言う気か? 取り換えを必要とするならそれは再現ではなくただの消費ッ! 一度ならず二度までも……残念だが私は仏ではない。私の研究成果を使いこなせもせず扱い挙句改悪する輩に息を吸わせるほど、私は慈悲は持ち合わせておらん」
相手の非人道的な行いを非難している訳では無い。
そんなことはこの男の頭の片隅にさえ考慮されていない。
ただ、デーヴァも元を辿れば良善の作品。
故にそれを無駄に消費する使い方は彼の美学が許さなかった。
「ルーツィア、しばらく休んでいろ。司の試験もいい気配を感じれた。恐らくあの感じからすればそれなりの解は出たのだろう。ならばもう終わりだ。ここからは……私が出る」
「ぐッ、あ、ぁ……そ、そんな……博士様自ら、お出になるなど……」
踵を返す良善。
これはもうこちらの勝ちが確定する。
しかし、配下としておいそれと君主に出陣頂くのは如何なものか。
ルーツィアはどうにか身体の損傷を治癒させ、自分が変わりに出ると進言しようとした。
しかし……。
「よぉ~~う! 先生……あんたが出るのか? だったら俺もちょいと付き合わせてくれよ?」
デッキを出る扉へ良善が辿り着く前にその扉が開く。
そして、その間口に現れた男――達真の姿に、ルーツィアはもはや勝利はおろかこの側流世界の破滅を確信した。
「どういう風の吹き回した? こちらのトップが出る程整った舞台では無いぞ?」
「いやいやいや……今の出力はなかなかだったろ? 俺でさえ攻撃の方向を向くくらいはしないといけないかったと思うぜ?」
「あれは一過性の出力だ。君が行けばただただ肩透かしで終わる」
「それでもだよ。なぁ~~いいじゃんかよぉ? 俺にもたまには羽根伸ばさせてくれよ?」
「……好きにしろ。ただし、私のターゲットへ先に手を出せば君とて容赦しないぞ?」
「おほぉ! それは魅力的な気が……――あぁッ! 怒るなって! 冗談! 冗談だから!」
「…………次は無い」
「へいへい……ったく、相変わらずの独善潔癖め……」
無言でデッキから歩き去って行く良善の後ろへヒョコヒョコと付いて行く達真。
一人残されたルーツィアはどうにか身体を起こし、操縦席へよじ登るとすぐさま通信を試みた。
「か、閣下ッ!? 応答して下さいッ! 閣下ッ!!」
ルーツィアが通信を試みたのは司だった。
そして、司も丁度ルーを通してこちらへ通信をしようとしていたのか、ワンコールも待たずに返事が返って来た。
『ルーツィア――かッ!? 丁度――よかっ――た! 聞いてくれ! 曉燕と――七緒が――やば――いんだッ!』
やはりまだ砲撃合いの影響が残っているのか、通信が安定しない。
だが、先ほどよりも格段にマシであり、これなら十分に意図が通じるだろう。
「閣下ッ! 今すぐ〝ルシファー〟へ帰還を! もし動きが取れない状態ならば、最低限その場で待機をッ! それから絶対敵陣へ向かわないで下さい! 死んでしまいますッ!!」
『はぁ? ど、どう――いうこと――だよ!?』
「無比様と博士様が出陣なされますッ! こんなのは子どもが水鉄砲で打ち合いをしている所にサブマシンガンを持った戦場帰りの軍人が乱入する様なモノです! 何もかも消し飛びかねないッ! 御本人方にその気は無くとも、余波だけで閣下達も巻き込まれる恐れ――――きゃッ!?」
――ゴゴゴンッッ!!
〝ルシファー〟の姿勢が崩れる。
機体全体にダメージを喰らったことで機能が低下しているのが原因では無く、まるで何かに蹴られた様な一瞬の衝撃。
再び操縦席から落ちそうになるのを何とか踏ん張ったルーツィアだったが、レーダーには二つの黒い歪みが生じ、他の計器も狂った様にデタラメな数値を表示させていた。
「くッ! 出ただけこんな……――閣下ッ! 閣下聞こえますかッ!? 応答して下さいッ!!」
――ジジジッ……ジジッ…………ジジジジジッッ……。
完全に途切れた通信。
それどころか、司に同行させていたルーとの繋がりにも強烈なジャミングが間に割り込んで来た。
「この感覚は……ルーも崩れてしまったか」
打つ手が無くなり途方に暮れて艦首に目を向けるルーツィア。
おかしな話だ……先の砲撃の影響で、目の前には依然として砂嵐が舞っていたはずなのに、ルーツィアの前にはいつの間にか微かに青空も見えて開けた砂原が見えていた。
「分かっていたことだが、存在の規模が違い過ぎる……」
人一人の大きさにあるまじき存在が動くとこうなるのか。
ルーツィアには、もう無事に司達が戻って来ることを願う以外に何もすることが無くなってしまった…………。
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峪房四季 @nastyheroine




