第六十話 ほうきレースと閉幕
――そして。
「あたしの出番ね」
アリサが立ち上がる。エルトールはみんなに指示して、テントの中でアリサと二人っきりになった。
「……アリサ。まずは礼を言わせてくれ。ここまで僕を連れてきてくれて、ありがとう」
アリサは微笑み、「師匠、まだお礼を言うのは早いですよ」そう言ってから、
「ナターリアに勝ちます」と、真剣な表情で口にした。
「ああ」と、頷き合う。
最早、言葉は要らなかった。アリサの中ではすでに、覚悟は決まっている。エルトールはただ師匠として、その背中を押すだけだった。
テントを出て行こうとするアリサの首に、エルトールは星形のネックレスを付けた。
「お守りだよ。……行っておいで」アリサは満面の笑みを浮かべて、テントを飛び出していった。
『さあ、魔法競技大会もクライマックスとなってまいりました。最後の競技は、王国伝統のほうきレース。この勝負を制した側が、勝者となります』
アナウンスの中、スタート地点である競技場の中心で、アリサとナターリアは向かい合う。
「アリサ……」ナターリアを見返し、
「……ナターリア。あたし、貴女と対等で居たかった。同じ場所から、同じところを見ていたかった」
「うん」ナターリアは頷く。
アリサはその顔を指で刺し、「だから今日、貴女を倒すわ。もう、こてんぱんに叩きのめして、二度と手加減するなんて言えないようにしてやるから」
ナターリアはハッとして、それから、真剣な表情になった。
「……私も、アリサを倒す。全力で、倒すから。死なないでね」
アリサは鼻で笑った。「やれるもんならやってみなさいよ?」
ファンファーレが鳴り響く。二人は箒に跨って、スタート地点に浮かび上がった。ほうきレースのコースは競技場だけではない。王都各地のチェックポイントを回って、一周して競技場に帰ってくるという長丁場である。
――すべての勝敗を決める戦い。それを背負った二人の少女は、前のめりに箒に跨り、その時を待った。観客が固唾をのむ中――、
『開始っ!!』アナウンスと共に、二人の姿が瞬時に消えた。
ざわっと観客がどよめく。どこへ行ったのかきょろきょろと見回す者もいる。そんな中、エルトールは呟いた。「行け。アリサ」
すでに戦いは、王都の中心街へ移っていた。建物の合間をすり抜けて行く魔法使い二人。空中で二人の魔法が衝突し合い、さらには急接近し、二人の魔法障壁がぶつかり合った。
馬車の上すれすれを飛びながら、一つ目のチェックポイントに近づいてくる。チェックポイントは色分けされた的だ。そこに魔法を撃ち、的を破壊すればチェックとなる。
「くっ……」
アリサはチェックをするために杖を構えたが、その隙を付いてナターリアがタックルを喰らわせてきた。
よろけるアリサ。そのまま向こうはチェックを終え、進んで行っている。「にゃろ~」アリサはバランスを戻し、ニヤッと笑ってから猛スピードで追いかけ始めた。チェックの的を通り過ぎ際、バチンと破裂させた。
一方、競技場では別の事が起こっていた。サイモンがまた例の男を呼び出したのである。
「……ナターリアが負けるとは思えませんが、万が一のためです。例の計画を……」
男はそれを聞いて、にやっと笑って見せる。
「ククク……分かった。それこそ、我らの本職……。完璧に遂行して見せよう」
男は消えて行く。
その様子を、イルフリーデは遠目に確認していた。
「マヤ」
そして、自分のメイドを呼び出す。
「あの男を追ってちょうだい」
そして、たった今サイモンと話していた男を追跡するよう命じた。
二人の魔法使いは王都中を荒らしまわり、今度は郊外へ飛び出ていた。
最早、遠慮は無かった。アリサもナターリアも攻撃魔法を全力で繰り出し、相手を殺す気で戦闘を繰り広げていた。
「衝撃波!!」アリサの放った魔法が、ナターリアを障壁ごと揺さぶる。
「ぐっ……」初めて、苦悶の表情を見せるナターリア。
アリサはその隙を付いて、次のチェックポイントである森の方へ進路を取った。森の奥にあるお屋敷が、次のチェックポイントである。木々を避けながらアリサは進んでゆく。すぐ後ろにナターリアの姿は見えない。少しだけこちらがリードを取っているらしい。
油断せずに、そのまま最短距離で進んでゆくアリサ。しかし――、
「残念だが、ここで終わりだ」
そんな彼女に、突如ナイフが飛んできた頬をかすめ、血が流れ落ちる。ハッとして振り向くと、真黒な服を着た魔法使いが、ナイフを構えてこちらに接近してきていた。
「誰っ!?」
慌てて杖を構えるも、今度は別方向から魔力を感じる。囲まれていると悟ったアリサは、瞬時に高度を落として、地面に滑り込んだ。速度を出していたため、勢いを殺し切れずにごろごろと転がる。
直ぐに起き上がり、杖を構えた。その周囲を、黒い魔法使いが囲んでくる。
「誰よ、あんたら」
「我らは、影の教団……」
その数、十人以上。流石に分が悪い。
どうしようもないとあきらめかけた時――、
「石礫!!」石の雨が飛んできて、黒い魔法使いたちを攻撃した。見ると、そこにはナターリアが浮かんでいる。
「アリサ!!」声をかけられ、アリサも急いで浮かび上がった。
そして、ナターリアと共にその場を離れようとする。
「何故邪魔をする……金髪……」
しかし、直ぐに体勢を立て直した黒い魔法使いたちは、もう一度二人を包囲してきた。思わず空中で停止し、背中合わせに杖を構える。
ナターリアは、迷わずに、
「アリサは、私が倒す……!」と言った。
「ナターリア……」アリサが背中越しに呟く。
黒い魔法使いたちはせせら笑って、「邪魔をするなら仕方がない。お前にも死んでもらう」……そして、襲い掛かって来た。
「行くのね?」
競技場。報告を受けたイルフリーデは、エルトールにそのことを伝えた。
「私はサイモンとワドルドの逮捕に動くから、助けられないけど」
「僕一人で十分だよ」
エルトールはそう言って、空間に弧を描いた。その瞬間、空間に穴が開く。
「僕の生徒に手を出した罪……その身で贖ってもらう」そして、穴の中へ飛び込んだ。
まばゆい光は、アリサのネックレスから起こった。
「何っ!?」直前にエルトールから渡された星のネックレスである。それが強烈な魔力を発し、さらに空間に穴をあけたのである。凄まじい光に目を細め、そして――、光が収まると、そこにはエルトールが居た。
「師匠……!」
「あなたは……!」
アリサは笑顔を浮かべ、ナターリアは驚愕した。
エルトールは二人の無事を確認して、
「さ、ここで何をしている? 君たちには大事な役目があるだろう?」
それを聞いた二人は、頷き合って、その場から離脱しようとした。「おっと」と、黒い魔法使いが阻止しようとするも、それをエルトールは魔法で撃ち落とした。全くの予備動作無し。エルトールは二人が十分離れたのを確認し、ふう、と息を吐く。
「……そういえば、久しく本気を出していなかったな」
そして放出された魔力に、黒い魔法使いたちは一斉に逃走を始めた。生存本能からくる、ほとんど反射的な逃亡だった。
しかし、「逃がさないよ」エルトールは手をかざす。
途端に、空が暗くなってゆき、稲妻が轟き始めた。「その身、その罪……神に庇って僕が裁こう」
そして、呪文を唱えた。
「雷霆」
森を、光が覆いつくした。
アリサとナターリアは、そんな戦場を後にして、王都へ向かってゆく。
最早、こじれた感情は何もない。ただお互いの力をぶつけ合う事が、楽しかった。ボロボロになっても、怖い目に合っても、ずっとこうしていたい。きっとそうしていれば、何処までも上って行ける。村を飛び出した、あの時の無鉄砲な感情が、二人に満ち満ちていた。
――そして、競技場。
二人はほぼ同時にゴールラインを越えた。その後、倒れ込んだ二人は、お互い大きく笑った。
ナターリアはその時、「私もね、アリサに憧れてたんだよ。いつも私を引っ張ってくれる、あなたに」と、何気なく言った。
アリサは思わず、笑ってしまった。なんてことはない、すれ違いだったのだ。しかしそのすれ違いのおかげで、今、こうしてナターリアと同じところに立っている。
少しして、審判が下された。
『アリサの勝利! エルトール陣営の勝利っ』
ワアアアアアアアア!! と歓声が上がる。
「そ……そんな……」
観客席に居たサイモンは、目の前の光景が信じられずに膝を付いた。
そんな彼の肩に、手を置く者がいる。
振り向くと、そこにはイルフリーデと親衛隊が立っていた。
「い、イルフリーデ様……」
「サイモン。――貴方を殺人未遂、及び決闘に対する不正容疑で拘束する。覚悟はできているわね?」
「お、お許しくださいっ!! わ、私は……」
「安心しなさい。お友達も一緒よ」
イルフリーデの視線の先には、拘束され、連行される学長ワドルドの姿もあった。
それを見たサイモンは、ガクリと項垂れる。
イルフリーデは部下に連行を命じ、それから国王へ合図を送った。
『――聞け! 我が臣民よ!! ここに、決闘の勝敗が決したッ!!』
国王が立ち上がり、大きな声で宣言する。
『帝国の賢者エルトールとその生徒たちは、三ヶ月という短い期間でありながらも……正々堂々と戦い、そして勝利を収めたッ!! 実に素晴らしい!! このような素晴らしい人材を向かい入れられた事、誇らしく思うッ!!』
ドン! ドン! と花火が上がる!
アリサとナターリアは肩を貸し合いながら立ち上がり、その光景を見上げた。
『よって、私も約束を果たさねばなるまい――!! 今、この時を以て、エルトールによる新たな魔法学校の設立を、許可するものとするッ!!』
その言葉を聞いたアリサは、なんだか周囲の感覚がふわふわするような気がした。
――勝った。
――私、勝ったよ! 師匠!
閉幕を告げるファンファーレが鳴り響く。
王都魔法学園、競技場。ここに、新たな魔法学校の設立が宣言された。
アリサはみんなに、歓声で出迎えられた。そしてもみくちゃにされ、それから胴上げされた。胴上げに
は庶民街に居た人たちもみんな集まって来た。
そして、完全にお祭り騒ぎとなっている中。
「――先生!」
誰かが叫んだ。見上げると、空中にエルトールの姿があった!
「先生!」「先生だ!」「勝ったよ! 勝った!」
エルトールはゆっくりと地上に降りる。子供たちが、自分の周りを囲んでゆく。
エルトールはアリサの元へ歩いて行き、手を差し出した。
「信じてたよ」
「当然ですっ!!」
アリサは思いっきり、その手とハイタッチを交わした。
その様子をみた生徒たちが、わっと集まってくる。
その後はエルトールもアリサも人々に囲まれ、またもみくちゃにされた。
「うぐぐ……まてまて、潰れる……」
「あんたたち、ちょっと落ち着きな……」
さらにそこに観客たちも参戦し、辺りは大混乱に陥った!
しかしそこには、喜びが満ち溢れている。
――大丈夫だ。
これから、きっと上手くいく。
生徒にもみくちゃにされながら、エルトールは赤くなり始めた空を見上げた。
その向こうには、うっすらと月が見え始めていた。
◇◇
……こうして、僕たちの魔法競技大会は閉幕した。
――帝国を追い出されて、とうとうここまで来た。
でも考えてみれば、これは始まりでしかない。まだ、僕の学校設立が認められたってだけでしかないんだから。
僕の目的は、世界一偉大な魔法学校を創り上げる事だ。
だから、まだまだやらなきゃいけないことが山ほどある。
しかし、一先ずひと段落したので、君たちに手紙を送らせてもらった。
そっちに届く頃はもう冬だろうか? きっと王国の冬は寒いだろうな。
学校が形になってきたら、いつか君たちにも来てもらいたい。
きっと、その頃には、素晴らしい場所になっているはずだから。




