scene10-2 大して役にも立たず 後編
久し振りの投稿です。
今後は月に一度、2~3話を大体19時台で
連投という投稿スタイルを取らせて頂きます。
理由としましては、私のもう一方のアカウントでの
連載を開始されることや、同人活動との並行作業に
なるからです。何卒、ご了承下さい。
※本日は19:30頃にもう一話投稿します。
「閣下、本体より連絡が入りました。敵地を捕捉とのことです」
「え、もう来たのか?」
懐柔した少女達に先導して貰いながら、人生で初めて馬に乗ってほのぼのと森の中を進んでいた司は、ルーからの報告に口角を吊り上げる。
司達が〝ディグニティ・ナイツ〟の拠点へ向かい進み出してすぐ、依然としてジャミングによりレーダーやセンサー類が機能していない〝ルシファー〟へは、一旦方角や距離などの物理的な情報は送っておいた。
自分達が敵拠点に着く頃には援護して貰えればいいくらいに考えていたが、どうやらそれは少々ルーツィアを甘く見過ぎていたのかもしれない。
「流石だな。でも、どうやって見つけたんだ? レーダーとかそういうのが使えないなら、肉眼で見るしかないだろうけど、俺達が艦から降りた時に辺りを見回した時、視界が届く範囲には何も……」
「あれでございます」
「ん?」
司の肩に立ち空を指差すルー。
その指し示す方へ目を向けた司だったが、パッと見た限りは青空しかない。
しかし……。
「なんか……音が、する? これって飛行機か?」
遠くから微かに聞こえる高音。
よく目を凝らすと青空を横切る小さな十字のシルエットが見える。
しかし、その機影はよく見れば司の時代感からしても懐古的な機体正面で羽が回るプロペラ機だった。
「あれって……まさか、あれもルーツィアの能力の内か?」
「はい、あの中には私の並列体が搭乗しております。それと形はプロペラ機ですが、あくまで飾りでございます。実際の性能は静音性ステルス性ともに万全を期しておりますし、最高速度はマッハ3で航続距離は実質半永久です。あの形状は単に本体の好みです」
「いや、その辺は別に心配はしてないけど……」
前回気付いたドール愛好よりは大分らしさのあるミリオタの香り。
ルーツィアの多彩な趣味趣向に苦笑は禁じ得ないが、流石は一人で軍隊を名乗るだけの汎用力と言える。そして、わざと司が気付ける様にしていたのか、ふと気付くと微かに聞こえていたプロペラ音は消え、いつの間にかその機影さえも司の視界の内から消失してしまっていた。
「閣下、本体よりさらに連絡。敵陣はすでに編成を完了しつつあるとのこと。我々先遣隊が突入前に〝ルシファー〟からの支援攻撃が提案されております」
「向こうにこっちの動きはバレてないのか?」
「敵陣は現在も騒ぐ事無く念入りに準備をしている様で、そこから推察するに現状は問題無かろうかと思われます」
「なるほどね。だったらまずは先制攻撃を浴びせてやろうって訳か。分かった、その案で行こう」
「Jawohl。同志・曉燕、同志・七緒。お二人に本体よりサポート要請があります」
「え? サポート?」
「は、はい! 何でもやります」
司の後ろに続いていた曉燕と七緒が小走りに近付いて来る。司の肩から七緒の両手に降り立ったルーは、二人を見上げながら小さなホログラムモニターを呼び出した。
そして、現れたそのモニターには、何故か森の上空をゆっくりと水平旋回する〝ルシファー〟が映し出されており、時折あらぬ方向へレーザー砲を放っていた。
「現在本体は念のためあえて無駄に砲を撃ち、敵陣を虱潰しに探している最中である〝感〟を出しています。そして、この旋回はあと百二十秒で補足した敵陣の方向へ艦首が向きます。方角があった瞬間〝ルシファー〟は全砲門を長距離仕様に変更して一斉射。ただ、ここで問題なのは依然としてレーダーやセンサー類は回復していないため、その砲撃は撃ちっぱなしの状態になってしまいます」
「撃ちっぱなし……なるほど、ホーミングが利かないから、ただ単に直線的で簡単に迎撃されてしまうという訳ね」
「その通りです、同志・曉燕。なので、お二人にはこちらの攻撃を迎撃する敵の長距離オプションを迎撃して欲しいのです」
テキパキと理解が進む。
司も何となく理解して話に付いて行くが、ふと視線を向けると紗々羅と美紗都はポカンと口を開いて二人仲良く首を傾げていた。
「了解したわ。確かに飛行能力を考えれば私と七緒が守り役なのは適任でしょう。でも……七緒? あなた、ちゃんと出来るの?」
曉燕の視線が七緒に向く。
司に屈服し、艦対戦では跪いて足置き姿まで晒した七緒だったが、いよいよ本格的に元仲間達と戦闘を開始することになる。
その一線をちゃんと越えられるのか? 疑われるのも致し方ない。
「あ、あの……正直、ここで何を言おうが疑念は残ってしまうかもしれませんが、私は本当に……」
表情を苦々しく歪めて俯き気味になる七緒。
すると司は、乗っていた馬から降りて七緒に歩み寄る。
「大丈夫だって……こいつはもう俺を裏切らない。俺の存在がこいつの忠誠を揺るがせない……そうだろ、七緒?」
以前の司なら口が裂けても人前で言わなかったであろうセリフ。
自信に満ちたその微笑からは『俺に惚れてる奴が俺を裏切る訳が無い』と確信している様ですらあり、現に差し出された手を頬に当てられた七緒は……。
「ふぁあッ!? は、はひぃ♡ 私ぃ……ぜ、絶対……司様を、裏切ったりしません♡ あ、あぁ……♡」
一瞬で表情をトロけさせ、司の手を取り頬擦りしながら身体を弛緩させてフラフラと司の胸に吸い寄せられる七緒。
そのまま軽く抱き締められると、まるで疲れた身体で湯船に浸かった様な若干間抜けにも聞こえるトロ声を上げるその姿は、まさに〝百聞は一見に如かず〟。これは間違いなく裏切ることは無いだろうなと思わせるだけの説得力があった。
「よし、じゃあ……空はお前ら二人に任せるな?」
「「はいッ! お任せ下さい、司様ッ!!」」
桃色と青色の〝Arm's〟を纏い、空へと飛び上がる曉燕と七緒。
それを目で追う司は主の為に頑張ろうとする甲斐甲斐しさに微笑を浮かべるが、その顔はすぐに真顔に戻る。
「さぁ……こっちもそろそろシャキッとするか。――んッ!!」
両手で頬を叩き気合を入れる司。
すると、紗々羅がトコトコと近付いて来てそれにくっつく形で美紗都も司の横へやって来る。
「……司様、来てるよ?」
「あぁ、なんか正面からゾワッとしたのは感じたんだ。大分感覚も育って来たのかな……500mくらい?」
「違ぁ~う。721m。ちなみに向こうも気付いたっぽい。この子達と同じ女騎士ちゃん達が60人と……お、黄色い刀の子がいるね」
「……うん、そいつだけは俺も気付いた」
司の表情が引き締まった顔から影のある不機嫌顔へ変わっていく。
純粋に嫌悪……混じり気の無い怒り。
声も雰囲気も凪いでいるのに激怒と取れる司のその表情に美紗都が委縮していると……。
「閣下……時間です」
ルーの一言ともに、突然空に轟音が響いた。
「きゃッ!? な、何ッ!?」
「うぉッ!? ミサイルか?」
白煙の代わりに光の粒子が尾を引き空を割って飛んでいく無数の弾頭。
手筈通りの牽制攻撃が始まり、ややあって空からまた無数の炸裂音が響く。
「曉燕と七緒が早速やってくれてるな。よし、こっちも一気に――」
「御縁ぃぃいぃぃぃぃッッッ!!」
「ちぃッッ!?」
弾丸……いや、恐らくただ火薬で飛ばされて来るだけの鉄の礫よりも疾かったのではないか?
風を置き去りして、木々の木の葉が揺れ擦れる間も与えず、紫電の残光を残して突撃していた真弥が手にした刀を振り下ろして来る。
「司様、危な――ふぇッ!?」
司を守ろうと前に出ようとした紗々羅。
しかし、それよりも先に司が自ら迫る真弥に足を踏み込み、その刃に片腕を上げて受け止める。
まるで金属と金属がぶつかり合う様な甲高い音が鼓膜を突き刺して目眩を感じさせる。
「う、くッ!? なんだよ……随分余裕無いな? こっちのミサイル攻撃に面食らったか? こんなところで油売ってないで慌てふためきながら自分の所へ戻ったらどうだ?」
「だ、まれッ! 喋んな……このカス野郎ッ! 向こうは向こうでなんとかさせる! その代わり私はここであんたを殺すッ!!」
鬼の形相を隠しもしない真弥が振り下ろした刃を片手一本で受け止めた司。
しかし、それは余裕の表れとも言い切れず、単に腕一本をかざすまでしか間に合わなかったととも取れる。
さらに、強化した腕でもその刃は数mmほど腕に切り込まれていて司の肘へ血の筋が垂れていた。
(くそが、俺の防御力よりこいつの攻撃力の方がちょっと上なのか? 気に入らねぇ……)
実際には真弥の斬撃を止めているのだから状況的に司の方が勝っていると解釈出来る。
だが、司にしてみればこうして傷を付けられたという事実が強烈に癪に障る。
「シッ!」
鋭く息を抜き身体を落とす司がそのまま地面を這う様な体勢で真弥の足を払いに掛かる。
「くッ!?」
大きく鎌の様に振り出された司の足をジャンプで躱す真弥の身体が宙に浮く。
身体がどこにも触れていない状態、僅か数cm地面から離れている間の確かな無防備。
それを狙い、司は身体を捻り背中で地面を捉え、空振りに終わった払い足の勢いを推進力にした垂直蹴りを放つ。
「フンッ!」
十分過ぎるほどの接近戦スキル。
だが、相手はその距離の戦いを専門にしている訓練を積んだ身。
司の身のこなしに驚いた表情はしていても身体は冷静に対処し、膝を抱き寄せる様に足を畳んで司が放って来た蹴り足にタイミングを合わせて自分からも足を蹴り出す。
お互いの足裏がぶつかり、真弥の身体は大きな放物線を描いて吹き飛びながら悠々と地面に着地して二人の間に広めの間合いが取られた。
「チッ、くそがッ! スカして余裕振りやがって……舐めるのも大概にしろ?」
「ふざけんじゃないわよ。あんたみたいなゴミが一端に戦闘熟すとかマジでキモいんだけど……」
攻撃をいなされたのが気に食わない。
十分過ぎるほどに戦えている姿が腹立たしい。
こめかみに青筋を浮かべ、食い縛る歯を剥き睨み合う司と真弥。
もはやお互いに相手の一挙手一投足が目障りで仕方なかった。
(なんでこの期に及んで今でも『自分が正義だ』と思えるんだよ? 狂ってるにも程があんだろ!?)
司はかつて人生を数少ない生きる指標にするほど信じていたのに、それは意図的にそう仕向けるただの演技であったという裏切りに対する怒り。
(自分がどれだけ人類にとって害悪なのか理解してない……少しでも良心があればすぐにでも自殺すべきでしょ!!)
対する真弥は、そもそも司が居なければこんなにも自分達は地獄を味わってはいなかったという初志貫徹の憎悪。
二人の激情が激しくぶつかり合い、不可視な力場を作り上げていく。
常人であれば視線を向けているだけでも目眩を催す物質化寸前の威圧感。
「おぉ……いい殺気。ゾクゾクするぅ♪」
「ち、ちょ……あ、ぅ」
二人が放つ殺気に紗々羅は心地良さげに目を細め、その後ろで美紗都は真っ青な顔で震えている。
すると……。
「綴卿ッ! お待ちになって下さいまし!」
真弥の来た方角から地面を踏み鳴らす音が近付いて来て、騎馬に跨る女騎士達がゾクゾクと追い付いて来た。
どうやら強襲よりも先にここで一戦交えなくてはならないことは確定の様だ。
「おい、美紗都! 紗々羅から離れるなよ!? 俺がこいつを叩き潰して戻って来るまで大人しくしてろ! いいなッ!? 紗々羅、あと任せるからな!」
「ふぇあッ!? は、はいッ!」
「は~い♪ お任せ下さい、司様ぁ♡」
「カリメラさんッ! ちょっとここをお願い! その三つ編みは雑魚だけど、小さいヤツには注意して! 無理だと思ったら本陣まで下がっていいから!」
「はい? え、えぇ……承知しましたわ!」
司の厳しい声に美紗都はビクリと震え上がりながら即答し、紗々羅も気を利かせて美紗都の傍により太刀を構える。
十分過ぎる程のボディガードだろう。
これで司も気兼ねなく目の前の真弥に集中出来る。
そして、真弥側も追い付いて来たディグニティ・ナイツの女騎士達が各々武器を構えて臨戦態勢に入る。
司に魅了されて裏切った数人の女騎士達が司に功績をひけらかそうと合図も無く先走るが、制止する間も無く瞬殺で叩きのめされた所を見るに、今度の部隊の練度はそれなりの水準である様だ。
「え? ちょッ! もう、やられて……」
「いいよ、いいよ……気にしない。最初見た時から話にならないレベルだってのは分かってたし、お仲間気取りでその辺ウロチョロされるよりマシよ」
「チッ! 馬鹿がよ。せめて美紗都の肉壁くらいやってくれたらと思ってたのに……」
鼻で笑う紗々羅とは対照的に役立たずな従僕達にがっかりしたため息を吐く司。
すると、そんな司の反応に対面する真弥が顔をしかめて口を開く。
「は? 何それ? あんた、あの起源体といい仲にでもなった訳? 本当に罪の意識が無いのね……存在そのものが悪のくせに守るモノが出来たってこと? 冗談じゃない……反吐が出るわ!」
真弥の周囲に走る紫電がさらに激しくバチバチと音を立てる。
きっと彼女からすれば、司が厚かましくも自分だけ幸せにでもなろうとしている様に映ったのだろう。
しかし、その怒りはそっくりそのまま司も返してやりたい。
「なんだ? さっきからキーキーとヒスりやがって、カルシウム足りてねぇんじゃないか?」
一見余裕を感じさせる軽口。
だが、司の両目に渦巻く血色の光はその色を濃く深く濁らせていく。
「冗談じゃない? ふざけんな……それはこっちのセリフだろうが。俺が誰かを傍に置いて可愛がってるのがそんなに気に食わないか? てめぇにそのことの是非を問う気なんてサラサラねぇよ。……あいつはもう俺のだ。お前らからすればあいつも討伐対象なんだろうが許さねぇからな? 俺は……俺はもうお前らから俺のモノを奪わせない」
司の全身から陽炎が立ち込める。
強く握った拳、地面を踏み締める脚。
どうやら紗々羅でさえ捉えれば一撃である魅了の力を最初から使うつもりはないらしい。
良善が見れば『使える力があるのに使わないのは非効率だ』と吐き捨てるかもしれないが、まずは自分が納得出来る選択を優先した様だ。
「お前は七緒ほど優しく許さない。叩きのめして、ボコボコにして……力の差を思い知らせて命乞いさせてやる」
「気持ち悪い……七緒もすっかり自分のモノにしたつもり? ゴミカスの分際で……」
俯き、両足を開いて腰を落とす真弥。
構えた刀は肩口から背中側に回して荷物を背負う様な形の担ぎ構えを取り……消えた。
「自惚れ過ぎなのよッッ!!」
「てめぇが言えた話かよッ!!」
真正面からぶつかる二つの怒気。
その衝撃波が地面を捲り木々を軋ませ、もはや一か所で留まっても居られない暴風がその場を離れて森の奥へと駆けていく。
別にお互い何か考えがあってのことではない。
ただ単純に『この相手は自分が仕留めたい』という欲求に身を任せただけ……。
しかし、去って行った二人がそれぞれ残した言葉。
片方は純粋にその身を案じて、もう片方は取るに足らぬ端役だという侮蔑。
そんな二つの言葉を受けた美紗都は、自分の心の中で何か大切なモノに亀裂が入ったのを感じた…………。
読んで頂き、ありがとうございます。
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峪房四季 @nastyheroine