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2、君には魔法の才能があるよ

 


 その様子をじっと見つめていたゼバーロは少し間を空けてから口を開いた。


「教会には行ったかい?属性とかランク分けするアレなんだけど」

「それが、その日に熱を出してしまって。個人的に調べるのは、その、お金が……」

「そういえば、献金ふんだくってるくせに、更にせびる体制だったな。………後で見直させなきゃ」


 顎に指をかけ眉間に皺を作る公爵は魔術師というより学校の先生に見えた。



「な、なので、調べてませんが、でも、わたしなんかを調べても意味は、ないのでは?」

「そんなことはないよ。君には魔法の才能がある。この私が言うのだから間違いない」


「え?」


 さらりと返された言葉に目を見開いた。そして公爵は天井を指差し更にこう言った。


「この天気が証拠さ。だからご両親も特に確認しなかったのだろう。ちなみに学校は」

「こ、国営の女学校です」


「うん。ちゃんとご両親は君のことを考えてるね。マナーを覚えて感情をコントロールするにはうってつけの場所だ。

 本来なら魔術学校に来てほしかったけどあそこは入るのも教科書道具類も高いから。才能ある子はどんな地位でも入れてあげられれば良かったんだけど」


 あそこは扱いが微妙なものがたくさんあるから敷居を下げるわけにはいかないんだよなぁ、とぼやく公爵にもしかしたら元生徒か教鞭に立っていたのかもしれないと思った。


「ま、過去のことは置いといて。よければこれから私の研究室を見に行かないか?」


「え?」


「どうせ外には出られないんだ。つまらなければすぐ戻ればいい。ああ、まだ寝たいようなら寝てくれても構わない。

 だがもし来てくれるなら私のとっておきを見せてあげよう」


 ニカッと笑った公爵の笑顔はちょっと子供っぽくて、年上の大人だと思っていたからギャップで思わずきゅん、としてしまった。



 連れてこられたのは邸内の地下だった。公爵の魔法で足下が明るい階段を下り、扉を開けると(秘密の合言葉が鍵だった!)地上と見間違うような広く明るい部屋が視界に入った。


 少し武骨な色の石が部屋を作り上げ、ガラスのない窓の向こうには草原が見えた。しかも天気は晴れ!

 ここはどこ?!と狼狽すれば、公爵領内にあるどこかと魔法で繋げてあるらしい。


「どうやら雨が降ってるのは局地的みたいだね」


「あ、でも」



 公爵が空を見上げ、アイリスも倣ったところで天気は土砂降りになった。これはすごい!と公爵は喜んだがアイリスは穴があったら入りたくて仕方なかった。

 雨風が入らないようにすべての窓を魔法で閉じると公爵は光る石を各所に置いて部屋を明るくした。光る石は魔石というらしい。


「これが、魔石……!」

「見たことなかったのかい?」

「はい。学校では魔石は便利だが高価で実用性に欠けると言われて書物で見たことしかありませんでした」


「女学校らしい方針だ。なぜ高価なのか知ってるかい?」


「モンスターの中にあるコアのようなものだから、でしたでしょうか。持っているモンスターは中級以上でいつでも確実に手に入れられるわけではないから」


「正解だ。よく勉強している」



 先生に誉められたような言い方に思わず頬を染めた。少し面映い。


 それからしばらく部屋の中にある道具を見せてもらってはどういうものなのか説明を受けた。ひとつひとつ丁寧に説明してくれる公爵にアイリスの好感度は益々上がった。

 無理をしてでも魔術を習っておけば良かったと思えるくらいには心が躍る話が多く目を輝かせた。


 そんなアイリスを公爵は眩しそうに目を細め、説明に気合いが入ったのは言うまでもない。



「ちなみに見せたかったものはこれだ」


「こ、これは……?」



 ただの水晶のような?どういったものでしょうか?と公爵に聞くと試しに手を当ててみるといいと言われ、素直に従った。するといきなり水晶から光が放たれ、部屋中が真っ白になった。


 驚いたアイリスが慌てて水晶から手を離すと光は収束し、部屋も元に戻ってホッと胸を撫で下ろした。



「今のは何だったんですか?」



 恐々と質問すれば公爵は上機嫌な顔でその水晶が属性やら何やらを調べる装置なのだと教えてくれた。



「こ、これが」


「そう。これでわかっただろう?アイリス嬢には魔法の才能がある」


「で、でも、あの光は?もしかして壊れてしまったのでは?」


 あまりにも強い光に水晶を壊してしまったのではないのかと、だからわたしに魔力があると誤作動を起こしたのではないか?そんなことを考えた。



「まあ確かにそれは教会にある正規品を模造した所謂レプリカではあるけど、壊れてはないよ。

 細かいところは反応が鈍くて小さい魔力ではうっすらとも光らない可能性はあったけど、アイリス嬢の魔力なら問題なく作動できたわけだ」


「じゃ、じゃあ、」


「おめでとう。君は魔術師にもなれる才能と類い稀な魔力量の持ち主だ」



 公爵はそう言ってアイリスを祝福してくれた。


 それから二人で魔法の話で盛り上がった。主に説明してくれる公爵の話を聞くだけだが、すべてが新鮮なアイリスにとっては興味が惹かれる話ばかりだった。


 中でも心に残ったのは公爵……ゼバーロ様も子供の頃魔力をコントロールするのに苦労したらしい。

 彼も大きな力を持っていて、怒りに任せて小さな山ひとつを抉ったことがあるとか。

 人への被害はなかったが山の動物が消えその地域の生態系が少し変わってしまったらしい。



「下手に我慢するのはよくないんだってあの時学んだね。私に比べたらアイリス嬢なんて可愛いものさ」


「そんなことは……一瞬か時間が経てばの違いで」


「いつもはどうやって気持ちを鎮めていたんだい?」



 あの時はしこたま怒られたよ、と肩を竦めるゼバーロ様に少し笑ってしまい慌てて口を隠した。


 そういえば、いつもどうやって気を落ち着かせていただろう?深呼吸をしたり寝てみたりお気に入りの詩集を読んだりすることだろうか。そう口にすれば今日はお開きにして、夕食を食べたらさっさと寝てしまおう、と提案された。


 いやでも、さっき起きたばかりだしもっと魔法の話も聞いてみたい。


 そしたらゼバーロ様は嬉しそうに微笑み「ならまた明日」といってアイリスの手をとった。その微笑みは寝る瞬間まで脳裏に焼き付いて頭から離れなかった。




 ◇◇◇




 次の日、やはり体は疲れていたのか遅い時間に目を覚ましたが、外の天気で夜明け前か夕暮れ後かと勘違いした。

 窓に近づけば雨が何本も筋を作っていて時折ザアアッとアイリスに吹きかけるように雨粒がぶつかる音がする。


 昨日の嵐よりは幾分かマシだが雲は相変わらず厚くて暗いままだ。横殴りが減ったくらいで降雨量は変わってないだろう。


 寝ただけではもう天気をコントロールすることはできないのだ。


 やはりここを出て行くべきでは?と窓ガラスに映った自分を見て顔をしかめた。



 今日はメイドのお仕着せを借り、エプロン無しでゼバーロ様に会いに行った。食事の後に来てほしいと伝言を貰ったのだ。


 案内されたのは昨日とは違う部屋だが、ここも整えられた室内とは違い武骨なイメージがした。今日は倉庫、だろうか。



「やあ、アイリス嬢。来たね」



 にこやかに出迎えてくれたゼバーロ様はアイリスの手をとると従者を下げ中を案内した。



「こ、これは?」



 見上げたものに困惑していれば、ゼバーロ様は楽しげに笑みを作り何だと思う?と問いかけた。何と言われても思いつかない。


 安直に言えば車輪が四つあるので馬車、と答えられるがゼバーロ様を窺う限り違うみたい。それに御者が座る場所がないのだ。


 そして箱の中も不思議で席は対面ではなく一方だけに向いていて、前の席の片方には丸い輪っかがついている。

 それなりに頑丈そうでそこにはなにやらよくわからないものがごちゃごちゃとついていた。


 お手上げです、と降参すれば「これは〝車〟と言うんだよ」とすかさず教えてくれた。


 他国では魔石を燃料に馬車代わりに走らせているらしい。だが、魔石では馬力はあっても燃費が悪いということで別案を研究しているのだという。



「私が考えた燃料は魔力と水の混合化なんだ。魔力は人にも物にも流し込むことは出来るが留めておくのはかなり難しいんだ。

 だから魔石の理論を使って魔力を込めた入れ物を使い、その中に魔力を閉じ込めようって考えたんだけど」


「上手くいかなかったんですか?」


「結果的にはね。魔力を閉じ込めた入れ物は間違ってはないと思うんだ。多分魔力と水の相性が悪いんだと思う」


「水以外はダメなんですか?」


「火も土もダメで、水に混ぜ物をしてみたけどそれもダメ。他の液体だと不純物が混じって動力が変わってくるからできれば水がいいんだよね」


「そうですか……」


「一応私は水魔法も出来るのだけどこれに関してはお手上げでね。

 魔力だけ抜けたり、水の中で沈殿して固まったり……これは水を抜くと空気に溶けてなくなるんだけど。まともな実験ができなくて困っているんだ」



 なんだか凄い研究をされているんだな、と感心していると、ゼバーロ様が視線を合わせるようにじぃっとアイリスを見つめるのでドキリとした。

 少し屈んでいるせいか距離が近くなって緊張する。


 顔が熱くなるのを感じながら「な、何でしょうか?」と問うと意外な提案をされた。



「折角魔力があるとわかったんだ。コントロールの練習がてら魔力を込めてみないかい?」


「わ、わたしが、ですか?!」


「そうだよ。知りたてほやほやだけどアイリス嬢は水との相性が私より良さそうだからね。これを機会に自分の能力をちゃんと認識して伸ばすといい」



 要は体のいい助手にならないか?という誘いだったが、アイリスは純粋にわたしのことを考えて言ってくれているのだと信じ頷いた。



「では始めに同じ素材で作った小さな容器でやってみようか」


 言いながらゼバーロ様は水魔法で水の球体を作り器用に容器の中へと注ぎ込んだ。それを置いたテーブルの前にアイリスを立たせ、容器を持ち上げるように両手をくっつけた。



「ゼ、ゼバーロ様?!」



 この後はどうすればいいのか聞こうとしたら後ろにピッタリとゼバーロ様がくっつき、アイリスの両手を包み込むように重ね合わせてきた。

 異性とこんな密着したのは初めてのアイリスは声を裏返し咆哮した。


 これは?これはどういうこと?!こんな近くにゼバーロ様がいるなんて!


 緊張して煩く鳴ってるわたしの心音が聞かれてしまわないかしら?髪はブラシで整えたがくしゃくしゃになっているところはないかしら?汗臭くないかしら?

 不安になって顔をあげればすぐ横にゼバーロ様が見ていて短く悲鳴をあげてしまった。



「ああ、すまない。わかりやすい方がいいかと思ったんだが、おじさんに触れられるのは気持ち悪いかな?」


「気持ち悪いなんてそんな!ゼバーロ様をおじさん等と思ったこともありません!むしろお兄様くらいだと思います!」


「……兄上がいるのかい?」

「は、はい。でも、ゼバーロ様よりもガサツで怒りっぽいですが……」



 そこで兄が自分を心配してるのでは?と思い出した。



「それは羨ましいな」


「え?」


「こんな可愛い妹がいれば家も一段と明るくなるだろうなと思ってね」


「そんな……っ」



 眼鏡の奥に見える榛色が優しくカーブを描き、その瞳に自分が映った気がしてボボボッと顔が赤く染まった。

 ここに来てから、ゼバーロ様と出逢ってから初めてなことばかりだ。


「まずは自分の中に魔力の流れをイメージすること。そしてその魔力を手から外に流すイメージを作る。

 出す速度量は一定が望ましい。多すぎれば車がエンストし、少なすぎればすぐ燃料切れになる。ここまでで質問はあるかい?……じゃあ次は魔力の感覚だが」


 耳許のすぐ近くで声がする。小さすぎず大きすぎず丁度いい大きさで心地好い声音。聞いていて落ち着く声の人っているんだな、と初めて知った。


 でも、この距離は近すぎる。


 心地好くてもこれは無理!そう思った瞬間水が吹き出し、アイリスとゼバーロ様は水浸しになった。



「申し訳ありません!申し訳ありません!申し訳ありません!!」

「いやこちらこそ配慮が足りなかった。未婚の女性に無闇にくっつくなど男の風上にも置けない」


 自分のことなのに他人事のような言い回しにどう返したらいいのかわからなかったが、彼に深々と頭を下げられた時は心臓が縮み上がった。公爵様に頭を下げさせる方が恐ろしい。



「しかしどうしようか。他の教え方は私は知らないし……一応訂正しておくが教えるのはこれが初めてだから勘違いしないでくれよ。

 元々教えるのは下手というのもあるが、魔法を意識して使ったことがない者と会ったのはこれが初めてなんだ」


 ゼバーロ様が会ったことがある魔法使いは皆魔法が使えており、コントロールすらままならない者とは会ったのは初めてなのだそうだ。



「その上アイリス嬢は魔力量も多い。これを介助もなくどうにかするには大人でもかなり大変だろう」


 よく頑張ったな、と風魔法で乾かしてもらいながら髪を撫でられ照れ隠しと一緒に目を伏せた。



 再び水が入った容器の前に立ち後ろから覆うように手を重ねてきたゼバーロ様は、さっきよりは背中にある温度が感じなくなった。できうる限り離れてくれているらしい。


「我慢してくれよ。今から魔力を流し込むからそれを感じ取ってくれ。その感覚を覚えられたらすぐに離れるから頑張ってくれよ」


 申し訳なさそうに言うゼバーロ様に申し訳なくなったが、折角教えていただいているのに水浸しにしてはならない!と意気込んだ。



 重ねた手は大分温かったが、その中に空気が流れるような感覚がした。これかな?と意識を集中するとゼバーロ様の両手から魔力が流れ込んで来るのがわかった。


 その魔力はアイリスの手を通り抜け容器の中に入っていく。蓋が開いた状態の容器の中を覗き込むと動かしていないのに波紋が揺れていた。


「ゼバーロ様。色が変わりましたが」

「さっき小瓶の液体を垂らしただろう?あれは魔力に反応して色が変わる成分が入っているんだ」


 そんなことも出来るんだ。凄いですね、と感心すると照れ臭そうに口をニヨニヨさせて、それからコホンと咳払いをした。



「色はこのくらいを目指してほしい。これ以上薄くても濃くてもダメだ」

「燃料として使えないんですよね」

「そうだ。でも気負わず気軽にやってくれていい。これは君の練習でもある。何度失敗してもいいから色々試してみなさい」


 そんなこと言われたのは初めてで、はじめポカンとゼバーロ様を見てしまったが、すぐに顔を綻ばせ「頑張ります!」と力強く頷いた。







読んでいただきありがとうございます。

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