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1、わたしは呪いがかかっているんです

新しい連載です。

よろしくお願いします。

 



 ザアザア、ゴウゴウ。

 そんな煩い音に引っ張られアイリスは目を覚ました。


 気だるく体も重い。最悪な気分だったが目覚めた場所は自室ではなかった。

 ベッドから見える窓の外は嵐でも来ているのか雨足が強く、雨粒は窓ガラスを割ってしまいそうなほどけたたましい音を立てていた。


 風もゴウゴウと鳴り響き窓をガタガタと揺らしている。平民の家の窓なら易々と突き破ってしまいそうな不穏な音にアイリスは身を竦ませた。


 時間はまだ昼間だろうか。雨雲が厚くて夜のように暗い。それでも真っ暗ではないので夜ではないのだろう。


 触れていたベッドシーツを撫でる。皺のないシーツは暗くても白だとわかるほどに染みひとつない。

 恐らくそれなりに良い家なのだろう。この部屋にある調度品も見る限り質が良さそうだった。


 でも何でここでわたしは寝ていたんだろう?


 そんな疑問を浮かべているとドアをノックする音が聞こえ、慌てて返事をした。



「ああ、目が覚めたのか」


 本を読みながら入ってきたのは気だるげな顔をした、そして気難しそうな男性だった。

 長いラベンダー色の髪を無造作に縛り、眼鏡をかけ分厚い本を手にしている様はどこかの学者のようだ。着ている服も質が良さそうだしこの邸の主だろうか。


 その眼鏡の男はアイリスが起きていても起きていなくても関係なかったようで、チラリと視線を向けた後はそのまま近くにあった椅子に座り読書に没頭した。


 もしかしたらアイリスが寝ているものと思ってこの部屋に来たのかもしれない。それくらいドアの開け閉めの音も、対応した声音も〝いつも通り〟のように見えた。


 できればここはどこなのか、可能なら自己紹介と、喉を潤す水が欲しい。ずっと寝ていたみたいに体が軋んで喉もカラカラなのだ。


 けれど視線の先にいる男はアイリスの視線などこれっぽっちも気にしてなくて、むしろ気づいてもいなさそうで、諦めて弱まらない嵐を見つめた。




 ◇◇◇




「あれ?!起きたなら声をかけてくれれば良かったのに!」


 しばらくしてパタンと本が閉じた音が聞こえたと思ったらそんな声が聞こえ驚き彼を見た。さっき目が覚めたのか、と言いましたよね?


 そういう顔をすれば、理解したらしい男があちゃー、と顔をくしゃりと歪めパチン、と手で顔を叩いた。


「すまない!いい本に出逢えたものだからつい読み耽ってしまって。集中すると大抵のものは上の空になってしまうんだ」

「は、はぁ……」


「喉は渇いてないかい?水差しを持ってこよう。それとも白湯、紅茶の方がいいかな?ああ、ミルクもあるから好きなものを頼んでくれ」


 冷たく放置されたかと思いきや、過分に思うくらい手厚い介抱を受けた。

 さっきまでとは真逆の対応に多少戸惑ったがアイリスに触れるのは呼ばれたメイド達で、彼女達が部屋を去る頃にはアイリスは体もシーツも着ているものもすべて綺麗になりスッキリした。


 ほう、と温かい飲み物を飲んでホッとひと息つくと眼鏡の男がノックをしてから部屋に入ってきた。身に染みた行動のようだ。



「私の名はゼバーロ・イシュタッド。君の名を教えてくれないか?」


「イ、イシュタッド公爵様?!」


「ああっ!ここは非公式だから!君は怪我人で病人なのだから!畏まらなくていいから!」


 名前を聞いてぎょっとしたアイリスは急いでベッドから下りようとすると同じく慌てた公爵に引き留められた。


 イシュタッド公爵といえばアイリスの家が治めている領の隣だ。そんな畏れ多い場所に侵入してしまったことに震えた。は、早くここを出て行かなくては。



「ア……アイリス、と申します」


 本当はいけないことだが家名を隠した。ここで言うわけにはいかない。家名を出せば家に迷惑がかかってしまう。これ以上家族の迷惑にはなりたくない。


 ぎゅうっと手が白くなるほどシーツを握り締めるアイリスにセバーロは目を細め窓の外を見やった。


「今日は雨の降りが激しい。弱まるか止むまではこの邸で雨宿りをするといいだろう」


「で、ですが」


「この嵐の中、外に出るのは危険だ。初対面で信用ならないと思うが私の忠告を聞いてほしい」


 そう言われてしまったら返す言葉もない。でもわたしがいなくなれば今の状況は解決する。そうわかっているのに意気地無しのわたしは甘んじて公爵の言葉に頷いたのだった。



 雨が降り続く中、公爵はアイリスに気を遣い、話し相手になってくれた。ここは公爵領の端にあり、隠れ家として使っているらしい。

 普段はこの地をとりまとめている者に住まわせているから自分の方が居候なのだという。


「ここのターキーは本当に美味しいんだ。王都とも、私の家の味とも違う。香辛料の違いかな?とにかく美味しいから、食べられるようになったら是非味わってくれ」


 余程この邸が気に入っているのか、そのターキーが好きなのか、どちらにしてもアイリスの心に罪悪感が重くのし掛かる。



 青白くなったアイリスに公爵は具合が悪くなったのかと心配してすぐ横になるようにと急かした。


 疲れたのなら少し眠るといい、という公爵にアイリスは頑なに拒否し、ここに留まるようにと願った。

 話さなくては。公爵にちゃんと話さなくては。その言葉だけが空回りする。



 次に話したのはアイリスがなぜここにいるかだ。聞いてみると嵐の中道端で倒れていたアイリスを馬駆けしていた公爵が見つけたらしい。


「晴れていたと思ったら曇天になって、そしたら土砂降りからの嵐だったからね。そんな目まぐるしい中、君を見つけられて良かったよ」


 着ていたドレスの色が良かったんだね。

 雨に濡れていなければとても華やいでいて綺麗だっただろうに、と誉めてくれる公爵にアイリスは顔を引きつらせながらお礼を言うしかなかった。


 アイリスが着ていたのは芥子色のドレスだ。曇天でも夕暮れでも目立つことだろう。

 もっと地味なドレスだったら公爵の目に留まらずそのまま儚くなっていたかもしれない。


 そう考えてゾッとした。腕を擦り再度公爵にお礼を述べるともう十分だからと手で制した。



「だがすまない。ここに寝かせるためには着替えさせなくてはならなくてね。そのドレスは泥々で汚れを落としても落としきれるかわからないんだ」


「そうですか、」

「気に入っているようなら手直しをして君に返すがどうする?」

「いえ。そんなお手間をとらせるわけにはいきません。どうぞ処分してください」


 あのドレスを着たところで誰も、あの人も誉めてくれないもの。自嘲し視線を下げたが今着ているものを見て我に返った。そうだ。ここを出ていく時着ていくものがない。



「あ、あの、申し訳ございません!今のはナシで!取り消してください!!」


 まさか下着で外に出るわけにはいかないだろう。慌てて彼に言うと、公爵はクスリと笑って頷いた。それにホッとして、そして窓の外を見た。

 雨は相変わらず強くて川の氾濫が心配になる。ここに来る前は川沿いを走っていたのだ。


 作物を育てている農家は無事だろうか。川の近隣に住む人達は大丈夫だろうか。そんなことを聞けば公爵は目を丸くして、それから大丈夫と返してきた。



「ここはそんな長雨に晒されることがない場所だ。雨も直に止むだろう」

「そ、そうですか………」

「それとも、この雨が長く降り続くとでも言うのかい?」


 真っ直ぐ向けられた榛色の瞳にギクリとして視線が泳いだ。

 頭の中では早く、早く話せ、と急かしているのに肝心の声が出てこない。


 命の恩人だが初対面で、まだ半日も経っていないというのに彼に悪く思われたくないと、気味悪がられたくないと考えてる自分がいる。


 そんなことを考えても、もう手遅れだというのに。わたしが胸を張って言えるいいところなどどこにもないのに。胸がズキンと痛くなり泣きそうになった。



「あの、その、申し訳ありません。わたし、その、わたし、もう出て行かないと」


「え?」


「助けていただいたのに申し訳ありません。このご恩は一生忘れません」


「え、ええ?」


 泣いてる場合じゃない!と自分を叱咤したアイリスはベッドから出ると裸足のまま部屋を出ていこうとした。

 そのことに公爵は驚き呆然と見送ったが、本当に出て行ってしまったアイリスに気付き、遅れて部屋を飛び出した。


 廊下には使用人が二人待機していて、競歩で追いかけっこをしているアイリス達を見て目を丸くした。

 邸はそこまで大きくないのか階段がすぐ見えた。身分もわからないアイリスを客人として扱ってくれていたことにまた涙がこみ上がった。



「ま、待って待って待って!待つんだ!何でその流れで出て行くんだ?私が何か失礼なことでも言ったかい?」


 もう少しで階段の手摺に触れそうだったがその手は公爵に掴まれた。


「いいえ、いいえ!イシュタッド様は見知らぬわたしのために過分な施しをしてくださいました。感謝こそすれ怒るなんて滅相もない!」


「だったらなぜ出て行くなんていうんだ?しかもこんな格好で」



 向き合うように立たされ、彼の視線が顔から下に降りたのを追うように見れば、とてもはしたない格好で立っていることに気がついた。


 公爵の前でなんということを!と顔が真っ赤になりその場から逃げ出したかったが掴まれた手は離してもらえず、公爵は部屋に戻ろうと言って出口から遠ざけようとした。


「ま、待ってください!」


 踏ん張りがきかず、ズルズルと引っ張られたが勇気を出して声をあげた。

 振り向いた公爵は怒っているというより不安と心配の色が濃い。それが胸を締め付けて部屋に戻った方がいいのでは?と甘えた自分が顔を覗かせたが頭を振った。


「あの、わたし、わたしには」


 呼吸が浅くなり息が苦しい。いつもどんな風に息をしているのか忘れてしまったみたいに体が緊張している。



「わたしには、の、呪いがかかっているんです……!」



 掴まれてる手も空いてる手も指先が冷たくなりぎゅっと拳を作るように握り締めた。


「天候を悪くする、嵐になる、呪いです。わたしがいるとずっと天気が悪いままになってしまうんです!

 だからここを出て行かないと!もっと遠くへ、誰もいないところへ、行かないといけないんです!!」


 わたしがいたらどんどん被害が増える。川が氾濫して地盤が弛んで木々が倒れてしまう。作物もダメにして木で作った小屋も壊してしまうかもしれない。


 だからそうなる前に、すべてがなくなってしまう前にどこかに行かなくては。


 涙ながらの訴えに公爵も信じてくれただろうか。恐る恐る顔を上げれば出て行くにしてももう少し話をしてからにしようと言われ、渋々来た道を戻った。


 こうしてる間も外は豪雨が続いている。空は一向に明るくならない。止む気配すら感じない。

 叩きつける雨音に不安になりながらも渡されたルームシューズを履き、体が冷えないようにカシミアのショールを掛け公爵と向き合うようにソファに座った。



「いつからなのか覚えているかい?」

「多分、産まれてからずっとです。最初は泣くと雨が降る程度だったんですが、そのうち感情が昂ると発生するようになって。

 天気の崩れ方も差があって今回のものは特に酷くて……」


「成長して感情が複雑になったからだね。嬉しい時は晴れるのかな?……まあそうだよね。ご両親はなんて?」


「生まれ持ったギフトだから気にすることはないと……でもここまで長く降り続く雨は初めてなんです!

 しかもこんな恐ろしい豪雨だなんて……っわ、わたしがこのまま、ここにいたらイシュタッド様の治めている土地が水浸しに……!」



 折角助けてもらったのに恩を仇で返すなんてあってはならない。

 だからこのままわたしを追い出してほしいと懇願すれば、窓の外がピカッと光り、次の瞬間には此の世の終わりのような轟音が鳴り響いた。


「あぁ~……確かに君の感情が天気に現れてるみたいだね」



 あまりの音の大きさに耳を塞ぎ身を縮みこませていると、指の隙間から気の抜けた声が聞こえた。

 何でそんな余裕を持っていられるの?わたしを留め置いていたら公爵領は水の災害ですべてがなくなってしまうかもしれないのに。


 大袈裟かもしれないがそれくらい降雨量が激しく止む気配がまったくないのだ。

 死ぬのは怖いけど、最悪わたしが死ねばこの雨も止むのかもしれない。出ていけないならば、これ以上迷惑をかけないうちに自らの命を。



「アイリス嬢」


 自分に止めを刺せるものはないかと視線を張り巡らせていたところで、カラリとした公爵の声がアイリスの名を呼んだ。


 彼の声は不思議なもので、恐慌状態に陥ったアイリスを正気に戻す効果があった。

 パチリと噛み合った視線に彼の住まいで死んでしまったらそれこそ迷惑だと思い、張っていた肩と一緒に息も抜いた。


「私の名を知っているということは生業にしていることも知ってるのかな?

 ……ああ、別に知らなくてもいいことだよ。知らないからといって罰することはない」


 気軽に考えて。と振られたが自分のことしか考えてなかったから呆けた顔をしてしまった。


「文官、でしょうか」


 見た目そのままな感想を述べれば「うーん、惜しい!」といって手を軽く振った。すると部屋の燭台すべてに光が灯ってアイリスは驚き目を瞪った。



「私の家は代々魔法使いでね。一応王家直属の魔術師ってことになってる」


 この辺は生活魔法だけど。と雨の勢いで開いてしまった窓を閉め、手を振っただけでカーテンを閉めてしまった。



「昔は戦争、今は魔獣退治でしか私のような魔術師は出番がないから知らなくて当たり前さ」

「そんな、とても素敵です」


 触れてもいないのにぱぱっと片してしまう魔法に素直に感動すれば、公爵はニヨニヨと嬉しそうに口許を緩め、その顔に気づいてコホンと咳払いをした。


「ご家族には魔法を使える人はいなかったのかい?」

「いるにはいましたが手を動かした方が早かったり、思った通りに動いてくれなかったりでした」

「アイリス嬢自身はどうかな?」

「…わたしは………」


 言おうとして言葉が途切れた。


 この世界では魔法は使えて当然だが、使いこなせるまでにはある程度の知識と練習が必要になる。

 生活魔法は生活に密着しているので否応なく使えるようになる者が多いが稀に不器用だったりして使いこなせない者もいた。


「わたしには魔法の才能がないみたいで、生活魔法もままならないんです。だからよく、従姉に笑われてしまって」


 あはは、とおどけてみせれば公爵はそうか、と目を伏せた。


「ご両親や親族は生活魔法ができるということかな」

「はい。あ、従姉のミンティは火の魔法も得意です。それで騎士学校に入学したんです」

「魔術学校ではなく?」

「はい。剣術も強いらしくて……わたしは知らなかったんですけど。だから初の魔法剣士になるんだって言って」


 思い出しても震えるくらい、大きくて熱い火の玉を掲げて嗤う彼女を思い出し顔色が悪くなった。

 あの時は冗談だとミンティは笑っていたが本当かどうかはわからない。


 だって怖がって逃げ惑うアイリスを見ては、いつも嬉しそうにミンティが嗤っていたのだ。

 そういう日はすぐに天気が悪くなりミンティも濡れたくないと帰っていた。


 騎士学校に行く頃にはそういう遊びもしなくなり、むしろわたしと遊ばなくなって気が休まる日が続いたけれど……。


 騎士学校を卒業してスラリと細く、でも出るところは出ている大人の体と、メイクをしてより一層大人びたミンティを思い出し、ぐらりと目眩がした。

 胃からせりあがるものに慌てて口を押さえ、必死になって飲み込んだ。







読んでいただきありがとうございます。

1日1回更新で頑張ります。


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