第七話 奥地へ
それから数刻。あらかたの情報を聞き終えた二人は、もう一度村はずれの森へやって来ていた。
エルトールは木の陰に座り込んで、水筒の水を飲んでいる。ちなみに食料の類は、帝国で買ったものと山で採取した分を異空間に放り込んでいるので心配する事は無い。アリサははと言うと……、
「はぁ、はぁ……と、採って来たわ……」
森の草をかき分けで出てきたのは、栗色の髪の少女。
その手には、蛙を持っている。
「僕の食糧を分けてあげると言ったのに」
というと、アリサは火の準備をしながら、
「あたしだって、自分の食べ物くらい自分でとれるのよ」と返してきた。
「火炎弾!」と薪に火をつけ、蛙をくるくる焼き始めた。
そして、暫く二人とも静かに休んでいたところ、
「……ね、エルはどうして旅をしているの?」とアリサが聞いて来た。
振り向くと、もぐもぐと蛙の足を加えてこっちを見ていた。何故旅をしている、と聞かれると、そうするしかなかったという返答しか出てこない。
だが、あえて言うとすれば、
「僕は、学校を作るために旅をしてるんだ」
「え? 学校?」きょとんとするアリサ。
「学校って、魔法学校?」
エルトールは頷く。脳裏に浮かぶのは、帝国魔法学園。エルトールはそこを飛び級で卒業し、賢者の称号を獲得してからは学園に研究室を持って、日々魔法の研究に勤しんでいた。
「僕が前に居た学校は、酷い場所だったんだ。みんながみんな、権力を持つ人に媚びを売る事ばかり考えていた。誰の派閥に着くだとか、そんなことに大忙しだった。それが嫌になったんだ」
話していると、どんどんと気持ちが沈んできた。
裁判所での出来事が、昨日の事のように思い返される。エルトールも彼なりに、帝国に貢献しているつもりだった。実際とんでもない貢献をしていたが……誰もそれを理解せず、罵声を浴びせ、暴力を振るってきたのだ。
ここ最近は森での素晴らしい自然のおかげで心が浄化されていたが、こうして話しているとまたどす黒い感情が登ってくる。
旅の途中も、いっそUターンして帝都に戻り、自分の生徒だけ逃がして街を消し去ってやろうかと、何度も考えた。
「……くそ」
そして悪態を付いたところで、自分が誰かに頭を撫でられていることに気づいた。眼を上げると、アリサがいつの間にか近くにやって来て、頭をなでなでしてきていた。
「……何だい?」この僕が頭を撫でられるとは、と驚きながら聞く。
「……その気持ち……分かる!」アリサはふかーく頷いた。
「うんうん、エルも苦労してきたのね。今、すごく親近感が沸いてるわ。やっぱりあたしたちは出会うべくして出会ったのね!」
何だかよくわからないが、アリサはまた一人で納得していた。
エルトールは笑って、「なんだそりゃ」と返した。
気づけばどす黒い感情は薄れていた。……いい子だな、とちょっと高ポイント。
昼休憩を終えたのち、二人は村の東側までやって来た。
ちなみに移動は徒歩である。どうやらアリサ、件のミノタウロスから逃げるときに箒を失くしてしまったらしい。魔法使いにとって、箒は飛んで移動するのにほぼ必須のアイテム。自然エルトールも歩いて移動する事になった。
栗色の髪を追って村の中を歩くにつれ、どんどん周囲の草木が少なくなってゆくのを感じた。
次第に、空気もどことなくよどんでくる。
「何やら不穏な気配がするわね……」と呟くアリサ。
その後ろ姿を見ながらエルトールは、
「――探知」と静かに唱えた。その瞬間、感覚がぶわっと広がる。魔力が膨らんで離散し、あらゆる周囲の情報を読み取った。
中級魔法「探知」。魔物などの敵を事前に察知するための魔法だが、エルトールはそれ以上の情報量を獲得した。
「ん? いま何か……」
アリサがくるりと振り向く。魔力を感じ取ったらしい。
しかしその時には、すでにエルトールは魔法を終了させていた。
「どうかした?」と聞くと、
アリサはうーん……と唸って、
「何か変な感じがしたのよねぇ……」とだけ呟いた。
魔力に気づいたのは素晴らしいが、後一歩及ばないと言ったところか。この子、見たところ魔法の才能はあるというのに、色々と勿体ない点が多い。
「まあいいわ。あたしの見たところ……敵はあっちね!」
アリサは左手にある森の方を指さした。
……逆だ逆。今の探知の結果、村中の地下に根っこのようなものが張り巡らされていることが分かった。
恐らくそれが土地の栄養を全て吸い取っているのだろう。根っこが伸びてきてる方は、右側の森である。
「さあ行くわよー!」
アリサはどんどん左側へ進んでゆく。……仕方がない。少し誘導してあげよう。
「……風」
小さく呟き、魔法を発動する。すると、左手の森から凄まじい風がこちらへ向かって吹いて来た。
「ひゃっ!?」
可愛らしい悲鳴を上げ、ごうごうと葉っぱを巻き上げながら吹いて来た風に煽られて、ザザザと着地するアリサ。
そして左手の森を睨んで、「……今の不穏な風は……!」としたり顔をした。
「前言撤回! あっちにボスが居るわ! 行くわよ助手!」
「はいはい」
……ちょっと面白くなってきたエルトール。
二人は不穏な風の吹いてくる右側の森へ。森の中は枯れ木ばかりで、雑草すら生えていない有様だった。
魔物の一つも出てこない中を二人は、
「なんだかこっちのような気がする!」
「風」
「ふぎっ!? やっぱりあっちだわ! 風がそう言ってる!」
「ここからは……こっちね!」
「風」
「ふっ!? やっぱりあっち!」
どこからともなく吹いてくる都合のいい不穏な風に導かれ、森の奥へ進んで行った。
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