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4、婚約者は知らない男性になっていた

過去のお話です。

不快なシーンがあると思います。

 



 アイリス・オーバーは伯爵家に産まれた長女だった。

 長女といっても第二子で上にはワイルドな兄がいた。


 仲は悪くなかったが男の子の遊びが出来ないのにわたしを連れ回しては両親に怒られ、その鬱憤がわたしに回ってくるという図式だった。

 なので兄が友達を作り勉強のために学園に通い始めてくれてからやっと自分の時間が持てるようになった。


 その頃から従姉のミンティと遊ぶようになったが、時が経つにつれて彼女の行動がおかしくなり、一緒にいるのが苦痛になった。

 切っ掛けが初恋の相手だった兄が学園に通い始めたからということを後から知ったが、それまでは何で苛めのような嫌がらせをするのだろう、と疑問と不安でいっぱいだった。


 今思えばあれは八つ当たりだったのだろう。兄と同じ年じゃないことと、学園に通うようになったら恋人か婚約者ができてしまう。

 現に学園にいるうちに兄は義姉を見つけてあっさり結婚した。


 それは仕方ないことなのにミンティはキレにキレて、わたしを火だるまにしようとした。

 それを見咎めた使用人達が、今まで両親にはバレなかったミンティの所業を訴えやっと出禁になった。両親の前ではミンティは仲の良い親友を演じていたので、寝耳に水だっただろう。


 わたしもいつか前みたいなミンティに戻ってくれるとか、ミンティは本当は寂しがり屋で感情の表現の仕方が不器用なだけとか色々考え、両親に言うタイミングを逸していた。

 だがいざミンティが来なくなったことでお昼寝の時間や読書の時間を邪魔されない時間が持てたことに心底ホッとしたのだった。



 そうして穏やかな時間を過ごしていくうちに、父がわたしの婚約者を連れてきた。

 同じ家格で事業提携で持ち上がった婚約だそうだ。


 初見は純朴そうで真面目そう。笑うと八重歯が見えてやんちゃそうかも、と思った。

 初回はお互い緊張でろくに喋れなかったが、時間をかけて話してみるとやはり男の子で勇者ごっこもしていたらしい。

 騎士学校に入って近衛騎士になるのが夢だという彼はとてもキラキラしていて格好良かった。



 関係はとても順調だった。互いに贈り物をしあったし手紙も頻繁にしていて、騎士学校に入るまでは手紙と同じくらい会っていろんな話をした。

 わたしの呪いのことも親を通じて聞いていたと思う。でも彼の口からは一度もその話は出てこなかったし、変わらずわたしに真摯な態度で接してくれた。


 騎士学校に入った辺りでわたしも女学校に入り、手紙だけのやり取りになった。それも特に変なところはなく順調だと思っていた。



 学校を卒業したら結婚しようという取り決めだったので、学校の最後の年はそれは大忙しだった。卒業を迎える年は成人する意味もある。


 式も披露宴もアイリスが住む領で行おう、そんな約束をしていたから邸の者達も大変だった。


 招待状も送り終え、もう式をするだけまでこぎつけたのだがその頃になって婚約者と連絡がつかないことに気がついた。

 忙しすぎて失念していたのだが、約束を破る人ではなかったので不安はなかった。


 だが前日になっても彼や、彼の家族が現れない。どうして?と速達で手紙を送ったところで変な噂を聞いた。



 騎士学校がある王都で婚約者が別の女性と結婚したという話だ。相手は同じ騎士学校に通う子爵令嬢で、魔法能力も長けているらしい。

 いずれは魔法剣士になると期待された令嬢と婚約者が大恋愛の果てにみんなに祝福されながら、友人である第二王子の許しを得てとても大きな教会で盛大に式を挙げたというのだ。


 しかしアイリスの婚約は政略であり、父も教会に正式に書類提出したと言っている。父は急いで王都に向かい真相を調べた。



 結果は噂の通りだった。婚約者はアイリスではない女性と結婚したのだ。


 では書類はどうなったのか。

 確認したところ誰かが持ち出し紛失したらしい。


 教会はこの事を表沙汰にしたくないらしく、父にお金を握らせ『むしろ下手な傷が娘につかなくて良かったではないか』と宥めて追い返したそうだ。

 金は叩きつけて返したそうだが、犯人はわからず仕舞いだった。



 今度は婚約者とその家族に連絡を取った。さすがに契約した本人達なら覚えているだろう。そしてなぜアイリスではない女性と結婚したのか聞くために何度も手紙を送った。


 返事が来たのはアイリスがする予定だった結婚式の三ヶ月後だった。



「まったく、この忙しい時期になんの用だ?さっさと終わらせたいので手早くしてくれよな」


 久しぶりに会った婚約者は知らない男性になっていた。


 横柄な態度、イライラしたように足を鳴らし不機嫌な顔でこちらを睨んでいた。その剣幕にぶるりと震えた。

 婚約者の両親も同じ態度で更に瞠目した。彼らに何が起こったのだろう?まるで悪人でも見るかのようなねめつける視線に両親と一緒に冷や汗を流した。


 話し合いの場は婚約者の邸で行われた。弁護士などの第三者の傍聴は許されなかった。娘の瑕疵をひけらかしたいのか?と言われて父は引き下がってしまった。


 結婚式をドタキャンされたことは招待客すべてが知っていたし、逃げられたのはアイリスというのも知られている。

 社交界では今格好のネタにされて面白可笑しく噂されていることだろう。


 これ以上守るものなどないのに父は穏便に話し合うことを選んでしまった。



 不安はつきまとったが三ヶ月も待った話し合いの場だ。とにかく真相を確かめなければ、そう思った。


「わたしと婚約していたのになぜ他のご令嬢と結婚されたのですか?」


「はあ?騎士学校で運命の相手に出会えたのだ。愛を育み互いの想いが合致したから結婚に踏み切ったまでのこと。

 婚約?父上。この女と私が婚約などしていたでしょうか?」


「さてな。こんな厚顔無恥な女など知らぬが……オーバー伯爵。そこの女は本当にあなた方の娘ですか?愛人の子ではなく?」


「伯爵!!私の娘に失礼だぞ!!」


「はぁ。こちらは気を遣ってあげたんですよ。そこの女は素行が悪く、誰にでも暴力を振るうというではないですか。

 そんな者がオーバー家の息女とあっては恥さらしもいいところ。早々に縁を切って追い出した方がよいのでは?」


「いい加減にしろ!!娘の何を知っているというんだ!!」


 どん!と父がテーブルを叩いたが婚約者の両親はアイリスが本当に素行が悪い女だと思っているようだ。

 学校に上がる前はあんなにも優しく仲良くしてくれていたのに。わたしが嫁いでくることを楽しみだと言っていたのに。


 更に言えば入学した最初の年はまだ普通だった。連絡も取り合っていた。どこ?どこで変わってしまったの??



「まったく。こちらが平和に終わらせてやろうとしてやっているのに愚かな者達だ。ミンティ!」

「は~い。何でしょうかぁ?」


 ミンティ?!

 ぎょっとする名前に両親と一緒に驚いた。そして部屋に入ってきた人物を見て更に驚く。

 邸を出禁にしてから親族の集まりでも見ることがなく、記憶が昔のままだったが、そこに立っていたのは確かにミンティだった。



 どういうこと?と驚いていれば、彼女はまっすぐ婚約者の元へ向かうとはしなだれかかるように彼の隣に座った。

 そしてアイリスの目の前でミンティの肩を抱き寄せた婚約者は下品にも熱烈なキスを披露した。


「私の妻ミンティだ。私と結婚して更に美しくなったがお前達なら覚えているだろう?彼女はお前に虐げられ続け、お前の両親からも迫害を受けた。

 ミンティは一念発起をして騎士学校で鍛練を積んだ。特に火の魔法の威力は絶大で、国王陛下にもお目見え目出度いほどの実力を持っている。

 いずれは魔法剣士になり夫婦揃って王家に尽くす予定だ」


「そんな……」


「伯爵、貴様達夫婦はミンティが苛められてることを知っていて無視したそうだな。

 そして魔法の才能に溢れたミンティを潰すことで、そこのろくに魔法も使えない役立たずの呪いをどうにかしようとしたそうじゃないか。


 伯爵。今が何年かわかっているのか?生け贄など蛮族でも時代遅れの所業だぞ!!

 命からがら逃げおおせたから良かったものの、ひとつ間違えば私の大切なミンティが帰らぬ人になっていたんだ!!死ぬならそこの役立たずを殺せば済むことだろうが!!」



「そうですわ、オーバー夫人。娘というなら最後まで面倒を見るのが親の役目。手に余るようなら我が子を手にかける勇気を持たないと。

 人の子を、わたくし達の可愛い義娘に手をかけるなんて言語道断!!このことは社交界で皆さんと共有させていただきましたわ!皆さんは息子夫婦の味方になるそうよ!」


「な、なんですって?!」


「自業自得では?長年ミンティを傷つけてきたのだ。瑕疵しかないその女に結婚する資格などないでしょう。生かしておく必要もあるのか甚だ疑問だな。

 長男にはまだ毒牙をかけなかったようだが、ミンティの体を、心を傷つけたことは許しがたいことだ。


 私達は家族であるミンティのため、このことを重く受け止め、貴族院に告訴した。もうすぐオーバー家の取り調べが始まることだろう。

 家族共々社交界、いや、貴族界隈から潔く消えていただくことになるでしょう」



 あまりにもあんまりな話だった。貴族院に訴え受理されたとなれば家の瑕疵になる。たとえ無罪だとわかっても二度と表舞台に出られなくなるだろう。

 それに婚約者達の余裕ぶりを見るにミンティの発言は虚言だと知らないのか確実にこちらを裁くつもりでいる態度だ。


 慎重で温厚な婚約者の家族とは思えない。性格までミンティに影響されてしまったの?!と戦慄した。



「ミンティ!貴様!自分が何をしているのかわかっているのか?!親戚である私達を陥れるなんて、こんなこと許されると思っているのか?!」


「そうよ!調べればすぐわかることなのよ?!あなたがアイリスにしたことは」


「黙れ犯罪者共め!!!」



 たまらず父がミンティを叱りつけると彼女は煩わしそうにくしゃっと顔を歪め、婚約者の胸の中に逃げ込んだ。それはまるで恐怖に怯えるような仕草で唖然とした。


 人に助けてもらおうとすれば顔をくしゃっとした後目を吊り上げ更に激昂し追いかけ回してくるのが彼女だったのに、自分は他人に甘えるのか、とショックを受けた。


 そして初めて聞く婚約者の怒鳴り声に肩がビクッと跳ねる。

 動揺を露に婚約者を見たが彼はこちらなど見ておらず、腕の中にいるミンティの背を優しく撫で「可哀想に。こんなに震えて」と不憫そうに頭の天辺にキスを落とした。

 そしてアイリスのことは仇のような目で睨んできた。



「私の妻を怖がらせる犯罪者共と話すことはもうない!……はあ?婚約?近衛騎士として王家にも重用される私が暴力しか振るえないお前のような痴れ者と結ぶものか!!

 冗談じゃない!考えただけでも虫酸が走る!


 大方、結婚して幸せになったミンティを妬んで嘘をでっち上げたんだろう!まったく厚顔無恥も甚だしい!!

 警備隊に引き渡されたくなければさっさと逃げ帰るがいい!!」



 婚約者の咆哮にアイリス達は諦めるしかなかった。まったく話が通じない。

 冷静になれば少しは話せるかと期待したが結婚相手がミンティとあってはそんな希望も泡と消えた。

 むしろ自分達の命を守るためにはこの場から早く逃げ出すことだ。悔しいが仕方ない。


 使用人達からも睨まれ、まるで本当の罪人のような扱いで外に出ようとしたところでスカートがピンと引っ張られた。

 構えてなかったアイリスは目の前の階段に対処できずそのまま転んでしまった。


 数段しかないが石の階段だ。痛みがあったが振り返るとニヤリと嗤ったミンティが見下した目で見ていた。



「アイリス!!」

「ミンティ貴様!なんてことを」


「きゃあ怖い!旦那様ぁ~!!」


 わざとらしい、悲鳴混じりな高い声をあげて元婚約者にすがりつくと彼の両親が反応した。


「言いがかりは止めていただこう!その娘が勝手に転んだのだろうが!まったくまともに歩くこともできないのか?!」


「淑女としても恥ずかしいわ。本当に女学校を卒業できたのかしら?

 オーバー夫人。あなた方も罪に問われると思いますが、罪を軽くするためにもそこの娘との縁を切り、放逐することをお薦めしますわ。

 その娘は害はあっても利益はこれっぽっちもありませんもの。


 わたくし達のミンティに暴力を振るっていたなんて許しがたいことだわ。……いっそのこと処刑にしてしまえばいいのに」



 ぼそりと呟かれた声に父が激昂し足を踏み出したが元婚約者が前に立ち塞がり待っていた剣に手を掛けた。


「これ以上ミンティや私の家族に危害を加えようとすることは止めていただこう。

 私達はあまりにも手紙を寄越してくるから覚えのない話でも会ってやったんだ。伯爵のそれはこちらの好意を踏みにじる行動なのではないか?」


「……っ」


「これ以上迷惑な行動をするなら本当に警備隊を呼ぶ。家族共々、早々に牢へ入りたいのならやってみるがいい!」


 嘲るように嗤う元婚約者を睨みながらも馬車に乗り込もうとしたらなぜか引き留められた。



「ああ伯爵。私は近く爵位が上がる。侯爵だ。そして私もミンティも王家を守る近衛騎士になる。

 お前達がどんなに頭を捻っても騒ぎ立てても敵わない爵位だ。自分達がしてきた罪を数え、首を洗って待っていろ。私達も王家も罪人であるお前達を絶対に逃がさないからな」


 まるで死刑宣告のように聞こえた。









読んでいただきありがとうございます。


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