scene10-5 血塗れの産声 後編
次回の投稿は8/29になります。
出来れば3話投稿して少しでも読み応えを出したいですが、
マルチ執筆中なため、どうかご了承下さい。
「ぐはぁッ!?」
「ぶぎゃッ!?」
「がはぁッ!?」
どこへ出ても恥ずかしくない三人の美女騎士が不細工な濁声を上げて地面に潰れた。
倒れている……ではない。
より正確に言えば、大の字に地面に伏せて上から巨大な足で踏まれた様に、身体が半分以上地面に埋まっていた。
「きゃはははははははッッッ!! あはははッッ!! あーはっはっはッッ!! 何々なぁにぃ~~? わたしのこと散々馬鹿にしておいて雑魚過ぎるでしょあんた達ッッ!!」
司と真弥が去って行った接敵地点。
そこで〝扉〟を開いてしまった美紗都は、その衝撃に荒れ狂っていた。
両手を広げ、大開きで笑う口から血の飛沫を散らして仰け反る視線の先には、ズタズタに痛め付けられた女騎士達がまるで蜘蛛の巣にでも引っ掛かった様に何もない空中で晒し吊るされていた。
「お、お願い……ゆ、許してぇ……」
「は? 誰が喋っていいって言った? 勝手に喋んないでよ」
「ひぃッ!? あ、あぁッ! ごめ、ごめんなさ――ぐぎゃあッッ!?」
空中に吊るされていた一人の女騎士が思わず口にしてしまった命乞い。
だが、今の美紗都はそもそも彼女達が声を発するだけでも気に入らず、その後の必死な謝罪にもまるで耳を貸さずに腕を振り下ろしてその女騎士を地面に叩き付けた。
「何これ何これ何これぇぇぇッッ!!! 最ッ高ぉぉ~~ッッ!!! 私のこと殺そうとしていた奴らを簡単にねじ伏せれるぅぅッッ!!! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃッッッ!!!!」
両手で自分の身体を抱き悶え震えて高笑いする美紗都。
それと同時に空中に吊るされていた女騎士達が、まるでピンボールの玉の様に振り回され、地面や木、騎士同士へと滅茶苦茶にぶつけ回されて悲鳴を上げる。
「気持ちいいぃぃぃぃッッ!! おらぁ! もっと泣けッ! もっと喚けぇッ!! 本当は雑魚だったくせに調子乗った馬鹿女ぁッ!!! 謝らなくていいわよ! 許す気無いからぁッ!! 謝ってる暇があればその分悲鳴を聞かせなさいッッ!! きゃははははははははははッッッ!!!」
胸元を握り締めたかと思えば、突然髪を掻き毟り出したりと錯乱状態にある美紗都。
無秩序に不可視の力を乱発し、その矛先は敵である女騎士達だけではなく、仲間である紗々羅すらも距離を取らざるを得ない有様だった。
「えっと……これはちょっと不味いかしら?」
覚醒への手順は順当だったが、溢れ出るその力が明らかに美紗都の精神の許容範囲を越えている。
すでに性格さえ豹変してしまっていて、能力を制御している様には見えるが出力を抑えることは全く出来ていなさそうだ。
「同志・紗々羅……これ以上の能力しようは、同志・美紗都の現時点の身体では危険と判断します。止めに入った方がいいかも知れません」
「――うわッ、びっくりした!? あ、あんたいつの間に私の所へ来てたのよ?」
「閣下が飛び出した時に離れました。あの黄色い鎧の女は閣下の仇敵と伺っていたので、私がいると気が散るかと思いまして。それより、私のことはどうでもいい。同志・美紗都を何とかしなくてはいけません。すでに身体の内部は〝D・E〟の造血量と能力消費のバランスが崩れている。このままでは自身の能力で逆に殺されかねない」
紗々羅の肩にしがみ付くルーが高笑う美紗都を案じる。
しかし、それは紗々羅も当然感じ取っていた。
「分かってはいるわよ……でも」
紗々羅が美紗都を見てその視線を少し下げ、草履を履いた足を擦りながら少し前へ出してみるが、すぐに引っ込めた。
「……何かある。あの子の能力は多分対象を捉えるじゃなくて、自分を中心にした範囲内で効果を発揮するタイプな感じがする。迂闊に近付くと何が起きるか分かったもんじゃないし、本人が能力を安定させれてないから、なんかヤバそうに感じるラインもマチマチだから踏み込み辛い感じなのよね……」
「範囲型の能力……パーソナルスペースに起因した力という事でしょうか?」
〝パーソナルスペース〟
個体距離、対人距離などといった他人に近付かれると不快に感じる空間を差す人間の心理距離観であり、親密な相手ほどその範囲は狭くなり、逆に敵視している者が相手に対してはその範囲が広くなる。
もしかすると、美紗都の能力はその対象と自身の関係性に自分との距離を重ねて効果を発揮するものではないか? ルーの見立てに紗々羅は肯定とも否定とも取れぬ微妙な顔をしていた。
「あり得ない予測では無いわね。あの子の経緯は良善さんから聞いているけど、確かに他人との距離に影響を受けている感じはする。親しいと思っていた友人や一番近いと思っていた親、でも実際は全然心が通じてなくて、久々に会った親友を招き入れたら目の前で豹変。〝D・E〟のきっかけには十分マッチしてる。でも……なんか、もうちょっと奥がある気がする」
「さらに奥……ですか?」
「確証は無いわ。勘よ……勘。もしかするとあいつ、良善さんが司様の血でバージョンアップさせて〝D・E〟のせいで一気に〝第三階層〟まで迫ってんじゃないの? だとすればあの暴走は納得だわ」
後発の弊害。
段階を省略出来る様になったはいいが、今度はその段階を踏まなかった場合の問題が出て来る。
紗々羅が知る良善は向上心を忘れていなければトライ&エラーを推奨しており、それがたとえ人の命が掛かっていたとしても躊躇うことは無い。
「さぁ……て、本格的にヤバいわね。このままあの女騎士達がぶっ壊れたら満足して落ち着いてくれるのか、それとも能力開放の味に取りつかれて止まんなくなっちゃうか。味方とはいえ、襲い掛かって来るなら私は迎え撃っちゃうよ?」
背中に背負う白木の太刀を握り〝出来れば戦いたくない〟と〝是非とも戦ってみたい〟の相反する顔を同居させる紗々羅。
振り回されている女騎士達の数は大分減って、地面に潰し落とされて美紗都の周りはまさに死屍累々。
ただ、視界に入ることも許さないという意味か、地面に殆ど身体が埋まっているので彼女の周りは開けて遮る物はない。
一人……また一人とぶつけ回され振り回され、白目を剥いて気絶している女騎士がゴミを踏み付ける様に始末され、ついにはこの場にいた全ての女騎士が、美紗都の爪先より頭を低い位置にして全滅した。
「はぁぁ……はぁぁ……あ、ぁあぁぁ……♡」
「………………」
綺麗に掃除が完了し、満足げに両手を広げて目を閉じる美紗都。
対する紗々羅は腰を落として太刀の柄を握り、ルーは紗々羅の帯に潜り込み動きに備える。
「あはは……はは…………――くひッ!」
紗々羅の予想は後者だった。
完全にハイになってしまっていた美紗都は、自分の身体がもうすでにボロボロであるにも関わらず、もっと能力を解放したという欲求に突き動かされ、唯一まだ自分以外でこの場に立っている紗々羅へ血色の瞳を剥き向ける。
その顔には狂った笑みが張り付いていて、もはや紗々羅を識別出来ているかも怪しく『なんか強そうな人がいる』としか思っていなさそうな印象を受ける。
ただ、それと同時に女騎士達に向けていた残虐さはあまり無く、敵意と言うよりも興味本位で紗々羅を向いている様に感じられた。
しかし、残念ながらもう『ジョークでした』は通じない。
「生意気ねぇ……美紗都ぉ……? この私に向かってなんてそそる目してんのかしらぁ?」
売られた喧嘩は借金をしてでも買うのが紗々羅の信条。
新人のくせにいきなり先輩に牙を剥いたなら望む所だと、太刀を抜く紗々羅も八重歯を覗かせ獰猛な笑みを向ける。
正に一触即発。
紗々羅は自分から踏み込むか相手が来るかに一瞬迷った。
その僅かな静止、そこへ美紗都を先手を打つ。
「あひゃッ!!」
「――なッ!?」
美紗都の周囲の地面が突然爆ぜた。
そして、地面に踏み潰されていた女騎士達が白目を剥いたまま肉弾となって射出され、紗々羅の周囲に次々と着弾して砂埃を上げる。
「ちょッ!? なんて鬼畜っぷり!」
直撃コースなら問答無用で真っ二つに切り裂くつもりだったくせによく言う。
そして、視界を砂埃で遮られた紗々羅は周囲に目を向け奇襲を警戒するが、そこでさらに妙な事に気付く。
「何これ? 美紗都の気配が滅茶苦茶……大きい?」
感覚としては正面から巨大な美紗都の気配が〝壁〟の様に迫って来る感じ。
まるで美紗都が巨人になって腹這いに近付いて来る様だが、この理由はすぐに察した。
「ルー……あんたの範囲系能力の読みは当たりかもね。美紗都の気配があまりにも大きい。強いとかじゃなくて単純に大きいの。これ、多分美紗都のテリトリー内全てが美紗都の気配で満たされてる。今は大体半径三十m以上四十m未満ってとこかしら? さっきの不安定な感じを加味するとこれ以上大きくはならないけど、縮めるのは可能っぽい」
「は、範囲内全て……もしや、同志・美紗都はすでに外骨格の制御を物にしていると?」
「さぁね……それは本人を正気に戻して聞かないと分かんないけど、果たして聞けるかしら?」
「ど、同志・紗々羅? あの……もしや同志・美紗都を斬るおつもりで?」
「ん? そうするかどうかはあっち次第よ。私の辞書に無抵抗という言葉は無――――ッッ!!」
喋りながらでも視界の端で土煙が乱れるのを捉えていた紗々羅。
そこから血涙を流して狂い笑う美紗都が飛び出して来て紗々羅に手を伸ばして来る。
冗談で済む一手ではない……常人なら首が吹き飛ぶほどの勢いで迫る美紗都の手に、目を見開き歯を剥いた紗々羅が後の先を取って太刀を振り下ろし――。
「何してんだお前らッッ!!!」
土煙が乱れるどころか薙ぎ払われる。
紗々羅の太刀を殴り反らし、美紗都の手を掴み止め、司はそのまま二人を掴み上げてまとめて地面に抑え付ける。
「がはッ!?」
「きゃうッ!? うぅ……え? あ、司……様?」
二人を重ねその上に座り込み、間一髪止めに入った司。
多少息が上がっているのは、身体より精神的な緊張によるモノの様だ。
「ハァ……ハァ……美紗都の気配がなんか変だと思って急いで来てみれば……おい、紗々羅! なんでお前らがやり合ってんだよッ!?」
「ち、違うッ! 私じゃない! み、美紗都が頭ポンになって私にッ!!」
紗々羅が下で俯せ、美紗都がその上に仰向けでになって司に抑え込まれている状況で、紗々羅は手足をバタ付かせて必死に『自分は悪くない』とアピールする。
その言葉を聞き、司は二人から降りて美紗都に目を向ける。
すると……。
「あ、あぁぁあ、ぁ……♡」
「え? お、おい……美紗都?」
司の顔を見た瞬間、美紗都は急に司へ抱き付きその胸元に顔を埋めて来る。
震える手で必死に司の背中を掴み、その姿はまるで迷子になった子どもの様な儚さだった。
困惑する司。だが、恐らくこの場を抱き締め返してやるべきかと思い彼女を抱え上げてやると、徐々に力が抜けて行き、顔を覗き込んでみるとすでに美紗都は気を失った様に眠っていた。
「ちょッッ! こら美紗都ッ!! あんたさっきまで血に飢えた野獣みたいだったくせに! 何司様が来た途端しおらしくしてんのよッ!? ルーッ! あんたも言ってやっ……ああああぁぁッッ!! ルー! あんた大丈夫ッ!?」
帯に挟まった状態で俯せの紗々羅に潰され、ペラペラのクラフト紙みたいになってしまっていたルー。
元がルーツィアの外骨格なのだから物理的な形状の変化は特に問題無いだろうが、それでも紗々羅が帯から抜くとヒラヒラと風になびいている姿は少々恐ろしいものがある。
「……はぁ、んだよこの状況。それにしても……美紗都、お前……〝D・E〟に目覚めたのか?」
くっきりと残る血涙の跡。
拭ってやろうとすると、その跡は解ける様に消えてなくなり、彼女の中の〝D・E〟が安定して機能していることを感じさせた。
「…………別に、お前はいいのに」
何となく……虚しい。
司の中では、この際美紗都はずっと弱いままでもよかった気がしていた。
無論、それでは今度は良善が許さないだろうが、やっぱり司は美紗都に下手に戦う力を持って欲しくは無かった。
「まぁでも、ここまで来ちゃったんなら仕方ないか。せめて俺が――――」
「司様ぁッッ!!!」
「えッ!?」
突然頭上から響き降りて来る切羽詰まった声。
司が上を向くと、そこにはこちらへ一直線に降下して来る曉燕。
そんな彼女の片腕は、思わずゾッとしてしまうほどに黒い炭の様な有様で力無くぶら下っており、無事であるもう片方の腕にはそんな曉燕より遥かに深刻な全身を焦げさせて虫の息になる七緒を抱えていた。
「お、おいッ!? どうしたお前らッ!!」
美紗都を紗々羅に預け、降りて来る曉燕を七緒ごと受け止める司。
すると曉燕ももう限界だったのか、そのまま司に七緒を預けて地面に倒れ込んでしまう。
「おい! 曉燕!? くそ、一体何がッ!?」
「つ、司……様……ぁ……」
掠れた声で声を出す七緒。
何があったかを問いたいが、こちらに関してはこのまま喋らせ続けるのも危険な状態だ。
「な、七緒! 喋るな! お前マジで死体でもおかしくない有様なんだぞ!? 今すぐ〝ルシファー〟に……いや、おいルー! ルーツィアに繋げ! これはマジでヤバい!」
取り乱す司。
だが、七緒はそれでも喋るのを辞めずに涙を流して司に縋る。
「つ、司……様……お、お願い……あ、あいつら……ひ、どい……」
「喋るなって! それにあいつらが酷いって〝ロータス〟のことか!? そんなの俺から言わせたら今更の話で……」
「ち、違う……の。あ、あいつら……ち、千紗を……――ゴハッ!? ゲホッ! ゲホッ!!」
「は? 千紗って……お前らと一緒にいたちっこい奴か?」
司とは正直あまり直接的な接点は無い少女。
ここへ来て何故その名前が出たのか?
不審に思いながらも血混じりに咳き込む七緒はもう言葉を続ける余裕が無い。
司や美紗都のとは違い、この血は明らかにダメージによるモノ。
一刻の猶予も無いと彼女を抱え上げた司。
その瞬間、彼らの頭上をとてつもなく大きな……ひょっとすると〝ルシファー〟でさえ機体の半分を持っていかれかねない特大のエネルギー砲が空気を焼いて空を割き通り過ぎて行った…………。
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峪房四季 @nastyheroine




