8、そんな事実はなかった
引き続き不快な人物が不快な行動をしています。
暴力シーンも含まれます。ご注意ください。
そして自分達を取り巻いていた煙霧が風によって一掃され、元の広間に戻ってきた感覚に陥った。
「ゼバーロ様。勝ちましたわ」
「ああ、ご苦労様」
視界に入ってきたゼバーロに恭しく頭を下げたアイリスにミンティは目を瞪った。
「違っ!負けてないわ!だってわたしの方が強いもの!!」
「お前が倒れているのが証拠だろう?アイリス、どうやって倒したんだい?」
「火の玉を蒸発させた後、こうやって水の玉をミンティの顔に被せて戦意を喪失させました」
「ごぼっかぼっ……ぶはっいきなり何すんの、ごほっごほっ!!」
「大きさばかりにこだわるこの愚か者に正しい魔法の使い方を教えて差し上げただけですわ」
「ゲホッ、は、ああ?!あんたなんか愚図で役立たずだったくせに、ごぼぼっぶばっがぼっ」
顔がすっぽり入るくらいの小さな球体なのに呼吸も起き上がることもできない。
言い返したいのにできなくて、なんとか球体を取り外したくて踠いたが水のせいかまったく掴めなかった。
「未来の魔法騎士だと聞いたが呆れたな。陛下の忠告も聞かず被害を鑑みないまま最大魔法を繰り出すとは。
騎士団長、この者に日頃どんな仕事をさせていたんだ?まさか女性だからと甘く見たり死傷者が他より多く出ても不問にしていたんじゃないだろうな?」
「そんなことは……ですが、彼女の魔力は絶大で多少の被害は致し方ないかと」
「バカを言うな。アイリスの魔法を見ただろう?適材適所で使い分け、最小限でもしっかり結果を出すのが本物だ。
この者の場合は威力と大きさだけに拘った、コントロールもろくにできない愚かな目立ちたがり屋だ」
「そんな……」と言葉を失う騎士団長は踠いているミンティを見たが息苦しさで彼女には届いていないようだった。
「ゲホッ……カハッ……アイ、リ~ス~!」
水責めから解放されたと同時に目を真っ赤にしたミンティが炎を出したが形が定まらず、周りにも火花が飛んだ。
今の怒りを現すかのような禍々しい炎だったが、それも一瞬にしてアイリスの水に巻き込まれかき消された。
「知らぬようだから教えてやろう。今回の任務の一番の功労者はこのアイリスだ。アイリスは雲の流れを解き、最短で消滅させる案を作った。
消したのは他の者達の協力もあったがアイリスの機転がなければもっと多くの被害が出ただろう。
お前の夫が亡くなったのは不幸な事故だがアイリスのせいではない。そこを履き違えるな愚か者が」
「嘘でじょ?!ゲホッ、そいつに、そんな能力なん、ん゛て」
「私が嘘をついてるというのか?魔術師団の団長であり公爵の私が陛下の前で嘘を?」
「いいえ!ぞ、んなづもり!!」
「この国を救う一端を担い被害を最小限に抑え、最少の魔法でお前を組み伏せたのがアイリスだ。どちらが勝者か陛下ならお分かりだろう?」
「うむ。そうじゃな。モーラス夫人が放った炎がまともにぶつかれば儂らもただではすまなかっただろう。よくやってくれたオーバー伯爵令嬢。勝者も勿論そなたに決まりじゃ」
「恐れ入ります」
「ゲホッ待ってぐだざっ陛下!陛下はわたしの強さを知っているでしょう?!なのに何で、」
「知っているからこそ散々忠告したんじゃ!!!だというのに貴様は!!儂ら王族をも焼き殺そうとしたのだぞ!!!」
「そんな!わたしはただ」
ただわたしの方が強いと証明したかっただけなのに!
そうすれば、わたしがどれほど素晴らしい人間かゼバーロは気づき、あの役立たずは無様に焼け焦げ苦しみ抜いて死ぬはずだったのに!!
「いい機会だ。罪状に国王暗殺未遂も加えてやろう。無作為に罪もない貴族達を巻き込もうとしたのだ。それ相応の罰は覚悟しているだろうな?」
「そんな!ゼバーロ様がここで勝負しろと言ったのではないですか!!」
「まともな思考をしていれば、ちゃんと陛下の言葉に従っていたはずだぞ。お前は陛下に忠誠を誓っていたはずだ。私の部下でもないのになぜ私の命令は聞くんだ?」
「あっ……」
「そもそも私の言葉も陛下の言葉も聞く気などなかったのだろう?お前は公爵である私に物怖じせず、喪服を利用してすり寄ってきた無礼者だからな。
夫殿も草葉の陰で不埒なお前を嘆いていることだろう。
自分がどれほど危険な魔法を使用しているか理解していれば室内で使うなどそんな無謀な選択は絶対にしないはずだ。
王を守るはずの騎士がそんなことも理解できていないなどあってはならない。私の部下なら即刻資格を剥奪し、訓練施設にぶちこんで再教育をさせるところだ!」
さすがに国王らの命を奪うことは考えていなかった。それに魔法障壁を作れる者達が王を守っているから心配する必要はなかったはずだ。
そうだと知っていたからこその穴だがミンティは気づかず、自分の晴れ舞台を汚されたことに内心憤慨し再戦を言い出した。
「愚か者が。余興は終わりだ。それとも今度こそ陛下の命を狙うつもりか?」
「違います!わたしはそこの嘘つきに現実を教えてやろうと!」
「はぁ……今し方アイリスの魔法に屈したではないか。攻撃を受けたこともわからないほど頭が鈍いのか?それともアイリスの魔法が素晴らしかったのかな」
「違います!その女は大したことないくせにわたしに逆らうから」
「その大したことない魔力に簡単に屈したのはお前だが?そして逆らっているというならそれはお前だ。
私の婚約者に無礼な言葉をいくつ吐いたと思う?なぜアイリスを目の敵にする」
「わたしはそこの嘘つきからゼバーロ様や陛下達を守ろうとしただけで!それにそいつには呪いが」
「黙れ!無礼者が!!」
ズガン!と室内に雷が落ちた。その音と光に辺りが静まり返った。勿論、ミンティも恐怖で竦み上がった。
「うわああっ!!死ぬな!死なないでくれぇ!!」
その空気を切り裂くように誰かが叫んだ。男が火を消火され煙があがる黒焦げになった女に縋りつき号泣している。
焼かれたのが女だとわかったのはドレスを着ていたからだが上半身は目もあてられないくらい真っ黒に焼かれていた。恐らくもう助からないだろう。
周りは恐ろしくて近づけず遠巻きに見ていた。同じように眺めたミンティは男を見て目を瞪った。
義父のモーラス伯爵だったからだ。
彼が女の名前を呼び叫んでいる。髪が燃えてなくなり黒焦げで顔も判別出来なかったがドレスのスカート部分で誰なのかわかった。
モーラス伯爵の妻だ。
そこで自分が焼いた女は義母だと初めて知った。
「お、お義母様?!」
「余罪が増えたな。義理とはいえ母親を焼き殺すとは。業が深いことをする」
「ちがっ!あれはわたしでは」
「散々我々が忠告した言葉を真摯に受け止めなかったからだ。驕っていたツケを支払う時が来たようだな」
さすがのミンティも義母だとわかっていたらそんなことはしなかった。
ミンティの声に反応して義父がこちらを睨み付けてくる。その目は尋常ではないほど憎しみに満ちていた。
「ミンティ・モーラス。お前にはオーバー夫妻の殺人未遂の嫌疑がかかっている」
「は?な、何を言っていんるんですか?わたしは今お義母様を亡くした不憫で可哀想な被害者ですよ?
未遂でも人殺しなんて、そんな恐ろしいことしていません!」
「先程自供したじゃないか。〝お前の両親と同じように目もあてられほど無様にこんがり焼いてやる!〟とな。
お前の口汚い言葉は……うん。他の者達も聞いたと頷いている。
お前は獄中にいたオーバー夫妻に躊躇もせず火の魔法を放ち、逃げ惑う姿を嘲笑いながら殺そうとした。人のする所業とは思えないな」
何で知ってるの?!あそこには誰もいなかったはず。
見張りに金を渡して追いやったから現場を知る者はいないはずなのに!あの火傷で生き残ったっていうの??
困惑しているとゼバーロの視線が動きミンティもそれに倣った。そこに居たのはアイリスの両親。確かに伯父夫婦だった。
しかも火傷の痕がこれっぽっちも見当たらなくて更に困惑した。
「嘘っ何で、」
「何で死んでないの?か。それ以前に言うことがあるだろう?
お前は長年世話になっていた親戚であるオーバー夫妻を裏で手を回し、一般牢に閉じ込めた状態で一方的に魔法を繰り出し殺害しようとしたんだぞ」
「ま、待てイシュダット公爵。なぜオーバー伯爵夫妻が牢に入っていたんだ?儂は知らぬぞ?!」
「それなら丁度いい説明役がいますよ。そこにいる第二王子がよく知っています」
「う、嘘だ!!僕は知らない!!」
悲鳴混じりに叫ぶ第二王子だったが、国王に睨まれ口をつぐんだ。
そしてタイミングよくアイリスが発言の許可を求めたので国王はそれを許した。
「そんなことはありませんよね?
教会に提出したはずの婚約証書が紛失したと聞きましたが、よくよく聞けば第二王子の許可を得てその書類がエルフィン・モーラスの手に渡ったとのことです。
しかも『国王陛下の許可はいただいている』と言って有無を言わせなかったとか。陛下、このことに覚えはございますか?」
「いやない。……宰相も知らぬな。儂はオーバー伯爵家に関する話を聞いてもいなければ手紙ひとつ手元に届いておらん。よっていかなる許可も出すはずがない」
一体何をやらかしたのだ?と困惑する国王達にゼバーロはこう続けた。
「婚約していないのに婚約したと虚偽発言をしモーラス伯爵家に迷惑をかけた罪と、税を誤魔化し着服したという罪、だそうです。
オーバー伯爵を査問会議にかけるべく招集したそうだが、その招集のサインを第二王子がされていましたよ。
あれさえなければ伯爵もありもしない罪で、捕まるとわかっている場所へ行くはずなかったのですが」
互いを支えあうように立っているオーバー伯爵夫妻をゼバーロは一瞥し、第二王子を睨んだ。その睨みに縮みあがった彼は国王に泣きついた。
「父上、何かの間違いです!これには訳が!!」
「……後でじっくりと取り調べをする。その際に正式な刑を与えるが、現時点を以て貴様の王位継承権を剥奪する。儂を謀ったのだ。罪は軽くないと思え」
「父上ぇ……!」
だが、国王の目は怒りを滲ませた凄みで息子の手を振り払った。
崩れ落ちる第二王子を見ているとローブを引っ張られ、アイリスは視線を下げた。
そこには無様に泣いているモーラス伯爵が見上げていた。以前自分や家族にされた侮辱を思い出し、思わず顔をしかめた。
「助けてくれ!頼む!妻を助けてくれ!!」
不快を露にしているとゼバーロがモーラス伯爵を振り払い、引き離してくれた。
「燃え上がる夫人の火をアイリスが消してやっただろう?
妻を助けたいならば、あそこにいる第二王子にもう一度頼んで神父でも高価な万能治癒薬でも出してもらえばいいじゃないか。お友達なのだろう?
陛下の印が押された婚約を、五年以上婚約関係だったオーバー伯爵家を、お前達はミンティ・クロゼットとかいう子爵の娘に簡単に誑かされ裏切った。
挙げ句の果てには先にエルフィン・モーラスが不貞を犯したというのに自分達のことを棚に上げ、アイリスを貶し、婚約したことなどなかったと嘘つき呼ばわりして、名誉毀損で貴族院に告訴までした。
どんな耳当たりの良い言葉を囁かれたかは知らないが、そんな辱めを受けた人間がお前を助けると思うか?自分は助けてもらえるに相応しい崇高な人間とでも思っているのか?
お前が縋るべき相手はアイリスではなく、貴様の妻を焼いた張本人の、そこにいる義娘じゃないのか?」
視線が一斉にミンティに向く。モーラス伯爵にローブを掴まれたことで魔法が解けていた彼女は咳き込みながらも必死に耳に情報を入れていた。
バチン、とミンティと目が合うとモーラス伯爵は嫌悪を隠しもせず睨み付け叫んだ。
「あ、あんな女!息子の妻でもなんでもない!!今までのことは謝罪する!告訴も撤回する!そんな事実はなかった!」
「待ちなさいよ!あんた自分が何を言ってるかわかってんの?!」
「貴様こそ私の息子で飽きたらず妻の命まで奪おうとしているんだぞ?!命をなんだと思っている?!情はないのか?!死ぬなら貴様一人で死ねばよかったんだ!!」
「なんですって?!エルフィンは自分が先に助かろうとしたから死んだのよ!!わたしは何度も助けてって言ったわ!
なのにぐずぐずして助けないからわたしの子供も流れたのよ!!」
「それは貴様が我が儘を言って嵐の中買い物なんかに出掛けたいなどと言ったからだろうが!
しかも買いたいものがドレスやアクセサリーだと?!普通嵐の日に買いに行くか?!
貴様はとんでもない愚か者で大馬鹿者だ!!!貴様が妊娠さえしていなければ、エルフィンは同乗せず貴様だけが死んだはずなんだ!息子を返せ!!」
「はああ?!もういっぺん言ってみろクソジジイ!!!」
ボボッとミンティの手に炎が巻き起こる。その炎は瞬く間に肥大し、肌がヒリつくほど熱さと痛みを感じた。
放って置けば伯爵以外にも被害が出るとわかったアイリスはすぐさま水魔法で消火し、ミンティを水責めにした。
しかしわかっていたのかミンティは自分の顔を目掛けて火の魔法を放ったので魔法を解除してミンティに自分の魔法を味わわせた。
「ぎぃやあああああああああああああっ」
自分の魔法をモロに顔に食らったミンティはさっきよりも激しく叫び、悶絶した。
その姿を苦痛を浮かべた表情で眺めたが、ゼバーロに肩を擦られ我に返り緊張を解すように息を吐き寄りかかった。
そんなアイリスにゼバーロは満足げに目を細め彼女の腕を労るように撫でた。
いつまでも叫ぶミンティに「煩い」とゼバーロが音消しの魔法でミンティの声だけをシャットアウトすると少しだけ落ち着いた空気になった。
大きく息を吸い込み、モーラス伯爵を見やる。エルフィンに似た造形の父親に不快な気持ちが湧いたが傍らにいる夫人を見て息を吐いた。
「伯爵。夫人はもう手遅れです。あそこまで焼かれてしまったら誰の魔法でも助かりませんわ」
「そんなぁ……!!」
水をかけて消火してやっただけでもアイリスの温情だった。
良好な関係だったらもう少し手助けしていたかもしれない。
もっと苦しまずに施すことも、見た目を整えることもしたかもしれない。
だがモーラス伯爵達はアイリスやオーバー家に対して名誉を傷つけ、信頼を失墜させるような噂をばら蒔き、ミンティを放置してオーバー伯爵家の者達を命の危険に晒したのだ。
「そもそも喪も明けていないのに男漁りのために王宮に来るような義娘を戒めず、放置したモーラス伯爵の方に問題がある。
義娘が騎士というなら息子のためにも仕事を全うさせればいいものを、喪に服すと言いながら祝いの席に喪服の色である黒いドレスを着てきてこの騒ぎだ。
後継者もいないのならさっさと離縁するべきだったのでは?そうすれば少なくとも夫人の命は助かったと思うがな」
とどめのゼバーロの言葉に伯爵は真っ青な顔で泣き崩れた。夫人を失うつもりはなかったのだろう。
まさかミンティがこんな暴挙を働くとも思っていなかったのかもしれない。
彼女が本性を現すのはアイリスか、殺すつもりだったわたしの両親の前くらいだっただろうから。
読んでいただきありがとうございます。