9、わたしはあなたを怖がったりしないわ
引き続き不快と思われるシーンがあります。
暴力シーンも含まれます。ご注意ください。
モーラス伯爵はオーバー伯爵家に関する訴えをすべて取り下げると、ミンティとエルフィンの離縁を国王に申請しその場で受理された。
それを聞いた両親であるオーバー夫妻はホッとしたように互いを抱きしめ合い涙を流した。そんな両親を見てアイリスも涙を浮かべ、ゼバーロが労うように優しく抱きしめた。
モーラス夫人を別室移動させると伯爵も一緒に退出した。あとはミンティだけだが自ら焼いた顔の火傷がかなり痛いみたいで手負いの獣のように手がつけられなかった。
そこでゼバーロが魔法でミンティを拘束し、やっとひと息つけた。
「陛下。アイリスやオーバー伯爵家の傷ついた名誉はモーラス伯爵の発言で払拭されましたが、あと少しそこにいる罪人と話がしたい。この場でしてもよろしいか?」
「うむ。構わない。存分に話すがよい」
「ありがとうございます。陛下」
王に許可を貰ったアイリスはまっすぐミンティと向き合った。
顔は下を向いていてどのくらい酷い火傷を負っているかはわからないが、美しかったレッドローズ色の髪が半分以上チリチリに焼け焦げていた。
「無様ね。ミンティ」
「アイ、リス……?お、まえ、お前、お前ぇ!!お前のぜいでぇ!ケホッゴホッ」
「大声を出さない方がいいわ。喉まで焼けたのよ。声がしゃがれてる」
「全部あん゛だのぜいじゃない゛!!」
「違うわ。それは自業自得っていうのよ。だってわたしはあなたの炎が凶悪で痛いって知ってるもの」
小さい頃からあなたの魔法の実験台になっていたんだから。
ゼバーロが音消しの魔法を解除し、話してみたがミンティの高く可愛らしかった声は老婆のようなしゃがれた声になっていた。
しかし静かな広間ではミンティの声も響くようによく聞こえた。もしかしたらゼバーロが拡声の魔法を使ったのかもしれない。
声が聞こえた人達はアイリスの話に一斉に顔をしかめた。先程のミンティの魔法を見たから尚更嫌な想像ができてしまったのだろう。
「小さい頃は今ほど威力はなかったけど、コントロールはいつも最悪だった。手加減も出来ない……いえ、する気がなかったわね。
暴発で二人一緒に大怪我したこともあったわ。
その時の火傷は誰が治してくれたと思う?父よ。父が大枚を叩いて万能治癒薬を買ってあなたのことも治してくれたの。
万能治癒薬がなければわたし達はあなたが望んでた目もあてられないほどの火傷を体中に作っていたわ。最悪命を落としていたかもしれない。
今も背中には火傷の名残があって寒い日には皮膚が引き吊るの。そんな目に遭っている人間が素直に当たってあげると思う?」
「あんだなんが、呪われだ人間のぐぜに、」
「本当に呪われてるのはどちらかしら。両親の件は未遂だけど、両親殺し……クロゼット夫妻の殺人容疑があなたにかけられているのよ」
「ばあ゛あ゛?」
「わたし達の親戚筋にはね、他人を模倣できる魔法があるの。わたしもお父様から聞くまで知らなかったわ。
悪用されないようにずっと直隠しにしていたんだそうよ。その魔法が使えるのはあなたのお父様なんですって。驚いたでしょう?
叔父様はあなたがわたしの婚約者を寝取ったと聞いて、禁じていた魔法を使うことを決めたそうよ。娘のあなたが何をするかわかっていたのでしょうね。
そしてお父様の召集令状を持った叔父様はオーバー伯爵に成りすました。叔母様はお母様と背格好や髪の色が似ていたから難なく入れ替われたんですって。
そして叔父様に魔法をかけてもらって叔母様もお母様になりきった。
その後のことはミンティの方が詳しいわよね。あの時のように、逃げ惑う小動物をじわじわ追い詰め、命を削り取っていったのでしょう?
わたしがどれだけ止めてと叫んでも止めてくれなくて、森が焼けても、うちの庭師が使っている小屋が燃えても『楽しいことをしているんだから邪魔をするな!!』といって鼻血が出るまでわたしを殴ったわよね?
体は育っても中身は凶暴な子供のままのあなたならきっと邪魔されないように人払いをして犯行を行うと思っていたわ。
命の恩人でも、あなたにとってはわたしを殺して伯爵令嬢に成り代わる機会を潰した憎い両親ですものね。
その恨みを晴らす機会がやってきたんですもの。罪人なら私刑にしても問題ないと思ったんでしょう?」
「は?え、じゃあ、なに?わたじばお父様どお母様を殺じだっでいうの?……何でぞんな酷いごどずんのよ!!わだじの両親を返じで!!!」
「そっちこそ何を言っているの?叔父様達に手をかけたのはあなたよミンティ。
それともわたしの両親ならなぶり殺しても許されると思っているの?ふざけないでほしいわ。わたしの大切な両親なのよ。
それに叔父様達は死ぬことを覚悟されていたわ。ミンティならやりかねない、これ以上オーバー家に迷惑はかけられないってね」
「だっだら途中で魔法を解げばいいじゃない!!両親どわかればわだじだっで……!」
「気分が高揚してハイになっていたんじゃない?そういう時のあなた、何を言っても耳を貸さないじゃない」
叔父様達が魔法を解いてタネ明かしをしても、ふざけるなと一蹴して魔法を放つ光景しか思いつかない。
叔父達はミンティの良心に賭けたのかもしれないが、結果はこれだ。
「でも安心して。叔父様達は……ゼバーロ様、誰の指示でしたっけ?……ああ、そうでした。
第二王子殿下の配下であなたととても仲がいいご友人達がスラム街にゴミのように投棄したけど、ちゃんと残さず回収して葬儀をあげたわ」
今は子爵家の墓地で眠ってるわよ、と言ってやるとミンティは少しホッとしたような顔をした。
酷い扱い方にアイリスも憤りを隠せなかったが、これがもし自分の両親だったらと思うと恐ろしくて仕方がなかった。
そしてアイリスの両親だったらミンティは今見せている顔などしなかっただろう。それがとても不快だった。
視界の端では国王が指示し、騎士達が忙しく走っていく。第二王子も膝を突かされ拘束された。
既に拘束されているミンティにアイリスは少しだけ屈んだ。
「わたしね。あなたのことが恐ろしかったの。友達だと思っていたのにだんだんとわたしを実験動物か何かみたいに扱っていくあなたが。
火の魔法を嬉々としてわたしに向け放ってくるあなたが。
あなたに『魔法が出来ない代わりに呪いが授けられたんだ!役立たずにはお似合いね』て言われたのもずっと忘れられなかったの。
あなたの言う呪いのせいで両親達にたくさん迷惑をかけている自分を何度も何度も責めたわ。死んだ方がいいかもしれないって思ったこともあった。
けれどゼバーロ様と出逢ってわかったの。呪いだと思い込まされていた嵐はストレスで魔力が暴走したものだって。その嵐はあなたが来ると必ず発生していたって。
だからもう、わたしはあなたを怖がったりしないわ。わたしの魔力を呪いだなんて思わない。魔力もわたし自身だもの。
あなたが嗤って貶していたわたしはもういないわ。呪いなんてなかったの。
だからエルフィン様を亡き者にするなんてできないのよ」
隣にやって来たゼバーロを見上げればとても優しい瞳でわたしを見つめていて少し照れ臭かった。
「でも怖かったことには代わりないわ。だってわたし、今回の巨大嵐の対策を話し合っていた時、被害が一番小さいからとあなたがいるモーラス伯爵領を一番最後にしてしまったもの」
「なん゛でずっで?!」
「それは反省しているわ。でも仕方ないことだと思わない?結婚式当日まであなた達が先に結婚していたなんて知らされなかったし、わざと情報を止めて隠していたんだもの。
何年も信用してきた婚約者家族には素行の悪い身持ちの悪い女だと罵られ、社交界に悪い噂をばら撒かれ、婚約していたことすらなかったことにされたんだもの。
わたし、聖女様でも神様に仕えてるわけでもないから普通にムカついてるし、モーラス家がどうなろうと本当はどうでもいいと思っていたの。
でもあと一日か二日、邸で大人しくしていればあなたの領にも着手できたのよ?救われるはずだったの。
もう少し我慢すればエルフィン様も子供も失わずに済んだのに……何でいつでも買えるドレスなんかを買いに行ったの?」
それができればクロゼット夫妻も死なずにすんだのでしょうけど、ミンティは何よりも我慢が嫌いだから。
呆然とするミンティにアイリスは冷めた顔で見つめた。
「なんがじゃないわ!!わだじにどっで必要なものよ!!バーディーに出るんだがら当だり前じゃない!貧乏伯爵のあんだじゃ一生買えないドレズをだぐざん持っでるんだがら!!」
「そのドレスのせいで二人も失って自分も死にそうになったのに?よくそんなことが言えるわね。
ミンティ。あの日助かった時のあなたの格好を覚えてる?夜会に着ていくような派手で目立つドレスだったそうね。
普段着感もない、ましてやあの嵐の日にそんな彩飾が美しくも細かいクリノリンのドレスで出ていくなんて……自殺を考えたことがあるわたしでも選ばない選択よ?
そしてわたし達は主人に仕える身分なの。わかってる?いついかなる時も主人を守るために臨機応変に動けるように心掛けなくてはならないわ。
……着飾るなとは言わないけど、他の貴婦人よりも悪目立ちして本来の職務は全うできるの?剣は握れる?立ち回りもちゃんとできる?無理よね?
そんな動きにくそうな襞の多いスカートじゃろくに走れないでしょうし、ダンスをしたらその大き過ぎる襟周りではすぐに胸が出てしまうわ。
というか、よくそんなはしたないドレスをこの祝いの席に着てきたわね。まるで娼婦みたい」
わたしを蹴落とすためだけに騎士になったんだもの。騎士道精神なんて皆無よね。ミンティには火の魔法しかないもの。
冷ややかに見下ろしたアイリスは、鬼女のように睨み上げるミンティを視線でいなした。
「本当に呪われてるのはどちらかしら?」
少なくともわたしじゃないみたいよ。と囁けば拘束されたまま、ミンティは火の魔法を展開しアイリスを睨んだ。そして自分に火を纏わせながらこちらに突進してきた。
わたしを巻き込んで自爆するつもり?ぎょっとしたが目の前にゼバーロ様が現れアイリスを守るように手を広げた。それだけでキュン、と胸が高鳴った。
でも守られるだけではダメだ。特にミンティだけは。
「ゼバーロ様。ここはわたしが」
「アイリス、」
「従姉の後始末をさせてください」
そう言葉にすると同時にゼバーロ様の横に出て魔法を放った。自己最高記録だ。最短で放たれた水魔法はミンティの体をすっぽり包み込めるほどの大きなものだ。
その中に突っ込む形で囚われたミンティは、体に纏わせていた炎が消えると視界いっぱいに広がる水に悲鳴をあげた。
踠き逃げ出そうとしてるみたいだがそれよりもパニックを起こしているみたいに暴れている。
顔だけの水責めの時にはなかった兆候に驚いていると、突然ガクン、と動きが止まり大人しくなった。
ミンティのことだから罠かもしれないとゼバーロ様が確認してくれたが魔法を解いてもピクリとも動かなかった。どうやら気絶しているらしい。
あのミンティが?と驚いたが運びやすくなったと言ってさっさと牢屋に連れて行ってしまった。
「アイリス、そろそろ行こうか」
「はい、ゼバーロ様」
「ま、待ってくれ!オーバー令嬢にはもう少し話を聞きたいのだが」
やることはやったし、興も冷めたし、このくらいにして帰ろうかと腕を差し出してきたゼバーロ様に手を添えると国王に引き留められた。
聞きたいことはあるだろうけど今日は疲れたから帰りたい。そう目で訴えるとゼバーロ様は心得たと言わんばかりに笑みを作り王を見た。
「陛下。アイリスも私も任務が完了した足でここに来たから疲れているんだ。話なら後日聞かせてもらおう」
「じゃ、じゃが、これは緊急を要するもので」
「あなたの息子である第二王子のやらかしと、元近衛騎士と同じく騎士の妻の罪状はそっちで調べてくれ。
というかこちらの管轄ではない話なのだから外の人間を関わらせない方がよろしいのでは?」
「だ、だから、令嬢だけ残ってもらおうかと」
「これは異なことを!!先程陛下に紹介したはずだが?アイリスはいずれ私の伴侶になるべき女性だと。
あなたも祝福してくださったではないか!………それとも、私の信頼を裏切るおつもりかな?」
「そんなまさか!ないない!ありえないぞ!!」
「それはよかった。もしあると言われたらアイリスを伴い、勿論家族親族も連れてこの国を出て行かなくてはならないところでした。ああ、親族達と国を興すのもいいな!
私の実力と魔法研究の数々、そしてアイリスの膨大な魔力量と柔軟な頭脳があれば、他国に行っても十分とりたててくれるでしょうし。
夫婦となれば地位も上がり更に優遇してもらえるかもしれませんな」
饒舌に一気に捲し立てるゼバーロ様に驚き見上げていれば、国王が豪快に笑いだした。
「わははっ!何を言う。国を守ってくれた大切なイシュダット公爵と未来の公爵夫人だ!不都合なことなど何もないぞ!!
いやいや、引き留めてすまなかったな。何かあれば先触れを出すが今日はゆっくり休まれよ。令嬢もご苦労であったな」
「勿体なきお言葉です」
では失礼します。と退出するアイリス達に、国王は頭を抱えたのだった。
読んでいただきありがとうございます。