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7、何でお前が生きてんのよ!

不快な人物が不快な行動をしています。

暴力シーンも含まれます。ご注意ください。

 


 今日は王宮でパーティーが行われた。

 王宮の魔術師団が先日国を襲った巨大な嵐を消滅させたのだ。その祝賀と被害に遭った者達の鎮魂もかねて催されている。


 表立っては祝いの席なので皆楽しげに過ごしていた。


 その中に一人、真っ黒なドレスを纏った不満げな顔でワインを飲んでいる女性がいる。

 黒は喪に服しているということだが身内が亡くなった者でも黒のドレスを着て参加している者はいない。

 もしくはパーティーを辞退している。あくまでも本日は『祝賀会』だからだ。


 だがその女性は周りに邪魔だと睨まれても意に介さず、不満タラタラな顔を晒しながらパーティーを出て行こうとはしなかった。



 突然出入口が騒がしくなった。

 どうやら魔術師団が到着したらしい。


 皆一様にローブを纏い、颯爽と歩く姿は壮観なものがある。たなびくローブは細やかな刺繍と深い青が高貴なコントラストになっていてとても美しかった。


 一同王の前に跪き頭を垂れた。

 王からの労いの言葉と報奨が与えられ、団長であるゼバーロ・イシュタッドが代表して礼を述べた。その通る声はどこか蠱惑的で誰もが耳を傾け聞き惚れた。


 それだけではない。ラベンダー色の髪と榛色の瞳が儚さを演出していて年若い令嬢は目が釘付けになっていた。

 喪服を着た女性も同じで頬を染め、うっとりした顔で眺めている。そして彼女が何よりも惹かれたのは公爵という地位だ。

 魔術師団の団長で公爵なんて、わたしにぴったりな地位ではないか。


 次はあれにしよう。そう思い舌舐りをしていた。



 歓談に入り、喪服の女はなんとかゼバーロに近づこうとした。

 しかし他の高位貴族や同じく狙っている女達、そして魔術師団の者が彼の周りを固めている。これでは近づくこともできない。


 だがわたしには喪服がある。このために着てきたようなものだ。人の同情を引き、多少の無作法も目を瞑ってもらえる。


 邪魔そうにこっちを睨む女達を睨み返しながら前へ進むとあっさりゼバーロの前に出ることができた。


 淑女の礼を取り許しをもらうと自己紹介をして顔を上げた。近くで見ると益々端正な顔がわたし好みだ。ニヤつかないように努めて悲しそうに目を伏せた。



「この度の嵐の払拭、ありがとうございました。これで夫の無念も晴れることでしょう」

「伯爵はあの嵐の被害者でしたか。それは御愁傷様でした」


 よしよし。興味を引けたわ。次はわたしの話をして同情を買い、二人きりになれる場所に誘い込んでたらしこむのよ。

 一歩近づき上目使いで見上げようとしたが、ゼバーロはもう次の相手と話していた。



「あ、あの!」

「……まだ何か?」


 ついっと向けられた視線が氷のように冷たくゾクリとした。もしかして邪魔をするなということ?

 確かに人気者でひっきりなしに声をかけられてるけど、わたしのことだって気になっているはずだわ。

 わたしは同情すべき可哀想で魅力的な女。そして未来の公爵夫人なんだから!


 そう思い、ずっと話しかけるタイミングを探っていたがまったく隙がなかった。そのうちダンスの音楽が流れ出し、女達が期待を込めてゼバーロを見つめた。


 チャンス、と思い、近くにいた女を突き飛ばしてゼバーロの前に進み出た。



「ゼバーロ様、あの、よろしければダンスを踊っていただけませんか?」



 本来なら女性からダンスを誘うのはタブー。しかし自分の思いどおりにするためにマナーや規律を破ってきた女は躊躇がなかった。

 周りの厳しい目も訝しがる彼の表情など気にもならない。笑顔で可愛くねだれは誰でも落ちる自信があった。



「喪服で踊るつもりか?勘弁してくれ」

「そんなっ…な、なら、黒のドレスでなければよろしいのですか?」


 しまった。こんなことなら黒を着てくるんじゃなかった。だがゼバーロを見るにわたしに関心を持っている。この好機を逃す手はない。


 こうなったら体型が近い女を捕まえてドレスを奪えば……、そんな無謀な考えを巡らせていると溜め息を吐いたゼバーロが冷たく見下ろした。



「何か期待しているようだが、私は婚約者以外と踊るつもりはないと言っているんだ」

「こ、婚約者?」


 驚いた。ゼバーロに婚約者が居たという噂は聞いたことがなかった。周りもざわついているので周知された話ではないのだろう。


 もしかして狂言なのでは?と期待し、ならこの若い体を使って押し倒せばいけるはずだろう。わたしほど魅力的な女はいない。


 困ったフリをしてもう少し足を踏み出し無礼な距離まで近づけば、ゼバーロが誰かを呼んだ。その名前に瞠目した。



「アイリス」


「……ア、アイリスですって?!」

「そうだ。近く私はこのアイリス・オーバーと結婚する。なので面倒な釣書も下心込みの誘いももうしないでくれ」


 迷惑だ。と堂々と言ってのけたゼバーロに近くにいた女性達がバツの悪い顔を背けた。しかし喪服の女は違った。血走った目でアイリスを凝視した。


 魔術師団のローブを纏い、ゼバーロに肩を抱かれたアイリスは満更でもない顔でおすまししている。それが癇に障った。



「ちょっと!何でお前が生きてんのよ!!」



 口と同時に手が出た。引き離そうとアイリスの細い手首を掴もうとした。が、その寸前に逃げられた。


「チッ!生意気な女ね!大人しく掴まりなさいよ!!」

「なんて品のない方なの。名も名乗らずにわたしに罵声を浴びせるなんてマナーがなっていないわね」


 苛立ち声を荒げれば冷めた表情のアイリスが見返してきた。その余裕をかました顔にイラッとした。今まではおどおど、あたふたしてたのになに?その生意気な態度は!?


 一人憤慨する喪服の女に周りからクスクスという嘲りが聞こえ睨みで黙らせた。

 喪服の女よりもアイリスという女の方が無名で知らない者の方が多かったが、傲慢で知られていた喪服の女がやりこめられるのは面白かったのだ。



 たとえ自分達が慕う好物件のゼバーロの婚約者だったとしても女性達の評価は喪服の女の方が低かった。当の本人は気づこうともしなかったが。


 お高く止まってるように見え、ムカついた喪服の女は勢いに任せて扇子を振り上げた。そしてそのままアイリスの顔をぶってやろうと思った。


 扇子は固い。顔に傷を作ればその生意気な態度を改め、またおどおどとした態度で女に泣いて許しを乞うだろう。


 何かの間違いだと思うが、イシュダット公爵との結婚の話だって『こんな役立たずで不細工なわたしでは荷が重すぎるわ。あなたの方がずっとお似合いだわ』と言ってわたしに譲り喜んで諦めるだろう。



 見える傷は女にとって最悪な瑕疵だ。二度とまともな家に嫁ぐことはできない。それをわかっていて喪服の女はアイリスの顔だけに狙いを定めた。


 そうなった後のことなど、自分の立場など想像せずむしろ称賛されると思い、笑みを浮かべた喪服の女は思いきり扇子を振り下ろした。



「痛っ!」


 手首を掴まれ、その強さに扇子を落とすとそのまま背中に手を持っていかれ、無理矢理床に膝を突かされた。

 わたしに無礼を働いた奴は誰だと睨めば無表情に見下ろすゼバーロで、何で?!と叫んだ。



「おい衛兵。早くこの咎人を牢に入れろ。我々魔術師団の祝いの席で我が妻になるアイリスを愚弄した」


「違うわ!その女が悪いのよ!!わたしを知ってるくせに知らないなんて嘘をついて!!

 …わかったわ!あんたでしょ!あんたがエルフィンを殺したんでしょ!!呪われたあんたよりわたしが幸せになったから!

 わたしを妬んだあんたは嵐をわざと起こしてエルフィンを殺したんだ!この人殺し!!人殺し!!」


 衛兵を呼びつけるゼバーロに女は慌てた。ここで追い出されたら次の婿探しが難しくなる。しかも狙っているのはこのゼバーロだ。

 なんとしても誤解を解かなければと、ゼバーロに守られ澄ました顔をしている役立たずを詰った。



「この者は何を根拠に言っているんだ?陛下よ。これはどういうことかな?私達は祝いの席に呼ばれたはずだが?それとも我々を愚弄するための催しか?」


「ち、違うぞ!そこな者は夫を亡くして気がおかしくなったんだ。モーラス夫人下がれ!誰か!夫人を別室に連れて行け!」


「まっ待ってください陛下!わたしの話は本当です!あの者は魔法が使えません!!教会で行われる魔力判定にすら連れて行ってもらえないほど何も持っていないのです!


 美貌と魔法の才能にあふれたわたしを妬み、何度も殺そうとしたのです!だから魔術師団に入れるわけがないのです!どうか正しいご判断を!愚図なあの女をお調べください!!」



 そう。わたしが知っているアイリスは魔法なんてこれっぽっちも使えない役立たずだった。だからわたしに負け見下された。そして呪いで死んだはずだった。


 そんな女がわたしの領域(テリトリー)である社交界に、王宮に居ていいわけがない!


 あんな役立たずよりも覚え目出度いわたしを信用した王はゼバーロに問いかけた。

 王はわたしの味方だ。他にもわたしの味方は大勢ここにいる。


 親も亡くなり唯一の味方すらいなくなったあの役立たずがわたしに敵うわけないのだ。


 恥をかきたくなければ早くその女を見捨てるのよ!と嬉々としてゼバーロを見つめていると応えるように彼が此方を見た。それを見てわたしはうっとりと頬を染めた。



「ゼバーロ様もなぜ能無しアイリスと婚約するなどと世迷言を仰ったのかわかりませんが、魔法能力だってわたしの方が断然上ですわ。

 もし魔力でそこの女を選んだのでしたらわたしを選んでくださいませ。後悔はさせませんわ!」


 ねっとりと蛇のような目つきでゼバーロを見上げると、一瞬嫌悪を露にしたがすぐに引っ込めアイリスを見た。

 互いを見て頷く愚か者に少し不満を感じたが、どちらが勝利するかはもうわかっている。わたしは笑みを深めた。


 バカな女。わたしの恐ろしさを知っているはずなのに逆らうなんて。ああ、嘘をついてゼバーロに取り入ったから引っ込みがつかなくなったのね。ざまあないわ。


 搾取される側の人間なのだから大人しく上位であるわたしにその場所を明け渡せばいいものを。中途半端な計画で動くから本物に叩き潰されるのよ。



「いいだろう。ではこの場で己の力を示せ」

「必ずやご期待に応えてみせますわ」


 わたしの魔力は更に強くなった。今やわたしの炎の威力は国随一。物怖じせず躊躇しないわたしにつけられた異名は〝紅殻の薔薇(あくま)〟だ。


 そして手元には悪い友人が裏ルートで手に入れてくれた魔力増強の違法薬物がある。万が一にもあの女に勝てる見込みはない。

 亡骸は拾ってやらないけど、踏み台にはしてあげるわ。無様に泣き叫んで散りなさい!アハハハッ


 喪服の女の実力を知る他の貴族達は恐れ戦き我先に逃げ出し、怖いもの見たさで残った者達も被害に遇わないように壁端に寄った。

 国王は外でと懇願したがゼバーロがそのくらいのコントロールはするだろうと適当に返した。



 手加減?そんなことするはずがない。

 わたしの魔力がどれたけ素晴らしく絶大なのかを知らしめるための舞台だ。


 わたしが騎士団に入ったばかりにゼバーロは日和って魔術師団にあんな出来損ないの役立たずを入れてしまったのだ。

 才能の塊であるわたしの入隊を乞うくらいには優劣の差をはっきり見せつけなくてはならない。


 いつもなら鼠を走り回らせるように火の玉を投げつけて弄ぶのだが今回は仕方がない。一発で消し炭にしてあげるわ。そう心の中で高笑いをした。



 ダンスをするよりも広いスペースに向かい合うように立った二人の間にゼバーロが両者を見て、そして国王を見た。

 彼は青白い顔でげんなりと頭を垂れていたがゼバーロの視線に気付き手を上げた。始めてもいい合図だ。


 ゼバーロは周りを傷つけるな、損壊は最小限、決して殺すなと言ったが聞かなかったことにした。

 役立たずのゴミを生かしておく理由はない。



「始め!!」

「死ねええええっくそがああああっ!!!」


 先手必勝。弱い者苛めで培った詠唱の短縮、無詠唱をしても威力を発揮する方法を見いだしていたわたしは躊躇なく禍々しく光り輝く小太陽をアイリスにぶつけた。

 大きさはこの広間の三分の一で観客として残っていた貴族達が悲鳴を上げ逃げ出した。


 ここにいる防御もできない弱い人間は死ぬかもしれないわね。わたしの魔力は絶大だもの。でもわたしのせいじゃないわ。

 わたしの怒りを買った愚かなアイリスのせいよ。あのバカが有能なわたしに生意気な態度をとったのが悪いの。


 恨むならあの役立たずを恨んでね。

 尊い犠牲に感謝するわ。そう呟き、にっこり顔を醜く歪ませた。




「……………………………はあ、ぁ?」


 壁の彩飾が燃え落ち、女達の化粧が溶け、肌を焼き、直視すれば目が潰れるくらい熱く眩しい小太陽が一瞬で消された。

 爆撃で辺り一面が焦土と化すはずだったのに蒸気のような煙霧がたちこめるだけで被害がほとんどない。


 その近くにいた逃げ惑う貴族達に視線を走らせ、紛れて逃げ出していないか目を配った。


「ねぇ死んだの?アイリス。死んだなら返事しなさい。とどめを刺してあげるから!」



 顔よりも大きな火の玉を作り出した。さっきよりは小さいが威力は更に大きいものだ。


 出てきた瞬間にあの女を焼き尽くす。そう決めて警戒したが煙霧が消えずに此方に流れてきた。きっとこの中にアイリスが紛れているんだ。弱者が思いつく狡いやり方だ。



「隠れてないでさっさと出てきなさいよ!煙に紛れて攻撃を窺っているのはわかってるのよ?!今度こそ息の根を止めてあげるわ!

 お前の両親と同じように目もあてられないほど無様にこんがり焼いてやる!!」



 どこに居てもわかるように大きな声で怒鳴れば煙霧の中に人影が見えた。

 来た!と口許を吊り上げ、すかさず火の玉を投げつけた。すると煙の奥から断末魔のような悲鳴が聞こえ歓喜に震えた。


 やった!当たったわ!大当たりの時に出る悲鳴だとウキウキで奥に行こうとしたら火だるまがこっちに走ってきたので足を振り上げ、蹴って転ばしてやった。



「最後の抵抗なんて見苦しいわね」


 はぁ、と溜め息を吐くと、同時に目の前が水の中に変わり鼻と口の中に水が入り込んだ。

 丁度息を吸い込もうとしたタイミングだったので意図せず空気と思って吸い込んだ水は肺に入り苦しさと拒絶反応に踠いた。


「げはっ!ごほっごほっ」


 バランスを崩しぐらりとしたと思ったら肩を強打した。その衝撃で視界から水がなくなり肺に空気が入ってきて大きく息をし、その度に咳を繰り返した。



「まったく。加減をしろと言われたのに室内であんな大きな魔法を打つなんて……相変わらず、コントロールが下手くそね、ミンティ」


「は、あ?なん、は?」


「思い出してあげたわよ。ミンティ。ミンティ・モーラス。それともミンティ・クロゼットの方がいいかしら?」


 咳をしながら見上げると無傷のアイリスがミンティを見下ろしていた。






読んでいただきありがとうございます。

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