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10/10

10、もっと一緒にいたいです

 ◇◇◇




「あんなことを言って良かったのですか?」


 馬車に乗り込み、やっと気兼ねなく話せるようになったところでアイリスは困った表情でゼバーロ様を見た。

 あれでは王家に対して腹に一物を抱えていると言っているようなもの。


 王家簒奪なんて考えていないだろうけどそんな噂を流されたら厄介だろうに、ゼバーロ様は終始強気な態度だった。

 今だって「何か問題でも?」なんて神妙さはこれっぽっちもない。真剣に考えてるのはわたしだけかしら?



「いくら公爵家で魔術師団団長であっても王族に睨まれたら怖いのではないですか?」


「問題ないさ。第二王子はボンクラだが陛下はその辺は抜かりのない御方だ。我々を外に出すくらいなら手持ちのカードを捨てるくらい容易に出来るだろう」


 第一王子が残ってるんだ、問題はない。とどこまでも気楽だ。

 わたしは心配しているのに、と顔に出せば「アイリスは心配性だな」と手を取った。



「冷たいな。私が温めてもいいかい?」

「そ、それは、はい。お、お願いします」


 手をやんわりと撫でられぶるりと震えた。

 さっきまで天敵のミンティや今まで父の影に隠れてろくに話などしてなかった国王と対峙し会話をしたのだ。緊張しないわけがない。


 まだ少し震えているアイリスの手を労るように、壊れてしまわないようにゆっくりと優しく撫でられぶわっと頬が染まった。


 うぅ…っ!!こんなことをされて照れない者なんていない!

 できることなら掴まれてる手を振り払って馬車を飛び出し走って逃げたいくらいには恥ずかしさで内心悶絶していた。


 手なんてすぐ温かくなるだろう。なんといっても愛すべきゼバーロ様が手ずから温めてくださっているのだ。それを見ているだけでポッポッと顔も手も熱くなるというもの。


 もしかしたらゼバーロ様をつけ狙うミンティにアイリスが嫉妬したのも見抜いたのかもしれない。

 あの娼婦のような下品な格好は同性には不評だが、男性の視線は常に釘付けにさせる力がある。


 あれだけ凶悪な顔をしても第二王子はチラチラとミンティの胸を見ていたくらいだ。情けなくもはしたない。

 ゼバーロ様のことを信頼しているがやはり嫌なものは嫌だと、悪口を饒舌に語ってしまった。恥ずかしい。



 ゼバーロ様は最初から優しかったが婚約してからというもの、二人きりになるとこちらが動揺するほどの色気を纏って迫られることがある。


 お互いこれが初婚だというのに、恋愛だってろくにしていないと言っていたのに自分が初心な子供で恋愛初心者なのだと思い知らされるくらいゼバーロ様は年上の上級者に見えた。


 これが大人か……と打ちひしがれるくらいにはノックアウトさせられていて、返す愛の言葉もろくに思いつかず、お返しにと囁くことも触れることもできず、ただ目を閉じされるがまま赤い顔で必死に耐えるしかなかった。




 そんなアイリスをゼバーロ様は蕩けたような顔で微笑み、固くなっている愛しい人の頬を撫でた。

 それだけで過剰に反応し、ぶるりと震えては赤の面積を広げるアイリスに堪らなく愛しくなってぷるんとした可愛い唇を食べた。


「ん、?!……ぁ、ぜ、ゼバーロ様?!」

「すまない。あまりにもアイリスが可愛らしいから堪えられなかった」


 目を開け慌てた様子で離れるアイリスにゼバーロは彼女の隣に座り直し逃げられないように腰に手を回してぴったりとくっついた。


 褒められた距離ではないが、額を擦り合わせるのも頬にキスを落とされるのもアイリスは嫌がらない。

 むしろ潤んだ瞳で誘うように見上げてくるから己の理性といつも戦っている。


 たいして人に興味がなく、触れるのは好かなくて、気が合わない人間とは話したくもないという潔癖魔法使いとして名を馳せた自分だったが、アイリスと出逢って変わってしまった。


 こんなにも自分がスキンシップが好きだなんて思わなかった。アイリスの隣は心地よくて楽しくて何より魔力の波長が合う。

 これは魔法使いなら特に大事なことだ。波長が合えば回復が早まるし、魔法の発動効果も上がる。安定感が増し、魔術師としてのクオリティが上がるのだ。


 これが噂に聞く『番』なのかもしれない。だからこんなにもアイリスが愛しくて、欲してやまないのだろう。



 最初は生徒と先生、弟子と師匠みたいな関係だったが、魔力の相性が良すぎて魔力量の多い二人は一気に恋に落ちた。

 ゼバーロにも理性や年上としての矜持があったが、魔力の誘惑は麻薬に近く、あらがったが気づくとアイリスを抱き締めていたので早々に諦めた。


 なにせ柔らかく抱き心地のいい、愛しい人から魔力に混じって自分好みの、甘くて美味しそうな匂いがいつも漂うのだ。

 こんな誘惑に勝てる男がいるなら見てみたい。そう思えるくらいには思考に反して勝手に動く本能が素直過ぎた。



「今日の口紅は私が贈ったものかな?」


「は、はい。使うなら今日だなって思って、」


「よく似合ってるよ。だが、少し妬いてしまいそうだ」



 自分があげたものなのに守っているのは口紅で自分じゃないなんて、そんなことあってはならない。

 少しムッとしたがアイリスに見られていると気づくとトロリと目を緩ませ、口紅がなくなるくらい何度も口づけた。



「愛しているよ。アイリス」



 自分の気持ちに気づいてからのゼバーロの行動は早かった。

 普段はアイリスの師匠や先生のように毅然とした態度をとっているが、不貞な輩がアイリスに近づこうものなら目で威嚇し、行動で引き離し、それでもダメなら物理的に消すということを繰り返していた。


 自分に自信を持ち始めた頃からアイリスは輝きだし、とても綺麗になった。

 元々整っていたのだから目をつけられるのは仕方ないことだが、婚約者の自分がいるというのに粉をかけてくる輩もいるので気が気でなかった。



 国王もアイリスの魔力に目をつけたに違いない。

 もしあの時アイリスを残して離れれば、王命でもって第二王子を押し付けられるか、他の男との結婚を迫っていただろう。


 イシュダット公爵家だけでも絶大な魔法力を持っているのにアイリスまで揃えば勢力がひっくり返ってしまう。

 だがそんなことなど知ったことか。アイリスといられないなら国外逃亡だってしてやる!そう意気込んだ。



「……はぁ。早く堂々と一緒にいられるようになりたいな。アイリスと片時も離れたくない」



 馬車に揺られながら角度を変えて何度も口づけを交わしているとつい口から本音が零れ落ちた。

 今日はオーバー伯爵家に送り届けなくてはならない。やっと前の生活に戻れたのだ。愛しいアイリスを親子水入らずにさせてやりたい。


 それをわかっていてもやはり胸が切なくてぎゅうっと抱き締めれば息を切らしたアイリスがそっと背中に手を回してきた。



「わたしも、ゼバーロ様ともっと一緒にいたいです」



 結婚すれば四六時中一緒にいられるようになるが〝今そうしたい〟と自分に同調する言葉にドキリとした。

 顔を覗けばなんとも芳しい甘い香りと、誘うような潤んだ瞳、そして口紅が取れかかった半開きの唇に理性が危うく飛びそうになった。



 その後はアイリスの顔を見ないようにきつく抱き締めなんとか堪えたが、オーバー伯爵夫妻には前倒しで結婚できないか懇願し、アイリスの兄と拳の対決をし、色々画策して最短で結婚式を挙げた。


 その際、国王は悔し泣きをしていたがゼバーロ様はとてもご満悦だったという。




 ◇◇◇




 その後の話だが、まず第二王子は生涯幽閉された。毒杯を賜ったかは定かではない。


 モーラス伯爵家は爵位をひとつ落として子爵になった。

 妻子を失ったモーラス元伯爵は親戚筋に家督を譲り、自分は王都の噂が届かない田舎に移り住み、余生を孤独に過ごしたという。


 加担した教会の者は逆らえなかったにしても無罪にはならず破門。

 第二王子やミンティ、エルフィンを唆した『悪い友達』らの罪は重く、貴族籍を剥奪した上で舌を切り落とし放逐された。



 そして女王が如く振る舞っていた()()()ミンティは魔法実験のモルモットとしてしばらく勤めた後、この国では珍しい溺死による処刑が採用された。

 これはモーラス元伯爵が強く希望したもので、息子エルフィンが亡くなった川で執行された。


 平時は大人で腰くらいの穏やかな川だがそれでも中央は流れが速く、少し深い。そこは治水が成功しているので多少嵩が増しても耐えられる川だった。


 だが嵐の日の濁流は人間が敵うはずもない。いくら日頃鍛練を積んだ騎士でも足を滑らせないで川を渡るというのは困難を極めるというもの。

 もし助かる道があったとすればエルフィンが助けを呼びに行くか、なんとかしてドレスを脱ぎ捨てるくらいだろう。


 孤独の中、必死に濁流の中で耐え続けたのは同情に値するが、命の危険度は同じだったエルフィンに助けを求めたのがそもそもの過ちだった。

 そしてミンティを助けようとして命を落とした彼を否定し貶すことは絶対に許されないことだった。



 執行された日は雨が降る寒い日だった。

 顔に火傷を負い、焼け爛れていて判別は難しかったが潤いがなくなりパサパサになってもローズレッドの髪は健在だったのでミンティだとわかった。


 着ているものも粗末なワンピースで、手を拘束されながら歩く姿を野次馬が冷やかしに見ていた。

 そこの地域の住人の倍以上が見守る中、川の前に連れてこられたミンティは発狂してそこから必死に逃げようと踠いた。


 そうでなくとも水に関わる雨の日がめっきり怖くなってしまったミンティは外に出ることも拒んでいたくらいなのに、知っている、因縁ある場所に連れてこられて余計パニックになった。

 言葉にもならない奇声をあげ、暴れるミンティを数人がかりで押さえつけた。


 そして石がゴロゴロと入っている麻袋に無理矢理詰め込み、口をきつく紐で縛り上げた。

 その間もミンティは麻袋の中で暴れ続けたが紐を解く者はおらず、合図と共に川へと投げ込まれた。


 自分が川に落とされたとわかると一層激しくミンティは暴れたが罵声も悲鳴も水の中へと消えていった。


 本調子ならミンティの火の魔法で逃げられたはずだが、ギリギリまで魔法実験で魔力を使わされ枯渇していたのと、水がトラウマになってしまったために魔法を使うということを忘れてしまっていた。

 そして刑が失敗しないように魔力封じの手錠がはめられていたため、逃れようもなかった。


 そうして傲慢な火の魔法使いは水の中で生涯を閉じたのだった。




 そして癒しの魔女と謳われたアイリスは夫のゼバーロと共に次々と功績を納め、歴代一位となるほど国に貢献し続けた。


 その夫婦は休日になると馬車ではなく魔力で動く車を乗り回し、いろんな場所へと赴いては魔法を披露したという。

 次世代の魔法使いの発掘を兼ねていたそれは、魔法をうまく扱えない子供達の希望となった。


 そこで弟子になった者達がその下の世代を育み、教育基盤を作った魔女として長く親しまれ、愛され続けたという。








読んでいただきありがとうございました。


ミンティの最後は少々蛇足みたいになりましたが、入れる場所が思いつかなかったので無理矢理詰めました。帳尻合わせで不恰好ですがご容赦を。


ーーーーー

ありがとうございます!

3月15日

ジャンル別 恋愛 日間 10位

3月16日

総合 完結済 日間 6位

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